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<きびしい 自然界>

2012年01月31日

東京から札幌へ移り住み、豊かな自然の中で生活出来る事に感謝すると同時に、
自然界のきびしさにも直面しました。

北海道の南、江差町でのチェロ・コンサート・・・

コンサートの翌日、札幌に帰るには、函館を経由して札幌に向かうのではなく、
江差町の海岸沿いにあるバス停から、JR八雲駅に行くバスを利用し、
八雲駅から札幌行きの電車に乗車すると時間が短縮出来て便利です。

山を超え、直接八雲町へ・・・

峠の頂上付近でした。

バスが突然停車・・・

ん? どうした? こんなところで・・・

キタキツネが現れ、道路を横断しています。
口に何かくわえています。 灰色の大きな兎でした。

兎は、喉に噛みつかれ絶命しているようでした。
キタキツネの口のまわりには、兎の血がベットリと・・・

何故、すぐ食べないんだろう・・・

巣で、子ギツネがお腹をすかして待っているからなんだろうか・・・


こんな場面もありました・・・

やはり、どこかの峠の頂上付近・・・

ガリガリにやせ細った、元気がないキタキツネ・・・

道端にうずくまって、エサをねだっています。
観光客がエサを与えるので、自分で獲物を取れなくなってしまったのでしょう。

エサを人間にねだる、ヨレヨレになって今にも倒れそうなやせ細ったキタキツネ・・・

その周囲を10数羽のカラスが不気味に取りまいていました。

<キタキツネと蛇の戦い>

2012年01月30日

自然が豊かな北海道、いいなぁ、大好きです・・・

磯谷郡蘭越町・・・こちらも、自然が豊かな美しい町・・・

農業の町で、米、メロン、じゃがいも、とまと、とうもろこし・・・
どれもこれもうまくてたまらんです。 山には豊富な山菜が・・・

山間を流れるのは、日本一の清流・尻別川・・・

JR昆布駅に近い町の山沿いには、10年ほど前に造られたパーム・ホールという
80席ぐらいの木造の素敵なホールがあります。

ホールがオープンして、こけら落としのコンサートをやらせていただき、
それ以来、毎年、春と秋にチャリティ・コンサートを続けさせていただいています。

山の中腹には、温泉が・・・その名は、 ” 新見温泉 ” ・・・

とにかく、お湯がすばらしく、そんじょそこらの温泉のお湯とは違います。

ある時、温泉の地下にある ” 打たれ湯 ” に行ったら、
どこから侵入したのか、大きな蛇がとぐろを巻き、
口からペロペロ舌を出して、こっちを見ているではありませんか・・・

びっくり仰天し、あわててハシゴ階段を駆け上りそこから逃げ出しましたが、
部屋に戻ってもその辺に別の蛇が潜んでいるのではないかと思うと、
怖くて落ち着きませんでした。

翌朝、新見温泉からの帰り道、キタキツネに遭遇しました。

キタキツネの歩き方が、モタモタしてなんか変です・・・

見ると、キタキツネの口に蛇が巻きついています。

キタキツネは、蛇の頭に噛み付いている・・・
蛇は、キタキツネの口をグルグル巻きにして抵抗している・・・

蛇はキタキツネに食われちゃうのか・・・自然界の戦い、きびしさ・・・
それを目の当たりにして、東京で生まれ育ったボンボンにはショックでした。

<蜘蛛が逃げた 蜂が蜂を食べちゃった>

2012年01月29日

ある夏の日の夕方・・・

チェロの練習が終わり、ボンヤリ庭を眺めていると、
背の高いオンコの木と、紅葉の木の間に大きな蜘蛛の巣が・・・

蜘蛛は、枝葉の陰に隠れて獲物がかかるのを待ち構えているのでしょう。

1匹の蜂が飛んで来て、蜘蛛の巣にかかってしまいました。

蜂は、もがけばもがくほど蜘蛛糸は絡まり、やがて動けなくなってしまいました。

出て来たぞ、枝葉の陰からデッカイ蜘蛛が・・・

糸がからまって動けなくなった蜂に向かって、
デッカイ奴はするすると近づいて行きます。

あわや! 

その時・・・

デッカイ蜘蛛と同じぐらいデッカイ蜂が、かかった蜂に向かって猛突進・・・
それに気づいたデッカイ蜘蛛は、なんと枝葉の陰に逃げてしまいました。

さらに驚いたのは、デッカイ蜂は蜘蛛の巣に着陸し、
かかった蜂を食べはじめたのです。

この蜂は、蜘蛛糸に絡まないすべを知っていて、
蜘蛛糸に絡んだ、食べ残した蜂を上手に足で掴んでつまみあげると、
どこかへ飛んで行ってしまいました。


 

小樽市立花園小学校  ” 命の日 ” 

2012年01月28日

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昨日、1月27日、小樽市立花園小学校を訪れ、体育館でチェロを弾きました。

聴いてくれたのは、全校児童199名と、数10名のお母さん、先生たち・・・

そして、もう一人は天国へ行った幼い女の子・・・

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最初に天国の女の子を偲び、お祈りの音楽 ” 鳥の歌 ” を・・・
アベマリア、G線上のアリアと続け、
夕焼けこやけ、ふるさと、千と千尋の神隠し、もののけ姫、などを弾き、
子供たちにも喜ばれました。


