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ニューヨーク・一人旅(48) <大蛇と騎馬警官>

2011年08月29日

深夜のブロード・ウェイ・・・

西54丁目のブロード・ウェイ・カフェで一杯ひっかけて出かけて見ると、
この日も人の波・・・

ん? なになに? 

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お兄さんが、ニヤニヤしながら首に巻いているのは、巨大な黄色いニシキヘビです。

ヘビにさわった人は、チップを・・・
えっ? 僕? ヘビに? と、と、、とんでもない・・・さわれませんでした。

後方にはBest Musical 「Winner」を上演中の劇場が・・・

下の写真、暗くてわかりにくいですが・・・

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立派な栗毛の馬に乗っているのは、パトロール中の騎馬警官です。

赤信号を無視して横断歩道を渡る、マナーの悪い多くの歩行者・・・
けたたましいクラクションを鳴らし、
歩行者を蹴散らすように交差点に突っ込んで来るドライバー・・・

我関せずと、かっ歩する馬上の警官・・・

これも深夜のブロード・ウェイの風物詩なのです。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月27日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(47) <MSG>

2011年08月28日

「マディソン・スクェア・ガーデン」

NBA(全米プロ・バスケット・ボール協会)のニックス、
NHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)のレンジャーズの本拠地で、
”MSG”の愛称で親しまれている屋内スポーツ施設・・・

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バスケット・ボール、アイス・ホッケーのほか、
プロレス、ボクシングなどの室内競技、ドッグ・ショー、ロデオ・ショウ、
僕が行った時はサーカスをやっていました。

また、エルビス・プレスリー、ジョン・レノン、マイケル・ジャクソンらの、
ビッグ・イベントにも使われ、
約2万人が収容出来るマンハッタン最大の屋内アリーナです。

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地下に下りると、アムトラック・ロング・アイランド鉄道(LIRR)、
ニュー・ジャージー・トランジットの通勤列車が発着するペンシルヴェニア駅、
(通称Penn Station)があり、
その駅には、地下鉄が7路線も乗り入れているので便利です。

場所は、マンハッタン・ミッド・タウン、7番街西34丁目・・・
僕が宿泊していたホテルは、ブロード・ウェイ西54丁目・・・

20丁歩いて行きました。

しかし、数日後、市内観光ツアーに参加した時、
「危険なので、夜は歩いて帰らない方がよい・・・」
と、ガイドさんに言われてしまいました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月27日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(46) <ライオン・キング>

2011年08月26日

ディズニーのブロード・ウェイ初進出となった作品、「美女と野獣」・・・

それに続く第2弾、「ライオン・キング」・・・

ディズニーがブロード・ウェイに進出したことは、
アメリカのミュージカル史において大事件なのだそうです。

大人たちの遊び場だったブロード・ウェイ・・・

そこへディズニーの、ファミリー・ミュージカルの大々的な進出で、
子供たちが新しい観客層となったのです。

ブロード・ウェイ界隈の治安が、飛躍的に改善されたのは、
家族が安心して劇場街へ足を運べるように・・・
という、ディズニー側の市への要請が実ったからだと言われています。

数日前に前売りチケットを買いに行くと、窓口のオジサンが、

「あなたはラッキーだ。これが最後の1枚だよ。」

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写真: ライオン・キングのパンフレット。


席は、舞台に向かって1番左の端で、前から15列目ぐらいの席でした。

開演直後、観客席に大きなどよめきが起きました。
作り物の巨象が、観客席後方の扉から舞台に向かって入場してきたのです。

百獣の王、ライオンが頂点に立つアフリカが舞台のミュージカル・・・

叔父・スカーの策略で、父王・ムファサを殺されてしまった仔ライオン・シンバ・・・
シンバが成長し、復讐するまでを描いた感動的な作品です。

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写真: 劇場内で購入したライオン・キングのプログラムの1部。


音楽は、エルトン・ジョン・・・これが、すばらしくてたまりません。

全20曲のうち、「サークル オブ ライフ 」「お前の中に生きている」「ハクナ・マタタ」
「終わりなき夜」「愛を感じて」が特によく、
中でも、幕開けの音楽「サークル・オブ・ライフ」は、
アフリカ的なリズム・ビートで、広大なサバンナにいるかのような錯覚を起こし、
とても言葉では言い表すことの出来ない感動に、打ちひしがれてしまいました。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(45) <美女と野獣>

