入ってなんぼ…パットの精度を上げたい

2010年03月12日

「今季はなんとしてでもパッティングの精度を上げたい」.

そう思い、自室でも気軽に使える練習用具を先日、手作りした。

読み終えた文庫本を5冊重ねてビニールテープで束ねたもので、じゅうたんの上に置いて標的にし、これにボールをぶつける仕組みだ。


                          ◇

以前、文庫本のサイズについて調べる機会があった。

文庫本は「A7」サイズ。縦が148ミリ、横が105ミリ。

この横の105ミリというのが頭に残っていて、グリーンに切られるカップの直径・108ミリ(人間の煩悩の数だよね)と今回結びついた。

差はわずか3ミリ、十分代替が可能だ。

オレも考えるもんだ。


選んだ文庫本は、岩波文庫の「戦争と平和」。


米川正夫さんの訳で、奥付の発行歴を見ると「1927年第1刷」「1955年第29刷改版」「1976年第54刷」の3行が記されている。


1セット8冊。あまたある日本の出版物のなかで、メジャー大会のチャンピオン的存在であることが、あらためて分かる。


私の場合、学生時代の終わりごろに買ったものだろう。


小説の筋はほとんど忘れてしまったが、<長い長い>と思いながら頑張って読み通したことだけは記憶にある。


8冊のうち本棚の隅に残っていたのは6冊だけ。残り2冊は、どこかに散逸したらしい。


6冊のうち第1冊だけはそのままにし、5冊をビニールテープでぐるぐる巻きにした。

         ◇

カップインをねらうパットは強めに。


うまく入れば平和が来る。はずれて妙な距離が残れば戦争が続く。


その境目にドラマがある。

パッティング練習にぴったりの小説には違いない。


                ◇

実際に、じゅうたんの床に置いて、ぶつけるべく、ボールを転がしてみた。

1個、2個、3個、4個…

うーん。

練習用具としては悪くない。しかし、肝心の腕の方が。


今季もやはり、戦争と戦争か…

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▲居間の床に置いた<文庫本パット練習器>。さて効果のほどはいかに


          <口からシャンク>


「ドライバーの大振りは禁物。力を抜いて小振りで」

「はあはあ」

「ドライバー イズ 小(ショー)」

「パッティングに教科書なしというが、違うよ」
「はあはあ」

「うまい人の動きを、模倣するべきだよ」
「はあはあ」

「パット イズ 真似」
「はあはあ」

胸ときめく…ゴルフの春近し

2010年03月03日

 ▼2010年3月3日午前7時20分、札幌市豊平区の上空。春を呼ぶ光が差して…%E4%B8%8A%E7%A9%BA%E3%81%AB%E6%98%A5.jpg


3月3日午前7時。

 自室の窓を開けて、手を戸外に突き出した。

 一瞬ひんやりとするが、そのまま、ゆっくりと風をつかむようにしてみると、風に暖かみが含まれていることに気づく。

 春の兆しだ。


 ふと札幌周辺のゴルフ場のことを思う。

 この風が律儀に、ゴルフ場の融雪を進めているんだなと考えると、なんだか頼もしく、うれしくもなる。

 ゴルフシーズンの接近を、まず教えてくれるのは雪原を抜けて、街を通り、わが窓辺に届く風というわけだ。


                      ◇


 北海道新聞の朝刊札幌版に以前「さっぽろ日記」というコラム欄があり、1986年の3月3日、私は以下の文を載せた。


                      ◇


 13年前のちょうど今日、私は大学入試に挑んでいた。

 「Spring was in the air」ー和訳せよ。

  冒頭にこんな問題が出た。


  文章の舞台はロンドンで、中年サラリーマンが会社の帰り、ふと遠い思いに誘われてしばらく街をそぞろ歩きしてしまう。


 「オレもよく働いてきたよ」とつぶやき、見上げると上空に暖かいモヤがたちこめている。


  そして問題文が続く。

  私は直訳的に「春が大気のなかにあった」としておいた。

  予備校の模範解答では「春の気配が漂っていた」となっていた。「春近し」というわけだ。


  心にくい出題だな、と思った。受験生と謹厳実直サラリーマンの心情は相通じる部分があって、それを見透かしての出題ーと私には思われた。そうか、春が近いのか…。


  運よくその試験にパスしそれから13年。

  あの合格と、今の勤労者としてのわが身との間にどんな因果関係があったのだろうか。


  そう思いをめぐらし、札幌の空を見上げると


 「Spring is in the air」   

                         (川)