この小学校では、この日が ” 命の日 ” ・・・

12年前の、平成12年1月27日、痛ましい事故が起きてしまいました。

1年生の女の子・・・

学校近くの公園、グリーン・ロードで、雪の中をカマクラを作ったりして、
一人で遊んでいました。

路上には積もった大量の雪・・・

除雪車が路上の雪を整備するため、公園に向けて大量の雪を飛ばしたのです。

女の子は、その雪の中に・・・

冷たくなった女の子を発見したのは翌日、1月27日でした。

寺澤 真 校長先生から聞く事故の詳細・・・
あまりにも痛ましく、胸が張り裂ける思いでした。

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写真上: 花園小学校、現在の教育目標。


助けたり、助けられたり・・・人々が支え合う中で生命を尊重し、
力強く生き抜こうとする心を育てたい・・・

命の尊さ、大切さを教えていきたい・・・


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写真上: 平成24年4月1日制定の教育目標。


そのような思いから、花園小学校では、1月27日を ” 命の日 ” と定め、
毎年この日に集会を開き、地域の人の講演などを行っているそうです。


& 2月の東日本大震災チャリティ・コンサート予定。

 15日、上川郡下川町、桜ヶ丘公園センターハウス・フレペ。 19:00開演。
  
 19日、余市郡余市町、余市テラス。(再演) 17:00開演。   

<再び襲ってきた ハイタカ>

2012年01月27日

鷹の1種、ハイタカ・・・飼いならし、野禽の鷹を捕らえる・・・

昔、鷹狩りに使われた鳥・・・

小鳥、野ねずみ、蛇などをエサにする肉食の鳥・・・

我が家の庭・・・ハイタカは、窓から眺める僕の目の前で、
リンゴをつついていた、元気なヒヨドリを捕まえて食べてしまいました。

息をのむような、思わず目をそむけたくなるような凄惨な光景でした。

その数日後、この獰猛なハンターは再び僕の目の前に姿を・・・

僕は外出が多く留守がちなのに、こんなに頻繁に対面出来るのは、
このハンターはエサを求めて、毎日のように我が家を訪問していたのかも知れません。

その日も、庭を背にしてチェロの練習をしていると、
それまでピーチク・パーチク聞こえていた小鳥の鳴く声がピタリと止みました。

庭を見ると、いました、いました、獰猛なハンターが・・・

36計逃ぐるにしかず・・・ほとんどの小鳥たちは素早く逃げ去りましたが、
逃げ遅れたのは、10数羽のスズメ・・・
彼等は一斉に、枝葉が茂ったオンコの木の茂みの中に・・・
オンコは針葉樹・・・冬でも枝葉は茂っています。

獰猛なハンターは身体が大きすぎて、オンコの木の茂みに入って行けません。

目の前のご馳走ですが、スズメをあきらめたようです。

ハンターは、大きな紅葉の木に移り、
するどい目でジロリと庭の中を見回し、隠れている獲物を探しています。

夢中で脂身をつついていたアカゲラは、逃げるタイミングを失い、
木の幹につけた脂身をダッコして、化石のように身動き1つせず、じっとしていました。

頭に丸い真っ赤な帽子をかぶったオスのアカゲラ・・・

「絶対動くな! 化石のままでいろ! ちょっとでも動いたら、やられるぞ!」

やがてハンターはあきらめて、その場を去りました。

アカゲラ君のねばり勝ちでした。どんなに怖かっただろう・・・

<ヒヨドリが ハイタカに食べられちゃった>

2012年01月26日

野幌森林公園には、可愛らしい小鳥だけでなく、
小鳥をエサにする猛禽類・・・
鷹、鷲、ミミズクなども生息しています。

ある日、チェロを練習していると、庭で小鳥の異様な鳴き声が・・・

見ると、ハイタカが逃げ遅れたヒヨドリを雪の上で捕まえ、
両足で押さえつけていました。
羽をばたつかせ、逃げようと必死にもがくヒヨドリ・・・

ツガイのもう一羽が、大きなもみじの木の高いところで狂ったように鳴いています。

威嚇しているつもりかも知れませんが、ハイタカは素知らぬ顔・・・
先のするどい黄色いくちばしで毛をむしり、食べはじめました。

息をのむような、すざましい残酷な光景・・・

僕は、練習どころではありません。

身をちぎっては食べ、ちぎっては食べ、やがて満腹になったのでしょうか・・・

頭の部分は食べるところがないらしく、
首から上をちぎって雪の上に捨てると、
残った身を両足で掴み、悠々とどこかへ飛び去りました。

つがいのもう一羽は飛び去ることなく、しばらく紅葉の木の上で鳴いていました。
悲しいのでしょう・・・

雪の上にころがったヒヨドリの頭・・・

そのままにはしておけず、雪の中に埋めてあげました。

春・・・雪がなくなり、そこへ行ってみると頭はなくなっていました。

ほかの生物が食べたのでしょうか・・・

& ハイタカ・・・
  鷹の1種。身体は、白と薄い灰色のまだら模様・・・
  くちばしと足は黄色でした。

<野幌森林公園からのお客様>

2012年01月25日

野幌森林公園には、渡り鳥を含めると、
150種類以上の野鳥が生息しているそうです。

冬になると、野鳥のエサになる虫がいなくなり、
木の実なども森の中になくなってしまいます。

僕の家の庭には、大きな紅葉の木が3本・・・
オンコも、シャラの木も背高ノッポ・・・

冬には、その木の幹や枝に、りんご、ひまわりの種、肉の脂身などをつけると、
野鳥たちが、森林公園から集まってきます。

ヒヨドリ、シジュウカラ、ゴジュウカラ、ヒガラ、
アカゲラ、アオゲラ、キレンジャク・・・スズメも・・・

大食いなヒヨドリは、りんごにかぶりつき、シジュウカラ、ゴジュウカラ、ヒガラは、
ひまわりの種に夢中・・・
スズメは、ひまわりの種の硬い殻を砕くことが出来ず、おこぼれを狙っています。

ゴジュウカラは、面白い鳥で、必ず木の幹の上から下に向かって移動します。

アカゲラは、ほとんど肉の脂身ばかりつつきます。
コレストロールがたまり、動脈硬化は大丈夫なのでしょうか・・・

可愛らしい野鳥たちが、エサをつつく光景を、
チェロの練習をしながら楽しんで眺めていましたが、
練習に集中出来ません。

そこで、窓を背にして練習することにしました。

ある日練習中、背後の庭から異様な野鳥の鳴き声が聞こえてきました。

練習を中断し庭を見ると・・・

あっ! そこには残酷で、すざまじい光景が・・・

つづく。

東日本大震災・チャリティ・コンサート <幻想的な85回目> 紋別市 道立流氷公園あおぞら交流館

2012年01月24日

85回目のチャリティ・コンサートは、
1月22日、紋別市・道立流氷公園あおぞら交流館で行われました。

紋別に、当日入りするスケジュールではハード過ぎるので、
前日にJRで遠軽まで移動・・・1泊しました。

会場となった、あおぞら交流館は、音響がすばらしい上に、照明に工夫をこらし、
コンサートは、幻想的な夢の世界の中で行われているようでした。


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開場前から、ホールの中は幻想的な雰囲気に・・・


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美しい照明でした。


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G線上のアリア・・・
ノクターン・・・
白鳥・・・
アベマリアなどの名曲・・・
人々の心を、やわらかく、やさしく包み込んであげるような気持ちで弾きました。


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入場者・94名。
義援金額・¥106、340は、朝日新聞厚生文化事業団を通じて被災地へ。


