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素晴らしきかな早朝のラウンド

2007年06月22日

▼サンパークのスタートテラス。早朝の受け付けには明々とライトが灯る=21日午前3時55分
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21日、夜明けとともにサンパーク札幌ゴルフコース(北広島市富ケ丘、☎011・372・6370)を回った。初夏の朝の霊気に心身が洗われ、早朝ゴルフの爽快さがあらためて胸にしみた。

同伴する職場の先輩とクラブハウスの前で待ち合わせたのが午前3時50分。日は既に上っているのだろうが、霧が深くまだ暗い。

「ガスが濃いねえ」と先輩。
「濃いですねえ」と私。
「ボール、見えるかなあ」
「日が完全に上がれば、晴れますよ、きっと」

「それにしても、俺たちバカだよなあ」
「どこが?」
「まだ4時前だよ。どうしてこんな朝早くから、ゴルフクラブなんか振り回す必要があるんだよ」
「どうでしょうねえ……バカかどうかは分かりませんが、ちょっと変かもね」

「まあでもやるか」
「やりましょう」

というわけで、午前4時ちょうどにスタートした。

3ホールを回り切ったところで、見事に霧が晴れた。コース全体に光が満ち、風も一挙に温かくなった。

たっぷり水を含んだ緑が輝く。鳥が一斉にさえずり始めた。池の水面に魚影が映り、各所に小さな水しぶきが上がる。

眠っていた命が、そろって起き出したのだ。

いいなあ。

――命の変化は不可思議だ。どうとらえてよいのか、心が惑う。

最大の謎は自分自身の命だ。いずれ死ぬのはしょうがないかな、と頭ではわかるが、心は十分に納得できていない。

虚無の無限空間に自分がのみ込まれるようで怖い。
このやり切れなさは、少年の頃に芽生えたものだが、50歳を過ぎた今でも、恐れはおさまることがない。

宗教に身をゆだねれば、楽になるのだろうし興味はあるが、なぜだか踏み切れない。苦が続くばかりだ。

しかし、自分の死をすんなり受け入れられそうなシーンがある。

例えば、目覚めたばかりの命がそろって歌い出す、この早朝のゴルフ場だ。木々や鳥や魚や……。

まあ俺がいなくなっても、こうした命の合唱が続くんだからいいか。いいよな。

そんな感じで、心がやすまる。

この朝も4番ホール、5番ホールと進むうちに、体中に温かい霊気がこみ上げてきた。

いいなあ。

午前7時前に最終の18番をホールアウト。料金は後払いで、5000円。

命のコーラスを聴けて、この金額は安い。

また来よう。

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▲霧が晴れたコース。光る緑がまぶしい=午前4時半


<口からシャンク>

「早朝ゴルフとかけて、坊さんが通るよ、と解く」
「その心は?」
「ソウカイ?」

談志落語の毒に気絶してしまいそうで…

2007年06月14日

タイトルが「らくごるふ」なのだから、落語についても書く。


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▲談志ひとり会を知らせる、道新ホール入り口の立看板



先日、札幌市中央区の道新ホールで「立川談志ひとり会 其の十六」が開かれた。

会の前、最近落語に興味を持ち始めた高校3年生の娘に「談志さんも70歳を超えたよ。談志ワールドの魅力は〝毒の強さ〟だから、元気なうちに生の毒に当たり目を回しておいた方が楽しいよ」と持ち掛けたところ、「そうなのかもねえ…」と笑うので、2人で出かけた。 

午後6時半の開演。

談志師が、座布団の上で、お馴染みの照れ隠しのように少し崩れたお辞儀をし、顔を上げた。

振り返れば、私にとっては30年ぶりの〝生談志〟である。(テレビの特集番組には何度も拍手を送ってきたけど)

東京の学生生活の最後の冬、新宿の紀伊国屋ホールで「文七元結」を聞いた。人助けが男女の縁につながるという人情話である。枕の毒舌と、本題のスタンダードな語りが融合して時の経つのを忘れた。

