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ニューヨーク・一人旅(29) <すっきりしない結末>

2011年07月29日

日曜日の午後のブロード・ウエイ・・・

片方のレンズが、無残に割れてしまった眼鏡を手に67ドル払えと・・・

しかし、人がよさそうな彼は、決して脅している感じではありませんでした。

「オレは、67ドルなんて大金は持っていないよ。」(持っていましたが・・・)

「Fifty Fifty・・・」

半分ずつ・・・と提案して来ました。

「Thirty dollar .(3,600円 2003年当時)」僕は、思わず言ってしまいました。

困惑しきって、悲しげだった黒人青年は、30ドルの一言に安堵の表情になり、
了解したので30ドルを渡しました。

彼の悲しげな表情は、何なのか・・・

人を騙して、金を巻き上げた行為を恥じているのか・・・

30ドルもらっても、残りの37ドルは、自分で負担しなければならないからなのか・・・

芝居なのか・・・

あれから8年・・・

それは、未だにわかりません。

2003年、キリストの復活祭の日に、
ブロード・ウエイで体験した、すっきりしない出来事でした。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月24日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(28) <タカリ?>

2011年07月28日

ブロード・ウエイの路上・・・

ちょっと腕がぶつかった程度で、眼鏡が壊れたから67ドル払えと・・・

「確かに腕のあたりにぶつかった・・・でも、僕は、顔や眼鏡には、ぶつかっていない。」

「あなたが言う通り、顔にはぶつかっていない。でも私は眼鏡を手に持っていたんだ。
だからレンズは割れた。67ドル払ってくれ。」

こういうのを、因縁つけられた・・・と言うのか・・・

無理難題をふっかけるヤツだ・・・

しかし、この黒人青年、人がよさそうな、気が弱そうな・・・
困りきった表情で、本当に泣き出すのではないかと思うくらいでした。

芝居か・・・

どうしたものか、僕は判断しかねてしまいました。

この男、あらかじめレンズが割れた眼鏡を持ち歩き、
カモをさがして、わざとぶつかり金銭を要求する・・・

こういうタカリをやってるのかも知れない・・・だったら、けしからんヤツだ・・・

「67ドルだと? オレはそんな大金は持っていない!」(本当は持っていた。)

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月24日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(27) <壊れた眼鏡>

2011年07月27日

ブロード・ウエイの路上・・・

うしろからポンポンと肩を叩かれ振り向くと、
その人は、たった今すれ違った時に軽くぶつかった黒人青年でした。
彼は、今にも泣き出しそうな、情けない表情をしていました。

「どうしたの? オーケーって言ったじゃないか・・・」

「あなたがぶつかって来たから、この眼鏡を落としてしまったんだ。」

彼が差し出した眼鏡は、無残にも片方のレンズが真横に大きく割れていました。

「このレンズは、片方67ドル(約8,000円 2003年当時)もするんだ。
今日は、復活祭でこれから教会へいかなければならない。
眼鏡なしでは、教会に行かれない。修理しなければならないから、67ドル払ってくれ。」

眼鏡がないと、教会に行かれない・・・
細かな字の聖書を読むためか・・・

でも、いきなり67ドル払え! なんて無茶苦茶です。

「確かに二人はぶつかった。でも、僕がぶつかったのは、あなたの腕のあたりで、
顔や眼鏡にはぶつかっていない・・・」

すると、黒人青年は・・・

つづく。

PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月24日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(26) <黒人青年>

2011年07月26日

天気のよい日曜日の午後・・・
この日は、キリストの復活祭の日でした。

タイムズ・スクエアにある劇場で、ミュージカル「アイーダ」を上演していたので、
劇場に向かって、ブロード・ウエイをのんびり歩いていました。

ヴェルディのオペラで有名な「アイーダ」が、
ミュージカルになると、どう変わるのかとても興味があり、心おどる気分でした。

相変わらず、ブロード・ウエイは人の波・・・

この道路と平行している7番街と8番街は、それ程、人は歩いていないのに、
何故多くの人はこの道路を歩くのだろう・・・

そんな事を思いながらブラついていると、すれ違う人と軽くぶつかってしまいました。

その人は、ぶつかった時に何かを落としたらしく、腰をかがめて拾っています。

僕は、即座にあやまり、「大丈夫?」と、声をかけました。

相手は黒人の青年で、腰をかがめたままの姿勢でこちらを振り向き、
笑顔で「オーケー」と言いました。

それを見て安心し、劇場に向かって歩き始めると、ポンポンと肩を叩く人かいました。

つづく。


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7月24日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(25) <濡れ衣>