流氷の町・紋別・・・

台湾、中国、香港など、海外からの観光客も多く、
北海道民の宝 ” 北海道遺産 ” に認定された ” ガリンコ号 ” は、
広く知られています。


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紋別の目玉観光の1つガリンコ号・・・

冬の海のやっかい者、流氷をガリンコ・ガリンコと、
スクリューで砕きながら進む真っ赤な砕氷船・・・


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夏には、この船上でカレイ釣りが楽しめるそうです。
釣った魚は、クール便で発送がOK・・・

オール・シーズン楽しめる町、紋別・・・

1度、のんびり遊びに行きたいな・・・


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& 次回のチャリティは、 2月15日、上川郡下川町、 
” 第38回 しもかわアイスキャンドル ミュージアム ” ・・・ 
  
しもかわアイスキャンドル・ミュージアムは、アイスキャンドル・パーク、
アイスキャンドル・スクエア、 アイスキャンドル・フェスティバル・・・
この3つのイベントで構成されています。

チャリティ・コンサートは、唯一の屋内会場、アイスキャンドル・スクエアで・・・
桜ヶ丘公園センター・ハウス・フレペ。 19:00開演。

<尋ねて来た 赤とんぼ>

2012年01月23日

野幌森林公園の水場で・・・

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溺れた赤とんぼを枯れ枝ですくい上げ、10数匹を腕に乗せ休ませてあげました。

腕にとまり、じっとしている赤とんぼ君たち・・・
僕は、そのまま散歩を・・・


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しばらくすると、赤とんぼは元気を取り戻し、
一匹、また一匹、どこかへ飛んでいきました。


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1時間ぐらい歩き、帰宅すると3匹がまだ腕に・・・

よほど弱っているんだな・・・

日当たりのよい、暖かそうな庭の植木の葉にとまらせてあげました。


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翌朝庭に出ると、赤とんぼはいませんでした。
きっと、元気になって獲物を捕りに行ったのでしょう。

その日も夕方森林公園へ行きました。


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一匹の赤とんぼが飛んで来て肩に・・・

肩にとまらせたまま散歩を続けていると、別の赤とんぼが帽子のひさしに・・・

きのう助けた赤とんぼかも知れない・・・
きっと、お礼を言いに来たんだ・・・

肩と帽子のひさしで羽を休めていた赤とんぼ君たち・・・

しばらくして、どこかへ飛び去って行きました。


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その姿を見ていると、
「おじさん、きのうは助けてくれてありがとう。」と、言っているようでした。

 

東日本大震災・チャリティ・コンサート (84) 札幌市 大谷第2幼稚園

2012年01月22日

84回目のチャリティ・コンサートは、
1月18日、14:00から、札幌市中央区の大谷第2幼稚園で行われました。

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幼稚園児と、大人両方を対象にしたコンサートは、
選曲や、演奏の合間のおしゃべりの話題が難しいですね。

この日は、園児は一人もおらず、大人だけのコンサートでした。


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会場となった、大谷第2幼稚園近くにお住まいの方・・・
近くの老人ホームにも声をかけ、お年寄りを招待したそうです。

お年寄りと言っても、皆さん、僕よりお若い方ばかりでした。

壁には、こんな素敵な作品が・・・


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バッハやシューベルトなどのクラシックほか、
映画音楽、ミュージカル、シャンソン、日本の歌などを弾き喜ばれました。


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入場者・約50名(満席)
義援金額・¥72,600は、大谷保育協会を通じて被災地へ。

次回のチャリティ・コンサートは、本日、1月22日、
紋別市・道立流氷公園内エントランス・ホール19:00開演です。

遠軽にて投稿・・・

明日のブログは、<尋ねて来た 赤とんぼ> です。

 

<緑がいっぱい おいしい空気っていいなぁ>

2012年01月21日

東京の劣悪な生活環境・・・

そこから逃れて、胸いっぱい思いっきり吸いたかったきれいな、おいしい空気・・・


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願いが叶い、自然豊かな緑あふれる街に住めるようになりました。

北海道に住まいを移して11年目・・・
江別市大麻から、札幌市厚別区の、野幌森林公園のすぐ近くに引越しました。


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野幌森林公園は、札幌市、江別市、北広島市・・・3市にまたがる特大の森林公園です。

そこには、北海道開拓100年を記念した塔が・・・

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1日のチェロの練習が終わり、
夕方散歩に行くと、子連れのキタキツネに出会うことも・・・

特大森林公園には原生林と植林があり、森の中を歩いていてその違いは一目瞭然です。


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原生林の大木には、太いツルが絡まっているものもあり、
まるで大蛇のようで、ドキッとすることもありました。

百年記念塔の周りには、水場が・・・森に入ると大きな池が・・・


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夏のある日、水場の横にあるベンチで休んでいると、
赤とんぼが飛んで来て産卵を始めました。

水面には溺れた赤とんぼが、数10匹も・・・
水面すれすれで産卵する赤とんぼは、
さざ波で羽を濡らして飛べなくなってしまったのでしょう。
放っておけば水中の生物のエサに・・・


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僕は、近くにあった1mぐらいの枯れ枝を拾い、
溺れた赤とんぼを次々すくい上げ、
10数匹の赤とんぼを、腕に乗せ休ませてあげました。

つづく。

東日本大震災・チャリティ・コンサート (83) 札幌市中央区 「こぐま座」 

2012年01月20日

83回目のチャリティ・コンサートは、1月17日、19:00から
札幌市こども人形劇場 ” こぐま座 ” で、行われました。


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そのタイトル・・・
東日本大震災復興支援 「人形劇 ” セロ弾きのゴーシュ ” より、
語りと、土田英順チェロの調べ」・・・

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1部では、2月4日、5日、11日、12日に、
 ”札幌市こどもの劇場やまびこ座 ” で行われる、
人形劇 ” セロ弾きのゴーシュ ” の中から抜粋して、
チェロと人形のコラボレーションを行い、2部は、チェロ・コンサートとしました。


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こども劇場なので、来場者は子供が多いかな・・・と思っていましたが、
ほとんどが大人の方で、ほぼ満席になりました。

入場者・48名。
義援金額・¥33,184は、
東日本大震災市民支援ネットワーク ” 札幌むすびば ” を通じて被災地へ。

<バイクに乗った 札響ファンのおまわりさん>

2012年01月19日

北海道に上陸して最初に気がついたのは、住宅街の道路の幅がとても広いことでした。

車が余裕をもって、悠々とすれ違える広さ・・・

でも、雪の季節になってその理由がわかりました。
道幅は、半分になってしまいますもんね。

車は、東京から持って来た、
三菱の ” コルト ” という、ガタガタのオンボロ車に乗っていました。

寒冷地で、こんなボロ車に乗っていて、吹雪の中で故障したらどうしよう・・・

考えただけで、ゾッとします。

思い切って、スバル・レオーネの新車を買いました。


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ある日、国道をルンルン気分で走行中、
警察官が乗ったバイクが、後をつけて来るのに気がつきませんでした。