                       ◇

 肩のどこかに力が入った文章だな。気取りもある。31歳だった。


 24年ぶりにしみじみ読み返してみると、そう感じる。

 しかし、<春>に、受験生の夢、中年サラリーマンのほろ苦い幸福感、勤労者であるわが身の目標をかぶせようと、気を集中して言葉を選び続けたあのときが懐かしくもある。


                       ◇


 私はこの春で56歳。


 人生の残り時間を数えてみる。


 これから、なにが私を待ってくれているのか。


 そう思って、息をはき、札幌の空を見上げると


 Golf is in the air.

 

             <口からシャンク>

  「四季のしゃれ相撲を、どうぞ」

   「冬対春」

   「はいはい、冬対春。どっちが勝った?」

   「おくり出して、春の勝ち」


さあゴルフシーズンの開幕。ウッズ、遼、藍…そして私

2010年02月23日

 ゴルフシーズンの幕開けだ。


 石川遼選手が、米男子ツアーに参加、すでに3戦をこなした。


 宮里藍選手が、米女子ツアーの開幕戦で劇的な逆転Vをおさめた。


 タイガー・ウッズ選手が不倫問題で釈明の会見。春ツアーへの復帰も予想される。


                       ◇


 さて私。先日、2カ月半ぶりで自宅近くの練習場へでかけた。


 4番アイアンを一本持って。今季は4番アイアンで、スイングの骨格をつくってみようと思っているのだけど、どうだろうか。


この冬、地下歩道を歩いて体を維持。室内のフロアーで、ストレッチを重ねてきたつもりだ。


 頭のなかに、ひとつのスイングイメージが育っていて、それを実際のボールに向かって試した。背骨の2点と、地球の中心部の合計3点を結んだ直線。それを軸として体をゆっくり回すイメージだ。


打ったボールは70球。簡単にはいかない。右に左に。トップもダフも。さすがに4番アイアンには手ごわさがある。


頭に育ったスイングイメージが本当に頼りになるのか、心許なくなった。机上の空論かも。


でも、<地球の中心部打法>と<4番アイアン頼み>でしばらくやってみます。


結果も報告します。


やれやれ。扱いにくくて…いとおしいゴルフ様。

今シーズンもよろしく。


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▲フィールドはまだ雪原状態の練習場=札幌市豊平区、2月21日夕方前

    
                 <口からシャンク>

「タイガー・ウッズと宮里藍が、真剣勝負をしたら、笑うのはどっちだろうね」


「それは宮里さ」

「へぇー、なぜ?」

「この世界、結局は清らかなアイが勝ちます」

合掌…落語世界の名案内人の死去

2010年02月17日

 「残しておきたい江戸情緒、下座のお囃子、寄席幟(のぼり)。ラジオ名人寄席、私は席亭の玉置宏でございます」


 ーーこんな名調子で、NHKの「ラジオ名人寄席」を毎回開幕させた玉置宏さんが亡くなった。76歳だという。

 追悼で、1枚のMDを聞いた。(多分)10年近く前に放送された「名人寄席」で、演目は、三代目の桂三木助さん(昭和36年に58歳で死去)が昭和34年、自分の勉強会で演じた「火事息子」である。

通好みの<渋い>運びが、面白い。


玉置さんは、話の前後に江戸の時代背景や火消しに関する時代考証などを適切に置き、聞き手を江戸情緒に気持ちよく誘う。


話の終了後、解説をこう締めた。


「意地を張ろうとするなかに本音も見える父親、溺愛の母親、とぼけた味を出す番頭…それぞれが絡み合って上等な人情話になっている。その人情の機微を名人・三代目三木助さんが巧みに描いて聞かせてくれました……いかがでしたか……ご案内役は玉置宏でした」

 
いいなあ。三木助さんの落語に、玉置さんさんの話芸で付加価値が生じた。


玉置さんの解説は過不足がないのが、うれしい。必要な知識は十分だが、余計なものも見あたらない。


<語りすぎない>という点は特に重要で、<落語の粋>を楽しむのには、欠かせない。

 つまり玉置さん自身が語りの名人だったのだ。

                   

