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☆王国ブラジルが苦戦。どうするドゥンガ監督

2009年03月31日

 あのブラジルが大変なことになっているようです。W杯予選で4位に転落。母国での批判の声をドゥンガ監督は、どう受け止めるのか。ただごとではありません。西アフリカのコートジボアールでは22人が死亡する混乱があったとか。サッカーは、本当に怖い。

 道新スポーツは、標高2850メートルのキトで行われた南米予選で、カナリア軍団がもがき苦しんだ、と伝えています。キトはボリビアのラパスに次ぐ、世界で2番目に標高が高い都市だそうです。きょうの道新夕刊にも掲載されていますね。

 僕は、かつて富士登山をしたときに、標高2500メートルくらいで、急に息苦しくなり、いわゆる高山病にかかったことがあります。そこで、激しい運動をするわけですからね。大変だ、これは。
 高地に慣れるために、トレーニングをすると心肺機能が高まる、といわれているので、わざわざ高地を選ぶアスリートもいます。マラソン選手など、そうですね。サッカーではホームのチームは有利、逆にアウェーのチームにとっては、鬼門でしょう。

 それにしても、です。スーパースターを何人も輩出しているブラジルが、11試合を終えた時点で4勝6分とは。負けは1試合だけですが、すっきりと勝てていないのですね。過去のW杯に唯一全部出場している王国としては、これは異常事態でしょう。

 報道によれば、試合前にドゥンガ監督がテレビ番組で「みんな好き勝ってなことを言っている。南米予選は本戦よりきつい」と涙目で訴えたそうです。お気の毒に。あす4月1日には、ペルーとホームで戦うということですが、ペルーはいま最下位。勝てない、ということになれば、一気に監督交代の話までいくかもしれませんね。

 ドゥンガは、元磐田の選手で、日本でもおなじみでした。サッカーに関する考え方がすばらしく、強豪だった磐田の基礎を作った選手とも言われています。ただし、今の磐田は相当、疲れているような気がしますが。
 2006年7月からブラジル代表監督をつとめていますが、その重責たるや、ジャパンの岡田監督の比ではないでしょう。
 さて、過去にサッカーをめぐる暴動や事故で、世界中で何人もの人たちが亡くなっています。
 ちょうど、きょうの記事を見る前の昨日、西アフリカのコートジボアールで22人もの人が死んだ、という共同通信電を読みました。詳しくは報道されていませんが、入場の際に将棋倒しになったものと思われます。
 
 僕も、15年ほど前に取材で一度だけアフリカを旅したことがあります。電気がつかない難民キャンプでもプレミアリーグの勝敗を気にかけていました。当時ザイール(今はコンゴ)の廃墟のようなホテルでも、サッカーはみんなの最大の関心事で、ホールに一台しかないテレビの前に集まってワイワイやっていたものです。

 勝ち負けは、人の生死にまでかかわる。サッカーは恐ろしい。日本に大きな影響を与えたドゥンガが窮地に陥らないように、カナリア軍団の目覚めを待ちたいと思います。

☆ファイターズがテレビジャック?

2009年03月30日

 先ほど、ファイターズの広報から連絡が来ました。明日、31日、夕方の道内テレビとラジオは、ファイターズの監督、選手らが、手分けしてナマ出演。開幕前にテレビ・ラジオをジャックして、気勢を上げようという作戦だそうです。

 詳しくは明日の朝刊をご覧ください。どさんこワイドではスレッジ、ヒメネスの外人コンビ、UHBスーパーニュースでは、二岡選手(これ、おすすめです)、NHKではさすがに梨田監督。そのほかHBC、STVラジオまで、ほとんどがナマ出演で、意気込みを語るそうです。

 やるなあ、日ハム広報グループ。このところ、梨田監督を中心に、いろいろなメディアやCMに出ずっぱりといった状態です。もともと、こうしたPR活動は、道内最初のプロチーム、コンサドーレが最初でした。ハムに対しては、まだ、スポンサーが様子見、だったこともあったのですが、梨田さんになってから、見違えるように積極的になっています。外人のヒルマン監督に比べて、子どもから大人、お年寄りまで、梨田さんの気さくな人柄が、受けるとみたスポンサーが、続々名乗りを挙げたと、言っていいでしょう。
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 僕が今、書きながら食べているのが、ファイターズヌードル。日清食品から出ていて160円とちょっとお高目。先日はスープカレーヌードルもいただきました。
 どちらが、おいしいって? それはカレーです。稲葉、スレッジの連続長打のようにピリリと辛いです。カップめんにしては、特筆すべき辛さだと思うのは、僕だけでしょうか。
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 それに比べ、いま食べ終わったばかりのしょうゆ味は、なにか不安なものを感じさせます。ちょうど、絶対的切り札のいなくなった抑え投手陣のように「ゆる~い」味でした。直球なのか変化球なのか、はっきりせんかい。
 コンビニの棚には、「お土産にどうぞ」と書いてあって、なるほど、北海道に来た観光客が手にするのでは、ないかいなあ、と思った次第です。

 と、いうのも、20年以上も前に、同じ体験を大阪でしているからなんですね。タイガースまんじゅうとか、タイガース栄養ドリンクとか、せんべいもありましたね。そんなものを出張帰りに頼まれもしないのに買っていったものです。おそらく、ダルビッシュものなんか、結構売れるでしょうね。(ただし、この話、たぶん、難しいと思います。ダルのマネジメント会社が拒否するはずですから)

 話が横道にそれましたが、そうやって、真の道民球団になるのだなあ、その過程を見ていくのも楽しいものだなあ、と思いました。

 開幕まであとわずかですね。
 最後に少しだけ道新文化センターの僕の講座のPRを。今シーズンは、新たにタイトルを「スコアブックをつけながら見る日ハム戦」として、募集させていただきました。全6回、4月から6月までの第1.3木曜日です。午後7時から2時間ほど。6回でスコアブックを完璧に付けられるよう指導させていただきながら、隠れた日ハム話で盛り上がろうと思います。6回で12600円。昨年は、試験的に行ったのですが、今年の反応は、さすがに早い。もう定員に近いのですが、あと数人の方ならOKです。
 申し込みは、こちらからどうぞ。
 7月には、希望により、ドーム観戦&スコア付けもする予定です!
 

  

★引き分けメールが無情にも

2009年03月29日

 岡山戦。1週間ほど前に、岡山で発行している地方新聞の方と東京でお話する機会があったのですが、「札幌さん、強いですからね、何とか勝たせてくださいよ。岡山県民の夢だったんですから、J2チームができることは」と、言われてしまいました。
 ですが、僕は思っていました。
 「いえいえ、桃太郎の里は、手ごわいですよ。ファジアーノは、キジですよね、イタリア語で。フクロウチームのうちは、鳥同士の対戦なんですね。キジに勝てるかな、フクロウは」
 あいにく今日は、テレビ観戦もできませんでした。無情のメールは、札幌ドームに届きました。

 こういうのを「股裂き状態」といいます。日ハムのオープン戦最終戦をどうしても、見なければならず、ドームに行っていました。道新の携帯300円コースに入っていますと、リアルタイムで、ごひいきサッカーチームの得点経過が入ってきます。

 「おー、上里、打ったか。けがを押して出てきたのに、よくやった、よくやった」
 前半が終わり、目の前のダルビッシュもまずまずの内容だったので、ほっとしていました。
 さて、後半開始のメール。あろうことか、岡山に1点。
 あれあれ、その後は。メールは「メエ~」とも鳴かず飛ばず。気がついたら、試合終了のメールが飛んできました。
 
 お疲れさん、の引き分けとは。
 「J2初登場のチームに勝てなければ、勝てるチームがない」
 こんな嘆きも、サポーターの方から聞こえてきました。
 勝負だから仕方ない。負けるよりはよい。また、次に勝てばよい。
 もっとも、指揮官と選手たちには、もっと悩んでもらいたいと思います。

 まだまだ全試合の10分の1です。上里のミドルは、それはすごいミドルと聞きました。オフに、上里ゴールのオンパレードになるような総集編が見たいものです。
 
 と、いうことで、今ドームから帰ってきました。仕事でお忙しいとき、ちょっとパソコンや携帯をつなげないときには、道新の携帯メールサービスは、結構役に立ちます。コンサをはじめ、J1、J2のうち、好きな3チームを選んで、試合経過をメールで飛ばしてくれます。野球も12球団のうち3球団での設定が可能です。自分の手元ですぐに設定できるので、心変わりの激しい、浮気者さんで、すぐに他のチームに目移りしても、携帯300円コースは、自分で設定できます。
 
                       少々ヤケ気味です。それにしても勝てないなんて。
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☆八百長疑惑報道裁判を読む