停車を命じられ、

「ちょっと速いんじゃないかい?」

「・・・・・・」

見通しのよい広い道路・・・

少ない交通量・・・

つい制限速度を若干オ-バーしていたのでしょう。

警察官は、後部座席に積んであるチェロを見ると、

「どこかのナイトクラブで弾いてるのかい?」

「いえ、札響というオーケストラで弾いています。」

「札響? 見かけない顔だねぇ。
私、毎月、札響の北電ファミリー・コンサートに行ってるんだけど・・・」

「実は、2週間ぐらい前に東京から来て、入団したばかりの新米なんです。」

次のコンサートも楽しみにしている・・・

それだけ言うと、警察官は何事もなかったように去って行きました。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
   新たに、4月8日、14:00開演。
   札幌市南区みすまい、「リーフレット ミューズ」が、決まりました。

<雪の降る町へ>

2012年01月18日

「よしっ、わかった。ツチダ、おまえ札幌へ行けよ。」

小沢征爾さんのツルの一声・・・

札幌行きは決まりました。

「東京の人間が、東京で活動しているのに、何も北海道へ行かなくても・・・」

そんな声もチラホラ聞こえてきましたが、新日フィルの仲間達は、
寿司屋の2階の座敷を借りて送別会を開き、激励してくれました。


北海道に上陸し、収まったのは江別市大麻の庭付き、2階建ての一軒家・・・


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東京で親元を離れたあとの住まいは、6畳と4畳半2間の兎小屋・・・

10年後に引っ越したところは、
” 陸の孤島 ” と、陰口をたたかれた、都心から遠くはなれたところ・・・

” 多摩ニュータウン ” と、称する、新たに開発された町のアパートでは、
夜になると、となりの部屋の話し声が聞こえてくることもありました。

上の階の住民が歩く足音も・・・

家らしい家に住んだことはなかったので、江別市大麻の一軒家は嬉しい限りでした。

北海道上陸、1974年7月・・・

どの家も庭に花を植え、植木を育て、家庭菜園も目につきました。

晴れた日の青い空は美しく、空気はきれいでおいしく、
きれいな空気だから、青い空が美しく見えるのでしょう。

豊かな自然の中で演奏活動を・・・頭に描いていたことが現実となったのです。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、12月12日投稿のブログでお知らせしています。

小沢征爾 山本直純 土田英順が3者会談

2012年01月17日

東京を脱出し、豊かな自然があるところで、のびのびと演奏活動がしたい・・・

その想いは、風に乗って北へ届いたのか・・・

東京文化会館でのチェロ・リサイタル・・・

終演後、控室に戻ると、そこに外国人の大男が・・・
当時、札響常任指揮者のペーター・シュバルツさんでした。

「札幌に来いよ。」

ボスの一言は強力でした。

次の難題は、新日本フィルを円満に退団すること・・・

新日本フィルの指揮者団・・・


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その代表的存在だった小沢征爾さん、今は亡き山本直純さん・・・

3者会談が・・・

「おまえがやめちゃったら、誰が首席をやるんだ。
やめるんなら後任を見つけてからにしろよ。」と、直純さん・・・

「後任は半年前から探している。金がない貧乏なオーケストラなのに、
楽員はみんな大物ばかり求めている。決まるわけがないんだよ。
将来性のある若いチェロ弾きにチャンスを与えて、育てたらどうなんだ?」

「・・・・・・」 終始無言の小沢さん・・・

「オレは、半年待ったんだ。オレのチッチャな2人の娘は、
東京の生活環境が合わなくて、かわいそうなんだ。
豊かな自然の中で、のびのびさせてやりたいんだ。」

それまで、じっと黙って聞いていた小沢さん・・・

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「よしっ、わかった。ツチダ、おまえ札幌へ行けよ。」

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・コンサート・・・
1月15日投稿のブログで、ご報告しています。

<なるか 東京脱出>

2012年01月16日

生まれ育ったふるさと東京・・・

日本フィル(日本フィルハーモニー交響楽団)、新日本フィルのメンバーとして、
東京を中心に、オーケストラ、ソロ、室内楽活動を続けていましたが、
生活環境は年毎に悪くなる一方でした。

交通渋滞、駐車場不足・・・
車をやめて電車・バスなどを利用すれば、通勤地獄でチェロはつぶされそう・・・
それに空気の汚染・・・

バスにチェロを持って乗ろうとして、

「混んでいる時に、そんなデッカイ楽器を持ち込んでは困る・・・」

運転手に、乗車拒否されたこともありました。

多くの人がイライラし、心がギスギスしていました。

そして出現したのは ” 光化学スモッグ ” という怪物・・・
コイツにも参りました。 

車の排気ガスと、真夏の強烈な直射日光・・・これによって発生する有毒ガス・・・

目は刺激されチクチク・・・喉を痛め、これゃ人間が住むところじゃない・・・

気持ちよく演奏活動が出来るどこかに逃げ出したい・・・

自然が豊かで、緑がいっぱい・・・
空気がきれいで、水もおいしい・・・

ビールも酒もうまくて、酒の肴もいける・・・
オーケストラがある・・・そんな街・・・

すぐ頭に浮かぶのは、山あり川あり、緑豊かな札幌の街です。

当時、新日本フイル(新日本フィルハーモニー交響楽団)に、在籍していた僕は、
オーケストラのコンサートが終わると、
ヤキトリを焼く煙が充満した、チッチャな安い店で仲間とよく飲みました。

話題の中心は、 ” 東京脱出 ” でした。


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2枚の写真は、新日本フィル・軽井沢音楽祭。1973年。


つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサートに関しましては、
1月15日に投稿したブログで、ご報告しています。

東日本大震災チャリティ・コンサート (82) 札幌市厚別区のカフェ ” こだまの森 ”

2012年01月15日

新しい年を迎え、82回目のチャリティ・コンサートは、
札幌市内の小さなカフェで行われました。


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少人数ながら、被災された方々を思いやる温かな雰囲気でした。


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この日の入場者:約25名。
義援金額:¥28,113は、宮城県石巻市サンライズ元気村プロジェクトへ。


チャリティ全体を通じて気になるのは、人々がこの大震災に対して、
気持ちが冷めてきているのではないか・・・と、いうことです。
いっときあった盛り上がり、熱気が感じられなくなりました。

