秘境駅探訪とC55が走っていた時代

2015年12月02日

 こんにちは。ご無沙汰してすみません。7回目です。まず「秘境駅フェスタ」の報告から。10月31日~11月1日に稚内のちょっと手前、幌延町で開かれた「第1回 秘境駅サミット」に出席してきました。秘境駅といえば室蘭本線の小幌駅があまりに有名ですが、宗谷本線が通る幌延町内8つの駅のうち、なんと6つが秘境駅とされているんだそうです。秘境駅とはなんぞや、ということになると面倒なのですが、とにかく停車する列車が少ない、乗降客がほとんどない、来るのは秘境駅探訪のマニアが大半、というのが一つの定義とされています。

 そこで若手町職員が中心となって「秘境駅を逆手に取って、まちを売り出してみよう。"ひきょう者"は集まれ!」となった次第。フェスタでは写真展、パネルディスカッション、グッズ販売、交流会などが開かれ、遠くは千葉や東京から、地元も入れると200人近くが集まる盛況となりました。普段はひっそりしている秘境駅のフェスタに、これだけ人が集まるんですから、鉄道の魅力はたいしたものです。

 初日は鉄道マニアで著書もあるホリプロ社員の南田裕介さん、その南田さんの教育を受けてすっかり「女子鉄」に成長したアナウンサーの久野知美さんも参加。2人のマニアックな掛け合いが進み、その筋でしか分からない深い話になると、会場が大爆笑に包まれるシーンも。翌日は普通列車をとことん使って秘境6駅を1日で回るハードなチャレンジも行われました。昭和の駅舎の姿をとどめる雄信内(おのっぷない)では地元の女性も駆けつけて「こんなに人が来てくれたのは初めてです」と一緒になって楽しんでくれました。

 当日訪れた秘境駅を一つ紹介します。糠南(ぬかなん)という駅で、私は初めて下車しました。この駅には小さなホームがありますが、車両1両もはみ出すぐらいなのです。そしてなんと、駅舎は小さな物置なんです。物置...。ほんとに...。有名メーカーの名前もちゃんと入っています。ま、あるだけいいっか、っというより、よくぞ心配りをしていただいた、という感謝の気持ちがわいて来ました。"駅舎"内には遠くから訪れた秘境駅探訪者の心にしみる素敵なメッセージがたくさん残っています。絶対、記念写真を撮りたくなりますよね。

 

Nukanan.jpg

 ということもあって、宗谷本線を思い出し、今回は1972年3月に音威子府(おといねっぷ)で撮影したC55 50号が引く稚内行き普通列車の写真です。煙を吹き上げ、まさに発車する瞬間。宗谷本線は音威子府を過ぎると、あたりの風景が一段と厳しさを増します。私もそうですが、当時の旅人はC55の汽笛を聞きながら、最北の行路を味わったものです。この50号は現在、小樽市総合博物館で屋外展示されています。ぜひ、見学してください。

(原田 伸一)C55 50.jpg

トラックバック

トラックバックURL: http://blog.hokkaido-np.co.jp/mt/mt-tb.cgi/5637

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

(公開されません)

(HTMLタグ(b,i,br/,p,strong,em,ul,ol,li,blockquote,pre)が使えます)