2011年08月24日

ディズニーのブロード・ウェイ初登場となった作品・・・

記念すべき、人気のファミリー・ミュージカル、「美女と野獣」・・・

数日前に前売りチケットを買い、日曜日の午後の公演に行きました。

開演30分ぐらい前に劇場に着くと、引率者と共に大勢の子供たちが並んでいました。
学校の授業の一環、「芸術鑑賞」のようです。

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写真: 中央の黒い建物が、「美女と野獣」を上演していた劇場。


この公演は、一般客にもチケットを販売し、子供たちと一緒に鑑賞する事が出来ます。

僕も、「芸術鑑賞」の一員になりました。

劇場に入り、開演を待つ間、うるさい事・ウルサイこと・・・
こりゃ参ったな、と思っても、どうにもなりません。

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写真: 美女と野獣のパンフレット。


しかし、ドラマが始まると静かになりました。

わかりやすいストーリー・・・

魔法使いに野獣にされてしまう王子様・・・

森の中で道に迷い、狼に襲われた可憐な街娘を助ける野獣・・・

怪我をした野獣の傷の手当てをする街娘・・・街娘と野獣の愛・・・

レーザー光線や花火・・・

こうした舞台に子供たちは、惹きつけられたのでしょう。

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写真: 当日劇場で購入した、美女と野獣のプログラム。


幕が降り、カーテン・コールになると、役者が次々挨拶に舞台に登場します。
悪役を演じた名優が登場すると、
子供たちから、一斉にブーイングが起き、これには苦笑してしまいました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(44) <続・オペラ座の怪人>       

2011年08月23日

ガストン・ルルーの古典小説を題材にしたミュージカル、「オペラ座の怪人」・・・

パリのオペラ座の地下に隠れ住む仮面の男が、
若いソプラノ歌手に想いを寄せる愛を描いた作品です。

このミュージカルが、それまでロングラン記録を保持していた「キャッツ」を抜き、
ブロード・ウェイ最多上演記録を更新しました。

2006年1月9日・・・上演回数7,486回・・・

ブロード・ウェイ・デビューは1988年・・・

(初演はロンドン・1986年)

更新まで18年間の記録です。

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写真: この劇場で驚異的なロングランを続けました。


18年間、毎日上演を続けていても、18年×365日・・・6,570回・・・

なのに、7,486回・・・916回の差は?

これは、殺到する観客を、さばききれず、休みなしで昼夜2公演も、行ったからでしょう。

2006年1月現在で、総入場者数1,100万人・・・
興行収入は、ブロード・ウェイ史上最高の6億ドル・・・(約700億円・2006年現在)
(2006年1月の毎日新聞より)

リピーターも多く、アメリカ国内はもとより、
海外からの観光客の多くが、この劇場に立ち寄っているのでしょう。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(43) <オペラ座の怪人>

2011年08月21日

ブロード・ウェイ・ミュージカル・・・

ニューヨークで生まれ育った芸術・・・

タイムズ・スクェア周辺の8ブロックには、劇場が35軒も・・・

特に、ブロード・ウェイ44丁目~45丁目付近に多く、賑やかです。

ほか、オフ・ブロード・ウェイと呼ばれる500席以下の中劇場と、
オフ・オフ・ブロード・ウェイと呼ばれる100席以下の小劇場・・・

オフ・オフは、劇場と言っても、廃校になった学校の一室、
あるいは、教会、レストランなど、いろいろな場所で上演されています。

その数、全部でおよそ500・・・(2003年頃の毎日新聞より)

はじめて観たミュージカルが「オペラ座の怪人」で、
ところは、ロンドンのテームズ川に近いウェスト・エンド・・・

大感激したので、ブロードウェイで、これを観ずに帰国するわけにはいきません。

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写真: ブロード・ウェイ。 中央やや上部にオペラ座の怪人の広告が・・・


オペラ座の怪人・・・札幌では、JRタワーで映画で観ました。

ロンドン・ウェスト・エンド、ニューヨーク・ブロード・ウェイ、サッポロでの映画・・・

どれもこれもすばらしく、甲乙つけ難い内容ですが、同じ物語、同じ音楽でも、
演出によって、ずい分変わるものですね。
同じ作品を見比べ、聴き比べするのも楽しいものです。

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写真: ブロード・ウェイ。 「MAMMA MIA!」を上演中の劇場。