 私の本箱には、「名人寄席」を収録した10何枚かのMDがあり、人生の宝物になっている。


 いろいろ困難もあるだろうが、ラジオ名人寄席の再放送を期待したい。

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▲玉置さんの死去を伝える道新スポーツの紙面(2月13日)

          <口からシャンク>

「玉置さん、とかけて、虫歯の治療が上手な先生と解く」

「その心は?」

「メイシカイです」
 

古今亭志ん生の思い出…涙と笑い

2010年02月09日

 一冊の本を落語ファンのみなさんにお勧めしたい。


 古今亭円菊さん(81歳)が9年前に書いた「背中の志ん生 師匠と歩いた二十年」(うなぎ書房、222ページ、1800円)だ。


 円菊さんは、25歳で志ん生門下に入り、38歳で円菊を襲名し真打ちに。二つ目時代に、いったんは脳いっ血で倒れた志ん生を背負って3年間、寄席へ送り迎えしたという。

 その3年間を中心に、修業時代の思い出を綴ったのが本書だ。

 落語家の修業は厳しい。それが通り相場である。

 暴君の師匠、鬼の兄弟子。怒鳴られ、小突かれ…。でも真打ちの道は遠い。

 おまけに、一門から給与を支給されるわけでなない(内弟子の小遣いがあるぐらい)から、糊口は、稽古と寄席の間のアルバイトで凌がなくてはならない。それらの非喜劇。途中の廃業者も多く、心を病む場合もある。

 そうした流れにあるのが、立川一門の立川談春が、主に師匠・談志との関係を描いた名著「赤めだか」(扶桑社)だ。


 しかし、円菊さんの道中は、いささか趣が違う。終始、春風たいとう。心地の良い涼風が吹いている。
 この風は、ほかならぬ志ん生さんの人柄から吹き渡ってくることが、読み進めるうちに分かってくる。
(もちろん稽古そのものは厳しいけども…)


 以下は、私が最も好きなエピソード。

 東京・山手線の日暮里駅。志ん生さんを座らせてやろうと円菊さんが、来た電車の車内にパーッと飛び込んで行って、振り返ったら志ん生さんがいない。そのままドアが閉まった。

