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アテネの休日(39) <乗車時も、下車時も改札なし>

2011年10月31日

アテネの地下鉄は、安くて便利で毎日利用していました。

駅のホームには、ギリシャ語と、英語で駅名が表示されていますが、
行き先の表示は終点の駅名だけです。
いつも路線図を持って、車内で駅名を確認しながら行かないと、
目的の下車駅を通り過ぎてしまうこともあります。

運行時間は、05:00から24:00まで・・・
改札口はありません。

これはウイーンや、ロスアンゼルスと同じですね。

自販機でチケットを買い、ホームへ向かう途中に刻印機があります。
買ったチケットを差し込むと、
年月日、時間が打たれるので、それを下車するまで持っていればよいのです。

乗車時も、下車時も改札がないのですから、
チケットを買わなくてもホームに行く事は出来るし、乗車することも出来ます。

無賃乗車OK?

いやいや、そんなウマイ話はありません。
検札が抜き打ちであります。
無賃乗車がバレると、多額の罰金を取られるのです。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリテイ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月23日に更新しました。

アテネの休日(38) <アテネの地下鉄>

2011年10月30日

地下鉄の駅は、宿泊したホテルのすぐ近くで、とても便利でした。

アテネの主な公共交通機関は、地下鉄、市バス、ロータリー・バス、トラム(路面電車)、
郊外鉄道などです。

旅行者にとって、簡単に乗りこなせるのは地下鉄でしょう。
1日に2往復したこともあり、フル活用しました。

欧米の地下鉄料金は安くて気軽に利用出来ます。
アテネもまた然り・・・

始発駅から終点まで乗っても80セント(¥110、2006年)
3つある路線を何度乗り換えても80セント・・・

日本の地下鉄は、どうしてこんなに高いんでしょう?
札幌も・・・それでいて、大赤字とは・・・

3つの路線は、綠線、赤線、青線に色分けされているので、すぐに覚える事が出来ます。
ウイーン、ロスアンゼルスもそうでした。

札幌は?
東西線、南北線、東豊線」・・・

外国からの観光客にとっては、わかりにくいでしょう。
国際都市というなら、外国の人にもわかりやすいように路線名を色分けするとか、
数字、またはアルファベットにするとかしたらどうなんですかね・・・

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月23日に更新しました。

アテネの休日(37) <続シンタグマ・カフェのかわいい子>

2011年10月29日

シンタグマ広場のカフェ・・・

唐辛子をまぶした赤色がかったポテト・チップスはとてもおいしく、
残したものをホテルに持って帰りたいと、かわいいウエイトレスに頼みました。

「新しいのを持ってきてあげる。」

残したものでよいのに・・・そんな事をして、店のマスターに怒るられないのかな・・・

「Mr !」と声をかけ、彼女はテーブルの上に紙袋を置きました。

「エフファリストー(ありがとう)」

「バラカロー(どういたしまして)」

この「バラカロー」は、自分が言う時、「バカヤロー」と言いそうになり、
気をつけないといけません。

笑顔を絶やさず手際よく立ち働く彼女・・・
1ユーロ(¥140 2006年当時)チップをあげると、
顔をクシャクシャにして喜びました。

ギリシャ訪問から5年・・・深刻な財政危機に陥っている昨今のギリシャ・・・

10月21日の新聞報道で、追加緊縮策に抗議して、
国会議事堂前に4万人以上が集結し政府へ抗議の声を上げたとの事・・・

報道写真には、シンタグマ広場がバッチリと・・・
糸杉や、月桂樹の木が、5年間でずい分のびたなぁ・・・

のびた木の枝葉の陰になり、カフェは写っていませんが位置はわかります。

笑顔を絶やさなかった、あのやさしい彼女はどうしているかなぁ~

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月23日に更新しました。

アテネの休日(36) <シンタグマ・カフェのかわいい子>

2011年10月28日

アテネの中心に国会議事堂と向かい合うようにしてあるのが、「シンタグマ広場」・・・

シンタグマ・・・日本語で憲法・・・
1834年、ここで最初の憲法が発布されたため、このように呼ばれているのですね。

広場には、噴水があり、その回りを糸杉や月桂樹の木立が並んでいます。

広場の周囲は、車が途切れることなく流れ、
近代的な建物が並ぶ「現代アテネ」の中心地です。

僕は、この広場が好きで、毎日のようにここに立ち寄り、
水飲み場で喉をうるおし、ベンチに腰かけ、
一息ついてから次の観光場所へと向かっていました。

ここは、まさにアテネのヘソで、
地図にのっているアテネからギリシャ各地への距離は、
すべてこの広場から測られているそうです。

ある日、ランチでカフェに立ち寄りました。
かわいいウエイトレスに、「アムステル」というギリシャのおいしいビールと、
ミックス・サンドを頼みました。

付け合せには、2種類のポテト・チップスがついていました。
1つは、日本で食べるのと同じもの・・・
もう1つの方は、厚めにカットしてあり、とうがらしをまぶした味付けで、
赤色がかっていて、ビールやワインのツマミに「Very Good 」でした。

