仁木町の開拓者【仁木竹吉】さん☆

2017年11月06日

来年は、

政府が蝦夷地の名称を「北海道」と定めた1869年から

150年目。

北海道では様々な記念事業が行われるとのニュースや情報を

耳にする機会が増えてきました。

とても楽しみな1年になりそうですね^^

北海道の開拓者としてぜひ、ご紹介をしたいお一人が、

仁木町の開拓に従事した仁木竹吉(にきたけよし)さんです。

生まれは現在の徳島県吉野川市。

徳島藩の特産である藍の製造を営んでいた仁木家の養子となり、

明治維新後、北海道へ渡り道内を巡業して後、

開拓移民を率いて北海道余市郡へ入植しました。

現在の徳島県から単身渡道したのは1875年。

その功績は、数々の歴史本で紹介されています。

仁木竹吉さんの功績により、

仁木という姓にちなんで町の名前が「仁木村」と名付けられました。

他にも瀬棚原野、倶知安原野を発見して地方の開拓にも尽力した方です。

大正4年の1915年に81歳で亡くなられました。

仁木町といえば、

仁木村が新設されたことをきっかけにりんごの栽培が始まり、

仁木町、余市町は今や北海道を代表する果樹栽培地となりましたよね。

りんごに続き、ブドウやプルーン、さくらんぼ、なし、梅も

しりべし地域ならではの特産品となっています。

更にここ数年では、仁木町に大規模なワイナリーが開設し、

お隣の余市町とともに醸造所やブドウ園が広がる

北海道のワイン銘醸地としての可能性が見え始めています。

仁木竹吉さんが培った藍の栽培や製造が、

今、150年近くのときを経て

ブドウの栽培やワイン醸造に向かっている仁木町の歴史に触れ、

北海道におけるワイン産業の可能性を改めて

紐解いてみたいと、思いを新たにした次第です。

この土地にこのひとあり、この土地にこのワインあり。

仁木竹吉さんはわたしにとって大変所縁のある方です。

仁木町開拓の歴史を語らずにはいられなく

紹介をさせていただきました☆

※こちらは創業年の記念ヴィンテージ。

 とあるお店で偶然にいだきました。

 程よいスパイスが香る中、

 エレガントでしっかりとした樽のニュアンス。

 酔いしれました。。。

IMG_6181.jpg

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