「オペラ座の怪人」は、
2006年1月9日、ニューヨーク・ブロード・ウェイでの上演回数が7,486回となり、
これまでロングラン記録を保持していた「キャッツ」を抜いて、
ブロード・ウェイ最多上演記録を更新したのです。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(42) <セントラル・パーク> 

2011年08月20日

「夜のない街」・・・
ノッポ・ビルがニョキニョキ・・・「緑のない街」と言われたニューヨーク・・・

東西3km・南北24kmの細長いマンハッタンに、
市民の憩いの場となる公園を作ろうというアイディアが、
ジャーナリストたちによって発表されたのは、1844年のことだそうです。
(2003年発行、個人旅行「ニューヨーク」より)

この公園は、59丁目から110丁目まで続く
東西800m、南北4kmもある広大な公園です。

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東側が5番街、西側が8番街になり、この西側をウエスト・サイドと呼ぶのですが、
バーンスタインの音楽で有名になった「ウエスト・サイド・ストーリー」は、
ここの事ではなく、南に下ったダウン・タウンを舞台にしたものです。

以外なことに、公園内には車道があり、車が走行しています。

主に観光客を対象にした馬車もあり、これはよいと思うのですが、車はいただけません。

ほか、公園内にはメトロポリタン美術館、動物園、子供動物園、野外音楽堂、
岩山あり、坂ありの大公園です。

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僕が訪れた4月はまだ緑はほとんどなく、
5月になったら、新緑の楽園となり美しいのでしょう。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(41) <続・自由の女神>

2011年08月19日

アメリカを象徴する巨大な像、「自由の女神」。

アメリカで作られたものと思いきや、
アメリカの独立100周年(1,876年)を記念して、
フランスから送られたものだそうです。

パリの公園で見かけた、台座の上に乗った「自由の女神」は、
わずか1mぐらいの小さな像でした。

こちら、ニューヨーク・リバティ島の像は、身長46m・・・

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写真: ん??? 勿論これは偽者です。


アメリカに来て、すでに一世紀を越え、1986年には100周年を記念して、
お色直しを行ったそうです。

結婚披露宴で、身長1m数10cmの花嫁が行うお色直しと違い、
46mの大女のお色直しですから、さぞや大変だった事でしょう。

大女の台座の部分は、10階建てで、
167の階段があり、エレベーターでも昇れます。

2階の部分は、「女神博物館」になっていて、
台座の最上部・・・ここは、女神の足元になるわけですが、
ここから、さらに168段のらせん階段があり、
これを昇ると、冠の部分まで行くことが出来、そこには展望台があります。

高所恐怖症の僕には、全く縁のない話です。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(40) <自由の女神>

2011年08月17日

右手には、世界を照らす聖火を高々と・・・

左手には、アメリカ合州国の独立宣言書を・・・

アメリカの象徴的存在、「自由の女神」。

グラウンド・ゼロに近い、バッテリー・パークのフェリー乗り場から、
15分ぐらい行くとリバティ島に着き、
この像は、その島から世界を見つめ続けています。

フェリー乗り場のX線のセキュリティ・チェックはきびしく、テロが起きたあとしばらくは、
パスポートなど、写真付の身分証明書を提示しないと、フェリーに乗れなかったそうです。

僕が行った時は、テロ後、1年7ヵ月経っていたので、
その必要は、ありませんでした。

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写真: バッテリー・パークのフェリー乗り場からリバティ島へ。

クレジット・カート1枚でも、探知機は反応するので、
ズボンのベルトも外し、脱いだコートと一緒に探知機にかけられます。

ベルトをつけたまま機械の中を通ると、ベルトについている金属が反応するので、
そこでベルトを外して、もう一度やり直す事になります。

大勢の人が集まる所なので、いちいちやり直していると、
探知機の所で人が渋滞してしまうので、はじめから外すわけです。

ダブダブのズボンを履いている人は、手でズボンをしっかりつかんでいないと、
公衆の面前でズボンがストンと落ちてしまいますから、
そんなことになったら大変です。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月12日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(39) <9・11のヒーローたち>