ところが、量が多く食べきれないので、
残ったポテト・チップスを、ホテルに持って帰りたい・・・
と、ウエイトレスに言うと彼女は・・・

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月23日に更新しました。 

アテネの休日(35) <酒の神、バッカス誕生秘話>

2011年10月27日

酒と演劇の神「ディオニソス」・・・英語名「バッカス」・・・

ディオニソスは、頭に蔦(つた)の冠や葡萄のつるをつけ、
豹か小鹿の皮を着て杖を持っている野生的で、激情的な神でした。

ゼウスが愛したセメレに嫉妬をした妻ヘラは、
ゼウスが本当の神かどうかを疑う心をセメレに植え付け、
ゼウスに「本性を見せて・・・」と頼むよう仕向けました。

セメレは、その通りゼウスに頼むと、ゼウスは仕方なく本来の雷の姿になったので、
人間のセメレは雷に打たれて焼け死んでしまいました。

彼女は、その時妊娠していたので、ゼウスは火だるまの彼女の腹の中から胎児を救い出し、
妻ヘラの目を欺くために、自分の太モモの中に縫いこんで月が落ちるまで待ちました。

そして生まれたのが、ディオニソス(バッカス)でした。

彼は、一度は母の胎内から・・・
二度目は父の体内から生まれたので「二度生まれたる者」と呼ばれました。

ゼウスは、妻ヘラの追及を逃れるため、生まれた子をトラキス山の妖精に預けました。
妖精に育てられたディオニソスは、葡萄の栽培と、ワインの製造法を伝えながら、
諸国を放浪し、ついに雷に打たれて死んだ母セメルの墓があるテーバイに着きました。

ディオニソスの功績は、神々に高く評価され、オリンポス12神に加えられると共に、
死んだ母セメルは地下から連れ出されて、神々と住む事になりました。

& ギリシャ神話にまつわるお話は、
 「地球の歩き方、ギリシャ、、、05~06」から引用しました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月23日に更新しました。

アテネの休日(34) <古代劇場と音楽堂>

2011年10月26日

アクロポリス、パルテノン神殿ほかを見学した帰り、
丘を下る途中の南側にある、古代劇場と音楽堂へ行って見ました。

その一つ、ディオニソス劇場・・・
酒と演劇の神「ディオニソス」・・・英語名「バッカス」・・・
古代アテネにあった唯一の劇場は現在、遺跡として残されているだけです。


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遺跡になっている劇場の石の座席に腰掛けて、
2,000年以上前の古代ギリシャの人々が、
ここで演劇を楽しんでいたことに思いをはせていると、時のたつのを忘れます。


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15,000人の観客を収容出来る劇場・・・
最前列は貴賓席・・・
改築されて、オリジナルの姿ではないのでしょうが・・・

今でも背もたれがある大理石の席が残されていました。

ここから、西に向かって丘を少し登ると「イロド・アティコス音楽堂」が・・・
この音楽堂は、夏の間には演劇、オペラ、コンサート、ギリシャ古典劇などが上演され、
現在も現役だそうです。


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スリバチを半分に切ったような音楽堂は、新しく石で作られた観客席と、
バック・ステージの古代遺跡とのコントラストが見事で思わず目をうばわれてしまいます。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月23日に更新しました。

アテネの休日(33) <ゼウスの浮気話、もう一つ>

2011年10月25日

オリンポス神の最高の神ゼウス、英語名「ジュピター」・・・

6人兄弟の末っ子で、お父さんのクロノスを王座から追い、
他の神々と戦って王位に・・・
雷電を武器ととする万能の神で、浮気っぽい・・・

前回に続いて、ゼウスの浮気話をもう一つ・・・

ゼウスが女神イオーを愛した事を知った妻のヘラは激怒し、
イオーを牝牛の姿に変えてしまいます。
イオーを見張るのは、身体中に目を持つ怪獣「アルゴス」・・・

しかしゼウスは、アルゴスを殺しイオーを解放します。

妻のヘラはそれを知り、さらにするどい復讐の矢を・・・

牝牛になったイオーは、耳の中に虻(あぶ)を入れられてしまい、
刺される痛みに苦しみ気が狂ってしまいます。

苦しみのあまり同じ場所に留まる事が出来なくなり、諸国を放浪することに・・・

ついに黒海と、エーゲ海の境にある海峡(ボスポラス海峡のことでしょう)を渡り、
アジアまで来てしまいました。

その後この海峡は、「牝牛の渡り」と呼ばれるようになりました。

最後は、エジプトまで行った彼女は、やっと元の姿にもどされ、
ゼウスに再び愛され、男の子を出産しました。

ギリシャ神話の神々・・・

浮気、嫉妬、怒り・・・神々の世界は、人間臭さを感じますね。

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ゼウス神殿の、人間を圧倒するような威厳のある景観を思い浮かべながら、
ゼウスの浮気話をご紹介しました。

