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東日本大震災チャリティ・コンサート <第1回から第116回までの義援金総額と、今後のスケジュール>

2012年08月31日

皆様からお預かりした、第1回から第116回までの義援金総額は1千万円を越え、
【¥10,507,128】 になりました。

ありがとうございました。

うち、¥6,472は、募金とチャリティ活動費作りを目的に販売しているTシャツ、
キーホールダーの8月分の売り上げから・・・
CAFE・LAKURA店頭の募金箱から、¥100・・計¥6,542は、
福島市市民放射能測定所へ・・・

第1回から第116回までの総額は、日本赤十字北海道支社、
ユニセフなどを通じて被災地へ・・・
また、東北各県の災害対策本部、福島市市民放射能測定所などへ、
チャリティ・コンサートの主催者から送金していただきました。

なお、総入場者数は、延べ人数で、10,736名となっております。

今後も被災地支援のチャリティ・コンサートを続けて参ります。
何卒よろしくお願い申し上げます。

今後のスケジュールは、以下の通りです。

<117> 9月8日(土) チェロ・コンサート。
札幌市中央区・クリスチャン・センター。 13:30開演。
 


● 9月13日(木)~20日(木)。
 【チェロ・コンサート・IN・大船渡】 

初日の13日と、最終日の20日の会場は、「ジャズ喫茶・イマジン」。
 
15日、宮田仮設 16:00~  16日、大立仮設 10:00~ 

● 9月22日(土)。チェロ・コンサート 

(1)岩手県下閉伊郡山田町、小規模多機能型居宅介護事業所 「眺望」、10:00開演。
(2)同・福祉仮設住宅、「やすらぎ」 14:00開演。 チェロと地元吹奏楽団との共演。



<118> 9月28日(金) チェロ・コンサート。
札幌市中央区北10西15 サッポロ珈琲館 桑園駅前店。 18:30開演。

<119> 10月4日(木) チェロ・コンサート。
札幌市厚別区・デュオ2-5F、新札幌ギャラリー。 19:00開演。

<120> 10月6日(土) チェロ・コンサート。
恵庭市黄金ふれあいセンター。 14:00開演。

<121> 10月13日(土) チェロ・コンサート。
紋別市民開館小ホール(再演) 19:00開演。

<122> 10月21日(日) チェロ・コンサート。
磯谷郡蘭越町パーム・ホール(4回目)。 14:00開演。

<123> 10月23日(火) チェロ・コンサート。
岩見沢市 武部建設 結(ゆう)ホール。 18:30開演。

<124> 11月10日(土) チェロ・コンサート。
札幌市厚別区厚別西地区センター。 13:30開演。

<125> 11月17日(土) チェロ・コンサート。
樺戸郡新十津川町 花月サポートセンター。 16:00開演。

<126> 11月18日(日) 声楽とチェロのジョイント・コンサート。
函館市・五稜郭タワー。 14:00開演。

被災者へのご支援、よろしくお願い致します。

東日本大震災チャリティ・コンサート (116) <網走・道立北方民族博物館ロビー>

2012年08月30日

116回目の東日本大震災チャリティ・コンサートは、
8月25日(土)、19:00から道立北方民族博物館のロビーで行われました。


この博物館は、グリーンランドから北欧まで、アイヌ文化を含めた北方民族の文化と、
オホーツク文化を紹介するわが国唯一の博物館だそうです。



& 正面から見たライトアップされた博物館。 鳥をイメージしたもの・・・

網走駅から5km・・・
天都山・道立オホーツク公園内にあり、日中はすばらしい景観を楽しむことが出来ます。

館内には、北方に暮らす人々の文化が紹介されています。」



ケナガマンモスも・・・




& ケナガマンモスの毛が長く、耳が小さいのは、寒さから身を守るためだそう・・・
  体長5,25m、体高3m、幅2,6m、重さ307kg・・・
  牙の長さ151cm、重さ12,1kg・・・

ケナガマンモスがいる場所で、バッハを弾くことになるとは夢にも思いませんでした。

また、コンサートには北見市常呂町から、
友人の池田和子さん、梅津敏行さんがかけつけてくれ、
終演後には杯を酌み交わし、有意義で充実した網走訪問となりました。


入場者数・104名。
義援金額・募金箱に、¥30,416。 CD販売分から、¥22,000。
合計52,416は、日本赤十字北海道支部網走地区を通じて被災地へ。

今後のチャリティ・スケジュールは、8月20日に投稿したブログでお知らせしています。

東日本大震災チャリティ・コンサート (115) <続・網走エコーセンター2000・アトリウムロビー>

2012年08月29日

網走の日本一・・・
雨が少ない・・女性の喫煙率が高い・・人口の割合でスナックの数が多い・・
そして、半白夜の町、(3~4時から明るい)・・・

網走はこんな町・・・

115回目の東日本大震災チャリティ・コンサートは、
網走市エコーセンター2000・アトリウムロビーで14:00から行われました。



会場のすぐ横には網走川が・・・


網走市教育委員会の篠原さんは、午前中から練習が出来るように、
会場内の部屋を使えるようにして下さいました。

練習を終えると、ドアの外にペット・ボトルの水が一言メッセージを添えて置いてありました。



練習の妨げにならぬよう、ご配慮、お心遣いが嬉しく感激しました。

広いロビーは音響がよく、クラシックの中からサンサーンスの白鳥、黒人霊歌の深い河、
ピアソラのリベルタンゴ、ポップスからは、キャッツからメモリー、
星に願いをなどを、のりにのって弾き、コンサートは2時間を超えてしまいました。



このあとの夜の部は、道立北方民族博物館で19:00開演です。
一休みして移動しました。

入場者数・140名。
義援金額・募金箱分、¥24,116。・・CD販売分から、¥20,000。
合計44,116は、日本赤十字社北海道支部網走地区を通じて被災地へ。

東日本大震災チャリティ・コンサート (115) <網走エコーセンター2000・アトリウムロビー>

2012年08月28日

115回目の東日本大震災チャリティ・コンサートは、
8月25日(土)、14:00から網走エコーセンター2000・アトリウムロビーで行われました。


24日、札幌発15:08、オホーツク5号で網走へ・・・

車窓から豊富な緑をボンヤリ眺めていると、携帯電話が鳴りました。

「お連れしたい店があります。網走駅でお待ちします。」

網走市教育委員会の篠原宏寿さんからで、
25日の昼夜2公演は、この方のご尽力で実現しました。

到着後、チェロをホテルに置き、篠原さんがお薦めの店へ・・・



& 右が篠原さん、左はピアノ伴奏で同行してくれた、はっちゃん(鳥居はゆきさん)。


料理はまず、《釣りきんきの塩茹で》・・・



1,000m以上の深海に生息するきんきを網でゴッソリ獲ると、魚体にキズがつくので、
しかけを作り、釣り上げるのだそうです。 深海から釣り上げるなんてすごいなぁ。

まずは、塩茹でのままで・・次に醤油味で・・最後はなんとソ-スをかけて食べます。
網走だけの独特な食べ方とか・・・
漁師さんが船上に醤油がなく、ソースを使ったことからはじまった食べ方だそうですが、
脂が多い、きんきを薄塩、醤油、ソースの順で食べると、
意外にもソース味が一番さっぱりしていてくどくなく、なかなかのものでした。

