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☆新しい年にコンサに幸多かれと

2008年12月31日

 2009年まであと6時間ほど。12月31日の新聞にも、コンサにはつらい事実が書かれていました。
DFミノワマンの再手術です。
 <札幌のDF箕輪義信(32)が、9月に断裂し手術した右足腓腹筋腱(ひふくきんけん)を、22日に再手術したことが分かった。箕輪は来年の5月をめどにリハビリを続けていたが、復帰は来夏に延びる見通しで、来季の前半戦の出場は絶望的となった。 >
 つらいですが、本人のつらさを考えたら、僕たちがどうこう言う問題ではないでしょう。けがは、けがなのですから。

 9月の手術では断裂した腱を縫合したけれど、その縫合部分が外れかかっていることがわかり、22日に縫い直す手術を行ったという。これはどうしようもない。
  
 それにしても、箕輪選手は、6月に川崎Fから期限付き移籍で加入し、来季に向けて完全移籍の形で獲得したばかりだったのに。

 けがで開幕には間に合わない見通しだったけれど、石崎信弘新監督の下、守備の要になってほしかった。箕輪-石崎ラインもご存知の通り。石崎体制には、どうしても必要なDFだったのだと思います。

 先ほど、もうひとつのニュースが。
 横浜Fマリノスの親会社でもある日産が、資本金の出資比率を引き下げる、という内容です。

 この不況が、いよいよ具体的にクラブを襲い始めた、と言っていいでしょう。自動車業界は、100年に一度という不況の嵐をまともに受けています。日本だけではなく、欧州のクラブにも暗い影を落としていることでしょう。

 さて、そんなことを心配していても仕方ありません。2009年、新しい年、新しいコンサドーレがどんな試合を見せてくれるか。
 来年は、キャンプから力を入れようと思います。北海道新聞、道新スポーツとも面白い記事、そして特ダネを連発してくれるものと思います。

 僕も、今年以上にナマのピッチを見ていこうと思います。
 今年一年のご愛読ありがとうございました。ブログランキングが分かるようになった11月以降、改めて、コンサドーレ、そしてスポーツファンの多いことを感じています。
 丑年の来年もどうぞ、よろしく!!!ウシシと笑えることを念じて。

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とん勝は、ブタでした。ウシさんごめん。これ、結構ボリュームありますよね。

★石崎信弘監督発表に思う

2008年12月30日

 柏の石崎信弘監督が、コンサの来季監督として正式に発表された。石崎氏は、天皇杯の決勝で柏を指揮してから、来年1月10日ごろに就任会見を行うという。天皇杯を手中に収めてから津軽海峡を渡ってほしい。栄冠の余韻をぜひコンサドーレにつないでほしい。
 それにしても、石崎さんは、よく札幌を選んでくれた。山形時代に苦労をともにした三上強化部長の強い要請があったとも聞く。そうでなくては、2000万円の年俸で、若手をたたき上げる、という決断などしてくれなかったと思う。そして。 

 札幌の母体となった東芝というチームへの愛着だと思う。日本リーグ時代には、DF。おそらく僕も国立でそのプレーを取材したことがあるのではないか、と思った。石崎氏とは、年代もちょうど同じ。30歳台前後で、ベストイレブンにも選ばれていたはずだ。

 柏というチームには、特別な感情がある。小中学校から就職をするまで、千葉の船橋市民、松戸市民だった僕には、隣の町の柏から通ってくる友人がいた。柏という町が、まさかJリーグ、そして天皇杯で、上にいくサッカーチームを持つことなんて、当時はとても考えられなかった。

 そのチームを日本一まで引きあげようとしている石崎監督が、札幌の町に来てくれる。
報道によれば、これまでの年俸3500万円から大幅ダウンになるという。この不況のなか、手取りが半分にもなりかねない年俸でも来てくれるのは、「赤黒」への愛着だからだろう。ACミランをお手本に赤と黒のストライプのユニフォームを提案したのは、ほかならぬ東芝時代の石崎さんだったという。

 縁を大切にしたい。石崎氏の勝ち運と、強い縁で、来季からコンサドーレの新しい歴史が始まることを信じたい。

 

★アイスホッケー西武の廃部

2008年12月29日

 もう残すところわずかになった2008年。最近のニュースの中で、ぜひ書き置こうと思ったのが、アイスホッケー西武のことです。

 あの名門チームがどうして?ショックを通り越して、あ然としました。と、同時にあれだけ盛り上がったこともある日本のアイスホッケー競技の崩壊につながるのでは、そんな思いもしたのです。

 ひとつの競技が消えてなくなる? それくらいの重みがある西武の廃部決定ではありませんか。堤さんが個人的にもホッケーファンで、この競技にどーんと投資していたのは分かります。その堤体制が崩壊したとたんに、国土が消え、そして西武までも。どうなっているんだろう、日本連盟は。

 かつて、アイスホッケーは、札幌五輪を頂点に冬季競技の人気ものでした。本州では冬季だけではなく、シーズンを通して熱狂的なファンがいました。岩倉組が雪印に代わり、リーグは大盛り上がりだったではありませんか。北海道対、西武グループの試合は、いつも大荒れで、リンクサイドの僕たちは、あー、きょうは、アイツとアイツがやるな、なんて予想(失礼!)していたもんです。