& ギリシャ神話にまつわるお話は、
  「地球の歩き方、ギリシャ、、、05~06年」から引用しました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月23日に更新しました。

アテネの休日(32) <ゼウス神殿>

2011年10月24日

アテネ市内にある浮気の神様、「ゼウス神殿」にも行きました。


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神殿は、過去には計104もの石柱が並び、美しく威厳のある姿だったそうです。
しかし、そこには15本の石柱しか残っていませんでした。

15本でも、真っ青な空に突き刺さるように立っている柱を見ていると、
いにしえの姿が目に浮かび、圧倒するような威厳が今も残っています。

15本の中に、倒れた石柱が1本ありました。


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よく見ると、石を輪切りにしたものを重ねて作ってあることがわかります。

パルテノン神殿とほぼ同じ、10数mぐらいの高さでしょうか・・・


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写真:後方に見えるのはアクロポリス。ここにパルテノン神殿があります。


浮気の神様、ゼウスの浮気話を一つ・・・

ゼウスは、妻ヘラの目を盗んでおびただしい数の浮気をしました。
それに気づいたヘラの怒りは、すざまじいものでした。
ゼウスは最高の神であるため、ヘラの怒りは浮気相手に・・・

女神レトが妊娠したことを知ったヘラは、激しく嫉妬し、
彼女に出産する場所を与えてはならないと、全国に指令を出しました。

そこでゼウスは、エーゲ海の海中を漂っている浮島ディロス島を海上に引き上げ、
現在ある位置に固定して出産の場所を作りました。

レトは棕櫚の木(しゅろの木)にもたれて太陽の神アポロンと、
月と狩の女神、アルテミスの双子を産みました。
(しゅろの木・・ヤシ科の木。真っ直ぐ立ち枝がない。木のテッペンに大型の葉をつける。)

僕は、ディロス島には行きませんでしたが、島の面積わずか3,5平方km・・・
宿泊施設など一切なく、現在この島にある「聖なる湖」は、レトが出産した場所で、
湖の中央にある棕櫚の木は、この神話にちなんで植えられたものだそうです。

「聖なる湖」は、84~85年前にマラリア菌を持った蚊が発生したため埋め立てられ、
現在は水はなく、棕櫚の木が一本立っているだけだそうです。

& ギリシャ神話にまつわるお話は、
  「地球の歩き方、ギリシャ、、、05~06年」から引用しました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月23日に更新しました。

アテネの休日(31) <ポセイドン神殿>

2011年10月22日

スニオン岬の突端には、紀元前444年前に建てられた「ポセイドン神殿」があります。

英語で「Temple of Poseidon .」

ドリア式建造物・・・
石柱に縦に溝があるだけの何の飾りもない建造物の事です。
前にお伝えした、アクロポリスのパルテノン神殿もそうでした。

16本の白い大理石の柱は均整のとれた美しさで圧倒されてしまいます。


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「ポセイドン(英語名ネプチューン)」は、
ギリシャ神話の中で最高の神であり、万能の神であり、
浮気っぽい神、ゼウス(英語名ジュピター)のお兄さんです。

ポセイドンにまつわるギリシャ神話を一つ・・・


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ある時、町の守護神を決める事になりました。
名乗り出たのは、海の神「ポセイドン」と知恵の神「アテナ」でした。

二人の神は、住民達に贈り物をする事で、
自分が守護神になれるよう有利にしようと努めました。

「ポセイドン」は、三叉の鉾(槍とマサカリを兼ねたような武器)で、
岩を突き塩水を出し海を作り、
「アテナ」は、槍で大地を突くと、そこから実をつけたオリーブの木が・・・

住民は、海よりも町をうるおすオリーブの木を選んだため、「アテナ」に軍配が上がりました。

その後この地は、女神「アテナ」の名にちなんで「アテネ」と呼ばれるようになりました。

住民が、オリーブの木でなく、海を選んでいたら、
現在ギリシャの首都の名は「アテネ」ではなく、「ポセイドン」という事になりますね。

& ギリシャ神話にまつわるお話は、
 「地球の歩き方・ギリシャ、、、05~06年」から引用しました。


つづく。


PS・・東日本大震災チャリテイ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月16日に更新しました。

アテネの休日(30) <スニオン岬>

2011年10月21日

ツーチッカさんを乗せた観光バスは、
アテネの南東70km、アッティカ半島の先端にあるスニオン岬に向かって出発しました。

車内には、中国人の5人家族のほかは全部西洋人で、日本人は僕一人でした。
街を抜けて海岸線に出ると、右側がサロニコス湾で、
美しい海に心をうばわれ、気分が晴れ晴れとして来ます。

4月初旬というのに、海水浴を楽しんでいる人も・・・
湾の中には、数10隻のヨット・・・
紺碧の海に真っ白なヨットの帆・・・
見事に美しくマッチして、思わず目をうばわれました。