2009年03月28日

 大相撲春場所は、千秋楽を待たずに白鵬の優勝が決まりました。優勝10回は栃錦、初代若乃花らと並んで史上10位というから、すでに大横綱の仲間入りとも言えるでしょう。白鵬は11日に24歳になったばかりで、10度目の優勝を24歳0カ月で達成するのは大鵬、貴乃花に次いで3番目の早さというのも、これまた特筆すべきことです。
 でも、2日前の八百長訴訟の東京地裁判決には、あらためて「八百長の壁」の厚さを感じずにはいられませんでした。

 判決では、講談社側のずさんな取材を厳しく戒めて、名誉毀損の損害賠償額としては、過去最高とみられる4300万円余りの賠償を認めています。
 判決の詳細は、すでにネットでも公表されているようなので、詳しく触れませんが、週刊現代の連載に対して、取材のずさんさを指摘し、こうした高額な賠償額になったものと思われます。たしかに、当時を振り返ると、一読者として、あの記事の持つ衝撃の大きさは、大変なものがありました。それによって出版社が儲かったのも事実ですから。

 取材の鉄則といえる本人への取材がなく、八百長の確実な証拠をつかめなかったのは、痛かった。高額賠償による訴訟が明らかになってから、僕の個人的な見方は、「講談社側は、よほどの証拠を突きつけない限り、勝てないだろう」と思っていました。週刊誌といえ、70万部余りの部数を持ち、日本の指折りの出版社が出しているとなれば、「うわさの範囲」、または「あいつが言っていたから」で書くことは、避けるべきだったでしょう。

 ただし、今回の裁判で大相撲の中で恒常的、歴史的に繰り返されていた八百長相撲の事実が否定されたわけではありません。つまり、週刊誌のような金銭の授受と勝敗の貸し借りは、関係者の証言で否定され、裁判所もそれを認めたものの、八百長相撲が、まったく行われていない、とは言っていないからなのです。

 八百長は過去に協会自身も「無気力相撲」という形で認めています。北海道新聞は27日の第2社会面で「角界 信頼回復なお途上」という記事を掲載し、裁判の中で、過去に無気力相撲を注意した協会幹部の録音テープが証拠として公表されたことを伝えています。つまり、八百長の存在は、すでに何年も前に、協会も認めているのです。

 判決と大相撲に八百長があるか、ないかの判断は別の問題です。
 少し気になったのは、こうした疑惑報道をしてきた週刊誌のペン先が鈍るのでは、ということです。出版不況の中で、今後、何千万円のリスクを負って権力を追い詰める連載記事を書くのは、大変な覚悟が必要になります。ジャーナリズムが自由を奪われることは、最後には権力が国民の自由を奪うことにもなる。これは、断じて許されません。

 講談社側は控訴の意向ですが、無意味な争いにならずに、大相撲の本質を社会に問う裁判になってほしい。本来は、裁判にすべきではない、との気持ちがありましたが、こうなっては、実のある裁判になってほしい、そう思います。

 

☆石崎監督さん、ありがとう

2009年03月27日

 と、いうファン・サポーターの声が聞こえてきそうです。きょうの道新スポーツにもあったように、宮の沢の白い恋人パークの見学エリアを広げることになり、25日から実施しているそうです。その理由は、クラブハウスに引き揚げて来る選手たちに接近できるように、とのこと。石崎監督の発案だそうです。

 サインや、写真撮影などをしやすくする、ということです。われわれ報道陣の席がその分、狭くなるのですが、現実に練習で報道陣がいっぱいになるのは、限られたときだけでしょう。わざわざ足を運んでくれているサポーターのために、少しでもサービスをしたい、という指揮官の判断はすばらしいと思います。

 「ファンのためになんでもやります」と就任会見で言ってくれた石崎さんの約束がひとつ達成された、ということでしょう。

 こうしたプロの選手との接触の仕方で先例になっているのがプロ野球だと思います。主会場で行われる通常の試合では、簡単にサインをもらうことができません。そこで、ファンたちが、宿舎や練習場に訪れる。チームの広報はこれを遮断しようと、ロープやバリケードを築く。つまりこれは巨人ですね。

 ところが巨人人気がすっかりなくなり、今や地方の時代になったことで、ファンはスター選手でなくても地元の有望株を追いかけるようになった。「先物買い」とでもいいましょうか。パリーグの中でもロッテや、ソフトバンクが上手にお客さんの満足度を上げることに成功しました。後発の北海道日本ハムも、年々ファンとの間を狭める努力をしていますね。


 一流の選手、プロに行くような一流の選手たちとじかに接触できることは、将来のファンを増やすばかりではなく、子どもたちが有望な選手に育っていくひとつのきっかけになるでしょう。一流のプレーや一流のテクニックを見ることで、地域とともにレベルアップする。それは選手にも見る側にも言えることです。

 マナーの問題もあります。先ほど書いた巨人の時代には、熱狂的なファンが、何をするかわからない、という不安もありました。大相撲でもそうです。その昔、花道ではお客さんがパチンパチンと体をたたいて気合を入れたり、喜びを表したりしていましたが、いつしか「危険だ」という理由で、観客との間が遠くなってしまった。どうなってしまったのでしょう。

 そんななかで、石崎監督発案のこの考え方は、大いに評価されていいと思います。もうひとつ言うならば、お客さんのマナーが育ち、サッカーが地域の文化として根付き始めた、という意味もあると思うのですが。

☆上里、キリノの負傷は新生コンサの試練

2009年03月26日

 まるでスローモーションのようによみがえって来る。昨日の湘南戦でのキリノと上里の空中交錯シーン。味方同士が頭をぶつけ合って退場するという、コンサにとっては、考えてもみなかった最悪の序盤。ついていなかった、で済ませていいものか。石崎監督が試合後口にした「気迫が足りない」が、「気迫の空回り」とならないように、今後は、どうすればよいのだろうか。

 それは、まさに悲劇だった。8分過ぎ、中盤に上がったボールを上里が走りながらジャンプして前で競ろうとする。前線から後ろに戻ったキリノも10メートル以上の助走をつけて、このボールに食らいつく。次の瞬間、ボールは、相手選手を含めた3人の間に落ちて、キリノと上里は、ピッチ上に倒れこんでしまった。
 どちらかが、すぐに手を振り「だめだ、交代させてほしい」のサイン。事態の深刻さは、1秒ごとに誰の目にも分かってきた。
 
 記者席のモニターテレビでは、そのシーンが映し出されていた。必死の形相でボールを競りに行く二人。まるでガツンという音が聞こえそうなくらい激しくぶつかり合っていた。

 試合後、石崎監督は「二人とも頭を縫うけがでした。意識はしっかりしていますが、念のため、脳神経外科で精密検査を受けています」と冷静に記者に説明した。
 その後の受け答えのなかで、「ゴールできないというのは、気迫がまだ足りないということでしょう」とも話した。
 ただ、その言葉を選手が聞いたら、反発するのでは、と心配になった。ボールを競りに行く気迫が、味方同士の衝突につながってしまった。それも点取り屋のトップと、ゴールシーンを中盤で演出しなければならないチームキャプテンの退場という最悪の結果を招いたのだ。

 偶然の出来事には違いない。しかし、ホームで勝てないチームの焦りが、ほんのわずかの判断を狂わせたのだと思う。ポジション的には、戻ってボールを取りに行ったキリノが悪いということになるだろう。ただ、試合の流れの中でのアクシデントは、誰にも責められない。

 ひとつだけ言えるのは、キリノがチームに合流してまだ3カ月ほどだということだ。いろいろな展開の中で、アイコンタクトで意思疎通できるまでには、最低1年は必要だろう。それは、サッカーに限ったことではない。団体競技の中で、チームワークは、個人の力を何倍にも引き上げる力を持っている。その逆もあり得る。

 そう考えていくと、この空中衝突は、戦い始めたばかりのコンサドーレの試練というしかない。乗り越えたあとに、大きな成果が現れる、と思いたい。

 2人の退場のせいで、長くピッチにいられた、若い宮沢、横野は、石崎監督から「合格」の印をもらっていた。「流れを変えることなく、がんばってくれた」。
 検査結果がよくても、キリノ、上里の復帰は、おそらく何試合後かになるだろう。
 チームがまとまる上での、天が与えた試練と信じたい。

☆湘南戦でホーム初勝利を

2009年03月25日

 石崎コンサドーレの序盤戦を占う意味で、試金石ともなるゲームになるのではないでしょうか。
 ここまで1勝2敗。ホームでの勝利をさがしてみると、昨年4月12日に磐田戦に2-1で勝ってから味わっていないのですね。開幕の仙台戦では、負けているので、きょう勝つのと負けるのでは、天と地ほどの差があると思います。