震災で、家族も、家も、船も失い仮設住宅で暮らす方・・・

原発事故で自宅に住めなくなり避難された方・・・
将来、帰宅出来るのか? 出来ないのか?
責任ある答えはどうなっているのでしょうか・・・

福島第1原発から、10数km離れたところに住んでいて、
札幌に避難された、対馬 守さんからいただいた年賀状には、

「またお会いしたいです。私の時は今も止まっています。」


お声をかけていただければ、どこへでも行きます。
ギャラは、いりません。
交通費も、ホテル代も自分で払います。
被災された方々のためのチャリティ・コンサートをやらせて下さい。

連絡は、090-1526-3456、土田英順へ。 

1月のチャリティ・コンサート予定。

17日。札幌市中央区、「こぐま座」 19:00開演。

18日。札幌市中央区、「大谷第2幼稚園」 14:00開演。

22日。ウインター・フェスティバルINもんべつ。
    紋別市、道立流氷公園内エントランス・ホール。 19:00開演。

    被災者へのご支援、よろしくお願い致します。

ウィーン・旅日記(44) <最終回・写真で見るウィーンの思い出>

2012年01月14日

43回にわたってお伝えして参りました、ウィーン旅日記・・・

これまでに、ご紹介していない写真をご覧頂きながら、ウィーンからお別れです。

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ウィーンの森へ向かう途中の風景・・・とにかく寒い・・・
ウィーン旅行は、冬以外がよさそうです。

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ウィーン市街。シューベルトが生まれた家を、うろうろ探し歩いた所。

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上の3枚の写真は、ベートーベンが住んだ家。
生涯に、なんと70回ぐらい引越しを・・・

1月12日の北海道新聞の夕刊に、
ベートーベンの手書きの書簡が発見されたという記事が出ていました。
貧困や、病気で窮状にあった楽聖の苦悩がつづられているそうです。

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市内の公園にあるブラームスの像。芸術家を大事にする街ですね。

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ウィーンの中心、ケルントナー通り。チケット売りのアルバイトの青年と・・・
写真の右方向に路地があり、そこを入ったところに、
モーツァルトがフィガロの結婚を作曲した家があります。

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ウィーン市立公園で。


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ケルントナー通りにある免税店。おみやげは?・・・


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上の2写真は、ウィーン空港のカフェ。


さようなら、 ” 音楽の都・ウィーン ”

感動をたくさんありがとう。

おわり。

& 海外の話が続きましたが、
  次回からは、国内での体験を思いつくままに綴り、
  その後、また海外のズッコケ話に戻りましょう。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート・・・   
   4月22日(日)、14:00開演。
   夕張郡由仁町・「YUNI ・CAFE」(再演)が、新たに決まりました。 

ウィーン・旅日記(43) <マリー・アントワネットの悲劇>

2012年01月13日

マリア・テレジアが完成させた、” シェーンブルン宮殿 ” ・・・

テレジアの16人の子供たちは、この宮殿でのびのびと育ったそうです。

テレジアは19才で結婚し、23才で即位・・・
その時すでに3人の子持ちでした。
そして、後に生まれた末娘マリー・アントワネットが子供の頃、
宮殿の ” 鏡の間 ” で、ピアノを弾く少年がいました。

演奏が終わり、庭で遊んでいたアントワネットがころんでしまい、
手をかして助け起こしたのが、先程ピアノを弾いていた少年でした。

少年は、アントワネットに、

「大きくなったら結婚してやるよ。」

その少年は、神童モーツァルトだったのです。


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宮殿の中の一室には、
その日、モーツァルトが演奏した様子が描かれた絵が飾ってありました。

写真がない時代・・・

後の世に残すには、絵を描くしかなかったのですね。

15才で、ルイ16世に嫁いで、フランスに住むようになったアントワネットは、

「パンが買えない者は菓子を食え」

と言って、国民の怒りを買い、フランス革命が起きた時、
パリのコンコルド広場で断頭台の露と消えました。

彼女の夫、ルイ16世、アントワネットほか、
1,119名の命がここで奪われたのです。

大革命、大混乱が起きた時、アントワネットの母マリア・テレジアは、
すでにこの世になく、末娘の悲劇を知る事はありませんでした。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、12月12日投稿のブログでお知らせしています。

ウィーン・旅日記(42) <シェーンブルン宮殿>

2012年01月12日

シェーンブルン宮殿には、市内観光ツアーに参加し、
日本人のガイドさんに、たくさん教えてもらいました。

この宮殿の建造がはじまったのは、1696年。

女帝、マリア・テレジアのおじいさん・レオポルド1世が造りはじめましたが、
戦争などによる資金難で未完成になっていました。

現在の壮麗な美しい建物に完成させたのは、マリア・テレジアでした。

マリア・テレジア・・・
フランスのブルボン王朝のルイ16世に、
15才で嫁いだ、マリー・アントワネットのお母さんです。

完成時1749年・・・
おじいさんが建てはじめてから、53年もの歳月が・・・


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” ウィーンの森 ” の、はずれにある、この宮殿・・・
部屋の数1441・・・
現在一般に公開されているのは45室のみで、
その中に、テレジアが使っていた部屋があります。

子供好きのテレジア・・・
「子供は、何人いてもいい。」

20年間で16人も産んだのですから、
いつも、大きなおなかをかかえていたことになりますね。

テレジアが使っていた大きな部屋の中央付近には、特大のベッドがあり、
そのベッドで赤ん坊をあやしたり、幼い子に気をくばりながら、
ヨーロッパ諸国の為政者たちと相対していたのだそうです。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、12月12日投稿のブログでお知らせしています。

ウィーン・旅日記(41) <ウィーン市庁舎広場の クリスマス・マーケット>

2012年01月11日

ウィーン最大のクリスマス・マーケット・・・

クリスマスの4週間前から、クリスマスまでの間は、
” 特降節 ” と呼ばれるクリスマスの準備期間で、
オーストリアの各都市で、クリスマス・マーケットが開かれます。

