24日、札幌国際大学で行われた梨田監督との鼎談。来場された500人の方にも喜んでいただけたかと思います。僕も準備期間が短かったもので、お客さんを喜ばせることができるだろうか、と心配だったのですが、会場のあちこちで、何度も爆笑が起きたりで、梨田さんの旺盛なサービス精神に助けられました。

午後2時からの開始に先立って1時間ほど、控え室で懇談、打ち合わせをしました。僕が20年前の1988年10月19日、あの近鉄-ロッテダブルヘッダーを取材していたので、その話で大盛り上がり。なぜ、北海道新聞東京編集局(当時は社会部)に籍を置いていた僕が、近鉄戦を取材していたのかというと、ロッテの高沢秀昭選手が苫小牧工業出身で、北海道出身者としては、ヤクルトの若松さん以来、となる首位打者を狙っていたからなんですね。
結果は、みなさんご存知のように、近鉄がデーゲームは梨田選手の2死からのセンター前ヒットで、勝ち、第2試合に「勝てば優勝」だったにもかかわらず、土壇場で同点に追いつかれ、優勝を逃した。その同点ホームランが、なんと高沢のレフトへの本塁打だったわけです。
当時、僕は「えーっ、こんな試合あるのかい」と、にやにや(近鉄ファンには申し訳ない)しながら、「それにしても近鉄は、どこまでついてないんだ」と思ったものです。高沢は結局・・・
残り2試合が当時の西宮球場での阪急戦で、松永と競り合って、首位打者を獲得しました。あの近鉄戦の1本がなければ、取れていなかったのです。僕も西宮で高沢に「おめでとう」と握手を求めたことを昨日のことのように覚えています。
まあ、ほんとに運命のいたずらといおうか、何といおうか。その話を昨日、目の前の梨田さんとできることに自分ながら、「感動」して鼎談にのぞみました。
「面白かったね」。会場に足を運んでいただいた何人かの方からご感想をいただきました。梨田さんの本音を引き出そうと、かなり無理な質問もしたりして、見ている方からはひやひやものだったらしいのですが、そこは20年前のあのひとときを同じ球場で過ごした記者のずうずうしさで押し切りました。
一番聞きたかったのは、やはりマイケル、二岡トレード。新事実は次の通りです。「あまりに大きいトレードだったため、工藤、林も一緒となった」こと、「マイケルは、今年良くても来年は分からないし、ここ数年、ラストばかり任せたので、精神的にきついと思った。本人のこれからを考えると、出してあげたかった」。さらに「工藤は、6月にも、他チームへの移籍話があったが、オレ(梨田監督)が出さん、と言ってやめさせた。いい子なんですよ。でも相手が、巨人だったため出すことにした」などでした。
二岡については、「右で20本の本塁打を打てる打者がいないと、お客さんに申し訳ない、との思いで、来てもらうことになった」。「けがさえ治れば、相当期待できる」ため、大変なお買い得、トレードとみたそうです。
鼎談のなかで、僕もここぞとばかり、きつい冗談を言わせていただきました。「二岡さん、ススキノで飲んで帰っても、食べるのはモナカにしておいてください」。大爆笑。大拍手。
一番前に座っていた球団幹部の方は、大変渋い表情(!!!)でしたが、僕は来季のV奪還の鍵は、二岡が握っている、そのくらいに彼の活躍に期待しています。マイケルには、あちらのリーグで活躍していただき、交流戦で、対戦しないことを祈るのみ。
25日、札幌グランドホテルで会見した二岡は、まだ表情が硬かった。
早く、道産子の暖かい応援の洗礼を受けて、笑顔になってほしいものです。期待大!