2011年08月13日

「子供を亡くした心の痛みを表す言葉などはない!」

同時多発テロの追悼式典で、
当時のブルーム・バーグ、ニューヨーク市長が遺族をいたわり挨拶した言葉です。

世界貿易センター・ビルの崩壊で、子供や孫を失った親・祖父母約200人が、
この日までに死亡が確認された2,749人の犠牲者の名を2人1組で次々に読み上げると、
集まった人々は、「あなたに会いたい・・・あなたが恋しい・・・」
と、とどめもなく涙を流したのです。

日本人の犠牲者4人の家族、11人も参列し黙祷をささげました。

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テロの跡地、グラウンド・ゼロに行って見ると、
そこは金網で囲まれていて、中では工事車両を駆使し、
復興に向けて黙々と働いている人達が目につきました。

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そして、グラウンド・ゼロの一角には、
亡くなられた方、2,749人の名前が黒い大理石のボードに彫られ、飾られていました。

永遠に名を残し犠牲者を称えるボード・・・

それには、「The Hero' s of September 11th 2001 .」と書かれていました。

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写真: 横に長い黒い大理石に、ヒーローたちの名前が彫られています。


つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月12日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(38) <グラウンド・ゼロ>

2011年08月11日

2001年9月11日に起きた、同時多発テロ・・・

国連本部を見学したあと、テロで爆破された跡地、グラウンド・ゼロに向かうため、
国連本部最寄りの地下鉄駅から、地下鉄を乗り継ぎ、
ワールド・トレド・センター駅の近くにある目的地に着いたのは夕刻でした。

この場所は、マンハッタンのダウンタウンの南のはずれにあり、
ハドソン川、そして「自由の女神」があるリバティ島に行く、
フェリーの乗り場にも比較的近い所です。

テロが起きた日・・・

僕はその日、札幌コンサート・ホール「キタラ」で、コンサートをやっていました。

「バッハの夕べ」・・・

プログラムのバッハは滞りなく終了し、
アンコールに、弦楽合奏をバックに「鳥の歌」を弾きました。

巨匠カザルスが、1971年、国連本部で世界平和を訴えて弾いた、「鳥の歌」・・・
カザルスの演奏で、世界的に知られるようになった、
平和への願いを込めた祈りの曲、「鳥の歌」・・・

僕もこの曲を、平和への願いを込めて弾きました。

曲が終わり、満席のお客様の温かい拍手に送られて控室に戻ると、
時刻はちょうど21:00でした。

その46分後に大事件が起きたのです。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(37) <総延長距離・1,050km>

2011年08月10日

網の目のようになっている地下鉄が、
ニューヨークに登場したのは、1904年のことだそうです。

路線の数25・・・その総延長距離は、1,050km・・・
札幌から東京ぐらいになりますね。

駅の総数468・・・

料金$1,50均一。(2003年現在)

各駅停車と急行があり、ほとんどの路線が24時間運行・・・

路線名・・・

アルファベッド路線(A~Z線)・・・
番号路線(1~9線)・・・

安くて、それほど待たずに乗れて便利です。
市内地図と、地下鉄の路線図を持っていれば、まず迷子になる事はありません。

国連本部を見学した後、どこで間違えたのか、
来た時とは違う、別の地下鉄駅に来てしまいました。
1駅行くと、乗客は全員降りてしまい、別の乗客がドアドヤ乗って来ました。

次に停車すると、同じ事が起きました。

この路線は、S線といって二つの駅を行ったり来たりしている路線でした。

このあと僕は地下鉄を乗り換え、
9:11・同時多発テロの跡地、グラウンド・ゼロへ向かいました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(36) <仰向けになった怪獣>

2011年08月09日

国連本部の入口で、X線のきびしいセキュリティ・チェックを受け、
中に入ったら、ガイド・ツアーに参加して館内を巡るか、
地下1階のショップを覗くか・・・
と、いったところでしょうか・・・


地下のショップ街には、各国の民芸品・・・
国連グッズ・・・
ここの郵便局でしか手に入れることが出来ない国連切手・・・
など、価値あるものがそろっています。

ショッピングを楽しみ外に出ると、
仰向けになったグロテスクな怪獣の腹の上に乗り、
馬上で槍をかかげた騎士の像が目にとまりました。

この怪獣は核弾頭を表していて、馬上の正義の騎士が槍で怪獣の腹を突き、
核弾頭を粉砕するのを表し、世界中の核廃絶を願う像なのです。

この像は、アメリカと旧ソ連が作ったものなので、
世界を小バカにしたような話です。

そのほか、宇宙船「アポロ」で月面着陸し、
宇宙飛行士が地球に持ち帰った「月の石」も入口付近に設置されているので、
見る事が出来ます。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(35) <不世出のチェリスト>