 湘南は、3連勝と好調です。コンサはまだ、ポジションの試行錯誤状態。きょうは芳賀が、今シーズン初先発するとの報道もあったので、意地を見せてくれることでしょう。
 試合に先立って、午後6時15分からは、曽田選手会長の記者会見のお知らせも入ってきています。これは、2009赤い羽根サポーターとして、共同募金活動に協力することになった、というものです。
 キックオフは、19時。セットプレーからの失点というのは、ある意味、防いでも防ぎきれないものもあるのですが、とにかくマークをはずさずに。
 試合経過は、のちほど速報します。

☆ダルビッシュの精神力を称えたい

2009年03月24日

 WBC決勝戦。テレビの前を離れられなくなりました。場所は、日本の野球と深い関係があるロサンゼルス・ドジャースタジム。時折、テレビに映しだされる外野の外のパームツリーを見ながら、名実ともに日本野球は、ベースボールを超えた、と感じました。
 締めの主役は、イチローとダルビッシュ。9回に1点を献上しながらも、10回を抑えたダルビッシュの精神力と集中力を称えたい。
 歴史に残る、熱戦でした。

 ダルビッシュの投げた41球(もし、間違っていたらすみません。公式記録が手元にないもので)を分析すると、7割方が、打者のタイミングをはずす真ん中から低目へのスライダー。すっぽ抜けの1球をのぞいては、ほとんどが、低めにコントロールされ、長打は、絶対に許さない、というピッチングでした。

 9回1死後の3番キムに対してのストレートの四球は、これまでダルビッシュに何度か見られる「ストライクゾーンの見極め」のための投球だったと思います。低めの変化球で丹念にコーナーを突き、相手と、審判の出方を探る。結果的に、ストレートの四球となり、ピンチを招いてしまいましたが、マウンドでの冷静さは、いつもと変わらないと、みました。

 打者10人に対して、取ったアウトのうち5つが三振。結局10回のイ・ヨンギョにセンターにライナー性の当たりを打たれたのと、9回の1点を失った三遊間の当たりをのぞけば、完璧に抑え込んだことになります。

 本来だったら9回で決着がついていたところでしょうが、延長戦になったため、イチローの見せ場が出来てしまった。イチローが打って2連覇を決める、というシナリオは、だれが書いたのか分かりませんが、「できすぎのドラマ」になってしまいましたね。

 今回のWBCを見ていて、米国の相変わらずの無関心ぶりには、腹立たしい思いもあります。観客の数を見れば一目瞭然でした。米国戦でも、お客さんが、関心を示さない、それは、メジャーのレギュラーシーズンがあくまでも一番であり、ワールドシリーズこそが、ベースボールの最高峰にある、ということを選手もお客さんも認めているからだと思います。
 米国の誇りのようでもあり、実は焦りかもしれません。

 主軸となる大リーガーに平気でバントさせたり、1球1球に打者と投手、そして捕手が相手のウラをかきながら、心理戦でのぞむ。そうした日本野球に対して、大リーグや中南米のパワー野球では、もはや勝てないことを物語っていると思います。本塁打だけでなく、イチローのような内野安打、バントヒットも積極的に戦術に加えないと、短期決戦では勝てない。今後もWBCでのアジア優位は、動かないと思います。

 ロサンゼルスは、日本人が米国でももっとも多い地区ですね。同じように韓国籍の人も非常に多い。その二つの国が、ベースボールの聖地のひとつである、ドジャースタジアムで死闘を繰り広げたことは、大きな意義があります。
 
 歴史的瞬間を迎えることができたダルビッシュの力投を見ていると、大リーグのレギュラーシーズンの戦い方も今後は、日本野球をお手本にせざるを得ない、そんな気がしました。
 

☆WBCと北海道産

2009年03月23日

 松坂が投げる。小笠原が打つ、稲葉が打つ。途中で出て来たマー君は、大リーグの主軸を三振に打ち取る。おっと、忘れちゃいけねえ、締めはダルビッシュ。なーんだ、よーく考えたら、みんな北海道絡みじゃございませんか。
 北海道は、いつからこんな野球超大国になったのかなあ、と思ったWBC準決勝戦。

 夕刊の社会面の記事を読むと、よく分かります。「道内ファン 歓喜、興奮」という見出しで、侍ジャパンのナイスゲームを応援する道内ファンの様子をルポしています。

 ご存知のように松坂の父親は稚内市出身。そのため、市内にオープンした「松坂大輔スタジアム」で地元に住む祖母の松坂みさ子さんが、応援に駆けつけた、という記事が掲載されています。
 そのほかにも、稲葉を応援する声や、田中将大投手の駒大苫小牧時代の寮母さん、中谷さん(その節は、大変お世話になりました)らの、応援メッセージがずらりと載っています。

 つい最近までは、日本の野球地図の辺境にあった北海道が、このぜいたく!です。どうですか、大リーグの選手諸君。そして、またもや、自国に有利な判定にしようと、ストライクゾーンが揺れ動いた審判氏に言いたい。北海道野球は、世界の野球を変えますよ、と。

 なんだか、昨日から興奮しているので、ついついキーボードのタッチが滑り気味ですが、本当に面白いゲームでした。中継のアナウンサーが、75年ぶりに日本野球が、米国野球を超えた! なんていうセリフには、思わずくすくす、としてしまいました。前回のWBCでは、審判の恣意的とも思える判定で、負けているのですからね。ジータが主将をつとめる、大リーグチームに完勝でした、きょうは。

 勝因ついては、短期決戦での日本の投手の優位性という点を忘れてはならないと思います。甲子園方式で鍛えられているから、こういった試合には、ツヨイ。

 さて、前回大会の前にはイチローが「WBCって、ボクシングみたいですよね」と言っていた大会が、すっかり有名になり、プロ野球シーズン前の関係業界は、テレビ業界を中心に特需に沸いています。

 おっと、もうひとりの北海道関連人を忘れていました。あなたが、元祖のWBCでした。
 
 昨夜のテレビで、ボクシングWBC世界フライ級王者の内藤に「WBC侍ジャパンが勝っていますが、どうですか」という質問をしていた、おとぼけ番組がありました。ちゃんと答えるのが内藤らしいなあ。
 「どうって、そりゃ、勝てばいいよね。ついでにオレのDVDも宣伝させてよ」

 答える内藤はエライ。WBCは、本当はボクシングです。野球がワールドカップ(W杯)と、命名できなかったところに、野球とサッカーの微妙な位置関係が見え隠れしますね。
 内藤チャンプ、本当にありがとう、盛り上げてくれて。
 
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<<内藤が育った東京、葛飾の宮田ジム。昨年暮れの防衛戦の翌日、そっと訪れてみました。WBCは内藤のPR効果大!>>

☆開花宣言、とはいかないようで

2009年03月22日

 甲府戦での敗戦。1点目は、風のいたずら、といえるかもしれませんが、それにしても得点できなかったことが、敗因ですね。東京ではすでに桜の開花宣言。コンサドーレは、まだ全開とは、いかないようです。

 しばらく東京へ行っておりました。上野の森は、すっかり春。たまたまぽかぽか陽気の日に行ったので、季節が3カ月くらい先へ行ったような暑さ(!)でした。
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 公園入り口の枝垂桜は、ご覧の通り。桜の花のように、コンサドーレも2勝目を挙げて、全開宣言!したかったところでしょうが、そう簡単ではなかったようですね。

 残念ながらライブで見ることができず、試合の戦評は、書けませんが、相手がどこであっても、そう簡単に勝てるチームはない、ということがわかったと思います。この敗戦は、初戦とは違って少しあとに引きずりそうですが、どうでしょう。

 51試合の長丁場。4試合は、水曜日の湘南戦。ここで、どんな試合をするかで、序盤戦の課題なり、修正点が見えてくると思います。札幌ドームでの初勝利、早く石崎監督の笑顔を見たいものです。

☆新弟子検査に41人しか集まらない大阪場所の現実

2009年03月17日

 衝撃を受けました。15日に日本相撲協会から発表された大阪場所での新弟子検査合格者。1973年以降で最低だということです。わずか41人。不況の影響ではないでしょう。大相撲に夢を抱く少年たちが、激減していることを示す数字でしょう。
 この数字をどうみるか。ふたつの裁判の影響か、横綱朝青龍の振る舞いのせいか、それとも。
 

 大阪、3月の大相撲は、その昔、「就職場所」と呼ばれるくらい、新弟子が入ってきました。
だれでもいいというものではなく、規定の身長と体重が必要ですが、このふたつの条件は、歴史とともに緩和されました。

 当初は、身長が176センチ以上という時代もあったはずですが、それが173センチ、75キロ以上となり、現在では、それ以下の167センチ以上、67キロ以上であれば、体力テストも併用する第二次検査が設けられています。引退してタレントとして活躍する舞の海が、新弟子検査で身長が足りず、頭にシリコンを埋めて、次の検査で合格したというエピソードは有名です。これがひとつのきっかけになったのですね。