 この道新ブログで人気者の王子の外崎慶選手のお父さん、外崎一馬さんは、日本のエースとして大活躍したDFです。何度か、プライベートでもご一緒させていただきました。長身でクールなDF。カッコよかったなあ。その息子さんのブログを読んでいると、アイスホッケーを何とか、盛り上げようとしているのが手に取るように分かります。時代を感じるなあ。

 面白い、アイスホッケーは、それは面白い。数々の競技の運営や、ルールに口を出したくなる僕ですが、実はスポーツの魅力のすべての要素がかみ合わさったのがアイスホッケーだと思うのです。

 スピード、テクニック、そして肉体的なぶつかり合い。ルールも非常に合理的で覚えやすい。一見、難しそうなオフサイドも、サッカーよりは、人間の「見た目」に邪魔されることなく、手を挙げることができる。

 こんなすばらしいスポーツはないと思っていました。

 北海道の子供たちにとって、西武グループがアイスホッケーから手を引くということは、大きなマイナス要因です。アイスホッケーを一生続けたい、と思う子どもたちの受け皿がなくなってしまうのですから。

 だから、最初に書いたように「競技の崩壊」にもつながるのではないか。そんな懸念が消えません。
 不況、不況といわれるなかで、そんなことがあってはならない。具体的な振興策があるわけではないのですが、北海道民はアイスホッケー競技を守っていく必要があるのではないでしょうか、そんなことを考えました。
 
 

☆有馬記念はダイワスカーレット

2008年12月28日

 年に一度の競馬の祭典ですから、コンサブログの中でも競馬のお話でお許しを。ダイワスカーレット。強かったですね。有馬記念というと、実力者、いや実力馬の牡馬、古馬が活躍するイメージがあるんですが、勝ったのはメス馬、そう牝馬制覇は37年ぶりで4頭目なんですね。

 なんだか、ここ2、3年の日本のスポーツ界を象徴しているようで、競馬の世界にも男女格差は、なくなりつつあるのだなあ、と。そう感じた次第です。

 皆さんもそう思われませんか。北京五輪で金メダルを取ったのは、野球ではなく、ソフトボール。柔道はすっかり、女子柔道の人気が男子より上になってしまった。メダルを取れなかったけど、急上昇のバドミントン、それに四半世紀前は、考えもしなかったレスリング女子の常勝軍団と、金メダル。女子マラソンは惨敗でしたが、そもそも女子がメダル争いをするなんて誰が考えたでしょう。
 サッカーだって、そうです。

 いろんなスポーツの世界を30年近く見ていますが、すべての競技において、女子の注目度や話題度が、アップしているのは間違いないでしょう。

 さて、優勝ジョッキーの安藤勝己騎手のたんたんとしたインタビューを見ていても、「この馬は強かったのだなあ」とつくづく思いました。
 
 北海道の競馬ファンとしては、あのコスモバルクが、どのヘンを走るのかが、興味あったのですが、そりゃ、無理でしょうね、あの馬たちの中では。

 7歳になっていたんですな、僕たちに夢を持たせてくれました。まあ、どこから見ても勝ち目はなかったのでしょうが、だれか一人くらい印を付けてくれる人がいてもいいんじゃないかと。本命馬だって、馬群に沈んでるんですから、勝負はやってみなけりゃわからない。

 と、いうのも、僕が最初に馬券を当てた馬が、菊花賞のグリーングラス(古いなあ!)。あれは4歳でしたが、グリーングラスは7歳で有馬記念を制して、引退の花道を飾っています。7歳でも走れるのがすごい。

 有馬記念の競馬場は、千葉の中山。その近くに5年ほど住んでいたことがあります。スポーツ記者としてスタートしたころですね。競馬の日になると、車が渋滞し、あちこちに違法駐車されて、自分の車で団地の外に出られなかったことを覚えています。競馬じだいは、それほど関心はないのですが、競馬に関わっている人たちと話すのは楽しかった。

 馬を愛しているんですね、みなさん。どうせ馬の考えることだから、ウマくなんか、走ってくれないわい、といつも思っていたのですが、馬主さんや騎手になりたての人、それから騎手の学校に通っている若い人たちと話すと、ウマの気持ちが分かったような気がしたものです。
 
 競馬取材でイヤーな経験もあります。
 大井競馬で、ホッカイドウ競馬のウマが勝ったんですね。ふだん、大井競馬なんて取材したことがなかったから、どこに記者席や記者クラブがあるのかわからない。騎手を取材して原稿を電話で送る(当時は、まだ電話かファクスです)のに電話が見つからない。慌てて飛び出して、近くの公衆電話で原稿を送ったんです。

 これは、原稿を読んで送るので、相当時間がかかる。10分や20分くらい。電話は3つあったんですが、僕の後ろに並んでいた、見るからにヤクザ風のおにいさんに、「なに、しとんのや。はよ、替われ!」とどやされました。蹴りも入れられました。
 それでも、受話器を手放さず、ただ丸くなって原稿を読んでいた自分。あー、グリーングラスとともに競馬の淡い思い出です。
 (携帯電話世代に分からない苦労なのでした)