学生時代、談志師の高座は、合計で15度ほど見た。師が参議院議員だった時期とも重なり、国会から寄席に直行して委員会論議の本音を毒舌で描き出したときは、思わず手をたたいた。

三遊亭円楽師との二人会で、円楽師が長い噺を演じ終わったあと、脚がしびれてしばらく立てなかったのを見て、「節制していないからこういう姿になっちゃうんだよ」と切り捨て、言い難い緊張感が会場に漂った。

あれから30年。ハスキーな声に乗せた毒舌は健在だった。


宗教団体、人権運動なども俎(そ)上に載せ、歯に衣を着せぬ論評を披露した。テレビカメラやマイクがない〝非マスコミ空間〟ならではの迫力だった。

「落語は人間の業の肯定」
「怒りは相手の寛容さに対する誤認」
こんなおなじみの談志語録も語られた。

ファンなら知っていることだけど、散乱させた話題の間を、縦横に飛び回るのが談志芸の妙味。
この日の師には、各ジャンプのピークで、30年前にはなかっただろう「所属不明な間」が挟まっているように、私には感じられた。

ひょっとして「老い」のもたらした緩みということなのかもしれない。しかし、私は「ついに、あの談志さんがねえ…」と好ましく思われ、笑みがわいた。

休憩を挟んだ1時間半の自由トークのあと、古典「短命」を演じた。
「おっかあ、俺は長命だ」と嘆くサゲの直前に、がらっぱちの女房が浪曲をうなるという見事な演出には驚き感服した。

サゲの後、下りてくる幕を途中で止めて再び上げさせ、
「もうひとつジョークをサービスだあ」と出したのが次の小噺-。

闘牛の町のレストラン。人気メニューは殺されたやつの睾丸の丸焼きだという。

「今日はこれで材料が品切れです」と言う店員が、次回の闘牛開催日を示し「予約をどうぞ」と勧める。

初めて来た客が興味を持ち、予約を入れる。

約束の日、客のテーブルにお皿が運ばれてくる。載っているのは大きな卵ぐらいの代物だと思いきや、大粒の豆みたいなものがあるだけ。

首を傾げる客に、店員がきっぱりとした表情で説明する。

「ダンナ、やられるのは牛の方とは限りませんぜ」

終演は午後8時半前。道新ホールを出ると、大通公園の上空に霧がたちこめていた。

娘と2人、帰路の地下鉄に乗った。

「どうだった?」と私。
「どうだろうね」と娘があいまいな笑いを浮かべた。

そうだよなあ。

あいまいになるよなあ。

談志師に長生きをしてもらい、しかるべき年月のあと、
大人になった娘と〝談志の毒〟を再び賞味したい。そう思った。


<口からシャンク>

「落語とかけて、ゴルフと解く」
「その心は?」
「最後にはオトシます」

私のマスターズ報告記

2007年06月06日

「それデベソだよ」

同伴者から注意されて、ボールのティーアップがラインを超えていることに気がついた。

どうも緊張気味らしい。

先週末に開かれた、職場の仲間などによる春のコンペ(真駒内カントリークラブ空沼コース=札幌市南区)のスタートホールである。

私はこのコンペを勝手に「マスターズ」と呼び、ひとりで盛りあがってきたが、その分肩に余分な力が入っているようだ。

第1打のドラーバーショット。いきなり右に出て、林に突き刺さった。1発で脱出できず、4オンのダボ。痛い。
2番も、第1打にスライスがかかって、木の下のくぼ地へ。ワンパットでなんとかボギー。

3番は480ヤードのロング。右にOBゾーンが迫っている。安全策をと、ていねいにスプーンを使った。

やや右側に飛び上がったボールは、空中で非情なカーブを描き始め、やがて白グイの向こうへ。激痛だ。

ありえない。(ゴルファーにとってミスショットはすべてありえない現象なのだろうだけど……)