やがて目的地、「スニオン岬」に到着・・・


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ここで大切な事・・・

帰りの集合時間と集合場所です。
時間の事は英語で言われてもわかりますが、問題は集合場所です。

バスの駐車場の関係で、降りた場所と、乗る場所が変わることがあります。
降りた場所に決められた時間に行っても、バスは別の場所で待っていることもあるのです。
この時がそうでした。

出発時間少し前に降りた場所に行くと、バスはいない・・・
乗客もいない・・

変だぞ・・・
心細くなっていると、同じツアー参加の中国人の5人家族が僕の目の前をスタコラと・・
彼らは自信満々坂道を下って行きます。
ヨッシャ、こいつらのあとをついて行こう・・・

バスは、坂道の途中に待っていました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリテイ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月16日に更新しました。

アテネの休日(29) <MR ツーチッカ>

2011年10月20日

アテネの南東70km・・・
アッティカ半島を、右手にサロニコス湾を見ながら海岸線を南に向かい、
南端まで行くとそこにあるのが

「Cape Sounion 」・・・スニオン岬です。


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写真: スニオン岬で。

「スニオン岬半日観光」に申し込みました。
34ユーロ(¥4,760、2,006年現在)。

ガイドさんは、ギリシャ人で英語ガイドでした。
日本語ガイドを希望したのですが、日本語ガイドは料金が高く、
ツアーが2日か3日に1度しかないので都合が合いませんでした。

出発は、申込者の宿泊しているホテルに観光バスが回って来ると言うので、
言われた通り14:10にホテルのロビーで待っていると、
数分後、ずんぐり太った50才ぐらいの男が大声で誰かを呼んでいます。

近くへ行くと、

「MR ツーチッカ?」

「えっ?」

名前を言おうとするとまたもや、

「MR ツーチッカ ? 」

「My Name Is Tsuchida .」

彼は、持っていた参加者名簿をひろげて見せてくれました。
30名ぐらいの名前が書いてあり、その中間あたりを指差し、
ギョロリと僕を見つめ、
またまた「MR ツーチッカ?」

参加者名簿に書かれていた僕の名は、
「TSUCHIDA」の最後の2文字が「CA」になっていたのです。

え~い、ツベコベ面倒だ・・・
国境を超えるツアーじゃないし、パスポートを提示する場所があるわけじゃなし・・・

ツーチッカさんは、観光バスの車中の人となりました。

つづく。


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アテネの休日(28) <心温まる女性>

2011年10月19日

写真屋のデタラメ男・・・

トラブルの一部始終を知ったツアー会社の女性社員は、
早速写真屋へ行き、翌朝電話をくれました。

デタラメ男の言い分は、

「別の客に写真を間違えて渡してしまった・・・」

「カメラを失くした・・・」と言っていたくせに・・・

ウソの上塗り・・・バカにするにも程がある・・・
ハラワタが煮えくり返るようでした。

女性社員は、会社の上司に報告したそうです。

「1旅行者と写真屋のトラブルで、会社には関係ない。
この件にはタッチするな。手を引け。」

冷たいようですが、この指示は正しいのでしょう。

「会社としては、これ以上何も出来ません。個人としてお力になりたいと思います。
ツアーのお客さんには、教えるものではないのですが、
日本に帰ってからでも連絡出来るように、メールアドレスをお知らせしておきます。」


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写真: アテネの街。街の中にも遺跡が・・・後方に見えるのはアクロポリス。


帰国してから、メールのやりとりは1度だけでした。

「けい子さん、僕はもう写真をあきらめています。
悪夢のような、このことを早く忘れたいです。

心のキズが治ったら、今度はエーゲ海に浮かぶサントリーニ島に行き、
また船内でタンバリンを叩いて鳴らします。今度こそ写真を残しますよ。

アテネに行くことが決まったらメールしますね。
お会い出来たら、タベルナで思いっきりワインを飲みましょう。
ご親切は、一生忘れません。ありがとう。アディオ!」

つづく。


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10月16日に更新しました。

アテネの休日(27) <消えた写真は、どんな写真?>

2011年10月18日

この世から消え去ろうとしている僕にとっては貴重な写真・・・

1個の使い捨てカメラの中には、40枚の宝物のような写真が・・・

はじめてアテネの土を踏んだ翌朝、
オモニア広場で幼いかわいい男の子を抱きしめて写したツーショット・・・

シャッターを切ってくれたおばあさんが、

「この子にチップをあげて・・・」

50セントあげたら、坊やははにかみながら、

「エフファリストー(ありがとう)」・・・たまらなくかわいい坊やの表情・・・


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写真: アテネの街で。


「One Day クルーズ」の船内・・・

タンバリン奏者からタンバリンを横取りし、叩き、鳴らし、踊り、
船客から拍手喝采、握手攻め・・・
まるでギリシャのスターになったような写真・・・

弾き語りをやっていたギリシャの有名音楽家・・・

フロリダから来ていたヒスパニック系の人がよいオジサン・・・

タベルナで、7~8人のバンド・グループと写した写真・・・

肉屋ばかり10数軒の肉市場・・・
毛をむしられ、皮をはがされた1メートルぐらいの動物の死体が
丸ごと、どの店にもぶら下げてありましたが、あの動物は?・・・

何とも薄気味悪く、残酷です。
客の前で解体するのでしょうか?