築地に行ったら、一匹¥9,000~¥10,000・・・
にぎりは、一かん¥1,000もする高級魚・・贅沢な初体験でした。

貴重な料理、もう一品・・・
網走では漁獲制限で年に4頭しか獲れないツチクジラのベーコン・・・



ほとんどが脂なのに、脂っぽくないベーコン・・こちらも初体験でした。

翌日は会場をハシゴして2公演・・貴重なエネルギー・チャージが出来ました。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月20日に投稿したブログでお知らせしています。

<シエナの町で>

2012年08月27日

シエナに関して何の予備知識もないまま、
フィレンツェのバスターミナルで衝動的にバスに飛び乗り、シエナへ来てしまいました。

到着後、本屋でシエナ市街の地図を買い、カフェでギネスの黑生ビールを飲みながら、
地図とガイドブックを広げ観光場所を探しました。

シエナは、《パリオの都》 だそう・・・
パリオはシエナの伝統行事で、毎年7月と8月にカンポ広場で開催される競馬のことです。

中世の町並みを地図を頼りに歩いていくと、カンポ広場に・・・
ゆるやかな傾斜のある扇形の広場で、周囲は宮殿が取り囲み美しい風景でした。 

シエナの中心はカンポ広場・・・
しかし、この時は3月で競馬やお祭りには出会えませんでした。




日暮まで、床面の装飾がきれいなドゥオーモ、美術館などを鑑賞し、
フレンツェへの帰路は電車を利用することにしました。



シエナの駅でフィレンツェまで切符を買った時、
駅員が早口のイタリア語で何か言いましたが、全くわかりませんでした。



「フレンツェへ行くのは、このホームでいいの?」

「いいけど、途中で乗り換えがあるよ。」

「えっ! 乗換えが?」

「〇〇駅で降りて階段を下り、××番ホームへ行きなさい。
そこにフィレンツェ行きの電車が来るよ。」



切符を買う時、駅員が早口で言ったのは、このことだったんだ・・・
フィリピン人の親切な人に出会わなかったら、大変なことになっていたな・・・

夜遅くなって無事フィレンツェに着き、日本料理の店へ行きました。
カウンター席に座り、店員の日本人の若者3人にこの話をすると、

「無謀です。イタリアは日本のような平和な国じゃないんですよ。」


おわり。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月20日に投稿したブログでお知らせしています。

フィレンツェ⇔シエナ <無鉄砲な日帰り一人旅>

2012年08月26日

フィレンツェ駅付近を散策していると、近くに高速バス・ターミナルがありました。

各都市へ向かうバスの中に、シエナ行きが・・・
時刻表を見ると、所要時間は1時間15分ぐらいでした。

よっしゃ、行ってみるか・・・

シエナに関する予備知識は一切ないまま、飛び乗ってしまいました。

バスは補助席を含め満席で、すし詰め状態でした。

車窓から美しい緑を眺めながら、「到着後はどうしよう・・・」

どこに何があるのか全くわかりません。地図もない・・帰りのバスはあるのかな?
何も考えずに、咄嗟に飛び乗ってしまいましたが、少し不安になってきました。

え~い、まぁいいや、ケセラセラでいこう・・やがてシエナ・バスターミナル到着・・・

降りてみたものの、右も左もわかりません。よし、本屋を探して地図を買おう・・・

本屋はすぐ見つかりました。

地図を買い、レジのお姉さまに現在地はどこなのか地図に印をつけてもらいました。
地図を道端で広げるわけにもいかんな・・・

カフェでビールでも飲みながら観光場所を探すことにするか・・・

カフェのカウンターの内側にいたのは、美しいご婦人でした。

「ビールをくれる?」 「いいわよ。注ぐのに10分ぐらいかかるけど・・・」 

「えっ、10分も?」 この店のビールは、ギネスの樽生、黑ビールでした。



キメの細かい、真綿のようにやわらかな泡をたてるのには、
ゆっくりゆっくり注ぐのがコツなのでしょう。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月20日に投稿したブログでお知らせしています。

花の都・フィレンツェ <ヴェッキオ橋>

2012年08月25日

フィレンツェ最古の橋、《ヴェッキオ橋》・・・

1218年に 《カッライア橋》 が架けられるまでは、町で唯一の橋だったそうです。



& ヴェッキオ橋の上から・・うしろはアルノ川。

橋の上には商店がずらり・・・
商店が並んだのは、なんと13世紀以降で、
15世紀には肉屋が軒を連ねるようになり、悪臭を放ったとか・・・

16世紀には、見かねたフェルディナンド1世が、肉屋を立ち退かせ、
代わりに貴金属・宝石商が集められて現在に至っているそうです。

ホント、橋の上は宝石屋さんばかり・・・
観光客で賑わっていましたが、この橋の全容を眺めるには川岸に行くとよいです。



13世紀だの15世紀だの、歴史の重みに驚かされますが、
第2次大戦末期のドイツ軍の爆破を免れた唯一の橋で、
3つのゆるやかなアーチがアルノ川に架かる姿にホレボレします。



つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月20日に投稿したブログでお知らせしています。

花の都・フィレンツェ <ミケランジェロ広場>

2012年08月24日

町の南には、赤っぽい建物が多いフィレンツェの町並みを見下ろすミケランジェロ広場が・・・

フィレンツェの展望台とも言われています。



丘の斜面に位置し、広場にはミケランジェロの記念碑が建ち、
この巨匠の彫刻 《ダビデ》 のコピーが置かれています。

この広場でフィレンツェの町を見下ろしてボンヤリしていると、
そこから立ち去りがたい気分になり、時間が経つのを忘れてしまいます。

するとそこへ、現れました、現われました・・・
アッシジからバスで一緒に来て親しくなった若者たちが・・・



フィレンツェは小さな町・・・

チェントロ(中心地区)は、東西500m、南北600mほどの広さだし、
東西南北3kmに主だった見どころは集中しています。

ですから、偶然出会うことは、めずらしい事ではなさそうです。

広場は夜になると、フィレンツェの若者のデイトコースとなり、
夏の宵などは遅くまでカップルでにぎわっているそうです。

67才(当時)の一人旅男には無縁の話ですが・・・



& 帰りがけに一人旅男は、広場脇のカフェでビールを一杯・・・

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月20日に投稿したブログでお知らせしています。

アッシジからフィレンツェへ <街そのものが美術館 花の都フィレンツェ>

2012年08月23日

アッシジから北へ170km・・・

JALユーロエクスプレスで、トスカーナ州フィレンツェへ向かいました。

人口約360万人(2003年)のトスカーナ州・・首都はフィレンツェ・・・

トスカーナに行ったら赤ワイン・・フィレンツェでも赤ワイン・・・
トスカーナ州は、特に赤ワインがおいしいことで知られています。

アッシジ→フィレンツェ・・バスの旅は快適でした。

アッシジで昼食時、同じテーブルで食事をした、
名古屋からの5人家族の若者3人と親しくなりました。

《旅は道連れ世は情け》・・ じゃないけれど、旅先で親しく付き合えるっていいもんです。

「仕事は?」って聞くから、「音楽家だよ。」って言うと、
「えっ、すご~い、作曲家? ピアニスト?」 「チェロ弾きだよ。」 「へぇ~すご~い。」

「次のコンサートまで、3週間あるから、イタリアに遊びに来たのさ。」 「へぇ~すご~い。」

ちっともすごくないのに、すご~い、すご~いって、何なんだ・・・
すご~い以外まともな事は言えんのか・・・

ドライブ・インで休憩時には、一緒に写真を撮ったり楽しい旅でした。



やがてフレンツェに・・・

パッと視界が開けると、そこは花の都の中心の広場、大聖堂の前・・・



驚きと、興奮で、「おぉっ~」 とか「わぉっ~」とか、
自分でもわけのわからん声を発してしまいました。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月20日に投稿したブログでお知らせしています。

