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車イス犬ドールの遺影 

2013年03月01日


 (ピンクのリボンが巻かれた遺骨の回りは花でいっぱい)

ヨシが老犬ホームへ行ってきた

先日、18歳で旅立った繁殖犬ドールの遺影に

手を合わせて来たと言っていた。

車イス犬として後半生は、みんなに愛されていた

ワタシも顔なじみだっただけにショックだった

遺骨と写真が老犬ホームのいつもの場所に

慰霊碑に納めるまで置いておく場所だ

遺骨には生前、首に巻いていたピンクのリボンが

きれいな花、好きだったクッキー

「生んでくれてありがとう」というメッセージは

こどものカーン号からだ

元気だったころの写真が数枚

繁殖犬として働いていた頃の”お母さん顔”も

だれにも好かれていたドール

その思いに包まれて

ワタシはこの週末、ショートステイに行く予定

ドールお姉さんの遺影に会ってくる


アトム 元気にしていますか?

2013年01月18日


 (行方不明になったアトムの情報提供を呼びかけるチラシ)

盲導犬アトムが行方不明になって間もなく一年

「元気にしていますか?」

「散歩していますか?」

「ちゃんと食べているのかな」

ワタシも含めて、みんなが心配しているよ

昨年1月23日夜、長崎市のユーザー宅から

いなくなって以来、所属する九州盲導犬協会や

ユーザーの懸命な捜索にも手掛かりはないまま

体調1メートル、体重34キロ、オス4歳(当時)、クリーム色

「目立つよね」

「どうして見つからないのだろう」

一日も早く見つかってほしい

もし、なにか情報があったら九州盲導犬協会

092-714-3169へ連絡してね

ただいま  お帰りなさい!

2012年06月24日


 (子犬時代を過ごした居間でみんなとご対面)


 (お母さんの手からリンゴをもらう  昔を思い出すなあ)


 (かつてのオシッコ場を歩くワタシ)

「ただいま~」って言ったんだけど、わかったかな

生後まもなくから、約一年間、過ごした

パピーウォーカーさんの家に15年ぶりに帰った

千歳市郊外にある懐かしいOさんのお宅

庭のオシッコ場だったところの匂いをかいだ

「お帰り オパール」

「そこそこ オパールがオシッコしていたところだよ」

憲輔兄さんが教えてくれる

「オパール ずいぶん大きくなったのね」とお母さん

「元気そうだね 相変わらず美犬だよ」とお父さん

「いい匂いがする」と鼻を付けてクンクンする憲輔兄さん

お兄さんのお嫁さんは、そんな、みんなをカメラでパシャパシャ

大歓迎してくれた

お母さんは、生まれた時につけていたピンクの毛糸の

首輪を取りだして「これを付けて、うちに来たのよ」

ワタシが小さかったころの写真をヨシとユウは見て楽しそう

「耳が大きくてね ご飯の時は食器に入らないように持ちあげたの」

お母さんはそう言いながら「オパールはリンゴが好きだったね」

と、リンゴを切って手に乗せて食べさせてくれた

お父さんは「バナナも好きだったよ」とむいてくれた

時々、立ち上がって思い出の家の中を歩いてみた

「ゆったり、リラックスしているように見える」とヨシ

「そうだよ、だって思い出の家だもの」

みんなで記念写真をとった

「今度は長岡にいる元ユーザーの藤田さんを入れて

3家族で会いたいですね」と誰もが口をそろえた

「それまで元気でね」

お父さん、お母さん、憲輔兄さん、お嫁さん

名残り惜しそうに見送ってくれた

うれしかったこと

2012年05月24日

 (右がワタシ、左がオークス  良く似ているね)

「盲導犬協会へは行きたくない。老犬ホームは鬼門」

イボ治療をされるので~

いつもそう思っていたのだが

先日は、同じお母さんサリーのお腹から

一緒に生まれてきたオークスと会えてうれしかった

パピーの時も、同じ千歳で暮らした仲良し

久しぶりの再会だった

並んで見ると、見事に似ている

首輪の色で違いが分かるだけ

顔つき、体の格好、それに足腰の弱り方も

オークスはオスだから胸回りは少し太めだが

「さあ、並んで記念撮影」

係りのお姉さんがそう言って、ヨシがぱちり

後ろ姿はもっと似ている

 (肩や足腰の衰え具合もそっくり 手前がワタシ、奥がオークス)

「あれっ どっちがオパールだっけ」

デジカメの画像を再生していたヨシがあわてていた

この日のイボ治療は早めに済んだ

「あと一回ぐらいでしょうか」

諏訪先生のこの一言もむしょうにうれしかった

5月のカレンダーに登場

2012年05月09日


 (右下の一番大きい写真がワタシ)


北海道盲導犬協会が作った2012カレンダー

持っている人は気が付いたかな

5月のページにワタシが大きく載っているのを

ワタボウシに囲まれて物思い気な表情

ユーザーだった藤田芳雄お父さんが詠んだ詩

「ありがとうオパール」が2011年わたぼうし音楽祭

で入選したのにちなんでヨシが写したショット

「ちょっと 作りすぎじゃないのかな」

そんな気持ちも表情に出ている

次の6月、そして12月にもワタシは登場している

どれもカッコイイはず

もし持っていない人は協会から買ってね

寄付金付きで1500円

このうち300円が後輩盲導犬育成に使われる

掲載写真はパピーからワタシのような引退犬まで

150枚以上が掲載されている

まだ在庫があったかな

問い合わせてみてね

ゴジラくんと記念撮影

2012年05月03日


 (どっちが強いかな ゴジラくんとにらめっこ)

残雪から飛び出してきた隣家の庭のゴジラくん

妖気に誘われて近づいてしまった

いつもは敬遠しているのに

夏には回りに草花が植えられて、近所の子どもの人気者

こわごわと近寄ってみたら、半身が雪にうずまっているせいか

ワタシより小さく見える

背比べと思ったらゴジラくんの回りの雪が崩れて

ワタシの足もずるずると~

ヨシが引っ張り上げてくれた

そのあとは記念撮影

   「キョキョ」

聴こえるウグイスの鳴き声はまだうまくない

後ろのシラカバは淡い緑のカーテンを作り始めた

胴体を巻いている布のアシスタンス・ハーネス

暖かさで、そろそろ邪魔になってきた

妹のベティーに逢えた

2012年03月19日


  (治療を受けているワタシを心配そうに見る妹、ベティー=右=)