動物は?
肉屋のオジサンに聞いてみましたが、ギリシャ語でわかりませんでした。
犬か、狼か、それとも羊?
それもカメラに収めたのに・・・

もうだめだろうな・・・
そう思いながらも、ツアー会社の親切な女性に一途の望みを託していました。

つづく。


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10月16日に更新しました。

アテネの休日(26) <堪忍袋の緒、キレまくる>

2011年10月17日

店に4回目に行った時、逃げ回っていた男はついに姿を現しました。

奥の席にいた彼に、

「貴様!こっちへ来い!」

と怒鳴り、目の前に来た時、平手でフロント・デスクを思いっきりバーンと叩きました。

剣幕に驚いたのか、彼はあやまりの一手・・・

「I ' m sorry No !!  失くしたなら見つかるまで探せ! 大事な写真なんだ!」

「同じカメラを・・・」

その言葉をさえぎり、「カメラはいらん!フィルムと写真を返せ!」

「探します。見つかったら電話します。」

電話番号を・・・と言うので、ホテル名と電話番号を彼に伝え、書かせました。

怒りが収まらない僕は、レシートを出してフロント・デスクの上に置き、
再び思いっきり平手でバ~ンと叩いて、レシートの余白の部分を指差し、

「オレは名前と電話番号をお前に教えた! だから、お前も名前と電話番号を書け!」

彼に名前と店の電話番号を書かせたのは、
ツアー会社に参加申し込みをした時の、日本人の女性社員に相談しようと思ったからです。

彼女の携帯に電話し、一部始終話すと、彼女は僕の心情を理解してくれました。

「100%だめと決まったわけじゃないんだから・・・
明日、私がそのカメラ屋に行って来てあげる・・・
会社には、ギリシャ人の同僚がいるから二人で行って来る・・・」

しかし、彼の嘘はさらに・・・

つづく。


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10月16日に更新しました。

アテネの休日(25) <現れた男>

2011年10月15日

写真のトラブルで、写真屋とシンタグマ広場のカフェを行ったり来たり・・・

カフェのかわいいウエイトレスには毎回チップをあげたので、彼女は僕をおぼえていました。

「ミスター、どうしたの? 3度もビールを飲みに来て・・・」

「写真のトラブルがあって、僕は怒っているんだ。
写真屋の店員は、僕のカメラを失くした、と言ってるんだ。」

「それ、ひどいわ。旅の写真は大切だもの。」

30分後4たび店に行きました。


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また同じ店員が応対しました。
僕は完全にキレて、いきなり怒鳴りました。