 舞の海は、それでもたくさんのワザを繰り出し、上位を倒す力士となったため、その後協会は、第二次検査を新設しています。今春の新弟子検査は、その第二次検査で合格した3人を加えても、たったの41人。僕が大相撲の取材を始めた1982年ごろは、毎年百数十人というのが、当たり前でしたので、その減少ぶりには危機感を覚えます。

 現在進行している二つの裁判の影響は、当然あるでしょう。八百長裁判の方は、僕はかねてから次のような立場です。

 「裁判にはなじまない問題。大相撲の歴史的な意義と変遷を考えると、八百長は当然存在してきたし、そうした事実も目の前で見たことがある。勝敗を金で買うのは社会通念上許されないかもしれないが、欧州で長い歴史があり、発達してきたサッカーのように、大相撲は純粋なスポーツではない。興行と伝統文化の継承という側面を持っていて、主催者も、見る側も、また、それを報道する側もある程度、八百長を容認してきた歴史がある。だからいちがいに非難できないという事情がある。それを前提に八百長を考えるべきだ。また、金のやり取りと勝敗の因果関係を裁判で立証するのは、ほぼ100%に近い確率で無理ではないか」

 なぜ、立証できないかは、勝敗が非常に短時間に決着し、その二人が八百長を認めない限り、シロクロはつかないし、外見からは判断できないーそうした特殊なスポーツであることを考えたとき、果たして裁判をする必要があるのか、と思えてしまうのです。出版社と協会が対峙している理由は、そのほかにもあり、単純に八百長がある、なし、では片付けられるものではないことは、付け加えておきますが。

 もうひとつの裁判は、時津風部屋の力士が、制裁とみられるけいこで死亡した事件です。この事件も元親方の責任が最大の争点でしょうが、八百長と同じように大相撲の歴史的背景と実情をどこまで裁判所が認めるかだと思います。

 さて、こう考えていくと、なかなかやっかいです、今の大相撲界は。子どもたちが、大相撲に行きたい、と言っても、両親が「あんな世界は、いかないほうがいい。裁判もやっているほどだから」と、止めさせているケースがきっとあると思います。こうした疑問をぬぐってあげない限り、新弟子たちは集まらず、大相撲は敬遠され、素質のある子どもたちは、ほかのスポーツへと流れてしまう。

 北の湖体制が崩れてからも、協会幹部、理事には、道産子たちがたくさんいます。最低となった新弟子の数を、この幹部たちが、どうとらえているか。
 事態は深刻です。そう思っている親方が何人いるのだろうか。

☆上野雅恵さん、ご苦労さま 柔道金メダリスト

2009年03月16日

 2004年アテネ五輪と昨年の北京五輪の柔道女子70キロ級を連覇した上野雅恵(30)さんが現役を引退しました。16日、所属する三井住友海上が発表しました。その後、行われた引退会見の詳細は、明日の朝刊に大きく出ることと思います。

 本日は、WBC日本代表がキューバを破った日(早朝に起きて眠い!)、さらに新生コンサドーレの初勝利の翌朝で、その余韻がさめやらぬ日、ですが、そのどちらもテーマに選ばずに、僕は断然、上野さんにします。北海道の女子柔道の歴史にさんぜんと輝き続ける功績だと思います。

 上野雅恵さんは旭川南高出身で、妹の順恵さんと巴恵さんも強豪選手だということはご存知の通り。ご両親が柔道家で、まさに柔道一家なのですね。

 世界選手権も01年、03年と2連覇し、五輪も連覇。その金メダルは、多くの後輩たちの励みになったことでしょう。
 昨年の12月、北海道新聞スポーツ賞の授賞式の前日に、雅恵さんのお母さん、和香子さんにお会いして、お話しする機会がありました。
 「柔道を志す子どもたち、とくに女の子が増えてほしいですね。雅恵も将来を担う選手を育てたがっていると思います」

 今考えれば、きょうの引退会見の伏線だったのかもしれません。ただ、お母さんによると、旭川には柔道専用のトレーニング場がなく、市や道にお願いしているのだが・・・と言われていました。

 女子柔道は、ここ20年の間にすっかり、五輪の花形になりました。女子の国際大会といえば、福岡国際女子柔道が有名で、その大会の始まったころ、日本の女子柔道の先駆者である山口香選手をよく取材しました。女子柔道といえば、山口香でした。
 彼女が筑波大に進学してからも、大学に足を運び、女子柔道の将来性と日本の課題などをキャンパスのベンチに座って聞いたものです。

 あれから、ヤワラちゃんが世界選手権を制し、続々と女子の選手が誕生します。北海道は男子の五輪選手は輩出していましたが、女子は福岡や首都圏の選手が多かったような気がします。
 上野三姉妹を育てた母和香子さんは、そんな時代に娘たちを次々と柔道家として育てたのですね。
 「北海道の女子柔道が、もっと強くなってほしい、と思います。そのためには、柔道場と指導者は欠かせません」
 そんな話をされていたことが記憶にあります。

 雅恵選手は、昨年11月の時点で、今年4月の全日本女子選手権への出場を明言し、現役続行を宣言していました。体力と気力が限界を超えたのでしょう。
 将来の夢は、指導者として、子どもたちを教えることだそうです。
 金メダル2個を持った女子柔道の指導者が、北海道で教えてくれることを期待しています。

【速報】今季初勝利、8カ月ぶりの勝ち点3

2009年03月15日

 砂川の芸術的な左ボレー、キリノの動物的なヘディング。勝つことができました。今季初勝利。それもゼロゼロの展開から後半15分間に両チーム、あわせて3点が入る展開。勝ち点3は、いつ以来かなあ、と調べてみると、昨年7月13日、ダビの2発で千葉に3-0で勝利した、あの日以来、約8カ月ぶりのことでした。

 勝因を最初にあげるならば、石崎監督の後半の作戦でしょう。ベテラン砂川を入れ、キリノを替えなかった。結果は、偶然が重なるものとはいえ、ふたつの采配が決まったということでしょう。

 嫌な展開でした。アウェーの戦いで覚悟はしていたとはいえ、早いつぶし。前線にパスがつながっても、自由にラストパスができる状況ではありませんでした。ミスも多かった。

 後半。ゴール前に飛び込んできた相手が、タイミングが合わずにボールを体で、外に出すというシーンも。札幌がパワープレーで仕掛けても、カウンターでボールを運ばれ、ひやひやものの展開でした。

 砂川は、右の藤田からのクロスにぴたり。キリノが触ることができず、左から上がった砂川がそのまま2バウンドで合わせると、ゴール左にきれいに吸い込まれました。ブラボー、というゴールですね。

 直後にFKを取られ、簡単に同点にされたのは、チームの大きな課題でしょう。ですが、上里ーキリノで試合を決めたことの方が大きい。まさに、どんぴしゃり。
 キリノはマイクを向けられて「内容的には、いいサッカーをできなかったけれど、大事な勝ち点3を取ることができた。監督へのお誕生日プレゼントになった」と語っていました。

 それにしても、これがサッカーだ、という試合。何が起きるか分からない。ドラマは90分のほんの最後の10数分ほどの間に起きてしまいましたね。この勝利は、石崎・新生コンサドーレにとって、勝ち点10くらいの意義があったように思えます。イシさんの勝利インタビューが早く聞きたい。
 さあ、ここからが本当のスタートですね。
                                       (試合後40分、テレビ観戦)


★二岡智宏選手の初打席を見た

2009年03月14日

 二岡の初打席を札幌ドームネット裏中段の記者席で見た。結果は、空振り三振。二岡は「あんなに声援をくれるとは思わなかった」と、コメントした。ドームのお客さんの反応には、正直、この僕も驚いた。

 二岡智宏内野手(32)は、札幌ドームでの中日とのオープン戦の6回に出てきた。背番号は、高校以来という2ケタの23番。梨田監督は、最初から「代打で使う」と明言していたので、ベンチから外に出ると、もうドームのお客さんから拍手が送られていた。

 昨年9月以来の1軍での実戦復帰だ。場面は、ファイターズが3点リードした六回二死。梨田監督もプレッシャーを感じずに打たせたかったのだろう。走者なし、チームもリードしている。
 これまで肉離れをおこした右ふくらはぎや、左ひざなどの故障が完治せず、調整はスローペースだった。2軍の打席で、安打を放ったが、1軍のナマの球を打つのは初めて。空振りの三振に終わって不満顔だったが、開幕までのオープン戦で調子を上げるしかないだろう。

 拍手は、沸き起こった。「代打・二岡」と告げられると、レフト側を中心に、すでに「応援満開」のファンから拍手と歓声が続いた。さあ、初めてのバッターボックス。中日の2番手斉藤が投じた4球はすべてストライクだった。