今年になって3回目のイボ治療

次々と新しいイボが見つかって

今回は本当につらかった。

耳の中のイボを液体窒素で冷やしたカンシで

つままれた時には思わず声が出てしまった

  

グア オーン

  「今のはオパールのなき声なの?」

少し離れていたヨシがびっくりして問いかける

  「オパールの声を初めて聴いた」

  「よっぽど痛いのかな、かわいそうに」

回りのみんなも同情してくれる

こんな時間が1時間半も続いた

でも、いやなことばかりでもなかった

一歳下の妹、ベティーが老犬ホームに来ていた

痛がる私を心配そうに見守ってくれた

耳の大きいのも、毛の色、体格も良く似ている

やっぱり背中にイボがある

両親は同じなのに、これまで一度も逢ったことはことはなかった

   「うれしかったな」

甘えるのもいいもんだ

2012年01月14日


  (ヨシが優しく頭を撫でてくれる)

「オパールは甘ったれになったね」

こう言われることが多くなった

老犬ホームでは孤高を保ち、群れなかったワタシ

ヨシの家に来てからも、触れられるのは極力、避けていた

それなのに、最近は撫でられるが平気になった

それどころか自分から撫でてもらいに行く

ヨシやユウがソファに座っているとなんとなく近寄ってしまう

そばへ行っては離れ、近くをぐるっと回って、またそばへ

「何しているの ぐるぐる回って」

「認知症になったのかな」

なんてヨシはからかう

そう言って頭を撫でてくれる

気持ちよさそうにしていると耳の周りを掻いてくれる

鼻筋を下から上にそっと撫で上げてくれるのもグッド

横になっている時に、頭を撫でられると眠くなる

「よしよし そのまま、おとなしく眠りなさい」

の声に応えて、まぶたが落ちる

甘ったれるのもいいもんだ、と気づいた

撫でているヨシだって気持ちよさそうだよ


ラッグス父さん 逝く

2011年12月24日


  (14日は体を起こしていたラッグス父さん)

繁殖盲導犬だったラッグス父さんが21日、亡くなった

来春には20歳を迎えるはずだった

ワタシをはじめ沢山の盲導犬の父親となり

長寿記録を更新していた父さんは

ワタシたちの誇りで、目標だった

14日、入浴サービスを受けに老犬ホームに行ったとき

ショートステイに来ていた父さんと会ったのが

最後になってしまった

その時は食事も出来て、体も起こしていた

「さあ 親娘対面だよ」

と言われたのに、そっけなくしてしまった

今はそれが、心残り

18日ごろから、食べられなくなったらしい

それでも元気で19日には自分の家に帰って来た

21日、老犬ホームの辻さんと奥村さんが見舞いに

二人は父さんの落ち着いた様子に安心して帰った

その数時間後の午後6時10分、20年近く、一緒に過ごした

 I さん夫妻に見取られて、静かに息を引き取った

ヨシは、I さんにお悔やみの電話をしていた

「今、ラッグスのお骨を前に写真を見ていたところでした」

I さんはそう言っていたとワタシに教えてくれた


がんばろうね! フクシマ

2011年12月05日


  (早く食べさせて、と目で訴えるワタシ)


福島市にいるヨシのお姉さんからリンゴが届いた

箱からはつややかな見事な出来栄えの逸品が

ワタシはいつも毎年届く、このリンゴを楽しみにしている

蜜が入っていて、とても甘くて、おいしいから

でも、今年はちょっと違った文書が入っていた

「消費者の皆様へ」と書かれた佐藤雄平福島県知事の手紙

「福島県では出荷前から放射性物質の緊急時モニタリング検査

を定期的に行っており、暫定規制値を下回っていることを

 
確認しております」と県産リンゴの安全性をPRしている

それと福島在住の詩人、和合 亮一さんの詩「決意」も

  福島に風は吹く
  福島に星は瞬く
  福島に木は芽吹く
  福島に花は咲く
  福島に生きる

  福島を生きる
  福島を愛する
  福島をあきらめない
  福島を信ずる
  福島を歩く

  福島の名を呼ぶ
  福島を誇りに思う
  福島を子どもたちに手渡す
  福島を抱きしめる

  福島と共に涙を流す

決意はまだまだ続く~~

そして最後に

  福島で生きる
  福島を生きる

で、しめくくっている

ヨシはこれを読んだ後、リンゴをむいて

ほんの少しだけ、食べさせてくれた

放射能禍と向き合うフクシマの人たち

の苦労と無念さが、甘さの中に感じられた

「おいしかったよ フクシマのリンゴ がんばろうね」

     ワタシもそう思う

ゆっくり休んでね  みんな

2011年08月25日


  (悲しみをこらえて慰霊式が)

今年も悲しい別れの日が来ました

昨年9月から今年8月までの間に亡くなった

仲間の慰霊式と納骨が20日午後、盲導犬協会で

行われました

雨が降ったこともあってワタシは欠席、家でお留守番

参列してきたヨシの話によると

慰霊式を迎えた死亡犬は盲導犬、繁殖犬など

あわせて12頭

名前を聞いたら、老犬ホームで顔見知りだったものも

3歳で病死した1頭を除くと17歳前後が多かった

パピー時代、訓練期間、それに仕事をしていた期間を

考えると引退後は5年くらい、のんびりと暮らしたことになる

  「ご苦労さま」

慰霊式には亡くなった犬のユーザー、パピーウオーカー

それにこの日、始まったユーザー研修会の参加者が犬を連れて出席した

死亡犬エール号のユーザー、小島芳子さんが代表して弔辞を

  「エール 聞こえますか。一緒に行った旅行は楽しかったね

  いなくなってしまったなんて、まだ信じられません。本当に

  ありがとう」

  涙をこらえて、そう語りかけました

そのあと関係者が献花しました

祭壇には、それぞれの写真とともに骨箱が置かれ

たくさんの花と好きだった食べ物が、その回りを取り囲んでいました

慰霊式が終わるころには、雨も上がり

お骨はユーザーなど身近だった人たちの手で

慰霊碑に納められました

  「安らかに眠ってね」

  と祈りながら

15歳の誕生日

2011年08月21日


  (カードと梨を目の前に記念撮影)

  「Happy Birthday オパール

  15歳の誕生日 おめでとう!!