期間中、各都市に集まる総人数は、300万人以上になるそうです。

幸せそうな家族連れ・・・アツアツの恋人同士・・・
僕は、12月20日の夜、寒さに震えながら行きましたが、
ひとりで行く変わり者は、僕ぐらいのもの・・・

ツリーを派手に飾る店・・・
イルミネーションも美しく、幻想的な雰囲気です。

とうもろこし、焼き栗ほか屋台が並び、日本のお祭りのようでもあります。


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写真: ウィーン市庁舎広場でのクリスマス・マーケット。

尖塔の高さ、98m・・・近くの教会の高さが99mだったので、
皇帝の命でこの高さを越えるのは、許されなかったそうです。

グリュー・ワインという赤ワインは、
砂糖や、フルーツ、シロップ、シナモンなどの香料を加えたホット・ワインで、
お燗したワインです。

スペインのサングリラは、赤ワインに砂糖と氷を入れたもの・・・
こちらは、その正反対ですね。
寒さの中でこれを飲むと、身体が温まります。

ワインの入ったカップは、返せばお金を返してくれますが、
ハイドンの肖像画が書かれたカップは記念に持ち帰りました。


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薄いピザのような屋台の名物 ” ランゴシュ ” ・・・
揚げたてに、ニンニクオイルを塗って食べる・・・
それと、グリュー・ワイン・・・
僕には、ミスマッチでしたが、ウィーンの人たちは楽しそうでした。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート・・・
今後のスケジュールは、12月12日に投稿したブログでお知らせしています。

ウィーン・旅日記(40) <3本あるドナウ川>

2012年01月10日

日本でも、ワルツ ” 美しく青きドナウ ” で、
音楽ファンならずとも知られているドナウ川・・・

ドナウには、本流、支流、運河があります。


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写真はドナウ川本流。

「水は汚れていて、美しくない青くないドナウ」  
などと、悪口を言う人がいましたが、川はきれいでした。

大きな船が停泊していましたが、気候がよい季節になると、
” ドナウの宝石 ” と呼ばれる、
ハンガリーまでの、川下りの往復クルーズがあります。

昼食付き、1,500シリング、10,500円(2001年)。

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上の写真は、ドナウ川支流。(新ドナウ) 流れが遅く浅いのでしょうか・・・
川は、凍っていました。


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こちらは、ドナウ運河・・・

本流と支流(新ドナウ)の間には、21KMにものぼる中ノ島があり、
ウィンド・サーフィン、カヌーなどのスポーツ施設・・・
日光浴も出来るビーチ、おしゃれなレストラン・・・
水辺のリゾートと言ったムードだそうです。

僕がそこを訪れたのは12月・・・
リゾートどころか、ただの雪野原でした。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサートのスケジュールは、
12月12日投稿のブログでお知らせしています。

ウィーン・旅日記(39) <ワルツ 美しく青きドナウ>

2012年01月09日

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「残念ながら、これは私が作ったメロディではありません。」

ワルツ王、ヨハン・シュトラウスⅡ世の代表的なワルツ、
” 美しく青きドナウ ” ・・・

ブラームスが、この曲の主旋律をⅡ世夫人の扇に書き、言った言葉です。


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写真:ウィーン市立公園にあるヴァイオリンを弾いている金色の立像は、
   ヨハン・シュトラウスⅡ世・・・

   その前にいる黒装束の男・・・スミマセン、おじゃましました。


ドナウ川は、このワルツで世界に知られるようになった・・・
と、言っても過言ではないのでしょうか・・・

ドナウ川・・・

ドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、
そして黒海へ・・・ドナウは、6カ国を流れ、長い旅を終えます。

地下鉄1号線(朱色)に乗っていると、突然地上に出て駅が・・・

そこは、ドナウの支流の上で、川は一面に凍結していました。
川を眺めることが出来るように、ホームに平行して細長いベランダがあり、
冬期でも見られるように、ベランダはガラス張りになっています。

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つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサートのスケジュールは、
   12月12日投稿のブログでお知らせしています。

ウィーン・旅日記(38) <ウィーン・フィルの本拠地 ムジーク・フェライン>

2012年01月08日

ウィーン・フィルの本拠地、ムジーク・フェライン(楽友協会)に行きました。

このホールは、ルネッサンス様式の建物で1869年に完成しました。

正面に、パイプ・オルガンがある大ホールは、バルコニー席があり、
金箔で塗られた18の柱の像で支えられていて、
” 黄金の間 ” と、呼ばれています。

天井には、アポロとミューズの天井画が・・・

このホールで行われるウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートは、
日本でもTV中継されて、おなじみですね。

僕は、このすばらしいホールで、
ウィーン・シンフォニカのコンサートを聴きました。

座席数1744・・・これだけ座席があっても、チケットは毎回完売だそうです。
ステージは広く、オーケストラがのっても、両サイドが空くので、
そこに、左右それぞれ50席分ぐらい椅子を置き、ステージ席を作ります。

ここでも、日本のような消防法とかいう、役人的発想はないようです。

僕の席は、ステージ上の最前列・・・
客席と向かい合うようになるので、ちょっとテレくさいです。

目の前にヴィオラのセクションが・・・
オーケストラの団員になったような気分で楽しみました。

メンデルスゾーンの序曲、 ” 海の静けさと幸ある航海 ”
ブルッフのヴァイオリン・コンチェルト、
シューベルトの未完成交響曲、

・・・・・

もう何も言いますまい・・・

感動のある人生っていいなぁ~

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート・・・
   今後のスケジュールは、12月12日投稿のブログでお知らせしています。 
   
   次回は、1月14日、札幌市厚別区のカフェ、 
   ”こだまの森 ” 14:00開演です。

ウィーン・旅日記(37) <仰天! 本番で寝ちゃった コンサート・マスター>

2012年01月07日

フォルクス・テアターで鑑劇したフォルクス・オパー、
ヨハン・シュトラウス2世の代表作、オペレッタ(喜歌劇) ” こうもり ”

舞台上で、歌手同士が演劇のような、長いセリフのやりとりや演技がが続くと、
オーケストラは、その間休んでいます。 

退屈な楽員たち・・・

おやっ? なんと!!!