 1球目、内角の球をファウル。2球目は変化球でストライク。3球目、外側への変化球をかろうじてファウルにする。そして4球目、外側の球は、ストライクゾーンに入っていた。

 1軍の実戦の打席に立つのは、巨人時代、9月9日ナゴヤドームでの中日戦以来だという。試合前のセレモニーでも、大きな拍手が送られた。新入団選手と移籍選手の紹介が行われたからだ。

 残念ながら、僕は試合前に着くことが出来なかったので、二岡がどんな表情をしていたか、分からないが、1打席で退いた二岡は、ベンチ裏のロッカー前でこう話している。

 「あんなに声援をくれるとは思ってなかったです。(お客さんに)感謝しています」

 バッティングはどうみればいいのだろう。本人は「悪くはなかった。期待に応えられるよう頑張りたい」と話していた。

 試合後、梨田監督も二岡の話題をした。と、言うよりも、誰もが聞きたかった。
 「二岡はどうですか」
 「そうだね。結果は、三振だけど、いい拍手をもらえたからね。期待しています、これからを」

 初めての札幌ドームでの打席、そして、暖かい歓声。二岡は、今年ファイターズが優勝できるかどうかの、大事なパーツのひとつだと思う。ファンもよく分かっている。
 拍手の大きさはこの試合で、一番だった。
 

☆インターネットとスポーツ報道

2009年03月13日

 インターネットの急速な普及で、選手とチーム、そしてファン・サポーターとの関わりが大きく変化しました。スポーツ報道の世界も日々変化しています。10年前に比べて「激変」だと思います。

 野球のWBCが米国で第二次予選が行われようとしているので、日本の午前中のスポーツ番組、インターネットの新聞や各報道サイトは、その話題で持ちきりです。スポーツ報道も、まさに24時間態勢。僕が数年前に新聞のスポーツ担当のデスクについたときに、あふれんばかりの世界中からの情報になかば、あきれ返ったものです。

 欧州サッカーの情報もネットの普及によるところが大きい。一部のテレビでは深夜枠に映像を流していますが、プレミアリーグの結果が、知りたければネットで探すことができる。そればかりか最近では動画配信も行っているので、欧州各リーグや、Jの一部の試合まで、パソコン上で見えてしまう。こんなこと、一昔前には考えられませんでした、ほんとに。

 昨日、日本国際ボランティアセンターのアフリカ・スーダン現地事務所の代表、今井高樹さんとお話をする機会があったのですが、スーダン内戦の帰還難民たちは、電気も車のないところでも、携帯電話を握り締めて、連絡をし合ったり、プレミアの勝敗に一喜一憂しているという話を聞き、驚きました。スポーツは、サッカーだけ。サッカーがいかに多くの人たちにとって興味の対象であるかを知りました。


 リアルタイムの情報が、世界中どこにいても知ることができるようになったことで、現場で取材する記者には、それ以上の情報が求められるわけです。見たまま、聞いたままでは、ネットの情報と同じになってしまう。だから、それ以上を求めるときには、選手と深い付き合いをしたり、球団やチームのトップしか知らないことを聞き出す努力が必要となる。
 大変かもしれませんなあ、今のスポーツ記者は。

 選手や監督のブログも、読まれる方は、楽しいのでしょうが、担当記者となると、結構気になってしまいます。だって、選手の気持ちや本音は、本人以上の内容を書けるはずはない。途中で気が変わってしまって、会見で言ったことと、違うことがブログに書かれていても、反論ができなくなるわけです。「ブログ書いていたら、気持ちが変わった」と言われてしまえば、それ以上、言えませんからね。よって、担当記者は、担当選手のブログを毎日チェックする必要が出てきます。

 コンサドーレのオフィシャルブログも結構、人気のページです。たくさんの熱心なサポの方が自分の思いをつづっています。宮の沢の情報や、キックオフからの試合の状況を書いている方もいて、ここを毎日チェックしていれば、相当な情報量になりますね。

 選手ブログもあります。中山元気が、元気に毎日更新してくれているみたいです。久々にチェックしていたら、こんな画像もアップしてました。
 ブログは、楽しい。けれどいつまでも、この顔がアップされていて少し同情!早く勝利の美酒をグイッの画像に替えてもらいましょう。

★スポーツは年齢じゃないっ!

2009年03月12日

 きょうの新聞(スポーツ紙)を開くと、2人のベテランの「快挙」の記事に目が留まりました。1人は、ジャンプの岡部選手のワールドカップ優勝、もう1人は、カンペイちゃんこと、お笑いの間寛平さんのヨットでの太平洋横断です。

 岡部の優勝のニュースは、来年のバンクーバーを考えると、これ以上ないほどのビッグニュースです。38歳、体力と気力が充実していなければ続けられないジャンプという競技で、第一線にいることさえ、大変なのに、世界の若手や強豪を敵にして、堂々と1位になった。すごいことですこれは。

 岡部がなぜ、勝てたのかについては、きょうの北海道新聞の30ページに詳しく書かれています。長野五輪で頂点に立った日本は、その後、スキー板の長さが制限されるようになり、岡部の板は、4センチも短くなったということです。
 
 短くなるとどうなるか。凡人の考えでは、その分、軽くなって遠く飛べるような気がしますが、これが反対なんですね。スキー・ジャンプは、風をとらえて、いかに長く飛ぶかで飛距離が決まる。揚力が大きくなるようにスキーの板を開いて、風をとらえるわけです。だからスキーも長い方がよい。

 北欧の国で始まったジャンプと距離競技。だからノルディックと言います。その国の選手たちが、力で勝てなくなると、葛西や船木、原田らがいた日本選手を研究し始めた。スキー板の長さ制限ができたとたんに、「世界一飛形がきれい」と、言われた船木らが、ルール改正の犠牲となり、記録が伸びなくなりました。

 「日本たたきだ」と、当時取材していた記者仲間で言い合ったものです。
 それから、岡部は、ジャンプの角度、つまり飛び出しの角度などを調整しながら、スキー板の長さと揚力の関係を突き詰めていったと聞きます。

 船木の談話もよかったですね。
 「格好いいですね。ジャンプは年齢ではないということを証明してくれました。自分もまだまだいける。負けてはいられない。これだけ長く戦えるというのは若い選手にとっても意味がある」
 33歳の船木は、長野五輪金メダルの誇りを胸に、メンツを捨てて、国体に出場したり、大倉山でテストジャンパーになったりして、再びW杯の世界を目指そうとしています。

 すごいではありませんか。一人のジャンプの成果は、他の競技者の勇気を奮い立たせた、と言っていいでしょう。

 もう一人のカンペイちゃん。この快挙、とてつもなくすごいではありませんか。冬の太平洋をヨットで横断する。彼はプロではありません。過去にこうした横断で何人かの人は、命を落としています。さらに年齢だって、59歳。70日間にも及ぶ海との戦いは、とても言葉では言い表せないでしょう。そして、これから米大陸を横断するのだといいます、それもランニングで。

 「お笑いタレント」という肩書きにだまされてしまいそうですが、ジョークでできる挑戦ではありません。本当に世界一周を成し遂げれば、僕は、キングオブ・アスリートの称号を与えてもいいと思います。

 間さんに関しては、「カンペイちゃんにマラソンを教えたのはボクだよ」というフォーク歌手の高石ともやさんから、いろいろ聞いたことがあります。高石さんは、あの「受験生ブルース」でヒットした雨竜町出身の歌手。僕は、取材で15年ほど前に知り合いになってから、高石さんの生き方に、相当影響を受けました。

 ホノルルマラソンを高石さんと一緒に走ること5回ほど。いつもゴールの手前で、たくさんの人たちに笑顔で「おめでとう」と言って、完走を喜び合ってくれます。

 僕の記録は、その後も一向に伸びる気配はありませんが、「マラソンは成熟したスポーツ、黒ちゃんもトシ取れば、記録が上向いてくるよ」なんて、高石さんに言われ、まだ希望は捨てていません。

 スポーツは年齢ではない。サッカーでもキングカズがまだ現役でいられるように、年齢に合うトレーニングをすれば、寿命は予想以上に長い。

 長くなりましたが、きょうは、自分の年齢を考えながら、しみじみと書かせていただきました。
 ガンバロ。

まだまだ言い足りない秋春制

2009年03月11日

 結論は出た、というJリーグ側と、まだ議論されていない、とする日本サッカー協会側。犬飼会長の発言は、まだまだ波紋を呼びそうです。新しい組織で、検討を継続する、というのは、どういうことを意味するのか。Jのメンツは、丸つぶれのような気がしますが。