「彼はどこにいるんだ!!」

店員は、黙って店の奥を指しました。
奥のデスクには、あの男が・・・
なんという、無礼な不誠実なヤツ・・・

撮影したフィルムが入ったカメラを預かり、客は4度も店に足を運んでいるのに、
こっちを見もせずに奥のデスクに腰掛けたまま・・・

「おい貴様!こっちへ来い!」

店にいた3~4人のお客さんは、びっくり仰天・・・
東洋のオッサンが、ひどく興奮して怒ってるぞ・・・
何があったんだろう・・・

男は、席を立ちスゴスゴとこっちに来ました。

僕は、フロント・デスクを思いっきり平手でバーンと叩き、

「何やってんだ!オレはこの店に4回も来てるんだぞ。フィルムと写真を返せ!!」

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月11日に更新しました。

アテネの休日(24) <逃げ回る男>

2011年10月14日

写真屋の、とんでもない野郎は30分後店に来る・・・

怒りをおさめようと、再びシンタグマ広場のカフェでビール「アムステル」をグイグイ・・・

30分後ピッタリに店へ・・・

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応対に出たのは、またもやこの件に関係のない店員でした。

僕は、いきなり怒鳴りました。

「奴はどこだ!!」

「わからない。やはり彼はカメラを失くしてしまったらしい。
新しいコダックのカメラを差し上げるから・・と言っています。」

「NO!!!」と怒鳴り、

「オレが必要なのはカメラじゃない!フィルムと写真だ!」
「奴は30分後に来ると言ったじゃないか!うそつきめ!早く彼をここへ呼べ!!」

困りきった店員はおそるおそる言いました。

「30分後には彼を連れて来ます。本当です。」

「信じられん! おまえらは嘘つきだ! 今度いなかったら警察を呼ぶぞ!」
「奴はオレのカメラを盗んで逃げた・・・と言うぞ!!」

店員は蚊のなくような声で、「30分後に・・・」と。

同じ事の繰り返し・・・

逃げた男は、多分現像に失敗したのでしょう・・・
失くしたのなら、探すはず・・・
探しているから待ってくれ、とは1度も言いません。


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みたび、同じカフェに行き、またまたビール・・・

つづく。


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10月11日に更新しました。

アテネの休日(23) <とんでもない奴め!> 

2011年10月13日

写真は、約束した日時に店にない・・・

頼んだ男は店にいない・・・

別の店員が1時間後に来てくれと・・・

1時間後、再び店に行くとカメラを預けた男はまだいません。

「おい!一体どうなってんだ?」

「彼に連絡がとれました。彼はカメラを失くしてしまった、と言っています。」

「何だと?失くしただと?」

店員は、I ' m sorry を連発し、

「預かったカメラと、同じカメラを差し上げます。」

僕は、グングン頭に血が上って行くのがわかりました。キレル一歩手前だな・・・

「カメラを預かった男はどこにいるんだ! 彼をすぐここに呼べ!!」
「月曜日の12時というから、オレはその通りここに来た! なのに彼はいない!」

「・・・」

「お前が1時間後に、というからその通り来た! でも、彼はまだいない!!」
「すぐ電話しろ! 彼をここに呼べ!!」

この一件には関係がない気の毒な店員は、オロオロしながら受話器をとり二言三言・・・

「30分後に彼はここに来ます。」

「Is it true? 本当か?」

「Yes.」

「Sure? 確かか?」

「Yes.」

「Half Hour Later ! OK? 30分後だぞ!! いいな!!」

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月11日に更新しました。

アテネの休日(22) <旅の写真>

2011年10月12日

旅の写真は、貴重ですね。

旅を終えて帰国後に見る写真は楽しく、感慨深いものです。

出発時、成田空港内の店で40枚撮りの使い捨てカメラを2個買いました。
1個目は、到着した翌日にアテネ市内をぶらついた時と、
翌々日のエーゲ海クルーズの船内で撮りきってしまいました。

撮りきると早く見たいのが人情です。
土曜日の夕方、アテネのヘソ、シンタグマ広場の近くを歩いていると、
コダックのカメラ屋がありました。

店内にいた若い男に頼むと、仕上がりは月曜日の12時とのこと・・・

約束の日時にワクワク気分でその店に・・・

店には、土曜日の夕方いた男とは別の男がいました。

レシートを見せ名前を言うと、写真をさがしていましたが、

「ここにはない。」

「えっ、月曜日の12時に、と約束したよ。もう12時を過ぎてるよ。」

「自分にはわからない。どういう感じの人に頼んだの?」

「若い男で、眼鏡をかけ、髭を少しはやしていたよ。」

「わかった。彼に電話して見よう。」

電話は、二言、三言で終わりました。

「彼には連絡がつかない。1時間後にもう1度来て下さい。」

まぁ仕方がない。
シンタグマ広場のカフェで、ギリシャのビール「アムステル」を飲むことにしました。

1時間後に行って見ると・・・

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月11日に更新しました。

アテネの休日(21) <おいてきぼりに・・・>

2011年10月10日

「エーゲ海 One Day クルーズ」は、3つ目、最後の島「エギナ島」へ向かいました。

この島は、アテネ・ピレウス港から30km・・・
この日行った3島の中で、ピレウス港に1番近い所にあり、
人口は14,000人・・・3島の中では1番人口が多い島です。

デッキでコーヒーを飲みながら、
エーゲ海の島々の例えようもない美しい景観に見とれているうちに、眠り込んでしまいました。

目が覚めた時、船内には誰もいませんでした。

このエギナ島では、バスで島の中を巡る2時間の観光ツアーに申し込んでいて、
参加料の20ユーロ(2,800円)は、支払い済みでした。

バスは、船を降りた所で待っているという約束でしたが、
行って見るとバスも人影もなく、おいてきぼりに・・・


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がっかりしていると、船長さんにバッタリ会いました。

「どうしてバス観光に行かないの?」

「眠っちゃたんだよ。」

船長さんは、気の毒そうな顔をして、次の出航時間を教えてくれました。

情けない思いで港付近をぶらつくと、そこには、屋台、お土産店、
少しはなれたところには魚市場、安いシーフードが主なメニューの「タベルナ」が・・・、

美しい港の景観を眺めながら、タコの塩焼きをツマミにビールをグイっと一杯・・・

船は、やがてアテネ・ピレウス港に向かい帰路に着きました。

美しいポロス、イドラ、エギナ・・・島々の美しい風景・・・小魚が泳ぐ透き通る海・・・

ヒスパニック系のオジサン・・・ボインちゃんとスラリちゃん・・・タンバリン・・・

どれもこれもすばらしい出会いでした。


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また行きたい・・・またみんなに会いたい・・・

たくさん、たくさんありがとう。すてきな思い出をありがとう・・・

アディオ!・アディオ!・アディオ!