このままじゃ100点も切れない。

気弱になってキャディさんに声を掛けてみた。

「右に出て戻らないのは、振り遅れですよね」
「ハイ、そうかもしれません」
ベテランキャディさんは笑顔であいまいに返事する。

「普段通りやればいいんですよね、普段通り」
「ハイ、そうですねえ」
これもあいまい。

あいまいなのは当然。キャディさんが、コース上で、客のスイングについてあれこれ断定的なことを口にするはずがない。

こっちも重々承知しているが、声を掛けているのは自分自身をリラックスさせるためだ。

ということで、普段のスタイルに切り替えることにした。

ややハンドダウンをやめ、ハンドアップ気味に戻した。

このハンドダウン、数日前にレッスン書でみつけたもので、クラブを立てながらグリップをつくり、肘に少し余裕を持たせたままクラブヘッドを下ろし、アドレスを取るという方法だ。

練習場で試してみたらドンぴしゃり。飛んで曲がらない。
これだ、とコンペ本番へ。

しかし、開始3ホールの結果はこの通りだった。

どうも、付け焼刃のようだ。独特の緊張感がある本番で、やはり生兵法は大怪我のもと、ということらしい。

4ホール目から、ここ何年も馴染んできたハンドアップに戻した。75点の軌跡が出るようになった。型は古いがシケには強い…である。

やれやれ。

全体の結果は、前半のアウトが46点、後半のインが42点、合計88点だった。

大会ハンディが13点だから、ネットは75点で、出場38人中7位。

肝心のグロス争いは、83点、84点の人に次いで3位だった。

私の「春」は終わった。

次は秋のこのコンペだ。私は「全英オープン」と呼んで楽しみにしている。

たわいもないといえば、それまでだけど……。


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▲スタートホールのティーグラウンドのそばで咲き誇るサクラの木=6月3日、真駒内カントリークラブ

                   <口からシャンク>

「グリップとかけて、田村亮子選手が欠場した柔道選手権大会、と解きます」
「その心は?」
「ヤワラカク」

ドキドキ…スタートまであと40時間

2007年06月01日

前回書いた私の「マスターズ」。そのティーオフが、これを書いている時点で、40時間後に迫った。

心臓の鼓動が聞こえ始めた。

私のゴルフのスコア。その社会性はゼロである。
私以外の誰の心も動かしはしない。

せいぜいゲーム後のコンペルームで、競り合ったプレーヤーが一瞥するだけだろう。

しかし私には掛け替えのない数字だ。

それまでの人生がすべて流れ込んでいるといったら、少し大げさだろうか。

あと40時間。
舞台は真駒内カントリークラブ(札幌市南区常盤200、☎011・591・8422)空沼コース。距離はたっぷりだ。

心配が膨らむ。

スタートホールのティーショットでOBを連発したら晴れのメジャー大会がハナからおじゃんだよ。

ダフリ癖が再発したらどう矯正するか。

シャンク病は地獄へ直結……。

ゴルフは結局ハンディ通りであることは何十回も経験済みのくせに、つい杞憂の徒になってしまうのはなぜだろう。


いつも初めてのような不安感。

これがゴルフの面白さだ、といえば、そうなんだろうけれど……。

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▲真駒内カントリークラブ藻岩コース・アウト1番ホール。池がボールを誘っている


<口からシャンク>
「お茶を飲んでもいないのに、ティーショット、とはこれいかに」
「日中に打っても、バンカーショットというが如し」

プロフィール

プロフィール

川人正善
かわひと・まさよし。55歳。北海道新聞社員。ゴルフのオフィシャルハンディは14.4。高校・大学と落語研究会のメンバーで、落語鑑賞・口演を通じての交流もめざしており「らくごるふ」は「落語流布」の意味も。妻に3女。余市町生まれ。
へぼゴルファーの喜怒哀楽を、同好の仲間たちとの交友、北海道のゴルフコースの雄大さを交え描きます。

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