  元気でいてね」

 15歳になった8月18日

 長岡の藤田お父さんから誕生日カードと

 大好きな梨が届いた

 「誕生日にはプレゼントをお願い!」

 と、おねだりしたのを覚えてくれていたんだ

 カードはね、赤い取っ手が付いていて開けると

 可愛い3匹の犬の絵がポンと飛び出してくる

 おしゃれだな

 「On Your Special Day 」とも書いてあった

 ヨシは梨とカードを目の前に置いて

 「藤田お父さんに見てもらうのだから、ちゃんとして」

 ワタシはそれよりも早く梨が食べたい

 「早くしてくれないかな」

 どうしても、不満げな目になってしまう

 「ようし、いいよ」 やっと梨を切ってもらった

 15歳というと、みんな老犬扱いだ

 でもね、イボ治療してくれている盲導犬協会獣医の

 諏訪先生は

 「オパールは元気ですよ。大きな病気をしていないせいも

 あるんでしょうね。体力的には13、4歳くらいですかね」

 と、太鼓判を押してくれているんだよ

 お父さん、だから安心してください

 今年は無理なようだけど、来年は会いに来てね

 待っているから

 

 
 

ナイスハート賞

2011年08月07日

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(ナイスハート賞を受けた藤田お父さん=中央=とウリエル ネット放送から)


障がい者の音楽の祭典、第36回わたぼうし音楽祭が

7日、奈良で開かれた

元ご主人、藤田芳雄お父さんが3年前、ワタシを思って書いた

詩 「ありがとう オパール」に曲が付いて音楽祭で発表された

467作品が寄せられ、そのうちの入選8作品に選ばれた

作曲者は公募に応じた千葉県の戸川悠さん

入選8作品のうち、一番初めに演奏された

戸川さんの曲はしっとりとした、心に染み入るメロディー

ワタシはヨシと一緒にインターネットのライブ中継で見た

藤田お父さんはインタビューに答えて

  「オパールは今、札幌の老犬ボランティア児玉芳明さんの家にいます」

  「わが家にいたときより美味しいものを食べていますよ」

     それはどうかな?

  「今日、ここにいる(盲導犬)ウリエルがつけているのは

  オパールが使っていたハーネスです」

     ワタシとお父さんを10年間、つないでいた懐かしいハーネス

  「児玉さんは、今、このインターネット放送を見てくれているはずです」

     そのとおり、ワタシも一緒に見ていたよ

        お父さん

  「ありがとう オパール」はナイスハート賞に輝いた

        お父さん ありがとう 

        おめでとう!!

    そして8月18日のワタシの15歳に誕生日にはプレゼントを忘れないでね


    音楽祭当日の模様はインターネット放送

    http://care-jp.tv/

    で見られるので、ぜひ見てね


かっこいいワタシ

2011年07月08日

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  (イスに座って、すまし顔のワタシ)

元のユーザー、新潟の藤田芳雄お父さんから

ヨシへワタシの現役盲導犬時代の写真が

たくさん送られてきた

8月7日のわたぼうし音楽祭事務局に出す

写真の一部ということ

ヨシとユウは

「りりしいね」

「若いころはかっこ良かったんだ」

などと言いながら、なんどもなんども見ている

  動画もあった

  ワタシが座布団をお父さんとふざけて

  奪い合いゴッコしている映像も

  お父さんに飛びかかって倒してしまったシーンも

「やんちゃな時もあったんだ」

「よっこらしょ」

立ち上がるのもままならない

今のワタシだけれど

  藤田お父さんの居間のイスにちゃっかり座って

  すまし顔

  すらっと伸びた前足

  細身のスマートな体

  鼻筋が通った美顔に賢そうな目


 自分でもみとれてしまった

わたぼうし音楽祭に行きたい

2011年06月10日

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  (昨年夏、ワタシに会いに来てくれた藤田お父さんにすり寄るワタシ)

長岡の藤田芳雄お父さんからヨシにメールが来た

今年8月に奈良で開かれる、わたぼうし音楽祭で

お父さんが書いた「ありがとうオパール」の詩に曲がついて

発表されるらしい、という内容

3年前、ワタシが長岡を去る時に、お父さんが書いてくれた詩

作詞部門ではすでに入選が決まっていた

それに曲を付けた作詞作曲部門でも入選が決まったらしい

作曲は公募で、60人が応募したという

「8月7日(日)奈良県で開催される音楽祭で発表される

ことになっています。 私も今から楽しみにしています」

とメールは結ばれていた

わたぼうし音楽祭は1976年、障がいのある人たちの思いを

多くの人々に伝えようと日本のふるさと奈良で始まった

障がいのある人たちがつづる‘心の詩”です

近年はアジア太平洋わたぼうし音楽祭も生まれ

2年に1回、アジアの各地で開催され

わたぼうしの種が海を越えています

「ありがとうオパール」の歌がアジアへも飛んで行くかも

   「歌が発表される8月7日にはワタシも奈良に行きたいな」

    ヨシは盲導犬協会の獣医師の諏訪先生に

   「奈良までオパールを連れて行けないでしょうか」

    と訊いてくれた

「8月の本州は暑いので長い旅は無理でしょう」

やっぱり無理かな。

DVDでは見られるかな

ワタシも今から楽しみだ

がんばれ北海道生まれの盲導犬

2011年04月10日

uhbテレビが7日夕に放映した被災地の番組を見た?

 「(北海道)生まれ盲導犬 被災地でがんばる」

震災の被害を受けた札幌育ちの仲間たちのルポ

中には震災後、しばらく安否がわからなかったAクンも出てきた

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 (ユーザーと一緒に被災地でたたずむAクン=uhbテレビから)

よかった!!

