C62 夕やみの疾走

2015年07月30日

 こんにちは。会社を退職したのを機に、蒸気機関車(SL)のブログを始めさせていただきます。昭和30年代から撮りためたSL写真の中から、煙を一杯吹き上げている写真を選びます。見ていると煙たくなる。石炭の匂いが鼻を突く。ゴホゴホとむせそうになるー。そんなショットばかりです。

 1回目は日本最速のC62形が2両重連で引く急行ニセコ3号をアップしました。これは昭和45年7月1日、函館本線の塩谷―小樽間で撮影したものです。小樽着が午後7時を過ぎるため、この区間は夏至の前後しか撮れません。晴天の日を狙って行ったのですが、撮影準備中、空がどんどん暗くなってくる。SLは真っ黒だから、闇の中のカラスにレンズを向けるようなものです。とにかくASA1600で絞りを全開し、シャッタースピードをこれまたぎりぎりの250分の1秒にセットしたと記憶しています。カメラはペンタックスの一眼レフを使っていました。

 幸いなことに風は起きてこない。ならば煙はカーブに沿ってたなびくはずだ。それでC62重連の迫力を表現したい。そんな期待を胸に待つこと1時間。塩谷を通過したニセコ3号の走行音が次第に近づいてきます。音楽でいえばピアニッシモからフォルティッシにぐんぐん突き進む感じ。太い煙が見えてきた。ドドドドッという2両のドラフト音が辺りの山々にこだまします。目の前を通過するときはまるでジェット機が飛び立つようなごう音の高まりに。計算していたように、2本の煙が一つになり、きれいな曲線を作ってくれました。灯りが漏れる客車の窓には函館から5時間の旅に疲れ気味の乗客の姿。45年前の汽車旅行の一コマです。

 C62重連の仕事は小樽まで。あとは札幌まで電気機関車ED76に託して小樽築港機関区に帰ります。ニセコ3号を引いていたC62は翌年9月にディーゼル機関車DD51にバトンを渡し、引退しましたが、多くのファンがニセコ号を撮るために沿線にカメラを構えました。私の最初のC62重連の写真は昭和40年ですが、行くたびにその迫力に圧倒されたものです。

原田 伸一(札幌在住)

 C622+C62.jpg

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コメント

ブログ開設おめでとうございます。迫力ある写真ですね! 

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