年配のコンサート・マスターが、
ヴァイオリンのネック(渦巻きの部分)を、譜面台に引っ掛けてぶらさげ、
後ろ向きに座り直し、背もたれに両肘を置くと顔を埋めて眠ってしまいました。

僕は彼等と同じように、長年このようなきつい仕事を経験した同業者・・・

わかります・・・わかります・・・つらいのが・・・

オペラ、オペレッタ、バレエ公演では、
オーケストラは、オーケストラ・ボックスという名の穴倉に押し込まれ、
薄暗い所で、譜面台についているチッチャな2個の豆電球を頼りに、
細かいオタマジャクシを追い、繊細な神経を使い、悪条件の中で音楽を奏でます。

目は疲れ、肩は凝り、これ以上の重労働はありません。

次の演奏部分が近づくと、
パートナーの女性奏者がコンサート・マスターの肩をたたき、

「さあさあ、仕事ですよ・・・」

眠そうに目をこすり、コンサート・マスターは演奏態勢に・・・

しかし、ひとたび演奏が始まると、オ-ケストラ全体はシャキっとし、
「さすが、ウィーンのオーケストラ・・・」
と、思わせるすばらしい演奏を繰り広げます。

しかし、どんなに疲れていても、それを表に出さずに仕事をするのがプロ・・・
それだけ余力があるのなら、見苦しい姿は見せてほしくない・・・
と、思わざるを得ませんでした。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
12月23日に更新しました。

次のチャリティは、1月14日、
札幌市厚別区のカフェ、「こだまの森」、14:00開演です。

ウィーン・旅日記(36) <オーケストラ・ボックスの中は丸見え>

2012年01月06日

夢のような、ウィーン・フォルクス・オパーのオペレッタ鑑賞・・・

夢心地とは、このことか・・・歌、演技、バレエ、オーケストラ演奏・・・
すばらしいなんてもんじゃありません。
感動で身体がとろけて、なくなってしまいそう・・・

オペレッタは、舞台や衣装がすばらしく、バレエも挿入されます。
言葉はわからなくても、事前にストーリーを読んで頭に入れておくと、
充分楽しむことが出来ます。

1261席のホールは満席の上、立見の入場者が50~60名ぐらいはいて、
消防法などという、役人的感覚はウィーンでは無縁のようです。

オペラより、気楽に楽しめるオペレッタ・・・

” 歌う芝居 ” という面では同じでも、
オペレッタでは、オペラに比べて、
歌手のセリフのやりとりと、バレエだけの場面が多いようです。

演劇のように、セリフと演技だけの部分になると、
オーケストラは沈黙します。

長い時は15分ぐらいあるでしょうか・・・

楽員は、その間、やることがなく退屈です。

チェロを床に置いて腕組みをし、足を組み、
隣の人と小声でおしゃべりをするチェリスト・・・

目をつぶり、考えごと?をしている人・・・

ぅおっ!! 仰天!!! ボックスの中でとんでもない事が・・・

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
12月23日に更新しました。

ウィーン・旅日記(35) <夢のよう ウィーンでオペレッタ>

2012年01月05日

「フォルクス・オパーで、 ” こうもり(蝙蝠) ” を、やってるよ。
すごくいいから、観に行くといいよ。」

薦めてくれたのは、見知らぬ親切なオジサンで、
ベートーベンが、遺書を書いた家を訪れた時、
ハイリゲンシュタットから、ベートーベン・ガングへ行く市電の中でのことでした。

ヨハン・シュトラウスの傑作、オペレッタ(喜歌劇)、 ” こうもり ” ・・・

お父さんと息子は同名のため、Ⅰ世、Ⅱ世で呼ばれるシュトラウス父子・・・

” こうもり ” は、Ⅱ世の作品です。

チケットは、主に日本人を対象にした旅行社、 
” マイバス社 ” で、前売りチケットを買いました。

「お客さん、ラッキー! 最後の1枚ですよ。」

貴重なチケットを持ってフォルクス・テアターに行くと、
これまたラッキー・・・


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写真:白亜のオペレッタの殿堂、フォルクス・テアターの入口。


席は1番前の列で、目の前に指揮者、オーケストラ・ボックスが・・・
ちょいと腰を浮かせば、指揮者のスコアが見える位置・・・ 
舞台も近いから、歌手の表情や演技も手に取るように見えるだろう・・・

席につき、開演まではワクワク・ドキドキでした。

やがてオーケストラ・ボックスには、楽員が入場・・・
仲よさそうに、おしゃべりしながら入場する楽員・・・
緊張しているからなのか、気難しい表情の楽員・・・

受け持つパートによって、心中穏やかでない楽員と、そうでもない楽員がいます。
38年もこの世界にいると、僕には彼等の心理状態がよくわかります。

楽員が揃ってチューニングを終えると、颯爽と指揮者が登場・・・

さぁ、オペレッタの、はじまりぃ~、はじまりぃ~

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
12月23日に更新しました。

ウィーン・旅日記(34) <シューベルトが生まれた家は黄色い家? 白い家?>

2012年01月04日

ウィーンで生まれ、ウィーンで没した、 ” 歌曲の王シューベルト ” ・・・

叙情的な美しい歌曲は、600曲以上・・・

1797年に生まれ、1801年まで暮らした、シューベルトの生家に行きました。


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写真: シューベルトの生家の一室。 ガラスのケースに入っているのは、
    シューベルトが生前使っていた眼鏡。 
    片方のレンズの中央が、真横に割れていました。


ガイドブックに出ている住所を頼りに、歩いて探しましたが見つかりません。

すぐ近くに来ているはずだ・・・

「シューベルトが生まれた家はどこでしょうか?」

ガイドブックに出ている住所を見せて、通りがかりのオジサンに聞いてみました。

「シューベルト・・・う~ん・・・確かこのあたりに・・・う~ん・・・」

オジサン、思い出せずに唸ってばかりいるので、気の毒になり、

「OK ミスター、ほかの人に聞いてみるよ。ありがとう。」

この日も小雪がちらつく寒い日でした。寒い中を、うろうろ探していると、
向こうから、頭がツルッパゲのオジサンが歩いてきました。 頭が冷たそう・・・

「あの~・・・シューベルトの・・・」

「まっすぐ200メートル・・・左側・・・黄色い家・・・」

単語を並べただけですが、実に明快な教え方です。

しかし、200メートル行っても、さらに進んでも黄色い家はありません。

変だなぁ・・・行ったり来たり・・・

見ると ” モーツァルト ” という名の雑貨屋さんがありました。

店員に聞くと、

「それよ、ほら、それそれ、旗が立っている家・・・」

店員が指差すところにあったのは、白い家でした。

あのツルッパゲのオジサン、白と黄色を間違えた!!

おまけに、ガイドブックの住所も違っていた!!

これじゃ、いくら探したって見つからないわけだ!!