ローマからアッシジへ <聖フランチェスコの精神が今も息づく町 アッシジ>

2012年08月22日

ローマから北へ180km、JALユーロエクスプレスで、
ウンブリア州・アッシジに立ち寄りました。

ウンブリア州は、人口約81万人(2003年)・・首都はペルージア・・・

イタリアの中心に位置し、山岳、丘陵地帯には緑があふれる州です。

首都ペルージアの近くに、第2のキリストと呼ばれる聖フランチェスコが生まれた町、
アッシジがあります。



この町には、今も聖フランチェスコの名を慕って、
世界各国から巡礼に訪れる人が絶えないそうです。

1182年、町の富裕な毛皮商人の一人息子として生まれたフランチェスコ・・・
順調に家業を継ぐかと思われたこの青年は、戦争体験や重い病を体験し、
神の声を聞き修道の道に入ったということです。



& メイン・ストリート、サン・フランチェスコ通り。
中世の家々のあとに建てられた館が左右に・・・

小鳥と対話し、小鳥に説教をする聖フランチェスコ・・・

サン・フランチェスコ聖堂の薄暗い地下に眠る聖フランチェスコに、
各国から訪れる人々が祈りを捧げていました。

次回は、《アッシジからフィレンツェへ》 です。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・

9月22日(土)、岩手県下閉伊郡山田町 福祉仮設住宅 「やすらぎ」でのコンサートでは、
チェロと、地元の吹奏楽団との共演が決まりました。

今後のスケジュールは、8月20日に投稿したブログでお知らせしています。

永遠の都・ローマ (その9) <バチカン博物館・度肝を抜かれたシスティーナ礼拝堂>

2012年08月21日

人口1,000人・・世界最小の独立国、《バチカン市国》・・・

約9億人の信者を有するカトリックの総本山 《 サン・ピエトロ寺院》・・・

寺院からは、35の言語によるラジオのバチカン放送を通じて、
全世界にローマ・カトリック教会のメッセージを伝えています。

寺院の前にある 《サン・ピエトロ》 広場には、左右に2列、284本の太い石柱が・・・
広場の外側にある道路がイタリアとの国境です。 30万人が収容出来るこの広場、
世界各国からの観光客、巡礼者が絶えることがないそうです。



バチカン市国の中でも、バチカン博物館は最大の見どころか・・・

圧巻は 《システィーナ》 礼拝堂・・一歩足を踏み入れた途端、全身に衝撃が・・・

この礼拝堂、縦、約40m、横、約13m、高さ、約20m・・・
天井、壁面はフレスコ画で埋まり、その圧倒的な迫力に身が凍りつくようでした。



& ミケランジェロ作、《最後の審判》 の1部。
縦14,5m、横13mの作品はミケランジェロが60才を過ぎてから取りかかった作品で、
画面を450に分割し、1日1区画と決め450日あまりで仕上げたそうです。

中央がキリスト。サン・ピエトロ広場近くの売店で購入した写真です。


天井のフレスコ画は、どうやって描いたのだろう・・ミケランジェロは一人で礼拝堂に篭もり、
誰にも創作の経過を見せずに完成させた作品ですから、想像するしかないようです。

高さ20mもある天井に向い、無理な姿勢を4年間も続け苦労を重ねて完成した芸術・・・
色彩感、立体感が考えられない程すばらしいです。

フレスコ画は、ほかへ持ち出すことが出来ません。
ローマへ行こう・・バチカン博物館へ行こう・・・

次回は、《ローマからアッシジへ》 です。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月20日に投稿したブログでお伝えしています。


東日本大震災チャリティ・コンサート (114) <バッハが響きわたる 小樽のお寺の本堂>

2012年08月20日

《永遠の都・ローマ》 は、1回休みます。

114回目の東日本大震災チャリティ・コンサートは、
8月17日(金)、13:00から、小樽にある直行寺(じきぎょうじ)の本堂で行われました。

お寺と西洋音楽・・お寺とチェロ・・ミスマッチではないか・・・
と思われる方がいらっしゃるかも知れませんが、とんでもありません。

6曲あるバッハの無伴奏チェロ組曲・・・
第1番から第5番までは、低音から中低音までを中心に作曲されています。

人の心をなごませる落ち着いた音域・・やわらかな美しい音色・・・
前奏曲で始まり、ヨーロッパの古き時代の舞曲が次々に本堂に響きわたると、
バッハの時代にタイム・スリップして行くようです。



お寺のコンサートでは苦い思い出が・・・

10数年前JTBが企画した【土田英順と行く京都への2泊3日の旅】・・20名様より催行・・・
ツアー内容の1部は、京都の1流ホテルでチェロ演奏付きディナー・ショー・・・
京都のお寺の本堂でバッハの無伴奏組曲の演奏・・・

TVでコマーシャルを流し、事前のアンケート調査では参加希望者が多く、
準備は万全と思いきや、いざフタをあけると申込者は締め切り日になっても1人もなく、
この企画は没になりました。

アンケート調査は、あまりあてになりませんね。

8月17日の入場者・檀家さんと一般客合わせて約70名。
義援金額・¥48,091は、福島県災害対策本部へ。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・

10月6日(土) チェロ・コンサート 14:00開演。
会場・恵庭市黄金ふれあいセンターが新たに決まりました。

また、9月22日(土)の10:00から、岩手県下閉伊郡山田町、
小規模多機能型居宅介護事業所 「眺望」で、チェロ・コンサートを行うことになりました。


   <今後のスケジュール>

<115・116> 8月25日(土) チェロ・コンサート。
(1)網走市教育委員会・エコーセンター2000 ロビー。 14:00開演。
(2)北海道立北方民族博物館 ロビー。 19:00開演。

<117> 9月8日(土) チェロ・コンサート。
札幌市中央区・クリスチャン・センター。 13:30開演。
 


● 9月13日(木)~20日(木)。
 【チェロ・コンサート・IN・大船渡】 

初日の13日と、最終日の20日の会場は、「ジャズ喫茶・イマジン」。
14日から19日までは、大船渡市内の学校他で、毎日公演を行います。 

● 9月22日(土)。チェロ・コンサート 

(1)岩手県下閉伊郡山田町、小規模多機能型居宅介護事業所 「眺望」、10:00開演。
(2)同・福祉仮設住宅、「やすらぎ」 14:00開演。 チェロと地元吹奏楽団との共演。