元気そうだったよ

でも、つらい経験だったんだろうな

  「こわいんですネ くっついてばかりいる」

  ユーザーのWさんは取材にこう言っていたから

どこの町も瓦礫だらけ

Wさんの頭の中の地図は、みんな消えてしまった

Aクンはどうやって道案内しているのだろう

  「がんばってAクン Wさんの頼りは君だけなのだから」

新潟県長岡市にいるワタシの元ユーザー藤田のお父さん

ヨシがお見舞いの電話を掛けていた

  「揺れましたが、だいじょうぶでした」

そのあと、こうも言っていたんだって

  「オパールは地震をすごくこわがってね」

2004年の中越地震の時、長岡市は激しく揺れた

近くのスーパーの駐車場に車を停め、オパールとその中で数日を過ごした

  「私は市会議員だったので避難場所を巡り歩きました」

  「オパールは偉かったですよ」

  「余震が続いて怖かっただろうに、迷わずに仕事をこなしてくれた」

そんなこともあったネ

余震があって怖いだろうけれどもがんばってね  Aクン

そして東日本にいる20頭の北海道生まれの盲導犬の仲間たち


ワタシはどっち?

2011年04月05日

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  (ワタシ=右=の方が美犬だと思うけれど、オペルもなかなかだね)

このところ毎週のように老犬ホームでのイボ治療が続いている

2日午後の老犬ホームはラッグス父さんをはじめ

多くの仲間でとてもにぎやかだった

その中にオペルも

1996年8月18日生まれのワタシの兄妹犬

お母さんのサリーとラッグス父さんの子供

サリー母さんは数年前に亡くなったけれど

ラッグス父さんは19歳を超えて北海道盲導犬協会

の長寿記録を更新中

日頃は委託先の I さん宅にいるが

このところ老犬ホームで過ごす時間が増えてきた

腰にリハビリパンツをつけてはいるが歩行には支障はない

ワタシが近づいても完全無視

   貫禄十分だ

「オパール 兄妹ツーショットを撮ろうか」

イボ治療が終わって早く帰りたいのに

ウーン ならんでみると確かによく似ている

どっちがどっちか分からないね、なんてみんなが冷やかす

頭のイボの位置も同じ、お腹横の腫瘍の場所も

首輪も協会支給の同じものだし

ユウは「あれ!どっちがどっちだっけ」なんて

冷たいことをいう始末

みなさんはどう思いますか、この2頭を見て


東北の盲導犬仲間が心配

2011年03月21日

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 (介助犬になりたいけれど足腰が弱くなっちゃった) 

東北関東大震災の犠牲者は発生から10日

死亡と行方不明で2万1千人を超えてしまった

岩手県山田町にいた盲導犬とユーザー一組が、いまだに不明だ

  どこかで生きていて欲しい

昨日は80歳のお年寄りと16歳の孫が見つかったのだから~

救助犬が入っているようだ

  頼むよ見つけて

山田町は被害が大きかったので、本当に心配

10mを超す津波の中では優秀な盲導犬でも誘導は難しかっただろう

東北へは北海道盲導犬協会から仲間が20頭近く働きに出ている

今度の災害ではご主人を守るのに懸命だったのだろうな

目の不自由なご主人の安全をはかるのに苦労したに違いない

  東北にいる盲導犬仲間には札幌の協会からエサを送っている

  だけど今は配送が滞っているので届かない

  近くのお店で買っているのかな

協会から、定期的に巡回ケアをしているけれど

それもままならない

  がんばれよ みんな

ワタシも若ければ応援に行きたい

盲導犬だけではなく避難所では犬やネコの姿が少ない

  流されちゃったのかな

  愛するペットは被災したご主人を元気付けてくれるはずだから

  生きていたら避難場所へ行ってパートナーを励まして!


注射なんか痛くない がんばれニッポン !

2011年03月14日

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  (首の後ろにブスッ  でも痛くない痛くない)


東北・関東地方で大きな地震

それに付随した大津波

テレビに映し出される映像は信じられないような惨状

外国からの救助犬が次々と現場に到着している

君たちの鼻で一刻も早く、一人でも多くの被災者を見つけ出して

被災者の中には盲導犬を使っている目が不自由な人もいるのだろうな

その他の障がいを持つ人も大勢いると思う

  元気でいて欲しい

  がんばってね

ワタシは新潟で2004年と2007年の2回の地震を経験している

長岡市議会議員の元ユーザー藤田のお父さんと一緒に被災地を

回って対策に奔走したことを思い出している

障がい者のための施設づくり、対応などを訴えて回った

今回も障がい者にも目を向けて欲しい

リタイア盲導犬のワタシはそう思っている

先日、狂犬病の予防注射をブスッと首の後ろに

でも、痛くない痛くない

 被災した人たちや仲間の犬たちのことを思ったら~

  米国のヨシの友人、ラスからは「がんばれ!ニッポン」

   とメールが届いた

藤田のお父さん 見たよ 聴いたよ

2011年03月05日

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 (元のユーザー、藤田お父さんの一般質問をパソコンで見るワタシ)


「オパール 藤田のお父さんがインターネットで出るよ」

ヨシが、そう言ってパソコンを持ってきた

  前のユーザー、藤田芳雄のお父さんは長岡市会議員

  ワタシと一緒に選挙運動して、トップ当選から12年

  今期で引退するって、前に書いたよね

4日、お父さんは最後の市議会で一般質問をした

それが長岡市議会のテレビ中継でネットにも流れた

  ワタシの後継盲導犬ウリエルと一緒に壇上に立ったお父さん

  12年前の初質問と比べると頭の毛が少なくなったかな

  声は相変わらず素晴らしい よく響く

高齢者の福祉、障がい者基本法の改正問題、障がい者就労

交通バリアフリー化、男女共同参画などを堂々と

盲導犬に触れたり、駅のホームでの転落防止策など

目が不自由なお父さんでなければ出来ない質問のかずかず

一人と一匹の力は、大きかったと思う

障がい者や高齢者、女性などだれにとっても

住みやすい街づくり、こころくばりが大きく前進したのだから

  「長岡市の副市長に女性を登用したら」との再質問に

  ワタシ(メス)も「当然~」と、出ない声で応援してしてしまった

これっ だれだ?