2011年08月08日

20世紀最大の芸術家・・・終生変わらぬ平和主義者・・・

スペイン生まれの巨匠、パブロ・カザルスは、
国連本部のコンサートで、1958年、63年、71年の3回演奏し、
71年のコンサートは、テレビ中継されたこともあり、世界の人達に感銘を与えました。

カザルス94才。

居並ぶ世界の高官たちに向かって語り始めました。

「私にとって、平和はいつも大きな感心事です。
私の故郷、カタロニア地方の小鳥たちは、ピース(平和)・ピース・ピースとさえずります。」

右手を下から振り上げるようにして、ピース・ピースと3回叫ぶ姿は強烈な印象でした。

平和への一途な思い・・・憂いのある「鳥の歌」は、世界に大きな感銘を与えたのです。

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写真: 国連本部のロビーに飾られた、歴代の国連事務総長。


カザルスの思いとは裏腹に、スペインは、内戦後にフランコ政権が誕生・・・
これに反対するカザルスは、「自由で民主的な政権が出来るまで、祖国には帰らない。」
と宣言し、39年、63才の時、南仏のプラードに亡命します。

そして、96才で、母の生地・中米プエルトリコで亡くなるまで、
二度と祖国の土を踏むことはありませんでした。

終生変わらぬ平和主義者、パブロ・カザルス・・・

「平和か、核戦争か?」と、演説した友人のシュバイツァーと二人で、
アメリカとソ連に核実験の禁止と、軍備拡張競争の中止を呼びかけています。

それは、1958年、半世紀以上も前の事でした。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
8月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(34) <夜のない街>

2011年08月06日

国連加盟国191・・・

国連本部があるニューヨークには、194ヵ国の人々が住んでいます。
加盟していない3ヵ国の人もいるわけです。

人口800万人。(2003年現在)

そのうち、約10%の79万人がアジアの国々の人です。

一番多いのは、中国人・・・
次は、インド人・・・
韓国人、日本人と続くようです。

194ヵ国もの人が住んでいるのですから、そこには各国それぞれのエリアがあり、
そのエリアを全部回ると、世界旅行をしているようなものだ・・・
と、ツアーのガイドさんが言っていました。

夜のない街・ニューヨーク・マンハッタン・・・

10日間の滞在中、
毎日利用していたホテルの向かいにある「ブロード・ウエイ・カフェ」・・・
韓国人が経営している、料理の持ち帰りも出来るレストラン・・・

ある時、閉店時間を尋ねると、
「24hour ' s Open ! Never Close ! 」

オーナーが、誇らしげに言っていたのが印象的でした。

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月30日に更新しました。

ニューヨーク一人旅・(33) <191の国旗>

2011年08月05日

国連本部に、はためく、加盟国191の国旗・・・

その中には、もちろん「日の丸」も・・・

左端からアルファベット順に、ずらりと並ぶ国旗・・・

Aで始まる最初の国は、どこの国でしょう?

「アメリカ?」

いえいえ、違います。

アメリカは、「United State of America. 」・・・
Uで始まるので、ずっとあとのほうです。

アルゼンチン?

おっとっと・・・もうちょっと・・・

正解は、アフガニスタンです。

アルゼンチンは、ARではじまり、

アフガニスタンは、AF・・・ですから、アフガニスタンの国旗が最初です。

では、最後のZの文字で始まる国は?

ちょっと難しいですが、それは、ジンバブエです。

日の丸は、Japanですから、真ん中ぐらいでしょうか・・・


つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月30日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(32) <国連本部>

2011年08月03日

小雨が降る、うすら寒い日、国連本部に行きました。

最寄の地下鉄駅をガイド・ブックで調べると、「グランド・セントラル駅」・・・
駅には着いても地上に出ると、国連本部の方角が多分わからないだろう・・・

国連本部は英語で、「United Nations Headquarters .」
よし! おぼえたぞ! これでよし! いざ、出発!