<118> 9月28日(金) チェロ・コンサート。
札幌市中央区北10西15 サッポロ珈琲館 桑園駅前店。 18:30開演。

<119> 10月4日(木) チェロ・コンサート。
札幌市厚別区・デュオ2-5F、新札幌ギャラリー。 19:00開演。

<120> 10月6日(土) チェロ・コンサート。
恵庭市黄金ふれあいセンター。 14:00開演。

<121> 10月13日(土) チェロ・コンサート。
紋別市民開館小ホール(再演) 19:00開演。

<122> 10月21日(日) チェロ・コンサート。
磯谷郡蘭越町パーム・ホール(4回目)。 14:00開演。

<123> 10月23日(火) チェロ・コンサート。
岩見沢市 武部建設 結(ゆう)ホール。 18:30開演。

<124> 11月10日(土) チェロ・コンサート。
札幌市厚別区厚別西地区センター。 13:30開演。

<125> 11月17日(土) チェロ・コンサート。
樺戸郡新十津川町 花月サポートセンター。 16:00開演。

被災者へのご支援、よろしくお願い致します。

永遠の都・ローマ その8 <ラファエロの墓>

2012年08月19日

現存する最も完全なローマ時代の遺構、《パンテオン》・・・

石造りの建造物は、1900年もの時が流れているという・・・

パンテオンとは、《すべての神々》 の意味だそう・・・



高さ43,3mもある建物の頂上には直径9mの天窓があり、
これが唯一の光源になっているそうですが、天窓の一部が破損していて、
美しい大理石の床が雨でビショビショに濡れていました。 

かつては、神々が祭られた場所に、今は国家的な功労者を祭る場となり、
37才で亡くなった当時の人気芸術家、ラファエロは、ここで永遠の眠りについています。



& ラファエロは、ここに埋葬するよう言い残し、
ラファエロが眠る石棺の上にある聖母子像は、
彼が死の直前に依頼して作らせたものだそうです。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。


永遠の都・ローマ その7 <ローマのスパゲッティ・ボンゴレ・ビアンコ>

2012年08月18日

パスタはイタリアの代名詞のようなもの・・・

小雨が降る肌寒い日、レストランへ行きました。

僕はイタリアに行くまで、スパゲッティ・ボンゴレ・ロッソがあることを知りませんでした。
ロッソは赤・・トマトソース味のボンゴレですね。

日本のイタリア・レストランでは、
ボンゴレ・ロッソがメニューの載ったのは数年前ぐらいでしょうか・・・

僕が好きなのは、ボンゴレ・ビアンコ(白)の方・・生きのいい大きめのアサリと、
塩とニンニクを少々細かく刻んだものをまぜ、オリーブ・オイルで炒めた味がたまりません。

料理を楽しんでいると、日本人学生?が7~8人どやどや入って来ました。

僕の隣の席に着席すると、そのうちの一人が、「ロング・パスタ、プリーズ。」

パスタにもマカロニ、ラビオリ、スパゲッティなどがありますから、
スパゲッティのつもりで注文したのでしょうが、まったく通じませんでした。

次に、「時間がないから、食べる前に精算して下さい。」、と英語で・・これも全く通じません。

ボーイさんは若者を無視して、ボンゴレ・ビアンコを楽しんでいる僕に、「ヴォーノ?」
ヴォーノは、「おいしい」という意味・・「モルト・ヴォーノ・グラッツェ。」と僕・・・
(とてもおいしいよ。ありがとう。)

「モルト」は音楽用語でよく使います。
モルト・アレグロは、とても早く・・という意味で曲のテンポを指示する言葉・・・
モルト・エスプレッシーボは、とても表情豊かに弾きなさい・・という指示・・・

ボーイさんは、嬉しそうにサービスでパンを持って来てくれました。

帰る時振り向くと、学生どもは依然としてメニューを手に、ワイワイガヤガヤやっていました。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。


永遠の都・ローマ その6 <トレヴィの泉・真実の口>

2012年08月17日

「ローマにもう一度戻りたければ、後ろ向きにコインを投げよ」

このような言い伝えがあるため、各国からの観光客が立ち寄るのが 《トレヴィの泉》 です。

建築と彫刻と水が、一体となった芸術作品の傑作・・・



コインを後ろ向きに投げ入れたあとは、
泉の縁に腰掛て、誰もがゆったりとくつろぎたくなる場所です。

くつろいだ気分を見越して、スリなど物取りに注意が必要とのこと・・・
泉に投げ込むコインは、あらかじめ用意しておいた方がよさそうです。

このコインの行方が気になりますが、ローマ市が管理し福祉関係の財源にあてるそうです。


& サンタ・マリア・コスメディン教会・・・
こちらも、映画 《ローマの休日》 の舞台となった所。
入口の柱廊左側に、よく知られた 《真実の口》 が置かれています。

丸い石板は神の顔・・口を開けています。

「嘘をついた者が、この口に手を入れると食べられてしまう。」という言い伝えは、
古く中世からのものだそうです。


正直の証しをしようと、手を差し込んできました。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

永遠の都・ローマ その5 <スペイン広場>

2012年08月16日

スペイン広場はローマを代表する観光地の一つです。


137段の階段を降りた所に 《舟の噴水》 があり、
そこは、グレゴリー・ペック、オードリー・ヘプバーン主演の映画、
《ローマの休日》 の舞台になった事でも有名な場所です。



この舟の形、テヴェレ川でワインの運搬に使われていた小舟をかたどったそう・・・

春には色とりどりのツツジが階段を埋め、
夏にはファッションショウが繰り広げられるそうですが、
僕が行ったのは3月上旬・・ちょっと早すぎました。

下の写真: ビルの間にある細い通りは、
スペイン広場と、コルソ通りを結ぶ高級ショッピング・ストリート、《コンドッティ》 通り・・・
階段の真ん中あたりから撮影しました。



ヴァレンティノ、グッチ、プラダ、フェラガモ、ブルガリなど、
イタリアを代表する高級ブランドが並びます。

137段の階段では、腰掛けてもの思いにふけったり、
恋人同士がささやきあったりしていますが、僕は階段の下の屋台で焼き栗を買い、
階段に腰掛けてムシャムシャ食べていました。



& 手に持っているのは、焼き栗の入った袋。

あとでガイドブックを見たら、そこは飲食禁止なのだそうで、うかつな事をしてしまいました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

永遠の都・ローマ その4 <コロッセオ>

2012年08月15日

「コロッセオがある限り、ローマは存在し、
コロッセオが滅びる時ローマは滅び、世界も滅びるだろう。」

と、うたわれた、5万人収容出来るローマの円形闘技場・・・

中に入ると、闘技場の床部分は失われていて、
地下にある猛獣の檻や、器材置き場になっていた場所を見ることが出来ます。



当時の為政者は、市民の為政者への関心をそらせるため、
奴隷や捕虜と、猛獣との残酷な戦い、人間と人間、猛獣と猛獣・・・
どちらかが死ぬまで戦わせたのです。

どうしてこのような残酷なことに古代ローマの人達は熱狂したんだろう。

時代、宗教、政治、経済、
すべての価値観が違っていたとしても、理解することが出来ません。

大観衆の前で、血みどろになって、もがき苦しみ死んでいく人間、猛獣・・・
その残酷な戦いの様子・・熱狂している大観衆の様子を思い浮かべていると、
ローマ戦士のいでたちをした人が、こちらに向かって歩いて来ました。