2011年03月02日

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(耳をなびかせて走るワタシ、下の写真ではボールもくわえてるよ 可愛いな)


耳をなびかせて走る、走る

ボールを口に、耳を立てて駆けている

  「これっ だれだ?」

  正解 オパール、このワタシ

  自分で見ても、こんな時があったんだなあって思う

  生まれてまもなくから盲導犬としての訓練を開始するまでワタシを

  パピーウォーカーとして世話してくれたのが千歳市のOさん一家

このお宅のKenお兄さんにはよく遊んでもらった

つい最近、Kenお兄さんから「オパールのブログを見ましたよ」

とヨシのもとに、うれしいメールがとびこんできた

  「オパールは今頃どうしているのか、どこにいるのか気にしながら

  過ごしていました。昨日ネットで何気に『盲導犬オパール』と検索

  したら、ブログを見つけたのです」

その後、ワタシがOさん宅で過ごした幼いころの懐かしい写真を

たくさん、送ってくれました

この2枚の写真もそのうちの一部

   Kenさんは、こうも書いてくれた

  「オパールの耳が他の子に比べて大きいのがとても好きで

  チャームポイントの一つと思っています!おもちゃで遊んだり
   
  引っ張り合ったり公園で走り回ったり、たくさん遊びました」

今、ワタシの左耳は血腫の後遺症で、ちじれて短くなっちゃった

足腰が弱って、耳をなびかせて走り回ることもできない

  「でもうれしいな、こんな写真を今、見られるなんて」

  「Kenお兄さん、ありがとう」

送っていただいた小さかったころの、他の写真も紹介しますから見てね

  

藤田のお父さん 長岡市議を勇退

2011年02月04日

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(日本で初めて議場に入ったワタシと藤田のお父さん=DVDオパールと藤田市議の9年間から)


お父さん 12年間、本当にご苦労さま

長岡市議会議員を勇退するということをヨシへのメールで知りました

お父さんとは12年前の4月から3回、選挙運動を一緒にやりました

初めての議場入りでは緊張してエレベーターへの案内に

失敗したこともあった

一回目に立候補した時、目が不自由なお父さんは

選挙運動や議会活動に不安だったようだけど

「オパールがいればきっとうまくいく」と決断したんだっけ

一人と一匹 6本の足で街頭演説もこなしたよね

トップ当選した時はうれしかった

    お互いに

「日本で初めて議場に入った盲導犬」って呼ばれて10年間

途中でワタシはお父さんより一足早く引退

札幌に帰ってきたが、お父さんは2頭目の盲導犬ウリエル

と一緒に通算24回一般質問に立ち常任委員長も3度

「障がい者やお年寄りに優しい街を作ろう」

と一緒にがんばった

点字の議案書を読んだり、質問内容をつくったり

そばで手伝ったお母さんも大変だった

でも、お父さんの12年間の盲導犬議員生活は

日本の議会の歴史を拓いたと言ってもいいかな

そのお手伝いが出来たことは

   ワタシの誇り

きっとお父さんの後を継いで障がい者の議会参加は

もっともっと広がっていくのじゃないかな

これからは休止中だったマラソンに再挑戦とか

札幌でもマラソン大会はいくつも開催される

参加がてらに札幌へ会いに来てほしい

ワタシは元気にその日を待っています

プレゼントをありがとう

2010年12月25日

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  (クリスマスカードとプレゼントに挟まれて~)


新潟にいる前のご主人、藤田芳雄お父さんから

クリスマスプレゼントが届いた

誕生日とクリスマスには必ず贈り物がやってくる

ありがたいな

すぐ食べたかったが

「食べる前に、藤田のお父さんへ送る写真をとるからね」

と、お預け

サンタクロース姿のメッセージカードにはワタシ宛に

「元気でね」

可愛いクリスマス模様の袋にカードと大好きなソフトビーフと

トリ肉のじゃーきーが入っていた

赤いカードとクリスマス模様の袋にはさまれて、

少し戸惑い顔でレンズに向かうワタシ

そのあとやっとソフトビーフとトリ肉のジャーキー

にありついてご機嫌

つい舌なめずりしてしまった

 翌日、新潟の藤田さんから掛かって来た電話で

 ヨシはこんなことをしゃべっていた


  「先日、協会に行ってイボの治療がてら体重を量った

  ところ、32 .7キロと10月よりは1キロ

  やせました。もう少し痩せさせなければと思っていますが、

  食べたそうな顔につい負けてしまいます」

  「耳のイボの細胞をとって検査したところ、

  悪性のものではない。通常の老化に伴うイボだろうと

  諏訪先生は言っていました。ほっとしています。

  右わき腹などの腫瘍も、そのままにしてい

  ても特に問題はないだろうとのことです」

 傍で、聞き耳を立てていたが、ワタシも一安心

  「後ろ足と腰が、ときどき崩れるようになりま

  すが、これは歳で、しょうがないのでしょう。来年も

  元気でいてほしいと願っています」

     今日はクリスマス。ご馳走がもらえるかな

甘えさせてネ

2010年12月16日

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  (ヨシのズボンに鼻先を近づけて甘えるワタシ)

「甘ったれになってきたのじゃないの」

と言われている、このところのワタシ

少し前までは「オパちゃんはベタベタしない、しっかりもの」

と言うのが老犬ホームでのオパール評だった

それが、このところ、なんとなく甘えたくなる

家の中ではヨシとユウが立ち上がれば、ワタシもと起き上がる

どこへ行くのもついていく

ソファに2人が腰掛けていると、にじり寄りたくなる

「どこにも行かないから、寝ていなさい」

としょっちゅう言われている

それに「近寄ると毛が付くから離れていて」

なんて冷たいことも言われる始末

ヨシとユウの二人が出かけるようなそぶりを感じると

「またワタシを置いていくのか」と恨めしい顔になってしまう

「そんな顔をしないの。すぐ帰ってくるから」

そうは言われても、ひとりにされるのは、やっぱり淋しい

だんだん子イヌ時代にかえってくるのかなあ

トシなのかなあ

亡くなった11頭の仲間に黙祷

2010年08月24日

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 (この一年間で亡くなった盲導犬、繁殖犬、パピーの慰霊式)