<第53回有馬記念(28日・中山10R2500メートル芝14頭、G1)1番人気のダイワスカーレット(安藤勝己騎乗)が2分31秒5で優勝。1着賞金1億8000万円を獲得。2着は14番人気のアドマイヤモナーク、3着には10番人気のエアシェイディと、ともに下位人気馬が入り、3連単の払戻金が100万円に近い波乱>どうでもいいですが、僕の昔からの友人で今年のG1で3連単大当たり、なんと3500万円を手にした男性がいます。あやかりたい、あやかりたい。

★平川弘さんの通信簿

2008年12月26日

 26日朝刊札幌圏面「現代かわら版」にある平川弘さんの通信簿。このコーナーは、コンサファンの人気の欄ですが、今回もわがチームの現状と問題点が分かりやすく解説されていました。
 クライトンの残留を「本当にびっくり」としながら、中盤にいてくれるのを「とてつもなく大きい」と評しています。同感ですなあ。

 通信簿の採点は、結構きつい。なにしろ評価が「〇良い」「普通△」「悪い×」の3つしかない。これでは、×を付けられた選手は気にするだろうなあ、と思いつつ見ると。

 今回は、通信簿(下)なので、15人がいて、その中で、×は6人。一人ひとりへの平川さんの「ひとこと」を読むと、ずばり言い当てているコメントや、選手にとって、痛いだろうなあ、と思われるものもありました。さすがに良く見ていらっしゃる。

 最後の一人が35番の箕輪。評価は〇 ひとことに「精神的支柱」とありました。不運なけがで、戦列を離れたけれども、彼の存在は大きい。次に札幌のピッチに立つときに、どんなプレーを見せてくれるか、僕は、クライトンとともに、もっとも興味を持っている選手の一人です。

 石崎さんのことも書いてありました。監督に内定していながら、柏が天皇杯で残っているために正式に発表できないクラブ。ただ、三浦サッカーと同じような堅実さで勝負するのは、間違いないでしょう。

 ひとつひとつパズルが埋まっていくように決まっていく2009年のコンサドーレ。最後の一枚が監督なんて、これも何かの縁でしょう。でも、昨年の今頃、この苦しい状況を予想した人は、いったいいたのだろうか。

 ちょっと、複雑な気持ちです。そうでしょう、皆さんも。

★ダルビッシュ・ギャラリーからメリクリ!

2008年12月25日

 しばらく本州に出張していました。皆さん、お元気でしたか。
話題盛りだくさん、いろいろお伝えしなければならいないことがあるのですが、とりあえず、ぎりぎりでクリスマスに戻ってまいりましたので。
 メリークリスマス!
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 写真は大阪・ハイアットリージェンシーに店を出しているダルビッシュ・ギャラリーのものです。
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 父ファルサさんと奥さんは、ハワイでのダルビッシュとサエコ夫人の挙式で不在。そこで、僕とすっかり、顔なじみになった店のイラン人の方と、美人の店員さんに、店に出している新製品の話を聞いてきました。
 ダル・ギャラリーは、もともと神戸・六甲にあったんですが、店が狭くなり、ダルビッシュ人気も手伝って昨年、大阪南港の商業地区に引っ越してきました。

 店内には、見ただけでも「高そう」と思えるペルシャじゅうたんや、イランの工芸品が並んでいます。いやー、一度くらいペルシャじゅうたんを敷けるような家に住んでみたいものですが、お値段は、軽ーく、車が買えるくらいです。中古マンションも買えるかも。あまり、高い、高い、と言っているとファルサさんから「営業妨害」と言われそうなのでやめときます。スーツ値段で買える、手ごろなものもありますので、ハイ。

 写真のクリスマス飾りは、新年や、一年中でも使えそう。ほしいな、と思って写真まで撮ったのですが、持って帰るまでにガサガサになってやしないかと思い、やめときました。値札は、見えるかな?

 素敵な花瓶は、オリジナルです。この赤、バラをイメージした赤が、ファルサさんの自慢なんですね。ダルビッシュも「バラが大好き」と言っていましたね。イランには、こうしたバラがあちこちに咲いているそうです。

 撮影はしてきませんでしたが、ダルビッシュ関係のグッズや、写真などもあります。
大阪へ行った際にはぜひ、お立ち寄りください。(と、かなりCMくさいですなあ。でも日本のエースですから、息子君は)

 東京では、「国民の期待」を見てきました。と、言ってもチャンピオンとは、直接話はできませんでしたが、宮田ジムへ行ってきました。
 次回をお楽しみに。

 
 

★クライトン残留!を喜びたい

2008年12月19日

 クライトン残留が決まりました。素直に喜びたい。ようやく、太い柱が建ち始めたような気がする。あとは、監督の名前だけですか。

 19日の道新スポーツによると、J1の複数チームからの問い合わせがあったが、折り合わなかったとのこと。三上強化部長や周囲の話によると、「少しくらい契約金が高いクラブよりも、札幌に残りたい」という話を本人がしたという。

 うれしいじゃないですか。今季、なかなか勝ち点が積み上げられないなかで、クライトンの冷静な判断と、闘志は、大いに光っていると思いました。

 新外人の2人も、早くプレーを見てみたいものです。

 一方、昨日18日の北海道新聞夕刊によると、ベテランの契約交渉が「厳冬」であるという。これは仕方のないことでしょうね。J2降格の責任、そしてクラブの財政事情を考えれば、「ないものはない」と、言うしかない。