観光客を相手に記念写真を一緒に撮り、チップをもらって生活している人なのでしょう。

撮影を頼むと、サービス満点・・・
木製の剣をかかげ、剣の先まで写るように・・と、撮影者に注文をつけていました。



チップはいくらあげたらいいのかな? 1ユーロ(126円、2003年)でいいかな?
ポケットをさぐると、1ユーロのコインがありません。
仕方がない・・5ユーロ札を渡すと、「ちょっと待て・・」と言い、4ユーロお釣りをくれました。

良心的な 《ローマ戦士》 でした。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

永遠の都・ローマ その3 <仰天!ホテルのテレビにオレが・・>

2012年08月14日

部屋に入ると、テレビがついていました。

誰かいるのか・・・

ハローとか、コンチハとか声を出しながら恐る恐る部屋に入りましたが、
人はいませんでした。 しかし、この部屋の住人は、
テレビを消し忘れて外出しているのかも知れません。

13時間近く飛行機に乗って、やっとこさっとこローマにたどり着いたのに、
住居不法侵入の罪でブタ箱にブチ込まれたんじゃたまりません。

テレビ画面に目をやると、なんと、
《TO WELCOME MR EIJUN TSUCHIDA》 と出ていて驚いてしまいました。

ホテルの館内専用のチャンネルだったのです。

ローマに到着早々、部屋のドアが開かなかったり、
バスタブつきの部屋を予約して前金で払っているのに、バスタブがなかったり・・・

僕の海外一人旅は、ハプニング・トラブルがつきものですが、
このブログ、《ボストンバッグにチェロと酒》 で、すでにお伝えしました、
ニューヨークや、ロスアンゼルス、ウィーン、トルコ、ギリシャのトラブルに比べたら、
こんなもんは序の口です。

さぁ、いろいろありましたが、ひと眠りして観光です。

まずは、古代ローマ最大規模の遺跡、円形闘技場コロッセオへ!



つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

永遠の都・ローマ その2 <到着早々 トラブルが・・>

2012年08月13日

ローマの空港の荷物を受け取る場で、声をかけて来た女性は、
JAL PAKのローマ営業所の係員で、市内のホテルまでの案内役の人でした。

ホテル・ヴィスコンティ・パレス・ホテルにチェックイン・・・



部屋は3階でした。キーを部屋のドアに差込みましたが、何故かドアが開きません。
イライラしていると、通りかかった掃除のオバサンが、

「どうしたの?」・・・

オバサンは、腰に束ねたキーの中からその部屋のキーを取り出し開けてくれました。

「あとでフロントへ行って、キーを取り替えてもらいなさい。」

イタリア語でわかりませんでしたが、そんな感じだったので、僕は適当にうなずきました。

室内に荷物を置き、バス・トイレを覗くと、バスタブがありません。 シャワーのみ・・・

バスつきの部屋を予約し、料金も払ってあるのに・・・

さぁ、交渉だ。 疲れているのに面倒なことだ。

フロント前のバーでビールを一杯ひっかけ、勢いをつけてから、いざ交渉!



& ローマのビール、《ナストロ アズーロ》 は、おいしくないのを知っていたので、
オランダのビール、《ハイネケン》 を、ひっかけました。


フロントでは、フロントマンとお互いヘタな英語で言いあいました。
ヘタ同士だと、かえって言葉が通じるから面白いですね。

その結果バスつきの部屋に変更OKでした。

部屋のドアは、今度はすんなりと・・・

ところが室内に入ると、ん? テレビがついている・・・誰かいるのか?

つづく。


東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

永遠の都・ローマ その1 <レオナルド・ダビンチ国際空港到着>

2012年08月12日

イタリアは、明るい太陽の国・・恋と歌の国・・・
歌は民謡・歌曲、オーソレミオ、カタリ・カタリ、彼女に告げてよ・・・いいなぁ~この歌・・・
オペラもたまらんです。 ヴェルディ、プッチーニなどのアリア、なんとすばらしいことか・・・


アリアの前奏が始まると、ワクワクします。 オーケストラをバックに歌う情熱的で、
せつない歌・・こんなすばらしい感動を、もっと多くの人に味わってもらいたいなぁ・・・

イタリアの国土面積は日本の80%ぐらい・・人口約5,800万人・・首都はローマ・・・

市内の各所に古代の遺跡が点在する永遠の都ローマ・・・

2004年2月下旬から3月上旬にかけて、
JALとイタリアのアリタリア航空のコードシェア便で、永遠の都へ行きました。

成田空港から、ローマのレオナルド・ダビンチ国際空港(通称フィウミチーノ)まで、
飛行時間12時間55分。

長時間の飛行なのですから、睡眠をとって楽になればいいのに、
僕の身体は眠ってくれません。 ワクワク興奮しているからでしょうか・・・

眠れないので、ワインを飲んだり、映画を見たり して過ごします。

到着後、機外に出たらまずは入国審査・・・
窓口はEUと、NOT EUの表示があるので、日本人は、NOT EUの窓口に・・・

審査は簡単でした。 次は税関の審査ですが、その前に預けた荷物を受け取ります。

成田発11:30。 ローマ着16:25。 日本との時差は8時間。
ローマの16:25は、日本時間00:25。

長時間、ほとんど機内に座りっぱなしでしたから、深夜の到着時は疲労困憊でした。

そんな状態で、荷物を受け取る場で自分の荷物が出てくるのを待っていると、

「ツチダサァ~ン」 と、女性の声・・「ん?」 ・・空耳か?

少し間をおき、今度は背後から・・「ツチダサァ~ン」・・・
オレはローマに知人・友人はおらん・・誰だろう?

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

<被災地に思いを馳せる札幌の芸術家 原田ミドーさん>

2012年08月11日

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた、岩手県大船渡市赤崎町大立地区で、
復興モニュメント、《明日へのラブレター》 を、孤軍奮闘制作している芸術家がいます。

札幌市在住の彫刻家・造形作家、原田ミドーさんです。

ミドーさんは震災1周年の今年3月11日に現地入りし、
震災で壊れたブロック塀、石蔵の石材を解体して、モニュメント制作を本格的に開始・・・



震災で1階部分が被災した、
歯科技工士の自宅の2階に泊り込みながら制作を続けています。

2ヶ月現地で制作したら、1ヶ月札幌へ戻って仕事をし、再び現地で2ヶ月・・・
完成までこのパターンで制作を進めていくそうです。



先日、孤軍奮闘するミドーさんにエールを送ろうと、
地元住民らは心を一つにし、国内外からは300人を超える応援団が訪れ、
モニュメント近くの特設会場で、《未完成フェスタ》 が開催され、盛り上がったそうです。

札幌からは、「よさこいソーラン極め組」 「太鼓パフォーマンス・乱拍子」、
岩手県内からは、「盛岡さんさ」、など数組が応援とお祝いに・・・



こつこつ進めてきた作業は、躯体の基礎が完成し、
モニュメントの外観が現れるのは目前に・・・



& 左が、原田ミドーさん。


黙々と制作に励むミドーさん・・それを見て、地元住民の心は一つに・・・
おそらく彼は、被災者に「頑張って下さい。」・・など安っぽい言葉はかけないでしょう。
「頑張って下さい。」は、被災地では禁句と聞きました。

言葉より行動を!