 犬飼氏は、最後まで議論されていない、として新しい組織を立ち上げて、再び検討する、としています。
 いくつかの雪国チームに対するメリットも語っていますね。たとえば、秋春制が実施されたときの、他チームの夏の合宿は、北海道に集中するから、いろいろと利点があると。確かに、夏休み中にJ1チームの練習試合も組まれるでしょうから、そうしたメリットはあるかもしれませんね。

 冬場の練習場、施設の問題は避けて通れないので、北海道レベル、いや国レベルの支援が必要となるかもしれない。新潟と北海道を夏の指定合宿場所にしてもらい、ばんばんお金を落としてもらう、ということも考えられなくはないのですが、Jリーグ全体の賛同が得られるかどうか。

 ここから先は、僕のアイデアですが。たとえば、冬場にホームゲームの何試合かを首都圏や関西圏でやるとする。当然、道産子会などが応援してれるでしょう。そのほか特別に、道内から応援に行く場合は、JALの片道が無料になるとか、ひとり分がタダになるとか、そんなアメをぶら下げてもらう。

 そのほかに胸スポンサーであるニトリさんに、特別協賛してもらい道内でニトリ製品を買った人から抽選でどーんと観戦用無料宿泊券を出してもらう。道も思い切って、補助金を出す。まあ、こうしたメリットが示されてから、机の上で考えましょう、ということにならないかな、と思いました。
 みなさんも、いいアイデアがあればお教えください。

★秋春制の議論は深まるのか

2009年03月10日

 Jリーグの秋春制が見送られた。当然といえば当然だ。札幌のサポーターが中心となった署名活動、それに呼応して新潟も声を上げてくれた。景気の急速な悪化と、すでにJクラブに出始めている活動資金面での不安要素などを考えると、だれがみても、強引に進めることなどできなかったのだと思う。
 次に議論をする機会はあるのだろうか。

 鬼武チェアマンの常識的な判断にまずは、ほっと胸をなでおろした。犬飼会長の理想論に、総論では賛成したいが、日本のサッカーの歴史は欧州とは大きく異なる。本格的な雪国のチームは札幌と新潟。秋春論で一番影響が出る2チームが賛同しない限り、実現はありえないだろう。

 とくに、強調したいのは、この2チームが、Jの理想とする地域密着型のクラブチームづくりを目指していることだ。首都圏、関西圏のビッグクラブにできないファン・サポーターと一体となったチームづくりは、高く評価されていいと思う。
 100年に一度の不況の中でも、札幌と新潟は、将来への展望を持ってクラブ運営を目指している。

 しかし、W杯を目指すナショナルチーム作りを考えたり、これからも増えるであろう欧州組のことを考慮すれば、秋春制への議論の場は、残しておきたい。
 今回が、だめだったから、二度と口にしない、ではなくて、どうしたら雪国チームのハンディをなくすことができるか。議論は出尽くしたのだろうか。お金をかけて、施設を整備するだけで解決するとも思えない。
 5万人の熱く、重い署名の意味も考えたい。

                           ★★★
 サッカー協会の犬飼会長は、10日、次のような考えを示した。
 「議論は不十分だ。さらに、新たな組織を作って、秋春制への検討を継続してほしい」
 今後を注視したい。
 

★石崎監督と手倉森監督の会見

2009年03月09日

 昨日の仙台戦、きょうの新聞各紙を見たり、テレビの報道などを見ると、どれも好意的ですね。敗戦をどうのこうのと言うより、新しいコンサドーレが誕生した、という期待感に満ちあふれていました。仙台の手倉森監督とは、師弟対決、手倉森さんは、かなり緊張していたようです。

 試合後の会見の順番は、アウェーチームがあって、その次にホームの監督。Jリーグになってから、各チームとも、テレビでの露出を考えて、会場を設けての記者会見となっています。会見の後ろには、スポンサーボード。ただ、これは、僕たち新聞や雑誌の記者からすると、あまりよいことではない。つまり、本音を聞き出せなくなる。

 昔は、よかったんです。試合後、「ご苦労さん」と言って、選手の控え室にずかずか入り込んで、汗をふいたり、着替えている選手に聞く。「ねえねえ、あのシュート惜しかったよね」と、いう具合です。だから、選手たちは、本音でしゃべってくれるし、記者との信頼関係が生まれ、いい記事も書ける。

 ただし、女性記者には、難関でした。だって着替えているんですから。今のようにセクハラ、うんぬんも口にできなかった時代です。真っ赤になっていては、裸の選手は取材できない、女性記者の度胸も相当すわっていました。

 まあ、そうしたことで、今のようなスタイルになった経緯もあるんですが、ひな壇に並んで、しかもマイクを向けられると、なかなか面白いことは言ってもらえない。Jリーグが誕生してから、広報態勢が確実にしっかりしたのは認めますが、スポーツ取材の面白みは、減ったような気がして残念です。

 さて、昨日の会見で僕が面白いと思ったのは、手倉森監督への質問で「石崎監督と試合前に何か話しましたか」です。ご存知のように2人は、かつて師弟の間柄。そうしたこともあって、試合前日の練習なども石崎さんはオープンにしていたのでしょうが、石崎監督の第一声は「寒いじゃろ」だったらしい。

 「寒いです」と手倉森監督は、答えたそうですが、そのあと、2人で「熱いゲームになればいい」というようなことを言ったそうです。

 コンサにとって敗れたことは悔しい。正直に言いますと、前半20分ほどを見た段階で、結末は2-0くらいの勝利ではないか、と思ったくらいです。でも勝利は、仙台に行ってしまった。

 熱い戦いであったことは、間違いありません。その後の石崎さんの会見でも、思っていた以上に表情が明るかったのは、指揮官として手ごたえを十分に感じたからだと思います。

 プレッシャーは、仙台の方があったと思います。なにせ、昨年のあの、入れ替え戦ですから。仙台のサポの落胆は、Jのチームのなかで、一番ではなかったのか、と思ったくらいです。
 
 コンサにとっては残念な敗戦ですが、そこは、大きな気持ちで・・・。会見を聞いていて「まあ、ひとつくらい白☆をあげてもいいか」と思った次第です。

【会見から】上里の「悔しい」を次の試合に

2009年03月08日

 石崎監督の会見が、終わった20分後、キャプテンとしてJ2を初めて戦った上里が着替えを終えて、ドームの玄関口に現れた。マイクを向けられて「あれだけ、攻めていたのに」。思うように攻め切れなかった仙台戦を振り返りながら、「悔しいの一言です」と、話した。

 前半の早いプレスからの攻撃、上里もはつらつとした動きを見せていた。
 「5年目の開幕戦。キャプテンとして、とくに意識したつもりはありませんが。今まで通りにやろうと」
ただ、クライトンにボールが集まるのが、はっきりしすぎているのか、仙台はワンマーク気味に、クライトンへのパスの出入りを、徹底的に封じた。
 それでも、芸術的なパスが、左サイド奥に入ったり、上里も相手を振り切りながら、チャンスをうかがう。ダニルソンが1本、石井が3本のシュートを放つも、前半はゼロゼロで折り返した。

 後半21分、嫌な場所でのFKを取られてしまう。ボールは、ゴール前に上がり、右に詰めていた菅井が、角度のないところから、右足で蹴りこんだ。ワンプレーで、チームの勢いが逆転した。

 上里は、続ける。
 「(主将になって)みんな、気を使ってくれるんですよ。だから勝ちたかった。でも勝てなかったからダメですね」

 新生コンサドーレの顔として、これから何度もインタビューを受けたり、メディアに登場する機会が増えるだろう。
 「悔しい、の一言ですよ。久しぶりのスタメンなので、多少緊張もあったかもしれません。フリーキックの精度もこれから修正していかないと」
 次の鳥栖戦は、1週間後に迫っている。

 「それまでしっかり練習して、次の試合に備えたい」。上里は、すぐに前を向いた。

 試合直後のミーティングでは石崎監督が選手たちをねぎらった。
 「下を向かないでほしい。1カ月あまりで、ここまで進歩した。また、明日からがんばろう」

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☆今の気持ちを表すと

2009年03月07日

 今の気持ちを表すと、こんな感じでしょうか。
明日からの51試合、選手全員がけがなく、シーズンを終了し、クラブに
明るい日差しが差し続けることを祈ります。
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<<今年1月、道南のとある日本海側です>>

 昨シーズンの今と比べれば、大きな差があるのではないでしょうか。
けが人続出、さらに外人選手との不協和音。そのなかで、あの開幕ゲーム。いろいろなことが重なり合いました。

 移動も含めて46日間のキャンプ。プロ野球とすぐ比べたくなりますが、その練習量、運動量は、想像を絶するものだと思います。
 ご苦労さまでした。選手も、石崎監督も。

 気になるのは、あすのドームのお客さんです。北海道新聞グループもこれまでとは違った応援態勢で、コンサドーレを応援しています。連日の広告、PRで、ドームへ足を運んでくれるお客さんが1人でも多いことを祈ります。