 HFCは、資本金を取り崩してまで、チームの財政状況を建て直し、J1の今季で黒字決算にするはずだった。観客動員が伸びなかったのはなぜか、甘い見通しを立てざるを得なかったのはどうしてなのか。ファン・サポーター、そして札幌市民、北海道民にそれを開示しなければなりません。

 決して楽しい作業ではないでしょう。そして、関係者、サポーター全員が納得できるものでもないでしょう。ただ、クライトンの残留は、年間のゲームプランを立てる上で、非常に意味がある。まだ、プレーを見たことのない、選手の技量をあーだ、こーだ、言う前に彼だったら、計算できる。

 クライトンのアグレッシブなところもいい。サポーターを鼓舞するようなしぐさから、さすがにあちこちのクラブでプロとしてサッカーをやってきたのだなあ、と思いました。

 昨日は、いろいろなニュースがありましたね。村野GMの退任の件、そして寮母さんの件。新しい、若いチームが来シーズン、J1復帰への結果を見せてくれることが、お2人への何よりのお礼になると思います。

 


【プレゼント】演歌歌手・盛永孝則さんのテープを先着で

2008年12月18日

 歌ネタで、きょうはいきます。
 札幌に盛永孝則さんという演歌歌手がいます。2年ほど前に「さっぽろ挽歌」という歌でクラウンよりデビューしました。

 ご経歴が面白いんですね。石狩市で電気工事の会社を経営されているんですが、歌が好きで好きでたまらず、カラオケで美声を磨いていたんですが、それでも収まらず、本当の歌手になってしまった。なろうと、思ってなれる人は、そういませんよね。会社は、お子さんに任せて、せっせと、全道、全国をプロモーションで歩いています。

 その盛永さんと、ある方のご紹介で知り合い、飲みに行ったんですね。当然、歌手ですから、あちこちから、お声がかかる。すると、結構歌ってくれます。いい声なんです。「ススキノのフランク永井」と、言われているくらいですから。低音がいい。しびれるんだなー、これが。

 フランクさんは、10月に亡くなってしまって、これからは盛永さんが、魅惑の低音を響かせてもらいたいものですなあ。
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 その「さっぽろ挽歌」は、いま有線でもリクエストすればかかるようになりましたが、先日、盛永さんと桑園のガード下で飲んだとき、「そういえば、黒ちゃん、テープを皆さんにプレゼントしたいな」と、言ってくれました。CDは、もちろん売らなくてはなりませんが、カセットテープは、プロモート用にも作っていたので、結構手元にあるとのことなんです。

 そこで。先着順ということで、僕の手元にあるテープをこのブログ読者にプレゼントしたいと思います。郵送先の住所、氏名を書き入れて「コメント」として、このブログに返信してください。ご心配なく。コメントは僕が見るだけで、ここにアップさせたり、公表はしませんので。

 なかなかいいですよ。
 きょうのガンバ対マンU戦が終わってからでも、ちょちょいとメールしておいてください。

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☆ベガルタへの補助金廃止、仙台市が

2008年12月16日

 仙台市がベガルタへの補助金廃止を打ち出しました。このHPにも記事が掲載されています。年間約6000万円の補助金をカットするそうです。J1に戻れなかった仙台にとっては、弱り目にたたり目ですなあ。でも人ごととは、思えません。

 わがチームの事情も同じです。公的資金の補助は、全国のクラブを見ても、廃止の方向にあることは明らかでしょう。Jリーグが始まってから10年以上がたち、どのクラブも「自立しなさい」と補助金はカットされる運命にあります。

 ベガルタの場合、1999年以降、毎年500万円から7000万円を支出してきたそうで、今年累積債務解消のためにコンサと同じように減資しています。資本金の8割に当たります。

 仙台市としては、ユアテックスタジアムの命名権売却の利益を配分したり、スタジアム使用料約7000万円を減額して、クラブを引き続き支援する、ということです。

 これだけではなくて、宮城県も年間1000万円の補助金廃止を打ち出していて、戦力強化をしなければならない仙台にとっては、それはそれは苦しい現実が待っている、と言えそうです。

 世界的な不況で、どのチーム、クラブも今年から来年にかけて大変なことになるでしょう。欧州のどこかのクラブのように、どーんと、一肌脱いでくれるスポンサーがいないでしょうか、この北海道に。

 ベガルタのこの記事、タイミング的には最悪ではないですか。仙台サポのため息が聞こえて来そうですが。仙台の方、どなたか背景説明と札幌へのアドバイスを。

 
 

【特報】矢萩社長がJ1復帰に自信

2008年12月16日

 15日夜、札幌市内のホテルで北海道スポーツ記者倶楽部の総会が開かれ、久しぶりにHFCの矢萩社長とお話ができました。以下は、矢萩さんが力強く宣言したJ1復帰への特報!です。

 「ちょっとお痩せになったんではないですか、矢萩さん。ご苦労多いですからね」
 「いえ、そんなことないよ。逆にストレスで太り気味かもしれないなあ」

 そんな会話を僕と会場でしながら、司会者に促されて登壇した矢萩さん、開口一番、今季のJ1からの陥落に「申し訳ない」と頭を下げた後、「来季は若いチームで必ずやJ1復帰を果たしてくれるはずです」と強い自信を見せました。