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月2日に更新しました。

アテネの休日(20) <ロバ>

2011年10月07日

エーゲ海クルーズ・・・

ポロス島を出航し、2つ目の島、イドラ島に寄港しました。
この島は、この船が訪れる3つの島の中で、アテネのピレウス港から1番遠い所にあります。

ピレウス港から70km、島の東西20km、南北5kmの細長い島です。
人口2,800人・・・

車やバイクの乗り入れを一切禁止していて、交通は自転車とロバだけ・・・

波止場には、観光客用のロバが数頭つながれていて、
その近くで、中年の男性が大きな声を張り上げていました。

「10 Minute ,10 Euro. 10 Minute 10 Euro !」

ロバに乗って遊ぶのは、10分で1,400円・・・


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ロバの背でポコポコ揺られていると、うしろから「ハロー ミスター!」


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黄色い声は、ボインちゃんとスラリちゃんで、
ロバに乗って僕のあとをついて来るではありませんか・・・

曲がり角で、身体が傾いて落ちそうになると、キャーキャー言って喜んでいます。

「大丈夫かぁ~」「オーケー オーケー!」と、言いながら再びキャーキャー言っています。


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女の子はどこの国でも同じですね。

時刻は午後2時・・・
照りつける太陽で、アタマのテッペンがジリジリ焼けつくようなので、
ブティックで黒の帽子を買いました。


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上から下まで全部黒・・・
腰に2丁拳銃を着ければ、マカロニ・ウエスタンの殺し屋のスタイルになりました。


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つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月2日に更新しました。

アテネの休日(19) <ボインちゃんとスラリちゃん>

2011年10月06日

クルーズ船内でランチ・・・

5人掛けのテーブルに一人で座っていると、「ハロー・ミスター」と、かわいい声が・・・

2人の若い女性でした。

「ミスター、ここに座っていい?」

1人は、ボインちゃんのスペイン美人・・・
もう1人は、スラリとしたロシア美人・・・


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写真左:ロシア美人。 右:スペイン美人。 名前は聞きませんでした。


ほかの2席には、カナダからの旅行者、若い夫婦が着席し、
スペイン、ロシア、カナダ、日本・・・5人でテーブルを囲みました。

「どこから来たの?」 「1人で?」

初対面の人に必ず聞かれるのは、この2つです。
一人旅をする人が少なく、めずらしいのでしょう。

白ワインのハーフ・ボトルをオーダーすると、
ボインちゃんも、スラリちゃんも負けじとグラス・ワインを注文しました。

日本だったら、「昼間から飲んで何さ!」なんて、にらまれそうですが、
こういうところは外国がいいですね。

食事は、人生の楽しみの中でも最も大きな楽しみの一つ・・・
ビールやワインのない食事は、何と味気のない食事でしょう・・・
「酒を飲む」という感覚ではなく、ビールもワインも料理の一部なのです。

食後一息ついていると、船は2つ目の島、イドラ島に着きました。

僕はこの島で、人生初体験を・・・

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月2日更新しました。

アテネの休日(18) <ポロス島上陸>

2011年10月05日

「英順・タンバリン奏者に変身」・・・

ダンスに興じる船客・・・

クラビノーバを弾きながら歌う、ギリシャの有名音楽家・・・

タンバリンを横取りして叩き、鳴らす、ヘンな日本人・・・

これが大好評で、大勢の船客から握手を求められました。

こうして、船内で楽しんでいるうちに3島巡りの最初の寄港地、ポロス島に着きました。
素朴な漁村の風景が美しいポロス島・・・


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船の出航時間までは自由行動です。

フロリダから来たヒスパニック系のオジサンは、
腕時計の時刻を11時40分に設定し、

「この時間までに港に戻って来るんだよ。」

次に時計の針を5分進め、「この時間には船はもういないよ。」

ユーモアある心遣い・・・嬉しいものですね。

ポロス島・・・東西10km弱・・・人口4,000人・・・小さな島です。


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小さな島ながら、ホテル、病院、スーパーマーケット、カフェ、学校、映画館、博物館、
郵便局、薬局、それに美しいビーチ、バスも走っていておまけに旅行会社もあり、
ツアーの申し込みも出来ます。

きびしい教育や、訓練に使われる言葉、「スパルタ」・・・
このスパルタの町があるペロポネソス半島が対岸にあり、
ガラタという町が見え、ゆったり旅を楽しむには、なかなかよい所です。

出航時間になり、船に戻るとテーブルが並べてありました。

ランチです。

僕は一人なので、5人掛けのテーブルの角の席に座っていると、

「ハロー ミスター」と、かわいい声が・・・

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月2日に更新しました。

アテネの休日(17) <英順・タンバリン奏者に変身>

2011年10月04日

「エーゲ海One Day クルーズ」・・・

アテネのピレウス港を出航し、最初の寄港地ポロス島へ向かうクルーズ船・・・

船内では、退屈しのぎにダンスの指導がはじまり、
ダンスに参加する人が集まって来て、賑やかになりました。

30才代の男性ミュージシャンが、日本製のクラビノーバを弾きながら歌を歌い、
リズムは録音したテープをかけ、
それに合わせて一人の奏者がタンバリンを叩いていました。