「ミドーさん、大船渡でのコンサートの実現に向けて、ご尽力ありがとう。
来月、大船渡で会えるね。 オレも頑張るからオマエも頑張れ! 大船渡で飲もう!」


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・

& 11月17日(土) チェロ・コンサート。 16:00開演。
樺戸郡新十津川町 花月サポートセンターが、新たに決まりました。

今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

<仙台→札幌便で飛行機から降ろされた人>

2012年08月10日

10数年前、山形でトリオのコンサートがあり、札幌へ帰る時のお話です。

《十一屋》 という、山形では老舗のお菓子屋さんがスポンサーで、
当時、毎年1回ソロやアンサンブルのコンサートに、僕を山形に呼んでくれていました。



& 十一屋さんの、《スイート・コンサート》・・・
舞台上の左、フルーティストの西田直孝さん、その右、ピアニストの小森谷裕子さん。



& 打ち上げの席で。 う しろ右が、十一屋の社長・松倉公一さん。


翌日夜には、札幌・石狩でコンサートが・・・

山形→札幌間は、その時午前中の便がなく、
午後の初便に乗っても、石狩のコンサートのリハーサルに間に合わないおそれが・・・

そこで早朝、山形駅近くのバス・ターミナルから仙台行きの高速バスに乗りました。

仙台発の新千歳空港行きの初便・・これなら充分時間の余裕が・・・

チェロを持って機内に入るには、2席分の航空券を買わなければなりません。 
チェロの座席分の料金は、通常料金の半額(当時)です。

チェックイン・カウンターで足元が少し広い最前列の2席を確保しましたが、
その便は満席との事でした。

機内に入ると、チェロを置く席に中年の男性が・・・

客室乗務員に2席分の搭乗券を見せ事情を話すと、
彼女は機内の電話でチェックイン・カウンターに連絡しました。

チェックイン・カウンターの担当者が、チェロを置く座席のことを忘れたようです。

その結果、着席していた男性は、飛行機から降ろされてしまいました。

僕は、降ろされた人が気の毒で、

「チェロは自分の席で抱えていることが出来るので、僕は1席でも大丈夫・・・
彼を乗せてあげて、」・・と、客室乗務員に言いました。

「こうするのは、万が一、何かが起きた時のため・・・
お客様は、2席購入しているのですから、問題ありません。」

降ろされた男性は、文句を言うわけでもなく、
客室乗務員の指示に従って、ただちに機外に出た態度は立派でした。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日のブログでお知らせしています。

東日本大震災チャリティ・コンサート (113) CAFE・LAKURA その3 <チビ君たちの英順ごっこ・ソプラノ歌手出現>

2012年08月09日

チェロ・コンサートのアンコールに、リコーダー片手に現われ、
チェロとデュオを演奏したチビ君たち・・・

会場は感動のルツボとなりました。 号泣しているご婦人も・・・

このチビ君2人は、はっちゃん(鳥居はゆきさん)の息子たちです。



& 右が小3の生匠(うじょう)クン、となりが小5の蔵武(くろむ)クン。
チラっと見えるのは、中1のおねえちゃま、知生幸(ちうさ)ちゃん。
3人ともオレのサイン入りTシャツを着て、かわいいったらありゃしない。

その左は、はっちゃん・・この母子、似てないな・・・

このチビ君2人、チェロが余程好きなのか、家で 《英順ごっこ》 をするそうです。

チェロの代わりにウクレレを使い、朝顔のつるを巻きつける添え木を弓に・・・
音楽は僕のライブのCDを使用・・ライブだと拍手があるからいいらしい・・陶酔して演奏を・・・



演奏が終わると、もう1人のチビ君が紙とペンを持って登場・・・
「サインを下さい。」と、お願い・・これを2人で交互に演じる遊びだそう・・・



コンサートの最後に登場したのは、
はっちゃんの友達のソプラノ歌手、谷地聡子(やち あきこ)さん。



《ふるさと》 を歌、チェロ、ピアノの3人でやり、
これでオヒラキにしようと思いましたが、甘かった・・・

席を立つお客さんは一人もいないので、谷地さんはヘンデルのオンブラマイフと、
メモリーを歌い、やっと解放されました。 2時間を越えるコンサートでした。

この日の入場者・43名。
義援金額・¥31,510は、福島市市民放射能測定所へ。

(上記の金額のうち¥5,300は、デイ・サービス・センター《ブランチ》さんが、
バザーの売り上げ金を募金して下さったお金です。)


東日本大震災チャリティ・コンサート・・・

9月28日(金) チェロ・コンサート。 18:30開演。
札幌市北10西15 サッポロ珈琲館 JR桑園駅前店。

10月21日(日) チェロ・コンサート。 14:00開演。
磯谷郡蘭越町 パーム・ホール(4回目)。 以上2公演が新たに決まりました。

今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

東日本大震災チャリティ・コンサート (113) CAFE・LAKURA その2 <チャリティ活動で出会った 心温まる人々>

2012年08月08日

誰かの助けがないと、成り立たないチャリティ・コンサート・・・
この日の助っ人の一人は、柴田映子さん・・・


& 左、柴田映子さん。 右、電通北海道勤務の木村さん。


下川町出身で、この町でのチャリティ・コンサート2回と、
名寄のチヤリティは、この方のご尽力で実現したもの・・・
以前ピアノを弾いていた彼女は、下川町のコンサートで一部を伴奏をしてくれました。



& 打ち上げで。右端が柴田さん。
右から3番目は、僕のブログにコメントを寄せて下さる歌子さんが、帯広から・・・


チビッ子応援団も演奏に参加・・・



はっちゃん(鳥居はゆきさん)の息子さん、
やんちゃ坊主の、小学校3年生の生匠(うじょう)クン(左)と、5年生の蔵武(くろむ)クン・・・

この日は、2人がリコーダーでチェロとデュオを演奏しました。
生匠は、《なべなべ底抜け》 を・・蔵武は、《もののけ姫》 を・・・



会場内は拍手大喝采、感動のるつぼ・・・

これを聴いた聴衆は目に涙を浮かべて感動し、号泣したご婦人も・・本当のことです。

終演後、1人のご婦人が、「これ、東北公演のお供に、」、と・・帰宅して中を見ると・・・




重い荷物とチェロを持ち、チェロを弾き過ぎると肩が凝り、
背中や、腰が痛むことを知っているこのご婦人は、
東北演奏旅行のお供に、湿布薬を下さったのです。

僕は、世界一の幸せ者だ・・ つづく。

PS・・東日本大震災チャリテイ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、8月7日に投稿したブログでお知らせしています。

東日本大震災チャリティ・コンサート (113) CAFE・LAKURA <チャリティ活動を陰で支えてくれる 心温まる人々>

2012年08月07日

113回目の東日本大震災チャリティ・コンサートは、
8月4日(土)、札幌市中央区にある、《CAFE・LAKURA》 で行われました。


LAKURAの経営者でピアニストの鳥居はゆきさん(上の写真、ピアノを弾いている人)は、
今回で6回も会場を無償提供して下さいました。


会場の無償提供、宣伝(チラシの手作り作成、チラシの配布)、会場の設営、受付業務、
飲み物のサービス、募金と、チャリティ活動費、CDの再制作費を作るためのCD、Tシャツ、
キーホールダー販売の仕事・・・