今年も北海道盲導犬協会のユーザー研修会が8月21日から

3日間行われました。それに合わせて初日の21日午後1時から

この1年間で死亡した(元)盲導犬、パピー、繁殖犬など11頭の

慰霊式がありました

ワタシはお留守番でしたが、ヨシが参列して来て様子を教えてくれました

毎年のことですが、だれにとっても哀しい日です

ユーザーを代表してTさん(苫小牧在住)が一緒に過ごした

BJ(ビージェイ)号との思い出を語ったとのことです

ビージェイは今年1月、16歳でなくなったのです

 「もう少し元気でいてくれると思ったのに~。協会からの連絡で

 会いに行って、名前を呼ぶと、苦しかったのだろうに尻尾を

 ばたばたさせて顔をなめてくれました。その2時間後に亡くなりました

 最後は苦しまなかったようなのが救いでした

 苫小牧は冬、道路がスケートリンクのようになります

 転ぶことがよくありましたが、ビージェイは頭を私の脇に

 入れて一生懸命に起こそうとしてくれました

 そんな仕草を思い出します

 ビージェイ 本当にありがとう ご苦労さま」


霊犬安眠の碑の前には11頭の遺骨や生前の写真

好きだった食べ物、それに沢山の花がそなえられました

関係者のみなさんは碑の下に遺骨を納めました

「向こうに行ったら仲間と仲良く遊ぶんだよ」

そう涙ながらに語りかけるユーザーもいたということです

式には研修のために集まったユーザーやパートナーの

盲導犬も参列し、黙祷を捧げていました


ずっと一緒に

2010年02月17日


  
「ずっと一緒に 盲導犬が老いたとき」
  (ぶんか社、田中真由美著)

ワタシにとって気になる本(上の写真)が最近出版された

年をとって盲導犬として、仕事が出来なくなった
パートナーのカンちゃん(カンタス号)を引き取り、見送るまでのお話

盲導犬は引退後、ワタシのように、委託ボランティアのところで
過ごす犬がほとんどだけれど、カンちゃんみたいな例もあるんだね

著者の田中真由美さんはスティーブンスジョンソン症候群という
病気にかかり視力が0.01.夫の保さんは全盲

結婚後、保さん(たもっちゃん)はカンちゃん(ラブラドール、オス)を迎え
楽しい二人と一匹の生活が続く

 14歳2ヶ月、カンちゃんはハーネスを外す時が来た

 そんな年まで働いていたんだ      すごいな

 13歳6ヶ月のワタシは感心してしまった

引退した盲導犬を引き受けると、次の盲導犬は貸与されない

保さんと真由美さんは、それを覚悟でカンちゃんとの生活を選んだ

日常生活を支えるパートナーがいない不便、それに老後の介護

「それでもカンちゃんと別れるなんて、考えられませんでした」

  15歳の誕生日の翌日、カンちゃんは病いで旅立つ

遺体は二人の家の敷地に埋葬され、その上できれいな花が咲いた


 ユーザーさんと、ずっと一緒にいたほうがいいのか

  ワタシのように長岡のお父さんと別れて

  札幌に帰って、ヨシやユウと暮らすのがいいのか

  ワタシにはどちらとも言えない


   「カンちゃん、ありがとう」

 最後の最後までそう言い続けたきずな 

   わかるなあ 

カンちゃんは生前、カンタス航空でオーストラリアへ行ったり
北海道旅行を楽しんだり

そんな二人と一匹の生活が、この本にはたっぷりつづられている

それに公式サイトhttp://www.moudou-dog.com/index.html
もあり、思い出写真やエピソードがいっぱい

たもっちゃんはこのあと、また盲導犬と暮らすことになるのか
どうなのか

  この本には触れられていないけれど
ワタシとしては、もう一度、盲導犬との生活を送ってほしいと思う

  たぶん、カンちゃんもそう願っていると思うから

長岡のおとうさん 受賞おめでとう

2009年11月02日

 
 
(ワタシの後継盲導犬ウリエルと一緒に直江兼次の「愛」の前立て兜をかぶって新潟観光を呼びかける藤田のおとうさん)

新潟県長岡市にいる前のご主人、藤田のおとうさんからメールが届いた
11月1日に議員活動10年で市から表彰を受けたとあった

視覚障害というハンディを抱えながらの議員活動
福祉政策の充実をはじめ、幅広い精力的な活動を
してきただけによかったですね

メールには「常に私と共に活動し、陰で支えてくれる妻と
盲導犬のウリエル、オパールにも感謝している」とも書かれていた
ワタシの名前もあって、うれしい

さっそく、お祝いのメールをヨシに送ってもらった
      
藤田のおとうさんへ

オパールです。

長岡市表彰、おめでとうございます
一緒に選挙運動に立ってから、もう
10年になるのですね

議員活動の様子はブログや、ホームページ
を見ている児玉のおとうさんから聞いています

札幌に帰ってきてから、1年と3ヶ月が過ぎました
すっかり、こちらの生活にも馴れて、「甘えん坊に
なったね」と、ときどき叱られています

右横腹の腫瘍もあまり大きくならず、体調は
良好です。食欲もありすぎるくらいで、ダイエット
食にさせられています

それでも、やせません

右の前足と後足に、イボができ赤くなっているのを
ヨシとユウは心配していますが、痛いこともない
ので大丈夫でしょう

4日午後には盲導犬協会の辻さんがイボの様子
を見がてら、久しぶりに会いに来てくれます。

札幌は昨日今日と雪でした。寒がりのワタシは
オシッコで外へ出てもすぐ家の中に入って
ペチカの横で、丸まっています

新潟のお父さん、今度は20年の表彰を目指して
ウリエルと一緒に頑張ってください

星守る犬

2009年10月15日

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「星守る犬」(村上たかし著、双葉社)
ヨシはだいぶ前から手にしている
犬に関する本はだいたい買う

そしてすぐに読んでしまう
ワタシにも内容を教えてくれる
いつもなら~

ところが、この本だけはなかなかページが進まない
漫画だから、すいすいと読めるはずなのに
どうしたのだろう

うーん、物語が切なくて
苦しくなって、ページを繰るのがつらいらしい
かわいい主人公、ハッピーの絵が表紙で出迎えてくれているのに

ある日、山の中に放置されていた車の中から
男性(お父さん)と犬(ハッピー)の遺体が見つかった
男性は死後1年~1年半、犬は死後3ヶ月と推定された

普通にまじめだったお父さんは家族から見放され、生活のあてもなく
拾い犬だった愛犬のハッピーと車で旅に出る
手持ちのお金は、やさしさをかけた少年にだまされて失う

残った手持ちの財産もハッピーの病気治療で消える
それでも、1人と1匹は互いに信じあい
旅を続ける

そして~
山の中で、お父さんは先に逝く
残されたハッピーはその後の一年近くをどう過ごしたのだろう

今、日本では自分で死に行く人が3万人を超えている
お父さんもその1人なのかもしれない
でも、いつもそばにハッピーがいた

表紙の帯に「限りある命を、犬とふたりで」とある
「かたわらに犬、二人は絶対に幸せだったと思います」
著者の村上さんはあとがきで、そう書いている

読み終えたら、感想をワタシに聞かせて欲しい
二人と一匹のオパールに

ありがとう  そしてさようなら

2009年08月24日


(藻岩の山並みを背景に、遺影に向かって弔辞を述べるKさん)