 とは、言うものの、監督名の「おみやげ」を待っていた記者会員に対しては「ここで発表できればいいんですが、もうちょっと、お待ちください。皆さんが予想されている方になる方向で最終的な調整をしております」と、新監督の明言は、避けた形になりました。

 ですが、「大方の予想通り」などと述べていることを考えれば、ブロガーの方たちの中で出ていたり、すでに新聞報道されている、あの監督さんで間違いないでしょう。

 北海道スポーツ記者倶楽部とは、東京に本部のある日本スポーツ記者倶楽部の下部組織で、全道のスポーツ記者約170人で構成されています。この記者クラブに加盟していないと、原則的にはコンサドーレなどの取材はできません。矢萩さんにとっては、この数カ月、頭の痛い質問を浴びせていた記者たちでしたが、立食形式のパーティー会場で、ダンディーな姿で、雑談に応じていました。

 とにかく早くトップ(監督)を発表してほしいですね。選手たちは、契約更改と今後のクラブ運営に不安を持っていることでしょう。
 ですが、このところの契約更改と、トップへの昇格選手の名前などを見ていると、「相当若いチームになるなあ」という印象を持ちます。
 
 会場には、日ハムの今村相談役もお見えでしたが、今村さんもこんな挨拶をされました。

 「今年は大きなトレードをやりました。結果は、来年のいまごろにならないとわからないが、日ハムはこのままではいけない、このままぬるま湯ではいけないのです。だから、大型トレードが実現しました」とあの二岡、マイケルトレードのチーム事情を説明していました。

 若返るコンサに期待しましょう。早く、リ・スタートを切ってほしいものです。


 

★浅田真央のトリプルアクセルとガンバ4強

2008年12月15日

 昨夜のテレビは、そのどっちも見たいので、困ってしまいました。韓国でのフィギュアGPファイナルエキシビションの浅田真央。さすがに本番のようなWのトリプルアクセルはなかったものの、優雅な舞いに真央ちゃんの余裕と実力を見た気がしました。そしてサッカークラブW杯。

 スポーツには、まねのできないものと、できるものがあると思いますが、どう練習してもできそうもないのが、スキージャンプとフィギュア。雪と氷の上という違いがあるものの、1年や2年の練習では、まねごとさえ、できそうにない。

 それにしても、フィギュアの日本の台頭ぶりはすごいですね。男子もここ3年ほどで、上位に名が残るようになり、今回の小塚は2位ですからね。

 カナダ・バンクーバー五輪まで、あと2年を切っています。来年は、そのプレ大会となる冬季競技がたくさん出てきます。フィギュアは、有望種目でしょう。真央には、日本中が金メダルを期待しますね、きっと。

 僕は渡部絵美を取材した世代で、何度か品川のスケートリンクで話をしました。引退後は、マスコミの広報的な仕事もしてくれていたので、フィギュアの知られざる世界を聞いたことがあります。

 知られざると言ってもおおげさですが、トップの選手たちは、みんな仲がいい。基本的に個人競技(来シーズンから団体も始まるようですが)だし、それほど競技人口が多いわけではありませんから。

 スケートリンクを必ず必要とする練習の条件や、練習にかかる費用も結構かさむので、親掛かりということにもなる。そうした条件をクリアして、何千人という観客の前で、4分間を独占できるのは、それはそれは気持ちがいいそうです。

 一度やったら、やめられない、とか。

 真央ちゃんを見ていると、競技に対する悩みとか喜びがそのまま素直に出ているところがいい。成功したら、喜び、失敗したら悲しむ。ただ、今回は、ヨナ・キム(真央は、キムヨナではなくヨナキム)が失敗し、自分がトップになったためかもしれないけれど、喜び方が控えめだった。そこに「大人になったなあ」という気がしました。

 さて、皆さん、あのトリプルなんとかや、ダブルなんとかは、なかなか区別がつかないでしょうけれど、アクセルだけは見分けておいてくださいね。
 お分かりでしょうが、アクセルは車の「アクセル」と思って、前へ前と進むと思うと忘れない。アクセルは、踏み込みが前向き、それ以外は、後ろ向きに飛びます。僕も駆け出しのころ、アクセルは前へ踏み込む、と思って覚えたものです。

 スケートをやった方ならわかるでしょうが、前向きに回転をつけて飛ぶのは、かなり難しいんですね。真央は、そのアクセルで3回転を、ひとつの演技の中で2度もやってしまったんです。体力と集中力がいる。失敗したら、減点され、元も子もなくなるわけですからね。
 国際大会で女子が成功させたのは初めて。だから、どうしても優勝してほしかった。

 エキシビションと同時にテレビでやっていたクラブW杯ではガンバが遠藤の1本で勝つことができました。4強に残って、なんと次は、世界に名前をとどろかせるマンUとの対戦です。これも歴史的なことです。その戦いに駒を進めることができたのも、播戸が難しいヘッドでゴール前に詰めていた遠藤に合わせてくれたからです。あの播戸くんが。
 うーん、最後に、やっとコンサへとつながりました。  (4日もお休みして、すみませんでした) 