 開幕ドームは、本当に願ってもないことです。フロントの努力でこうなったと聞きました。新しいコンサドーレを印象づける試合をしてほしいものです。勝ち負けの世界ですが、僕は51試合という長丁場で、何があるか分からないと思います、今季は。だから最後の1試合、1分まで、新しい赤黒ユニフォームの誇りを胸に、コンサ魂を見せてほしいものです。
 
 そしてまた、新しいシーズンのブログも、今後ともご愛読いただけるよう、よろしくお願いします。
                                            =会社デスクにて。

☆開幕戦に備える外国人たち

2009年03月06日

 8日の開幕戦まであと2日。熊本キャンプをのぞいていないので、マル秘ネタを書くことはできませんが、きょうの道新スポーツは、外国人4人とのコミュニケーションが万全だ、ということについて、田子大地記者が書いていました。
 韓国のソンファンを含めて4人ともナショナルの代表経験があるとは、なんて豪華な布陣でしょう。今季、この4人の獲得の裏(正確には、3人ですか=クライトンはちゃんと戻ってくれた)には、三上強化部長らスタッフの鋭い観察眼と、義理人情物語?があったそうです。

 なかなかいい話なので、詳細はシーズン後に取っておきましょう。耳にしたところによると、三上さんのていねいかつ、礼儀を尽くしたスカウティングの成果だということです。
 ある選手など、ほかのJのチームが、契約金の倍増を示したにもかかわらず、コンサに来てくれたそうです。理由は、「熱心に誘ってくれたから」。クライトンも父親の病状を気にしながらも、家族ともども、「気に入ったサッポロに戻りたい」と、言ってくれたそうです。

 こうした厚く、熱い信頼関係で、キリノ、ダニルソン、そしてソンファンも来てくれたのだと思います。まだ、間近でそのプレーを見ていませんが、ちらちらとニュースで流れる映像などを見ていると、「これは、やってくれそう」と期待感を抱かせます。

 初戦がドーム。開始15分くらいまでが心配ですが、ゲームが落ち着けば、随所にいいプレーが見られるものと、思います。

 もちろんぼくも取材に行く予定ですが、北海道新聞ホームページ、そして携帯サイトの宣伝を少しさせてください。今シーズンは、新聞がお手元に届く前の試合結果の記事や、コンサドーレの選手、監督のコメントや動向などを詳しくお伝えするために準備を進めています。

 携帯サイトの300円コース(毎月300円)は、コンサだけでなく、Jの各チームの試合速報や、日本ハム、レラカムイの情報、記事をたくさん、読んでいただくことができます。
 また、スポーツだけでなく、社会、政治、経済など、刻々と変わる情報をメール配信などを含めてお伝えしています。ぜひ、ご利用jください。
 ちなみに、8日の試合では、僕が取材した選手やイシさんの言葉なども携帯サイトに配信できれば、と思っていますので、どうぞ、どうぞよろしく。まだ、加入していない方は、どうぞ、どうぞこちらです。

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<さて、どこの駅の柱でしょうか?画像を拡大するとどこかにヒントがあります>

☆ダルビッシュは大リーグを目指す

2009年03月05日

 このブログがたくさんの方に読まれているころは、きょうのWBC中国戦の結果が出ているころでしょう。負けることはありえません。今、午後2時半ですが、そう断言できるだけの実力差があります。
 では、ダルビッシュはどんな投球をしたのでしょうか。これは、投手ですから、アクシデントも考えた上でないと、なんとも言えませんが、99%くらいの確率でいい投球を見せたと思います。そのくらいの実力の持ち主です。
 そのダルビッシュ、このWBCで活躍すると、来季には、大リーグへ挑戦したい、と言い出すかもしれません。

 野球人として当然のことでしょう。自分を最高の舞台に持っていく、当然です。
ダルビッシュは公式の会見で大リーグ入りの話は一切したことがありません。そればかりか「興味はありません」という否定形で大リーグへの関心を打ち消しています。

 これでは可能性ゼロになってしまいますね。しかし、周囲の見方は、「いつかはそういう日が来るだろう」です。事実、父親のファルサさんは、大リーグ入りを見据えて、いろいろな具体的行動を取っています。このブログでは、お伝えできませんが、そうした周囲の動きを見ていると、僕は来シーズンにも「大リーグ」と、言い出すのでないか、と見ています。いろいろな方にも、そう話しています。

 それを裏付けるようなオーナーの発言を間近で聞くことができました。
 場所は旭川。2月24日夕方、旭川大学の後援会主催の講演「地域に根ざす球団経営とは」。講師に招かれたのは、日本ハムのオーナーの大社啓二氏でした。

 講演の内容も、大変面白く、来場されていた方たちの中に会社経営者が多かったこともあって、「球団経営」という立場から、普段マスコミには、話さないようなことも話題に出ていました。

 で、最後の質問の場面。「ダルビッシュは、大リーグに行かないのでしょうか」
 オーナーの答えに、みんなが注目しました。

 「去るものは追わずなんです、うちの方針は」
 大社氏は、「どこかのチームと違って」と、笑っていましたが、どこかのビッグチームは、エースが「大リーグに行きたい」などと公式に言えば、大変なペナルティを覚悟しなければならない。
 オリオールズに行った、誰かなんて、大リーグに行ってから、はつらつとしてますからね。

 ま、それはいいとして、ファイターズは、12球団の中ではもっとも民主的に「人事権」を行使しているような気がします。

 ついでに言うと、大社さん、こんなこと言ってました。
 「これまでは、私のところに大リーグに行きたい、なんて言って来たことはないですよ。でも、WBCでいい成績を収めたら、その気になるかもしれませんね」

 この言葉こそ、僕の本日のトップタイトル「ダルビッシュは大リーグを目指す」につながる根拠なのです。
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<北京での五輪戦。日本が最後の試合となった米国戦のときのスタンド風景。日本野球を見せつけたかったのに、予想外の結果が待っていた。ダルは、一番の不完全燃焼者だった気がします>


☆もっと知りたい、石崎信弘

2009年03月04日

 いい企画です。久しぶりに広告の隅から隅まで読みました。
 そうですよね、広告を読む、というのは、普段新聞作りに携わっているぼくたちだって、なかなかそうした機会はありません。読む、でなくて、見る、が普通ですからね。
 でも本日の北海道新聞の見開き広告は、読まずにはいられませんでした、隅々まで。

 左面は、「もっと知りたい石崎信弘」。「現役時代は、頑健ストッパー」「悲運の名将? なんじゃ、それ!」など5つのストーリーに分けて、書かれています。
 05年の東京Vを指揮していたときに、テストマッチで、レアルマドリードを破ったことがあったんですね。3-0で。ベッカム、ロナウド、ジダンらがいて、「銀河系軍団」と言われていたころです。
 
 「テストマッチとはいえ、レアルに勝った日本人監督は、ワシ以外におらん、ガハハ~」

 その通り。石崎さんの豪放さが伝わってきます。
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 広告は、8日の仙台戦へ向け、「コンサドーレ、プレス1、2」として掲載されたものです。予算の厳しいコンサにとって、スポンサー企業とはいえ、北海道新聞に2ページにわたって掲載されれば、相当の広告代金? 

 なんで内部の僕が心配しなければならないのかと、思いますが、そこは、北海道の盛り上げ費として、ほかの広告スポンサーさんに、わざわざスペースを空けてもらい、「コンサの財政状況を考えた」広告費で、掲載が決まったそうです。そういうことらしいです。

 この紙面、ぜひ、みなさん手に取って見てください。コンビニなら深夜まで置いてあります。まだ駅に行けば間に合います。2、3日たっても、近くの販売店なら、置いています。

 なんでしたら、本社に来ていただければ、すぐにご購入できます。ちょうど、ロビーにある「道新プラザ」で「応援パネル展」も開催しておりますので。

 なんか宣伝くさくなりましたが、新聞をお取りでなかったら、どこかで目を通してみてください。右面には、カズや、セイヤ、ケンゴら5人衆の笑顔もありますよ。キャプテン上里もいい顔しとるワイ、ガハハ~

 

☆「戦」は石崎監督のアイデア

2009年03月03日

 昨日夕方から、北海道新聞の会議室で開かれた「キックオフイベント」には、社内からたくさんのコンサ好きが集まりました。冒頭、矢萩社長が「J1に必ず戻ってきます」と、力強くあいさつ。いつもは、社内でも顔を合わせる機会のない各部、各局の人たちが、「まず仙台戦で弾みをつけて」と、勝利の美酒のリハーサルを行ったのでした。