「ありがとうシェル 一緒にいっぱい歩いたね」
「いっぱい迷ったよね」
「7年間、ほんとうにほんとうに ありがとう」

「あちらで仲間のワンちゃんと仲良く遊んでね」
「私もお父さんも子ども達もやがて一緒に会えるから」
「それまで待っていてね」

「シェルが来てごみを出せるようになった」
「自分で買い物が出来るようになった」
「とってもうれしかったよ お前のおかげで」

「最後の瞬間には立ち会えなかったけれど、お骨をしっかり
だっこさせてもらった」
「さようなら シェル」

8月22日午前に北海道盲導犬協会で行われた盲導犬慰霊式
亡くなったシェル号の遺影のむかって
ユーザーだったKさんは切々と語りかけた


(お骨を碑の下に収めるユーザーら)

ヨシは協会評議員として式に参列、献花してきた
昨年の9月から今年8月までの一年間に
亡くなった盲導犬は5頭、繁殖犬1頭

式には盲導犬ユーザーやボランティアなど約100人が参列した
藻岩山を背景にした霊犬安眠の慰霊碑の前での弔辞に
涙をこらえる人、人  

「もう、これが最後だね」
そう言って、元のユーザーは碑の中へ愛犬の遺骨を納めた
いとおしそうに遺骨を両手で握りながら少しずつ

ヨシがパピーウォーカーとして育てた盲導犬候補犬5頭
のうち函館で働いたルナと岩手に行ったサチもこの慰霊碑の下で眠っている
「オパールの長寿を願ってね」 そうヨシは祈った

日航機事故・坂本九ちゃんと盲導犬アン

2009年08月12日

24年前の今日8月12日、日航ジャンボ機が群馬県山中に
墜落、520人の犠牲者を出しました
現場上野村では灯篭流しや慰霊の登山が

ヨシは新聞社の社会部デスクとして、この事故を扱った経験を
だから、この日はよそ事とは思えないようです

それだけではないらしく


 (左下の写真は九ちゃんとアン 1983年撮影=札幌モーニンングロータリークラブ会報から)

520人の犠牲者の中に、歌手の坂本九ちゃんがいました
九ちゃんはヨシが育てた盲導犬アンとテレビ(STV)に
出演しているのです

いつもワタシが寝ているペチカの前で
九ちゃんのひざで甘えて
カメラにむかっている写真も残っています

庭で遊んでいる写真やテレビの番組「サンデー九」
の台本は栗山町の坂本九記念館に保存されています

アンはわが家で預かった5頭のパピー(盲導犬候補の子犬)
の中で、盲導犬になった初めてのイヌ
おとなしく、やさしい良い子でした

九ちゃんとのふれあいのあと、十勝の上士幌町のSさん
の目となって生活しました
Sさんは戦災で失明、聴覚もなかば失いました

アンは盲導犬であり、聴導犬の役割も担ったのです
しかし、九ちゃんが犠牲になった3ヵ月後
後を追うように3歳の若さで、腸閉塞で死亡したのです

夜勤明けのヨシは車で音更の霊園まで行き
Sさんとアンのお骨を拾って、一部をもらい受け
いまも机の引き出しに入っています

Sさんはクリスチャンであり、歌人でもありました
アンと過ごした楽しかった日々、そして失った悲しみを
歌に残しています

その歌の一部を紹介しましょう

「我が犬のすこやかなり日日々の夢さめてむなしくやみに目をとず」

「我が耳と目となりくれし盲導犬若くなんじはめされゆきたり」

「はろばろとパピーウォーカーもはせくれし分骨いらき帰りましたり」

カシースとカルーラ

2009年07月01日

20年前、ヨシとユウは米国ワシントンDC郊外の
バージニア州に住んでいたことがある
そのときの思い出をワタシに語ってくれた

春のある日、隣家の若夫婦ラスとスウが「犬を買いに行く」
と言って出かけた。
帰ってきたので「どれどれ、どんな犬」と犬好きのヨシ

ところが「秋にはやってくるよ」とラスはのんびり
スウは「今日は父親と母親犬を見に行ったの」
ブリーダーでもある農家を訪れ、予約してきたと言うのだ

そう言えば、米国のペットショップで生体の犬、猫
を店頭で売っているところは見なかった
秋が来て、テリア系の子犬カシースがやってきた

「我慢強く待つんだなあ」と思った
「親を見れば、どんな子犬かわかるので安心」とスウ
日本とはだいぶ違うと感心した

スウに長男のマットが生まれ、カシースと一緒の育った
「ヨシは盲導犬になる子犬を5匹も育てたのだから」
と育て方、しつけの方法まですっかり頼られてしまった

カシースは悲しいことに車にはねられて死んだ
ラスは1人では引き取りに行けないから一緒に
行って欲しい、と呼びに来た

犬猫病院で遺体を受け取り、ラスが車を運転
ヨシが助手席で毛布に包んだカシースを抱いて
帰ってきた

家の近くの公園の大木の根元に二人で穴を掘り
埋めて花を手向けた

(カシースを埋葬した公園の森)

弁護士のラスに「公園に埋めて法律違反じゃないのか」
と尋ねたが、「カシースは家族だったから、家の近くが
いいはずだ」と涙をぬぐいながら言う

スウは家に、こもりっきりだった
彼らはしばらくして、同じ農家から次の子犬を買った
数年前に訪れたときは目が不自由な老犬になっていた

兄弟同然に育ったマット、そしてその後、生まれた2人の
男の子ベンとジョンの3人とラス、スウの世話を受けていた
今では再会は不可能だろう

そのことは訊けないでいる
あの公園の木の下はどうなっているだろう
懐かしい、そして悲しい胸がキュンとなる思い出だ

辻恵子・お母さん、20年表彰おめでとう!