★ダビの名古屋での活躍を祈りたい

2008年12月11日

 ダビの会見を聞いていて、こちらも「ありがとう」と言いたくなりますね。
ダビがJ1の得点王争いで2位ということは、逆に言えば、札幌にほかにストライカーは、いなかったのかい、ということにもなるけれど、ダビのプレーとその言動は、だれからも好かれていたと思います。

 「名古屋にこれだけ高く評価してもらったのは、2年間過ごした札幌のおかげ。ありがとうございました」
 北海道新聞スポーツ面には、彼の言葉を訳した記事が載っていました。名古屋は、確かにビッグクラブ。日本を代表する企業がスポンサーにいる、ということもあるけれど、常にJ1優勝、天皇杯、そしてこれからはクラブW杯をどうしても、制したいクラブでしょう。

 そのエースになるストライカーを2年で育てた札幌、そして三浦監督の手腕は高く評価されていいのではないでしょうか。

 契約金3億円に、言葉は悪いけれど「高く買ってくれてありがとう」と、多くのサポ・ファンが思っていることだと思います。いまのうちのクラブの懐事情を考えると、それは本当に<助かった>になるでしょう。

 そのダビの「遺産」をどう使うか。クラブは、かつてないほどの危機感をもって、強く、若いチームを目指してほしい、そう思います。
 11日の北海道新聞の読者の声欄(6ページ)に「降格を新生へのバネに」という投書が掲載されています。41歳の札幌の主婦の方です。清田区の方ですが、おそらく熱心なサポーターの方ですね。

 おしまいにこう書かれています。
 「コンサドーレが、クラブW杯に出場する日を夢見て応援し続けたい」
 この主婦の方も次のシーズンを「新生コンサの一年目」ととらえています。
 新しく、一歩を踏み出すことが重要ですね、選手も、サポも、クラブも、そして私も。
 私は欲張りながら「クラブW杯優勝」を狙いたい、そのくらい夢を持ちましょう。

★初めての工藤公康ネタで

2008年12月10日

 「工藤に似てるって言われません?」
 「あーあ、あのジャイアンツの、いや、ライオンズだった、いや今は横浜か」
 「似てますよね、ご兄弟かと思いました」
 「あー、時々言われるんですよ。でもね、僕が兄ですから、兄!」
 「えーー、本当にご兄弟なんですか」

 「・・・・・・・」
 「ね、でも、本当に似てますよね」

 その昔から、何度言われたことでしょ。六本木あたりで、ぶらついていると、よく指差されたもんです。
で、いつも反論するのが、「工藤に似てるんじゃないんですよ、工藤が僕に似ているんだから」
 小学生の子供の参観日に、子供たちがふざけて「サインちょうだい」なんて来るもんだから、教室で工藤のピッチングを真似してたら、うちの長男が、それ以来、しばらく口をきいてくれなかった。そんな思い出のある「工藤くん」なのです。

 「やー、黒ちゃん、ホント似てるよ。この前、球場で会ったから言っといたよ、工藤さんに。そっくりな新聞記者が北海道新聞にいるって」

 そう言って、いひひ、と喜んでいたのは、現役時代によく飲み歩いた大相撲の横綱O国関でした。いつか、取材で会うのではないか、とドキドキしていたら、これまでなぜか直接話すことはなかったのですが、1カ月前の「道新フラッシュ」メールには、さすがに驚いた。

 「マイケル、工藤トレードへ」
 え、えええ、えーつ、なんでマイケルと横浜の工藤がトレードされんの。頭おかしいんじゃない、フロントは。
 本気で、そう思ったのは、日本中で僕だけ。「どうしよう、グランドで会ったら」。10分ほど考えて、「でも、やっぱり、なんかヘンだよな」と思い、次のメールを待っていたら、納得しました。
 そうか、ハムの工藤ちゃんが、二岡と林とトレードされる、ってことか。当たり前だよなあ、と。

 キミヤスが投げて負けると、そりゃ、悲しくなります。なんか分身が痛めつけられているみたいで。中年の☆なんて言われてるけど、キミヤスは、すごいエースでした。名電高時代のノーヒットノーランから見ている「兄」としては、いつまでも現役でがんばってほしいじゃ、ありませんか。

 その工藤キミヤスの話題、きょうの道新スポーツにでっかく出ていました。年俸が6000万円もダウンしても戦うぞ、という気持ちに敬意を表したい。6つ年上の工藤似としては、自分のことのように、うれしいのです。

 さて、どれくらい似てるかは、今度、道新スポーツとの写真と僕の写真、比べてくだされ。では。

★石川遼の笑顔に1億円!