コンサート一つ開催するのにやることは多く、誰かが助けてくれないと、
チャリティ・コンサートは成り立ちません。

この日は、電通北海道に勤務する木村さんと、上川郡下川町出身で、
札幌にお住まいの柴田映子さんが、最初から最後まで働いて下さいました。



& Tシャツ販売中の左から2人目が柴田映子さん、右端が木村さん。


昨年、チャリティ・コンサートを始めて間もない頃、
終演後、CDのサイン会の場にお見えになり、名刺を差し出したのが木村さん・・・
名刺の裏には、「出来ることは何でもお手伝いします。ご遠慮なくお申し付け下さい。 」

住まいが近いこともあり、時々送迎や、コンサート会場内の仕事を助けてもらっています。



酒もイケル方・・・

LAKURAのテラスでバーベキューの日・・勤務が終わってから参加する木村さんは、
僕が白ワインが好きなことを知っていて、白ワインを社内の冷蔵庫に・・・

どうやら同僚は、のん兵衛が多いらしく、飲まれちゃったら一大事と、
1時間おきに冷蔵庫を覗きに行ったとか・・・

愛すべき酒飲み・・僕は、こういう人が大好きです。

さて、柴田映子さん・・こちらもステキですが明日にしましょう。

つづく。


PS・・東日本大震災、今後のスケジュール・・・

<114> 8月17日(金) チェロ・コンサート。
小樽市緑町、直行寺本堂。 13:00開演。

<115・116> 8月25日(土) チェロ・コンサート。
(1)網走市教育委員会・エコーセンター2000 ロビー。 14:00開演。
(2)北海道立北方民族博物館 ロビー。 19:00開演。

<117> 9月8日(土) チェロ・コンサート。
札幌市中央区・クリスチャン・センター。 14:00開演。
 

● 9月13日(木)~20日(木)。
 【チェロ・コンサート・IN・大船渡】 

初日の13日と、最終日の20日の会場は、「ジャズ喫茶・イマジン」。
14日から19日までは、大船渡市内の学校他で、毎日公演を行います。 

● 9月22日(土)。チェロ・コンサート 
岩手県下閉伊郡山田町の福祉仮設住宅、「やすらぎ」 14:00開演。

<118> 9月28日(金) チェロ・コンサート。
札幌市中央区北10西15 サッポロ珈琲館 桑園駅前店。 18:30開演。

<119> 10月4日(木) チェロ・コンサート。
札幌市厚別区・デュオ2-5F、新札幌ギャラリー。 19:00開演。

<120> 10月13日(土) チェロ・コンサート。
紋別市民開館小ホール(再演) 19:00開演。

<121> 10月21日(日) チェロ・コンサート。
磯谷郡蘭越町パーム・ホール(4回目)。 14:00開演。

<122> 10月23日(火) チェロ・コンサート。
岩見沢市 武部建設 結(ゆう)ホール。 18:30開演。

<123> 11月10日(土) チェロ・コンサート。
札幌市厚別区厚別西地区センター。 13:30開演。

<124> 11月17日(土) チェロ・コンサート。
樺戸郡新十津川町 花月サポートセンター。 16:00開演。

被災者へのご支援、よろしくお願い致します。

<第16回 旭川新人音楽会オーディション 旭川大雪クリスタル・ホール音楽堂>

2012年08月06日

7月29日(日)、旭川大雪クリスタル・ホール音楽堂で、
優秀な新人の発掘、育成を目的とした、新人オーディションが行われました。

今年が16年目・・第1回は、《歌曲の王》 《日本のシューベルト》 と呼ばれた、
中田喜直先生が審査委員長を務め、僕は中田先生の補佐役を務めました。

2年目に中田先生は他界されたため、僕は先生のあとを継ぎ、今日に至っています。



& 審査員の面々、左、ヴァイオリニストの佐藤 まどかさん、右、声楽家の西 明美さん。
この他、今年の審査員は、
ピアニストの武田 美和子さん、チューバ奏者の香川 千楯さんでした。


今年の応募者は、ソロ27組、アンサンブル3組でした。

このオーディションは、応募者に年齢制限がありません。
今回は、15才の方が弦楽器部門とピアノ部門に1名ずつ・・・



アンサンブル部門・ピアノ2重奏では、15才と16才の方がモーツアルトを弾きました。



声楽部門にも優秀な人がいました。



年長者は、51才になる声楽部門、ソプラノの方・・・

年齢制限なしのコンクール・オーディションはめずらしいですが、
東京芸大の奏楽堂で毎年行われている、《日本歌曲コンクール》 では、
時折80才を越える高齢者も参加されるそうです。

さて、このオーディション・・・
受賞者は、10月の国際音楽の日にクリスタル・ホ-ルで行われるコンサートに、
出演することが出来ます。

受賞式のあとは、ホール内のレストランで、審査員全員と応募者との交流会が・・・



& 交流会の席上で・・・
弱冠15才、優秀な成績で受賞されたヴァイオリンの中添 ゆきのさん。

この交流会・・そんじょそこらにある交流会とは違います。
審査員は応募者から質問を受けます。
演奏のどこがよくて、どこが、どうよくなかったのか・・今後の勉強方法は?

審査員にとっては、つらい交流会ですが、このようなユニークで、
応募者のためになるオーディションは他になく、旭川新人オーディション独特なものです。

毎年の受賞者の中からは、海外へ活躍の場を広げる人もいるそうで嬉しい限りです。

羽ばたけ! 世界へ! 旭川から!


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、7月21日に投稿したブログでお知らせしています。


<平和を考えるつどい 江別第2小学校>

2012年08月05日

7月24日(火)に、江別第2小学校の体育館で行われた、
《平和を考えるつどい》 でチェロを弾きました。


この小学校では、毎年夏休みに入る前に 《平和を考えるつどい》 を開催していて、
戦争体験者のお話を聞いたり、
戦争にかかわる絵本の読み聞かせをするなどの活動を通じて、
児童1人ひとりが平和への思いを強く持ち、
自分に出来ることは何かを考えてほしい・・というのが、この集会の目的だそうです。

平和を願わない人はいないはずなのに、過去も現在も世界のどこかで戦争・紛争が起き、
地震や津波による大震災、台風などによる自然災害も、毎年どこかで起きています。

東日本大震災では、肉親を失い、全財産を津波にさらわれた人々が、
未だに仮設住宅で生活しています。
復興は進んでいないのに、ニュースに取り上げられることも少なくなり、
人々は無関心になっていきます。

世界に目を向ければ、10数秒に一人、子供が飢えやエイズで死んで行く・・・
こうした現実に無関心でいてよいのでしょうか・・・

《平和を考えるつどい》・・自分は何をすればよいのか・・・
自分が出来ることは何なんだろうか・・・
考えることから、第一歩が踏み出せるかも知れません。

子供たちが僕のチェロを聴き、話を聞き、心に響いてくれるものがあったら・・・
困っている人たちの心の痛みがわかる、やさしい心の持ち主になってくれたら・・・

そんな思いで小学校へ向かいました。



& 冒頭、平和を願うお祈りのような音楽 《鳥の歌》 を弾くと、
全校児童は静まりかえって聴いてくれました。



& 児童たちは、《折り鶴》、《この時代に》、《レッツ・サーチ・フォー・トゥモロー》 、
を歌いました。 子供たちが一生懸命歌う姿を見ていて、
思わず目頭が熱くなり、世界中の人々が仲良く手をつなぎ、
平和な暮らしが出来る日が、1日も早く来ることを願わざるを得ませんでした。