クラビノーバを弾きながら歌う弾き語り・・・
この人は、ギリシャでは有名な音楽家なのだそうで、
民謡風の音楽を次々に歌い、船内のお客さんを楽しませていました。

僕は日本を離れ、チェロからも離れ、体内にいる音楽の虫は眠っていましたが、
目の前で生演奏がはじまり、体内の虫は目を覚まし、あばれ始めました。

そこで、お客さんをかきわけるようにして舞台へ上がり、
タンバリン奏者に、僕にやらせてほしいと頼みました。

タンバリン奏者は快諾し、即座にタンバリンを渡してくれたので、
僕は踊りながらタンバリンを思う存分叩き、鳴らしました。

歌っているギリシャの有名な音楽家は、僕が作るリズムが気に入ったらしく、
歌いながら僕に笑顔を向けてくれ、満足そうでした。

船内のお客さんは、突然ヘンな日本人が飛び入り参加したのが面白かったらしく、
たくさんのお客さんが僕にカメラを向け、次々に握手を求めて来ました。

突然ギリシャのスターになったようで、まんざらでもない気分でした。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月2日に更新しました。

アテネの休日(16) <ヒスパニック>

2011年10月03日

「One Day クルーズ」の船内・・・

同席したオジサンは、スペイン→コロンビア→フロリダへ・・・

オジサンいわく・・・

「コロンビアは貧しくて食えないんだよ。」

コロンビア出身で、アメリカのメジャー・リーグを代表する高額年俸の選手のコメント・・・

「3年前、自分はコロンビアのバス停の木陰で15セントのバス代もなく、
腹をすかして座り込んでいるしかなかった・・・」

この選手、今やメジャー・リーグで使いきれないほどのお金を稼ぎ、
祖国の病院や、学校の建設に協力を惜しまないそうですから、
アメリカという国は、実力とチャンスがあれば夢が現実になる国でもあるのですね。

ニューヨークで出会った、ヴェネゼラから来たという白タクの運ちゃん・・・

エーゲ海、「One Day クルーズ」の船内で出会ったコロンビアから来たというオジサン・・・

二人に共通しているのは、英語がうまくない・・・

英語を話す事でアメリカ社会にとけこもうとした他の民族とは対照的に、
英語を解せず、スペイン語しか用いない人々・・・

ヒスパニックです。

フロリダ州・マイアミのように、ヒスパニック系の住民が黒人を上回っている所では、
両者の対立が激化していて、新たな人種問題になっているようです。

(このブログの一部は、「現代用語の基礎知識・1995」を、参考にしました。)

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
10月2日に更新しました。

アテネの休日(15) <二人の移民>

2011年10月01日

エーゲ海の島巡り、「One Day クルーズ」・・・

ツアー参加料は、88ユーロ(約 ¥12、300・2,006年当時)

クルーズ船「ジョーンズ号」は、美しい朝日をあびながらピレウス港を静かに出航しました。

景色は、あまりにも美しく、船室にいるのはもったいないので、
甲板のベンチで景観を満喫していました。

しばらくすると寒くなって来たので船室に入り、温かいコーヒーを飲む事にしました。

船室の席は満席状態でしたが、根気よくあいた席を捜していると、
4人用の席に1人で座っている初老の紳士が・・・

「May I Join you ?」

「Sure . 」

彼は合席を心よく受けてくれ、持っていた島巡りのパンフレットを手渡してくれました。


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写真: 船室でやっと見つけた空席。
    初老の紳士は、カメラを向けられると、何故か席をはずしてしまいました。


「どこからきたの?」

「日本からだよ。あなたは?」

「フロリダからだよ。私の祖国はスペインなんだ。
スペインからコロンビアへ行き、今はフロリダに住んでいるんだよ。」

「コロンビア! 南アメリカの?」

「そうだよ。よく知っているね。」

「どうしてコロンビアからフロリダへ?」

「コロンビアは貧しくて、食えないんだよ。」

そう言えば・・・

「ニューヨーク・一人旅」 帰国の日・・・

マンハッタンからケネディ空港へ・・・
ホテルが呼んでくれた白タクの運転手は、
スペインから南アメリカのヴェネゼラへ・・・ヴェネゼラからニューヨークへ・・・

「ヴェネゼラは貧しくて食えないんだよ。」

船室にいた初老の紳士は、コロンビアからフロリダへ・・・

二人に共通していたのは、英語がうまくない事でした。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
9月27日に更新しました。


プロフィール

プロフィール

土田英順
つちだ・えいじゅん。日本フィル、新日本フィル、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン響およびボストン・ポップス響でも演奏。現在はソリストとして札幌を拠点に活躍するかたわら、2007年には役者デビュー。国内のみならず「春の夜想曲~菖蒲池の団欒~」では海外公演も果たす。73歳にして初めてパソコンを購入し、ブログの新世界で弓を引く。

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