 次の駅で降りて急いで戻ったら、志ん生さんはホームにただ立っている。

 「どうしたんだお前は」

 「席を取ろうと思って」

 「そんなにあわてるこたアねえんだ」

 と許してくれる。なにもなかったように。円菊さんは、師匠の優しさしみじみがうれしかったーという話。

 いいなあ。志ん生だなあ。


「背中の志ん生」も「赤めだか」も、アマゾン通販の古本で買えます(2月9日現在)。


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▲落語家の修行を描いた2冊。中身は対照的かも


  
          <口からシャンク>

「掟破りで一門を出された落語家が、転職してオルガン演奏者になったんだって」

「はあはあ…弾くのはハモンドオルガンだろう」

笑点の小遊三さん…落語がうまいなあ

2010年01月31日

 「林家木久扇、三遊亭小遊三 ふたり会」が先日、札幌・教育文化会館のホールであり、練達の芸を楽しんだ。


 やっぱり、ナマの落語はいいなあ。客席のみんなで息を合わせて、笑って、笑って…心が軽くなる。

 あらためて身にしみた。


 出し物は次の通り。前座・林家扇(せん)「寿限無」、林家きく麿「ときそば」、小遊三「錦明竹」、木久扇「松竹梅」。


                     ◇


 このなかから小遊三さん(62歳)について書く。


 笑点でおなじみの小遊三さんだが、ナマの高座を見るのは初めてだった。


 「ヘー……こんなに上手い落語家さんだったんだあ」
 
 全体としての感想である。

 30分余りの高座だったが、まず話したのは亡くなった三遊亭円楽さんの楽屋エピソード集。


 変わった性癖の円楽さんを、さんんざんにこきおろしておいて、最後は一転、追悼の意をにじませて胸キュンにさせてくれた。
                 ◇

 本題の錦明竹の枕に、<与太郎系>の小話をいくつかふった。

 これがどれも絶品だったのだ。

 例えば「愚かな男が、長い竿を、空に向かって振り回していまして。それを見た兄貴が

『おい弟や、おまえは何をしてんだい?』『ああ兄ちゃんかい、いまね、空の星があんまりきれなんで、この竿でたたき落とそうと思ってね』

『ばかだなあおまえは。そんなんで星が落ちるわけねえじゃねえか』

『だめかな?』

『だめだよ……屋根へ上がれ屋根へ』…それを見た親父が……」

 学生時代の私がよくやった小話だ。


 当時、聞いてくれていた人に申し訳ないのだが、この話、やっている本人がちっとも面白くない。


 落語の作法と成り行きで、枕に置いているだけだった。


 ところが、この日の小遊三さんは異次元の小話ワールドに連れていってくれた。


 詰まらなかったはずの小話が突然変身。面白いの面白くないの…。笑いが止まらない。


 滑舌が心地良い。

 その場の空気や、客席の熱を全部織り込んで、台詞が回され、間が取られている。


 すごい。

 ベテラン落語家の凄みをあらためて味わったひと幕だった。


 本題の錦明竹の出来は、いわずもがな。


             ◇


 小遊三さんだけで、木戸銭分は満足した。

 この夜の札幌は、雪模様でツルツル路面だったが、思い切ってホール寄席に足を運んでよかった。

 帰路は、心がポカポカ。

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▲寄席閉幕のあと、教育文化会館の玄関をでるお客さん。どれも幸福そうな顔に見えて…


▼ふたり会のちらし
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<口からシャンク>


「落語は、できればテレビやDVDじゃなく、ナマで味わいたいね」

「そんなに違うもんかい」


「ライブ違うよね」

I LOVE タイガー・ウッズ

2010年01月19日

タイガー・ウッズについて書く。

週刊新潮の1月21日号に<ついに男色まで暴露された「タイガー・ウッズ」は心の病か>という記事が掲載された。

雑誌を購入(340円)して、熟読した。

前文はこんなふうだ。

「タイガー(34)のスキャンダル。3月にも復帰かと期待された矢先、今度はなんと<男色>嗜好まで暴露されちゃったのだ。これじゃあもうほとんどビョーキじゃないのか」

ふーん、と思う。

続く本文は、これまでの女性問題の経過、今回の男性の件などを振り返り、さらに「それでも元日にはホテルの1フロアを借り切って、酒と女性でドンチャン騒ぎを繰り広げた、といったニュースがある」と報告。「もしかして、心のナニが完全にキレてしまっているのか。カウンセリングも必要だ」などと締めくくっている。