2009年06月27日

“老犬のお母さん”と呼ばれる辻恵子さんが勤続20年の
表彰を受けました。お母さん、おめでとう


(表彰状を受ける辻恵子さん)


(辻さんに抱きしめられるワタシ)

6月25日に開かれた北海道盲導犬協会の理事会、評議員会
の席上、和田所長とともに勤続20年の表彰状と副賞を
手渡されました。

「(老犬の看取りなど)涙することも多くありましたが、この仕事
に生きがいを感じてやってきました。これからも皆さんのお力
を借りながら、続けていきます」

20年間に看取った老犬の数々を思い出すのか、ときどき声を詰まら
せながらマイクをにぎり、お礼の言葉を。最後の「ありがとうございました」
は亡くなっていった老犬たちへの呼びかけでもあったのでしょう

北海道盲導犬協会の老犬ホームは日本どころか、世界でも初めて
設けられた施設でした。辻さんは協会入所以来、20年間、ホーム
一筋の勤務です

目の不自由なご主人の目、つえとして働き、高齢のため愛する主人
と引き離されて帰ってきた元盲導犬たちの終末期を、世話し続けて
きました。

寝たきりの老犬の排泄のめんどう、寝返りの世話、台車に乗せての
日光浴。そして最後のお別れまで、小柄な体での献身的な仕事です
全国の盲導犬ユーザーから、賞賛されています

ユーザーにとって自分を長年、支えてくれた“家族”が
老後をどう過ごすのかは最大の心配事です
「辻さんがいる札幌のホームなら安心」とそう、みんなが言います

ワタシは長岡市の藤田お父さんと別れたあと、1ケ月ほどホームに
いただけだけれど、大好きになってしまった
今でも時々、会ってつめを切ってもらったり、抱きしめてもらったり

ヨシとユウが育てた5匹のパピー(盲導犬候補犬の子犬)のうち
ルナとサチの2匹の最後も辻さんに看取ってもらった
親身になっての世話に涙がこぼれたことを、ヨシは思い出している

辻・お母さん、ありがとう。私オパールも、こんどの表彰は
本当にうれしい

もう一度、おめでとう


癒し犬?

2009年05月30日

               腕枕しながら、いつもの寝姿です

 

  「かわいい」
  「癒されます」
  ヨシのメールにこんな反響が入ってきているようです

  「仕事に疲れたとき、農作業の手をやすめているとき
  オパールのブログを見ると気持ちが休まります」
  
  癒し犬の役割を果たしているとしたら
  
                         うれしいネ!

  「病院やお年寄りがいる施設を訪問したら」
  と言う人もいるんだよ

           もし要望があれば、がんばろうかな

  盲導犬協会老犬ホーム責任者の辻さんも
  「いろんなところに連れて行ってあげてください」
  とアドバイスをくれるしーーー

  ワタシ としても刺激になっていい
  街へ出ると、昔の仕事を思い出してしゃきっとするから

  犬にも認知症があるって知ってる?
  同じ場所をぐるぐる回ったり、壁に頭をぶつけたり
  するんだって

  ワタシにはその兆候はないけれど
  でも、なったらなったでしょうがないか  病気だから
  予防には刺激が一番らしい

  長岡市の藤田おとうさんからも
  「ブログを読んでいるよ」と、うれしいメールがきた

  「ソーメンの話(5月28日 食べたいヨー)などは、そうだったのかな
  どと、驚くやら感心するやらで、オパールの顔を思い浮かべながら
  楽しく読ませていただきました」

  「とても元気な様子、安心しています」
  「これからもオパールをどうか宜しくお願いします」
   
   長岡のおとうさん、元気でいるからネ


  
  

  
    

ありがとう  オパール

2009年05月27日

    新潟県長岡市で10年間、盲導犬として働いていたって
                  言ったよね
    
     ご主人は長岡市議会議員の藤田芳雄さん(60)
  長岡市で初めての盲導犬としてデビュー  1998年7月のこと
   
  その翌年、藤田お父さんは市会議員に立候補
    私と二人五脚で選挙運動を展開

見事にトップ当選 
 
  日本で初めて議場に入った盲導犬となったわけ

    長岡のお父さんは時々、ヨシへメールを送ってくれる

      最近こんな詩を届けてくれた

     私が引退して札幌へ帰る直前に書いたもの。ブログに使っても
いいよ、といってくれたので、面映いけど、みなさん読んでね。

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   「ありがとう オパール」 ~ 盲導犬オパール号に寄せて ~

                           作詞 藤田芳雄

     (1) 青空映す つぶらな瞳
      あの町 この町 たくさん見てきたね
      君が居たからずっと歩いて来れた
      君と出会って僕の世界は変わったよ
      見えない僕の手に いつも君のハーネス
      ありがとうオパール 今日までありがとう

     (2) 君が居るなら 雨でも楽し
      あの道 この道 たくさん歩いたね
      両手いっぱい 夢と勇気をくれた 
      明日(あす)から君は 君のために生きるんだ
      見えない僕の手に いつも君のハーネス
      ありがとうオパール 今日までありがとう

     (3) 君と歩けば 笑顔が見える
      あの人 この人 たくさん出会ったね
      きっと忘れない 遠く離れていても
      君と過ごした この10年の想い出を
      見えない僕の手に いつも君のハーネス
      ありがとうオパール 今日までありがとう

                  (by Y.Fujita  2008.7.19)

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   (新潟日報平成20年7月20日朝刊)写真右端が藤田おとうさん
   ハーネスをつけた姿はかっこいいでしょ
  

   


  

プロフィール

プロフィール

オパール
 日本初(?)のブロガー犬。16歳、雌。新潟県長岡市で10年間、盲導犬として働き、2008年夏、引退。生まれ故郷の札幌に戻り、リタイア犬委託ボランティアのヨシ、ユウと暮らす。

ヨシ(児玉芳明)
 2008年夏、プロサッカー運営会社を退職。いくつかのボランティアをしている。パピーウォ―カーとして5頭の盲導犬候補犬を育てた経験を持つ。元新聞記者。

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