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つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
12月23日に更新しました。

次回のチャリティは、1月14日、
札幌市厚別区のカフェ、「こだまの森」、14:00開演です。

続々・ジルベスター・コンサート <会場となった LAKURAって どんなところ?>

2012年01月03日

LAKURAの本店は、JR厚別駅至近の洋服屋さん・・・


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ジルベスター・コンサートや、
東日本大震災チャリティ・コンサートなどでお世話になった、
札幌市中央区のカフェ・LAKURA(2階は洋服屋さん)は、厚別のLAKURAの分室です。


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石造りの質蔵が改造され、カフェと洋服屋さんに化けました。
外観、店内共、何ともいえない風情のある店で、
置かれたグランドピアノが、カフェの店内を引き立てています。

昨年11月に、2003年にオープンした本店を閉め、分室と合体しました。 
このご時世、営業不振か・・・
いえいえ、営業はとても好調だったそうです。

元質蔵にホレこんだ経営者 ” 笑う仕入れ人 ” こと、
鳥居はゆきさんは、分室一本に賭けたのです。


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現在、営業暦1年4ヶ月・・・
開業1周年の記念日となる昨年9月・・・お祝いにチェロを弾きました。


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鳥居はゆきさんは、平均、月に2回ぐらい神戸、東京へ仕入れに・・・
山梨にはオリジナル企画で行くとか・・・

おとなしそうなダンナサマと、2人3脚・・・

店の経営、主婦、3児の母・・・
その上、最近は密かにピアニスト・デビューを企んで、猛練習しているとか・・・

恐るべしウーマン・パワー!

僕にとっては、共演者が増えるのは望むところ・・・

” ピアノも頑張れ! 笑う仕入れ人! ” 

LAKURAの注目度は、相当なもの・・・


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雑誌の表紙には、LAKURAの外観が・・・


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中には、料理の紹介も・・・

全国発売の雑誌社もあれば、北海道内の雑誌社の取材も・・・


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こちらの雑誌の表紙には、LAKURAの店内が・・・

愛すべき ” 笑う仕入れ人 ” と、LAKURAに幸いあれ! 


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& 次回からは、ウィーン・旅日記を再開します。

続・ジルベスター・コンサート  ” 月光の曲 ” で迎えた新年

2012年01月02日

ジルベスター・コンサートの続編です。


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上の写真は、会場となった、冬の ” Lakura  ” のべランダ。

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チェロの伴奏をしてくれたピアニストは、伊藤珠貴さん。

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酒が好きで、酔うと一段と色っぽくなる素敵なお姉サマ・・・

贅沢なことに、伴奏者はもう一人・・・

” はっちゃん ” の愛称で、誰にでも好かれる人気者、 
” Lakura ” の太っ腹ママさん、鳥居はゆきさん。

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大谷短大ピアノ科卒・・・

在学中は怠け者で、あまりにもピアノを練習しないので、
美術科の学生と間違えられたそう・・・

昨年秋頃から、何を思ったのか狂ったように練習に打ち込むようになったとか・・・
15年のブランクは、はたして取り戻せるか・・・ 

役者はそろった・・・
と思いきや、現れたのは、斉藤歩さん・・・


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舞台役者・映画俳優・テレビ俳優・演出家・脚本家・作曲家・・・
何でもやってしまう恐るべき男・・・
チャップリンの再来か!

阪口勇次さんも・・・

昨年の東日本大震災のチャリティ旅公演では、
この人のキャンピング・カーに助けられました。


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写真:右が阪口勇次さん。

キャンピング・カーを、2日で970kmも一人で運転したことも・・・
これまた恐るべき男・・・

20:00スタートのこのパーティ・・・まずはディナーで舌鼓を打ち、
21:30から、チェロ演奏第1ステージが、伊藤珠貴さんの伴奏で・・・

休憩後、23:30からは第2ステージが、鳥居はゆきさんの伴奏で・・・

除夜の鐘が厳かに響きはじめる中、カウント・ダウンはせず、
23:58に ”月光の曲 ” が、スタート・・・

美しい名曲が、消え入るように終わった時は、2012年になっていました。

20名程の紳士・淑女が、シャンパンで乾杯!

” Happy New Year 2012 ”


つづく。


ジルベスター・コンサート  ” 月光の曲 ” で迎えた新年

2012年01月01日

明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願い致します。


ベートーベンの名曲、 ” 月光の曲 ” ・・・

チェロの音色がやさしく会場を包み、そっと寄り添うピアノの音色・・・

たとえようもない美しい旋律が、静かに流れる中、除夜の鐘が厳かに・・・

こんな素敵な新年を迎えたのは、52年の演奏活動で初めてのことでした。

 

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ところは、東日本大震災・チャリティ・コンサートで、
とてもお世話になった、札幌市中央区のカフェ、 ” Lakura ” 。
大震災で被災された人達のために、
商売そっちのけで、会場を4回も無償提供してくれた太っ腹なママ・・・


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旦那は、どんなヤカラかよくわかりませんが、3人の子供たちは天使のよう・・・
オヤジに似たのか、オッカサンに似たのか???

小学校6年生の、知生幸(チウサ)ちゃん、 4年生の、蔵武(クロム)君、
2年生の、生匠(ウジョウ)君。

チビっ子3人衆の名前が、ユニークでよろしい・・・


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知生幸がクリスマス・イブにくれた手作りのカードには、

” これからもチェロがんばってね。 ” 

” 英順さんのチェロも、英順さんも大好き ” 

もったいないお言葉! 嬉しくて、涙がこぼれそう・・・


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知生幸は、体操の選手・・・

全道大会(全北海道)に個人で度々出場し、好成績も・・・
末は、オリンピック日本代表か・・・
夢はデッカイ方がいい・・・めざせ世界一・・・


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毎日チェロを弾いて、疲れるでしょ・・・と、手のひらをマッサージ・・・
生匠は、小さなかわいい手で肩揉みを・・・
気持ちのやさしい素敵な子たち・・・・・・

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蔵武は板を削って、僕の表札を作ってくれました。
そればかりではありません。 箸置きを作り、サイン入り・・・
英順の順が、漢字で書けないらしく、そこだけ、ひらがなで書いているのが、
なんとも可愛らしいです。 


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” Lakura " での、東日本大震災チャリティ・コンサートでは、
蔵武のリコーダーと ” もののけ姫 ” を共演したこともありました。 


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生匠は・・・
遠くから僕を見つけると、猛スピードで突進して来て猿のように僕に飛びつきます。
それがまた可愛くてたまらない・・・


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こんな可愛い子たちと新しい年を迎えることが出来て、
今年は、よい年になりそう・・・

つづく。

プロフィール

プロフィール

土田英順
つちだ・えいじゅん。日本フィル、新日本フィル、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン響およびボストン・ポップス響でも演奏。現在はソリストとして札幌を拠点に活躍するかたわら、2007年には役者デビュー。国内のみならず「春の夜想曲~菖蒲池の団欒~」では海外公演も果たす。73歳にして初めてパソコンを購入し、ブログの新世界で弓を引く。

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