 「戦」「たたかう」は、誰の発案なのか。矢萩社長に聞いてみました。
 「うーん、実はHFC内で若い人たちにもいろいろ出してもらったんです。最終的には7つくらいかな。石崎さんにもお願いして、シンプルに<戦>でいいんじゃないか、となりましてね」

 ただ、この「戦」は、当初「いくさ」と呼ばせる案もあったようです。でも、「いくさ」では、戦国時代の武将が、首を討つシーンをイメージしてしまいますからね。もっとも、サッカーの歴史は、そうした部族間の「戦」が始まりとも言われているので、「いくさ」は、いい線いっている、という見方もできますが。

 「いくさ」ではねえ。その後、議論を重ねて「戦」「たたかう」に落ち着いたということです。デザイン会社とのやり取りで、あの印鑑のような「戦」になったわけです。

 さて、戦うコンサドーレの初戦、ベガルタ戦に話題は集まりました。
 「去年のようにならないように、開幕ダッシュ、といきたいね」
 「でも、サッカーだから勝敗は時の運だし」

 そんな会話であちこちが盛り上がりました。一致している認識は、「仙台は、昇格のライバル」というものです。たしかに、仙台は、過去に札幌にとって対戦しやすい相手だったこともありますが、チームの規模や財政状況、マチの姿も似ている。仙台との戦いは、そのままJ2への最終成績につながるのでは、という気がします。

 昨年、4勝に終わったコンサードーレ。そういえば、矢萩社長は、勝利の美酒を味わったことが1度しかないんですね。ホームではまだ勝ち星なし。昨年7月11日の社長就任後、7月14日にアウエーで千葉に3-0の勝利。ですが、その後引き分けが続き、チームは沈んでしまいます。「負けない社長さん、と言われたのに」。矢萩さんは、苦笑していましたが、今季にかけるいろいろな具体的施策を見ていると、「変わりつつあるコンサドーレ」を発見することができます。

 ポスターも会場に張られ、昨年のナイスゲームをビデオで見ながら盛り上がりました。あと、5日。すでに北海道新聞後援会は、その日の「祝勝会」の用意も始めています。

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★ひとつのパスが未来に繋がってゆく

2009年03月02日

 きょうの北海道新聞、道新スポーツには、どーんと1面にわたる広告が掲載されました。大迫力です。
「コンサドーレは夢」のメーンのカットがいい。「ひとつのパスが未来に繋がってゆく」。このコピーもいいなあ。

 以下、こう続いています。
 「私たちが子どもたちに伝えたいこと
 スポーツの楽しさ、フェアプレイ精神、
 仲間を信じること、最後まであきらめない気持ち、
 がんばることのカッコ良さ、夢を持つことの大切さ・・・
 だから、私たちは戦います、子どもたちの夢であり続けるために」

 そして2人の小学低学年くらいの男の子が未来をみつめるような顔で、ピッチを見ています。
 効きますね、これは。

 以前、コンサの社長だった児玉さんと話したことがありました。
 「コンサの成績は、サッカーを志している子どもたちの士気に影響する」という話です。
道南に勤務していたころ、少年サッカーチームの取材や、ゲームに付き合っていたのですが、やはりコンサドーレの負けが込むと、なんだか子どもたちのチームも元気がなくなってくる。
 
 年に一度、「明日は、函館でコンサの応援!」という日もあったのですが、そこで、ふがいなく負けたりすると、子どもたちに何と言っていいか、わからなくなるんですね。負け試合から学ぶことは、たくさんあるでしょうが、地元のチームは、やはり強くあってほしい。その強いチームや、能力の高い選手を見て、また、新しく子どもたちがサッカーを始めるわけですから。

 この1面広告には、こんなキャッチコピーもあります。
 「開幕まであと6日。コンサドーレは変わります」

 熊本キャンプの結果などを見ていると、手放しでは喜べないでしょうが、少しずつ新しいコンサドーレが見えているような気がします。
 HFCもそれに応えて、「夢プランファミリーシート」を設けるなど、新しいサービスを始めています。保護者と同伴の小中学生は、無料となるシート。事実上の小中学生・大開放! この際、ご近所でも声を掛け合ってナマの迫力をぜひ見せてあげてください、まだ、行ったことのない子どもたちのために。


 この日の1面を使った広告は、主力スポンサーのひとつである北海道新聞グループも本気で「戦う」ことを示していると思います。社内のことなので、少し宣伝くさくはなりますが、会社の中で、コンサドーレに対する意識が、着実に変わりつつあることを感じます。

 実は、僕は、これから社内の後援会の立ち上げに出席することになっています。HFCの矢萩社長も来社して、「戦い」への、のろしを上げることになっています。

【連載】久慈次郎とベーブルース(6)

2009年03月01日

 札幌に戻ったぼくは、すぐに久慈さんからいただいた日米野球大会のメンバー表のコピーをもとに、当時の資料を探し回りました。東京ドーム内にある財団法人野球体育博物館とも連絡を取りながら、このメンバー表の価値を自分なりに決める作業が必要だったからです。メンバー表にタイプで打たれ、そしてその左横にサインがある選手をひとりひとり調べていく作業は、野球好きにはたまらない至福のときです。
 ゲーリッグ、ルース、フォックス。そうした、名前だけ、あるいは、写真だけしか知らなかった大リーグのスーパースターたちの肉筆の文字が、目の前にある。それは、それは、楽しい作業でした。

 再び、その「お宝」メンバー表を掲げます。

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 一番上に「ピッチャー」の4人が書かれています。クリント・ブラウン(インディアンズ)、そして次の名前はヤンキースのバーノン・ゴメス。ぼくは、左のサインを見て、思わずうれしくなってしまいました。レフティー・ゴメスとサインしてあるではないですか。そう、ゴメスは、当時のヤンキースのエース、豪腕投手です。左腕なので、愛称がレフティー(左利き)。右には正式な名称がタイプで打たれ、左のサインはやっぱりレフティー・ゴメス。ああ、本物だ、これは。

 そして一塁手がルー・ゲーリッグ、ヤンキースの鉄人です。2130試合出場、たびたび日本でも紹介されるあのゲーリッグです。

 このメンバー表をめぐる「旅」を書いていくと、連載が100回くらいになってしまいますね。とりあえず、連載は、J2開幕までには、ケリをつけなければなりませんので、途中のメンバーのことは、次の機会にお話することとして、下から6番目にありました、ありました、ベーブ・ルースのサインが。

 みなさん、ルースは、どんな人でも知っている野球の神様ですよね、球聖ともいわれます。ところが、本名まで、言える方は、相当の大リーグファンでしょう。本名は、ジョージ・ハーマン・ルース。ベーブは、大人になっても、どこか幼さが抜けない顔立ちだったので、赤ちゃん、ベービーのベーブなのです。

 どこで生まれたかというと、ニューヨークから南へ200キロほどのメリーランド州サウス・ボルティモア。今年、巨人の上原が入団したボルティモア・オリオールズがある町です。ルースも、最初はオリオールズに1年だけいたんですね、そうしてレッドソックスに行く。

 当時は、投手でした。ルースは。その後、レッドソックスの経営難もあって、ヤンキースにトレードに出され、ホームランバッターとなっていく。当時は、アメリカ球界でもっとも人気のあった選手で、そのおかげで、ヤンキースタジアムは、大きく改築され、それから「ルースの家」と言われていたくらいなんですよ。

 日米野球には、その3年前の1931年の遠征にも参加し、日本国中で大きな反響があったようです。このメンバー表を交換した1934年というのは、ルースにとって、最後のヤンキース時代です。翌年には、ボストンブレーブスという球団にまた、トレードに出されています。

 1934年は、だから、ルースにとっても、久慈次郎にとっても、そして日本球界にとっても、大変興味深く、価値あるトシなのです。

 こんな貴重なメンバー表、それも全員のサインがある。いったい今、売りに出したらどのくらいの価値があるのでしょう。

 面白い記事をみつけました。この年にルースがサインしたボールが、最近オークションで350万円ほどでせり落とされたそうです。ならば、12人ものスター選手のサインした世界に一枚しかないメンバー表はいったいいくら? 軽く、ン千万円くらい値がつくのでは、と思ったとき、僕の取材意欲は、ますます高まったのです。(つづく)
 

プロフィール

プロフィール

黒田 伸(くろだ・しん)
昭和32年、福岡県久留米市生まれ、千葉県船橋市育ち。早大卒。北海道新聞社メディア局在籍。今まで、アイスホッケー、サッカー、大相撲、野球など様々なスポーツの取材を行ってきた。過去には、横綱大乃国の婚約をスクープしたことも。著書の「田中将大ヒーローのすべて」はベストセラーに。その他「怒れ、泣け、そして笑え- 松村一郎の破天荒芸人記 -」などの著書がある。

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