2008年12月09日

 正直言ってゴルフは苦手です。まじめにコースを回って取材するのは結構大変だし、あまり面白いとも思えない。プレーはもっとつまらない。止まっているボールを打つんだから、「相手が強かった」なんて言い訳がきかない。結局、うまくないからなんでしょうなあ。ですが、石川遼クンには、大拍手を送りたい。男子ゴルフの注目度をこれだけアップさせたのだから。17歳の笑顔に救われた関係者そしてゴルフファンは、どれほどいたことでしょうか。そんなことを感じたきょうの、道新スポーツ一面でした。

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 笑顔がいい。本当にいい。きょうのスポーツ各紙は、そろって遼くんが1面です。まあ、シーズンオフ(野球そしてJリーグ)の紙面づくりは、どこも苦労するのですが、遼くんが一億円プレーヤーとなり、3冠に輝いてくれたおかげで、どーん、と報道できる。最大の恩恵に預かっているのが、新聞、そして男子ゴルフを中継しているテレビ局でしょう。

 ここまでは宮里藍を筆頭とする若手女性ゴルファーに引っ張られて、女子ゴルフの視聴率と会場へ足を運ぶ人たちは、大幅にアップしました。ところが、男子ゴルフはというと、いつものかわりばえのしない面々が、上位を争って、一部のゴルフファンか、ゴルフお父さんが、スイングやグリーンの攻め方を見て「よーし、オレも次の休みには」と、参考にする程度だったと思います。全米、全英などのメジャーは別ですよ。ゴルフ嫌いの僕でさえ、そりゃ、朝まで見ることもありました。

 ですが、遼くんの出現は、いままでゴルフを知らなかった女性層や若者層までも引き込んでしまいましたね。

 彼の一番好きなところは、ドライバーでぐいぐい攻めるゴルフだというところ。今年は何度か、ほかの選手がグリーンまでを刻んで狙うのを横目に池越えを堂々と選択したり、「これでもか」とばかり満員のギャラリーを背にして、ドライバーをぶんぶん振りまくりました。

 すばらしい、の一言ですな。そもそもツアー優勝できるプロなんて、ほんの一握り。ゴルフを一度でもやったことのある方なら、十分わかることでしょうが、パーで上がるなんて、夢のまた夢なんですから。そこでアンダーパーで回る17歳は、「いったい何者なんやあ」と思ってしまいます。

 僕の一番最初のゴルフ取材は、まだ駆け出しのころ、千葉で行われた高校生の日本選手権。いまの遼くんみたいな子がゴルフバックを担いで、どんどん走り回っていました。さすがに遼くんほどの力はなかったけれど、一流のゴルフコースをアンダーパーで回るのを見ていると、ますます「ゴルフなんか、やーめた」と思ったモンです。

 若いということはすばらしい。タイガーに憧れた、というのもカッコイイ。どこまで伸びるのだろうか、遼くんは。青木や中島が孫のように頭をなでるのを見ていると、「ゴルフ界の救世主だなあ」とつぐづく思ってしまいます。


 面白くない、つまらん、嫌いだ、嫌い、と言っていたゴルフ談義が長くなってしまいました。
 これって、やはり、ひがみですなあ。僕も17歳で振っていればなあ。。。とほほ。

 

☆「雪国切り捨て」に猛反発したい!

2008年12月08日

 8日の北海道新聞オピニオン欄の運動部福田記者の「記者の視点」。なかなか切れ味が良かったと思います。犬飼会長の言葉を引用しながら、「議論を活発化させようとしているふしもある」の指摘は、僕も、そう思っていたことでした。
 
 なかなか思い切ったことを言う会長だなあ、と皆さんも思われていたのでしょうが、雪国に住む私たちにとっては、「切り捨て」と映ることをよく理解してもらいたい。

 

 練習場、交通の便、そのほかにかかる雪対策費を考えると、HFCの矢萩社長が明らかにした「100億円」は、決して満足な費用ではないでしょう。

 福田記者がまとめているように「時間をかけての妥協点」を見出すのが、筋でしょう。福田記者は「民主主義」という大原則にも触れていますが、短い時間で実現しようとすれば、反発を招くだけでなく、雪国チームの崩壊にもつながりかねない。

 とにかく議論を尽くしてほしい。そのためには、札幌は早くから手を打つ必要があると思います。日本代表の岡田監督は、札幌をJ1に押し上げてくれた名将です。あらゆるルートを使って、どんな妥協点があるか、探るべきだし、同じ新潟や雪国チームとの連帯行動は、議論を巻き起こす上で、大いに有効打になると思います。

 札幌の発言力が増すためには、当然チームが強くなければならない。来季の目標となるJ1復帰は、そうした大きな意味もあるということを、クラブも選手も、そして僕たちもよく認識すべきだと思います。

 僕は、以前にもこの欄に書きましたが、総論では賛成したい、という気持ちは変わりません。W杯を獲るためには、だれもが納得している結論ではないでしょうか。妥協点だけでなく、雪国の有利な点はないのだろうか。引き続き、考えてみたいと思います。


 

★収穫多かった最終戦。ですが。

2008年12月07日

 屈辱的な、目の前でのJ優勝チームの歓喜。これを今後、どう生かしていけばいいのだろう。
そんなことを考えた最終戦でした。

 「たら、れば」はスポーツでは何の説得力も持たないのですが、鹿島のあのミドルシュートがポストに当たり、上里のあのシュートがポストの内側に入って得点していればーゲームは大変なことになっていましたね。それだけ、コンサドーレもJ覇者に近いところで、試合ができたということを誇りにしたいと思います。