& 子供たちが、平和への願いを込めて作った千羽鶴は、
広島の原爆記念碑に飾られるそうです。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、7月21日に投稿したブログでお知らせしています。

<北見市常呂町への小さな旅・大きな喜び>

2012年08月04日

常呂町のカフェでコンサートを終えたあとは、網走NO1の料理屋で至福の時を・・・
その後は、ゆったり温泉に浸かって疲れを癒し、翌日帰路に着きました。

女満別空港発14:30・・ 飛行機の出発まで時間があったので、
池田和子さんと、梅津敏行さんが観光に連れて行って下さいました。

網走湖に近いCAFE&CAKEの店、《風花》・・・



白樺の森を切り開いて作ったのでしょうか・・本当に素敵な店とテラス・・・




網走プリンとアイス・コーヒーで、時を忘れておしゃべりしました。

名勝 天都山にある、《オホーツク流氷館》 にも・・



流氷館の中は、マイナス16度・・今年2月、網走沿岸に漂着した流氷がゴロゴロ・・・

水槽のなかにはクリオネが・・・



空の旅はアッという間でしたが、幸せでした。 札幌→女満別便で・・・

キャビン・アテンダントのお嬢さんが、《琉球黒糖》 を下さいました。
袋の中にメッセージが・・・

「・・・・・ステキなお話に心がワクワクしてしまいました。
土田様の貴重なお時間にお共でき光栄に思います!
楽しいフライト、ありがとうございました。
これからも日本中に、土田様の優しいチェロの音色を響かせて下さい。・・・・・」

女満別→札幌便で・・機内に入り、チェロにもベルトをかけて座席に固定しホッと一息・・・

するとキャビン・アテンダントのお嬢さん・・・

「うしろの席があいています。チェロをそちらに移してゆったりお過ごし下さい。」

ちょっとした親切がとても嬉しく、旅を快適なものにしてくれます。

常呂町への旅、ステキでした。 池田和子さん、梅津敏行さん、ありがとう。




& 宿泊したホテル、《あばしり湖 鶴雅リゾート》 の庭にあるグミの木。赤いのはグミの実。
甘酸っぱい味が忘れられません。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・

募金と、チャリティ活動費作りを目的に、
コンサート会場とCAFE・LAKURAで販売しているTシャツとキーホールダー。
7月の販売額からの募金額・¥3,112・・CAFE・LAKURAの店頭募金箱・¥820・・・
合計¥3,932は、福島市市民放射能測定所へ。

今後のスケジュールは、7月21日に投稿したブログでお知らせしています。

<網走NO1の料理屋 《喜八》 その4 ホタルイカの沖漬けと 北海シマ海老>

2012年08月03日

沖漬けとは、イカ、アジ、キスなどを醤油に漬け込んだ料理です。

イカの沖漬けは、北海道の名物と して有名ですが、
富山県などの名物と しても広く知られています。

イカ釣り船に醤油、酒、とうがらしなどを入れた樽を持ち込み、
獲れたイカを生きたまま樽に放り込んで作ります。

生きたイカが醤油を飲むことにより、内側からも味がつきおいしくなるそう・・・

漬けて1日目は、イカの鮮度が高くイカ刺のよう・・・
時間が経つと味がイカの奥までしみ渡り、違った味を楽しめるということです。

この日のものは、充分味が行き渡った沖漬けでした。



《北海シマエビ》

体長は10cmほど・・色が黄緑色と緑褐色の縦縞模様なのでシマエビと呼ばれるそう・・・

産地は主にオホーツク沿岸の能取湖(網走市)、サロマ湖(北見市常呂町ほか)、
地元で獲れたものをご馳走になったわけです。 ほかに、太平洋沿岸の野付湾・・

このエビ、性転換をするのだと・・・
若いのはまずオスとなり、10cmぐらいになるとメスに性転換して繁殖に参加するそうです。

料理はこのほか、なめこ、椎茸、竹の子などの炒め物があり、食卓が賑やかになりました。



PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、7月21日に投稿したブログでお知らせしています。

<網走NO1の料理屋 《喜八》 その3 ナメタガレイの塩焼き>

2012年08月02日

コンサート前は、終演後の酒席に備えてサンドイッチを3切れ食べただけ・・・

肝臓が口を開けて早く酒をくれ・・と待っているだろうし、胃もうまい肴を早く食わせろと・・・

焼き物はナメタガレイ・・・



これ、別名ババガレイとも言うそうです。

目が2つとも体の右側にある変なヤツ・・・
浅い海から、水深1,000の深海にまでいる変なヤツ・・・

よくも1,000mの距離を上がったり、下がったり出来るもんです。

英語でFLOUNDER・・体の右側に目があるヤツを、RIGHT FLOUNDER・・・
ヒラメ科など左側に目が寄っている ヘンテコリンなヤツは、
LEFT FLOUNDERと呼ぶそうです。 

ちなみに、FLOUNDERには、もがく、あがく、じたばたする、まごつく、失敗を重ねる・・・
の意味もあります。

《FLOUNDER THROUGH A SONG》 は、つっかえ つっかえ、やっと歌うの意味です。


さて、ナメタガレイ・・海底の砂や泥の中で生活しているというんだから、本当に変なやつだ。



でも実にうまい・・・
身は白身で、刺身、寿司、煮付け、焼き物、揚げ物・・産卵期には子持ちガレイと呼ばれ、
甘辛く煮付けた料理がうまいし、1夜干しも酒に合います。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、7月21日に投稿したブログでお知らせしています。

<網走NO1の料理屋 《喜八》 その2 刺身の盛り合わせと ぎんなんの串焼き>

2012年08月01日

コンサート後の酒の時間は、至福のひととき・・・

酒に料理が合えば極楽じゃ・・・

東京から北海道へ移り住み、最初に感じたのはビールがうまい事と酒の肴がうまい事・・・

やりたくない練習に耐え、コンサートで体力も神経もすり減らし、
そこから開放された時、酒があれば天国・・なければ地獄・・・



網走の喜八の料理の続編です。

《刺身の盛り合わせ》

この料理、ビールにもよいですが、酒、白ワインにはもっとよいですね。
喜八の刺身の盛り合わせは、ホッキ、マグロ、タコ、オヒョウ、ヒラメ・・・



魚は寒い海で育つ魚の方がうまいのか・・・
身が引き締まって、味に深みがあるように思うのですが・・・

《ぎんなんの串焼き》

ぎんなんは、ご存知イチョウの種子。
茶碗蒸しの具にもいいですな。 酒の肴にも・・・



これ、熟すと異臭を放つので、ニホンザル、ネズミ、タヌキは食べないそう・・・
だけど、アライグマは平気で食べるんだとさ・・・

人間は皆平気で食べますが、食べ過ぎると中毒を起こすことも・・・
一方で、喘息や咳を鎮める薬草としての効果もあるそうです。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、7月21日に投稿したブログでお知らせしています。

プロフィール

プロフィール

土田英順
つちだ・えいじゅん。日本フィル、新日本フィル、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン響およびボストン・ポップス響でも演奏。現在はソリストとして札幌を拠点に活躍するかたわら、2007年には役者デビュー。国内のみならず「春の夜想曲~菖蒲池の団欒~」では海外公演も果たす。73歳にして初めてパソコンを購入し、ブログの新世界で弓を引く。

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