ヘー、と声が出た。

本当にそこまで行っているのかなあ、と心配になった。

世界のアイドル、史上最強のゴルファーはどこに向かっているのか。

              ◇

雑誌を閉じ、しばらく思いを巡らした。

時計の音が聞こえる。

思いが至るのは…人の心の不思議さだ。

いったい人の心は、どうやって組み立てられて行くのか。

つまり自己確立の過程。

私は思う。

最も大事なのは、親との関係だ。

これが土台。

第二に大きいのは、少年期(小・中・高)における友人とのつながり方だ。

年が近い少年同士は、うまく行けば、純度の高いフラットな関係を結ぶことができる。

上下なし。

これが有り難い。


たいてい本音の付き合いになる。

だから容赦がない。


肘で小突きあい、ときには体をぶつけ合う。


尖った言葉を、相手の心の粘膜に突き立てる。


塩をかけた言葉を、心の粘膜にこすりつける。


加減を忘れることがあるかもしれない。


でもそれがいいんだ。


痛みが少年の成長にとって何よりの栄養に変わる。


フラットのマジック、フラットのプレゼント。

いいなあ。

               ◇

場面は露天風呂だ。

肩までは親から流れ出す温泉に温められ、首から上は、友達発の吹雪にさらされる。

私はこうして育てられてもらった。

ほかの人はどうなのだろうか。
               ◇

タイガーは10歳になる前に世界から注目され、10代のなかばで世界トップクラスの選手になっていた。

タイガーを単なる<金のなる木><宝の山>と見て、近づく大人たちは少なくなかったろう。

その集団の足取りや、顔つきを容易に想定できる。

魂胆、お追従、使い捨て……。


タイガーには<本当の友>が何人いたのだろうか。


肘で小突きあえる、フラットな友が――。

                 ◇

今回の事態が落ち着いたら、タイガー本人の話をじっくり聞いてみたい。


「ごくろうさん、いったいどうしたの?」と問いかけてもらって。

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▲週刊新潮の記事(左)と、タイガーの成長を描いた本


               <口からシャンク>

「タイガー・ウッズは今年も話題を呼ぶよ、なにせ年男だしね」

「え? タイガーはいま34歳なんでしょ…年男ではないんじゃないか」

「……いや、そうじゃなくて」 

冬のウオーキング……私だけの道

2010年01月08日

札幌の地下鉄東豊線・福住駅。

自宅から500メートル離れた場所にある。


トレーニング目的で、この駅の地下通路(約300メートル)を歩いている。

歩くのは土曜日・日曜日などの休日が主だが、平日の夜も勤務の帰り、万歩計のメーターが1万歩(日々の最低の目標にしています)に達していないことに気づくと、足りない分を<地下通路ウオーキング>で補うこともある。

                         ◇

冬の札幌は、戸外路面がツルツル。

深刻に転べば事故になる。

ウオーキングにはなんとも適さない。

冬も鍛錬を続けたいと、これまで<ジムのランニングマシーン><体育館のランニングレーン><自室での足ふみ>などを試してきたが、諸条件が絡み、いまひとつぴったりとこなかった。


しかし、今冬から、福住駅の地下通路を<私のウオーキングレーン>に決めた。

勝手にそうした。

ここなら台風、吹雪も関係ない。料金もかからない。


穴場をみつけた気分で、微笑んだ。

            ◇

年末・年始の連休には、おおいに歩いた。

地下鉄を乗降する老若男女の間を縫うように歩いた。

何度も繰り返し。

怪しまれぬように、きちんと髭をそり、髪をとかし、マフラーの柄にも気を配った。(マフラーは2本しか持っていないのだけど、一応…)。


万が一、駅員さんから「ただ歩くのは困るんですよねエ」と警告されたら、私の純粋な気持ちをどう説明しようかと、思案しながら歩いた。

楽しかった。


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▲外は吹雪。でも<あずましく>地下通路を歩く私


                 <口からシャンク>


「ウーマンが使っても、マンポケイとはこれいかに?」


「ジェントルマンを、合図で一斉にスタートさせても、レディー・ゴー、と言うがごとし」


雪原になったゴルフコースが語りかけるもの

2009年12月24日

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この写真は、札幌北広島クラッセホテル(北広島市中の沢)の12階レストラン=地上34メートル=から、札幌北広島ゴルフ倶楽部(54ホール)のコースを見下ろして撮影したものだ。

雪を載せた、ティーインググラウンド、グリーン、バンカーなどを確かめることができる。


                  ◇


ホテルに行ったのは、12月20日(日曜日)の正午過ぎ。

ランチバイキング+天然温泉(モール泉)で料金は2000円。お得感に引かれ、初めて足を運んだ。


                      ◇

ランチを食べながら、34メートル下のゴルフコースをしみじみと眺めた。

なぜだろうか。ひとつの<自問>が浮かんだ。

「このゴルフ場は、いったい、いつまで続くか?」

寿命はいかに…そんな奇妙な問いだ。

自問し自答してみる。

5年後はどうだろう?………間違いなく今季のように、カラフルな衣装のゴルファーで賑わっているでしょう。

じゃ10年後は?………一部の雰囲気は変わるだろうけど、54ホールは維持されていると思うよ。

30年後は?………経営主体はともかく、ここが優れたゴルフ場であることに変わりはないはず。

ではでは、50年後は?……ウーン、そのとき日本の社会は全体としてどうなっているか。でも、ここはゴルフコースのままであってほしいな。大丈夫だと思いたい。

100年後は?……どうだろう。全く別な形の土地利用が始まっているかも。

1000年後は?……ウーン。

では最後に、1万年後は?………はい、そこまで遠い将来だと逆に明確な絵が浮かんできます。その時代の好きな連中が集まって、いまと同じようにワイワイ言いながらゴルフに夢中になっている姿です。

