石川遼選手マスターズ出場に異議(?)あり
2009年01月24日
ゴルフの石川遼選手(17)が、今年4月の米マスターズ選手権に特別招待で出場することになった。
上位に入る可能性も否定できない、と予測する専門家もいる。
はやくもこっちまで胸が高鳴ってきた。
もちろんだろうけど、出場の背景には<きれいごと>ばかりがあるわけではないない。北海道新聞の24日朝刊の第3社会面に、裏事情に関する記事が載っている。
見出しで主な内容が十分伝わる。「米 石川人気に狙い」「ツアー不況 宣伝効果期待」「日本のファン スター流出を危ぶむ」。
ドル箱・石川を日米のツアー機構やテレビ局が奪い合っている、という構図だ。
プロ競技なのだから、金にまつわる戦いはし烈にならざるをえない。祭りはその方が盛り上がる。
◇
一方、私の心には熱気とともに、少し複雑な要素も膨らんでいる。
もし石川選手がここ数年の間に、マスターズで勝ったら「そのあと私は、どう生きて行ったらいいのか」ーという心配なのだ。
10数年前、ゴルフのクラブを初めて握ったとき、同時に熱心な観戦者となった。
4大メジャーの熱戦にテレビ中継を通じて夢中になり、知識も広げた。
知識が蓄積されるほど、メジャーでの勝利の困難さが分かった。
あそこでの勝利はいわば奇跡同様なのだ。
「私自身が生きている間に、日本人のメジャー大会Vを見届ければいいなあ」。そんなふうにも思った。人生の目的のひとつにもなった。
私は現在54歳だから、70歳台の半ばごろまで生きさせてもらえるとして、70歳を超えたあたりで<日本人選手メジャー初V>に歓喜したい。
あとは静かに死んで行く。冥土の土産にもなる。土産づくりのジャストタイミング。
そんなコンテを描いていた。
しかし、石川遼の登場である。
私が55歳を超えたあたりで、もし石川選手がメジャーに勝ったとしたら、その後の人生の<ドキドキ感>が半減しやしないか。
修学旅行は、本番より出発前の期待と不安が思い出になるわけで…。
目的達成後の空しさはいかばかりか。
恐ろしい。
ましてや、もしこの4月のマスターで遼君の笑顔がテレビ画面に満開となったら…。
おおこわ。
▲石川選手マスターズ出場を報じる道新スポーツの紙面=24日
<口からシャンク>
「マスターズ大会とかけて、王様がアイドルの国と解きましょう」
「その心は?」
「オーガスター」