 今朝の北海道新聞札幌圏版でのファン・サポーターの反応ぶりなどが、このホームページの「コンサドレー」の欄にアップされています。それを読むと。

 「来季も必ず応援」と、記事をまとめていました。当然といえば当然ですが、それだけで来季以降に希望が持てるのかというと、そうは思いません。

 再びJ2に陥落した夜、旧知のコンサドーレファンからメールが入ってきました。
このチームがなぜ、大きくはばたけないのか、なぜ資金難に陥っていったのかを、僕がコンサの出発点に戻り、その友人に話したことがあるのですが、その「ボタンの掛け違い」が今も影響を及ぼしているのを認めながら、不況のなかでの企業スポンサーの現状と難しさを指摘していました。

 すぐに点を取ってくれる助っ人は、それは頼もしい。ですが、今季のようにせっかく成長して、サポも「こいつなら」と思っていた選手=ダビが、大事な試合を前に、突然チームを離れたり、他チームからのオファーをサポーターたちが心配したり、うわさしながら、応援にのぞむという状態は、決して好ましいとは言えないでしょう。それなら、いっそのこと助っ人に頼らないチームとゲームプランで年間を通した方が、よほど納得がいくのではないでしょうか。それはサポも日本人選手も。

 子供たちに愛されるチームであってほしい。小学生、中学生がこのチームを見て、サッカー選手を志し、育ってほしい。子供たちは、毎年毎年入れ替わるチームのポイントゲッターや、すぐに去ってしまう指揮官たちを見て、本当に「コンサドーレを来季も必ず応援」してくれる気持ちになるのだろうか。ふと、そんなことを考えました。

 ですが、ともかく。
 三浦監督の厳しい指導と、それに応えて、新体制から2年目にしてJ1に上がった選手たちに対して本当にご苦労さま、そしてありがとうございました、と伝えようと思います。
                                       (試合後24時間、会社デスクにて)


 

【速報】中村俊、1月J復帰は困難!Mも大変か

2008年12月03日

 3日昼、「中村俊、1月J復帰は困難 横浜M、来夏獲得に転換か」という共同稿が入ってきました。
北海道新聞の夕刊の一部の地域にも掲載されていたと思います。このニュースの発信源はイギリスBBC放送と、その電子版。セルティックとの契約が残っている日本代表MF中村俊輔(30)は、契約期間が満了する来夏までスコットランド・プレミアリーグのセルティックに残留することが分かった、と報じています。

 国内向けには、来年1月のJリーグ復帰を示唆していた俊輔なので「ええっ?」と思ってしまいましたが、どうやら復帰クラブとして、一番可能性がある横浜M側の移籍金支払いにも原因があるようです。


 つまり「移籍金の捻出に苦慮している」(共同)ことや、俊輔の活躍で目下、スコットランドリーグで首位を走るセルティックがシーズン途中で出すのは、どうか?などの理由によるものらしい、ということです。

 アメリカに始まった金融危機、そして円高がこんなところにも影響しているとは。ご存知のように横浜Mの親会社は、日産自動車。トヨタ、日産、三菱と、自動車会社がサッカーに関係しているケースは日本に限らず、世界のクラブにもよくあるケースなので、世界の金融危機は、サッカーチームの運営にも影響する、ということなのですね。

 シーズン途中となれば、日産はセルティック側に2ケタ台の億円を払うことになる。この厳しい状況のなかで、その移籍金捻出は、それはそれは大変なことでしょう。

 契約が切れる来夏となれば、俊輔との直接契約だけですむはずなので、日産としては、それまで何とか、待ちたいのではないでしょうか。

 幸い、といおうか、このところ俊輔の正確なキックがチームを勝利に導いています。そうなれば、セルティックでの俊輔必要論は、世論の支持を受けるはず。日産、セルティック側とも思惑が一致したとみるべきでしょうか。

 さて、その俊輔は、どこのチームに行きたがっているのか。そのナマの声を聞きたいものです。夏場の暑い本州の気候より、「スコットランドに似た北海道の気候がいい」なんて、言ってくれませんかね、ほんとに。

★キセキが始まってました!

2008年12月02日

 前回のブログで「奇跡」を呼べ「軌跡」なんて言っていたら、道新本社1階の道新プラザで本当に「軌跡」が始まっていました。
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 短かった(とほほ)J1での軌跡を選手たちのコメントも交えて写真パネルで振り返っています。鹿島戦に向かう意気込みもポスターから伝わってきます。ぜひ、ぜひ。

 大通の道新本社まで見に来てください。午前9時から午後6時まで入場無料で見ることができます。このプラザでは、絵画展や写真展、いろいろな作品展もほぼ1週間ごとに入れ替えて、みなさんに見ていただいています。

 それから、当日や、数日前の新聞もゆっくりと座って読むことができます。マチへ出られたら、お気軽にお越しください。
 (と、きょうは宣伝でした。コンサのパネル展もJ1にいればこそ。残り少ないJ1デーを大切にしたいですなあ)

プロフィール

プロフィール

黒田 伸(くろだ・しん)
昭和32年、福岡県久留米市生まれ、千葉県船橋市育ち。早大卒。北海道新聞社メディア局在籍。今まで、アイスホッケー、サッカー、大相撲、野球など様々なスポーツの取材を行ってきた。過去には、横綱大乃国の婚約をスクープしたことも。著書の「田中将大ヒーローのすべて」はベストセラーに。その他「怒れ、泣け、そして笑え- 松村一郎の破天荒芸人記 -」などの著書がある。

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