                      <口からシャンク>

「北広島クラッセホテルの温泉も、白老ゴルフリゾートの温泉も、新篠津ゴルフ場の温泉も…どれもモール泉だよ」

「ハアハア」

「モール泉は、泥炭から出る繊維質を多く含んでいて、こげ茶色で、体が温まって、肌がスベスベになるよ」

「ハアハア」
「でも、モール泉は、世界的にみても貴重な天然資源で、保護の必要もあるよ」

「ハアハア」

「モール泉源を大切にしようと訴えている、有名な道産子の宇宙飛行士がいるよ」

「ハアハア」

「モールまもるさんだよ」

「ハアハア」

この暮れに柳家権太楼の「芝浜」を聞けるなんて…

2009年12月15日

桂枝雀さんが10年前に、古今亭志ん朝さんが8年前に亡くなって肩を落としていたら、5年前に上野の
鈴本演芸場で、柳家権太楼さん(62)の口演に触れ、「まだまだ生を聞きに行くべき噺家は残っているぞ」と元気が戻ってきたものだ。

             
その権太楼さんが、暮れの札幌で「芝浜」を演じるという知らせを受け、いそいそと出かけた。

12月11日(金曜日)の夕方。

会場は地下鉄琴似駅の地下にあるライブホール「パトス」。


地方前衛劇団の根城みたいな湿った空気があり、私の好みである。


木戸銭は前売りが3300円、当日が3800円。権太楼独演会としては格安だ、と思う。

客は中高年を中心に100人余り。シルバーな熱気が膨らむ。

            
柳家ほたるという二つ目さんが「初天神」で開口一番。


権太楼さんはまず「にらみ返し」を40分ほど熱演。


中入り入りの後、お目当ての「芝浜」が始まった。


「芝浜」の筋立ては、酒びたりの魚屋が大金の入っている財布を拾う。

妻が機転をきかして「拾ったのは夢だからあきらめなさい」とウソで説得する。

男は改心して、懸命に働き、立ち直り、独立して自分の店を構えるまでに出世する…というもの。

夫婦の愛情を描き、究極の人情話のひとつに数えられる。


芝浜演出のポイントは、<改心>の部分だ。女房に言いくるめられただけで、本当に本人が夢だと思えるか。


滑稽話なら自在なファンタジーでクリアだが、人情話は、やはり辻褄(つじつま)合致が条件だから手間取る。

35年ほど前に死んだ志ん生さんの場合、改心の全過程を「ハー、おれは情けねえなあ」との一言で済ませ、客を納得させてしまった。別種のすごさだ。

この日の権太楼さんは、この改心部分の描写に5分余り(多分)かけた。


夢だって……うそだろう。

でもこの女房がうそをつくはずもない。

じゃあ、幻想を見たのか。あんな幻に襲われるようでは…俺の精神は、根っこから壊れているに違いない。

ここまで落ちてしまったのか俺は……情けねえなあ。


       ――-といった意味の5分余りの自問自答。


説明が過ぎては落語の興が失せる。

その1歩手前で、権太楼さんは説明を止め、改心を見事に描ききった。


難問は解決。

後はサゲまで、つまり差し出された酒を前に「よそう…また夢になるといけない」という有名なサゲまで、

一気に人情の坂道を駆け下りるだけだった。全体で50分ほど。


    ◇


夫婦の人情話には、女よりも男の方が弱い。


客席で泣いていた女性は3分の1程度だったが、男性客は3分の2ぐらいが、目頭を押さえていた。


そう見えた。


もちろん私も大きなハンカチを取り出して……。

権太楼はいいねえ。


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▲権太楼さんの著書「権太楼の大落語論」(1890円、彩流社)の表紙


                       <口からシャンク>


「落語の芝浜は、亭主と女房のイイ話。聞いたら、鍋物を、熱々のまま食べたくなったよ」


「へー なぜ?」


「フーフーをしたくなった」

プロフィール

プロフィール

川人正善
かわひと・まさよし。55歳。北海道新聞社員。ゴルフのオフィシャルハンディは14.4。高校・大学と落語研究会のメンバーで、落語鑑賞・口演を通じての交流もめざしており「らくごるふ」は「落語流布」の意味も。妻に3女。余市町生まれ。
へぼゴルファーの喜怒哀楽を、同好の仲間たちとの交友、北海道のゴルフコースの雄大さを交え描きます。

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