「グランド・セントラル」駅に着き、地上に出ると、案の定、国連の方角がわかりません。

ん? お巡りさんが一人でこちらに向かって歩いて来るぞ・・・
ボストンに住んでいた時は、パトロールのお巡りさんは、必ず二人連れでした。
暴漢に襲われたりするからです。

ここでは、一人で歩いているな・・・
でも、腰の拳銃は怖そう・・・よっしゃ、このお巡りさんに聞いて見よう・・・

覚えたばかりの英語・国連本部・・・

「Excuse me ! Could you tell me ・・・ United Nations ・・・」
おっと、この先が続きません。

するとお巡りさんは、すかさず「・・・Headquarters .」と、
笑いながら引き取ってくれました。

「次を右! 3ブロック行ったら左! 右側・・・」。
余計な事は一切言わず、要点だけを実に明快に教えてくれました。

国連本部・・・

イースト・リバーをバックに、1番街の42丁目から48丁目にかけて、
約7万3000㎡ もの広大な敷地・・・
この敷地内は、治外法権が認められたニューヨーク市内の外国です。
アメリカの領土内でも、アメリカの国の法律、
ニューヨーク州の法律の適用を受けない国際法上の特権があります。

そこには、191の加盟国の色とりどりの国旗が・・・

左から右方向へ国名の頭文字、A、B、C、の順に国旗が、はためいているのは壮観ですが、
では、一番最初の、Aで始まる国はどこの国でしょうか・・・

最後の、Zの文字で始まる国は???


つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月30日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(31) <高所恐怖症>

2011年08月02日

エンパイア・ステート・ビル・・・

1933年に封切りになったアメリカ映画、「キング・コング」・・・
キング・コングが映画の中でよじ登ったのは、このビルです。
1945年には、軍用機が激突する事故が・・・

世界で最も有名なビルのひとつ、エンパイア・ステート・ビル・・・

このビルに5番街から入ると、大理石が贅沢に使われた豪華なロビーがあり、
そこから屋上に向かって、時速30kmのエレベーターで80階まで行きます。

そこで、乗り換え87階まで行き、更にもう一度乗り換えて102階まで行きます。

ビルの屋上です。

そこには、展望台が・・・

展望台は、屋上の先端にあるので、
高所恐怖症の僕は、恐ろしくてそこへ行く事が出来ません。

屋上の中央付近で足を止め、延々と広がるパノラマを・・・

セントラル・パーク、ブロンクス、ニュージャージー、スタテン島、ブルックリン・・・

しかし、楽しむなんてもんじゃありません。

怖くて、わきの下から冷たい汗がスーッと流れたり、
手のひらは、緊張で汗ばみ、足の裏はムズムズしたり、頭はクラクラ・・・

こんなこと、いくら頑張ったって何の意味もなし!
口から泡をふいてぶっ倒れ、救急車のお世話になるのが関の山・・・

逃げるが勝ち・・・
早々とエレベーターで下界へ退散しました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月30日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(30) <エンパイア・ステート・ビル>

2011年08月01日

世界で最も有名なビルの一つ、エンパイア・ステート・ビル・・・

このビルには、
世界各国から、年間250万人以上もの観光客が集まるニューヨークのシンボルです。

ここには、市内観光のツアーに申し込んで行きました。

参加者13名。
30人乗りのワゴン車に、ゆったり身を沈め観光しました。

ニューヨークは、観光で潤っている街・・・
2001・9・11テロが起きる前は、毎日350人の観光客が参加し、
ツアー会社は大型バス7台を用意して、それが満席になったそうです。

それが、この日はたった13人・・・
テロのあと観光客が激減し、ここにもテロの影響が表れていて、
ガイドさんの説明も、ボヤキ半分でした。

このビルが建設された当時、アメリカは不況で、
ビル内の事務所などテナントが、なかなか埋まらず、
ニューヨーカー達は、それを見て、
「エンプティ(空っぽ)・ステート・ビル」と皮肉ったそうです。

地上102階・・・高さ381m・・・
テレビ塔の先まで入れれば、443mで、
1977年に完成した「ワールド・トレド・センター」に抜かれるまでは、
世界一高い建造物でした。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月30日に更新しました。

プロフィール

プロフィール

土田英順
つちだ・えいじゅん。日本フィル、新日本フィル、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン響およびボストン・ポップス響でも演奏。現在はソリストとして札幌を拠点に活躍するかたわら、2007年には役者デビュー。国内のみならず「春の夜想曲~菖蒲池の団欒~」では海外公演も果たす。73歳にして初めてパソコンを購入し、ブログの新世界で弓を引く。

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