2011年07月23日

5番街をダウン・タウン方向へ向かうバスの車内・・・
車内でドロボウ呼ばわりされた、ニューヨーク在住の日本人画家・・・

ポケットの中の物を全部出しても、クロコダイルの財布など、あるはずがありません。

疑い続ける老婦人は、

「Open that Bag!!!」

彼は、リュックを背中からはずして、中の物を取り出し始めました。

「This is my book.」(手帳)

「This is my Mobil phone.」(携帯電話)

・・・・・

他には、何もありません。

お婆さんは、ブツブツ何か言ったあと、

一言「 I'm sorry .」

嫌疑をかけられた画家は、
がっくりして去って行くお婆さんのうしろ姿に、怒りをぶつけました。

「ニューヨークに25年も住んでいて、こんな事は初めてだ!!!
I'm sorry で済むか!!こんな屈辱を受けてどうしてくれるんだ!!!」

財布を盗まれたお婆さんも、お気の毒でしたが、
公衆の面前で犯人扱いされたガイドさんが怒るのは当然です。

別れ際に、ガイドさんは僕にこう言いました。

「美術館前のバス停から3人の男が乗るのを見てたかい? 犯人は多分あの3人組だよ。
だって、バス停の間隔は短くて、歩いてもすぐなのに、
あの3人は、ひと停留所でバスを降りたんだよ。」

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(24) <怒り心頭>

2011年07月22日

バスの車内で、老婦人にドロボウ呼ばわりされた、ニューヨーク在住の日本人画家・・・
生活のため、アルバイトでガイドの仕事もしているのです。

そのガイドさん・・・

おばあさんに、「ポケットの中の物を出しなさい!!」と言われ、怒り心頭です。

「よし!!全部見せてやる!!そのうるさい口を閉じてよく見ていろ!!!」

彼は、自分の前に腰掛けている中年のご婦人に、
ポケットから取り出した物を持っていてくれるよう丁寧にお願いし、
一つ一つご婦人に手渡していきました。

「This is my pencil.」(ボール・ペン)

「This is my room key.」

「This is my couple of candys.」(のどあめ3個)

「This is my handkerchief.」 (ハンカチ)

「That's all .....」

すると、おばあさんは、再び狂ったように吠えました。

「Open that bag !!!」

リュックを開けろ!!!

つづく。


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7月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(23) <バスの中の出来事>

2011年07月21日

ガイドさんの説明を聞きながら、
4時間以上かけて、メトロポリタン美術館の絵画・工芸品を鑑賞し、
僕達は、バスで5番街を南に向かっていました。

車内は混雑していて、5人家族の方達は、空いた席にバラバラに座っていましたが、
ガイドさんと僕は立ったまま、車窓を眺めながら話をしていました。

すると突然、老婦人が金切声をあげ、車内の人をかきわけるようにして我々に近づくと、
ガイドさんに向かって吠えました。

「見つけたぞぉ、この男が私のクロコダイルの財布を盗んだんだ!
運転手さん! この男を捕まえて!!!」

(クロコダイルは、ナイル川に生息する巨大ワニ。
アメリカと中国に生息しているのは、アリゲーターで、やや小形。)

運転手は、そ知らぬ顔で運転を続けています。

おばあさんは、狂ったようにわめきちらしています。

ガイドさんは、

「私は、美術館の前からこのバスに乗って、ここでこの人とずっと話しをしているんだ。」

と言い、「I don't know 。 」と、くり返していました。

「ポケットの中の物を出しなさい!!!」

乗客の視線は、疑わしそうにガイドさんに向けられ始めました。

「OK 全部見せてやる!!!そのうるさい口を閉じて、よく見ていろ!!!」

画家のガイドさんは、怒り心頭です。


つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(22) <ニューヨークの美術館>                

2011年07月20日

ニューヨークの美術館と言えば、
代表的なのは、メトロポリタン美術館と、近代美術館でしょうか・・・

特に、メトロポリタン美術館は、
パリのルーブル美術館、ロンドンの大英博物館、
サンクト・ペテルブルグのエルミタージュ美術館と並んで、
世界の4大美術館の一つと言われています。

ニューヨークの5番街を北に向かって行くと、
セントラル・パーク東側の、80丁目から84丁目まである大きな建物が、
メトロポリタン美術館です。

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写真: メトロポリタン美術館前で。


人類5,000年にわたる美術・工芸品を集めていて、
その所蔵点数は330万点にも達するそうですからすごいですね。

そして、年間500万人もの人が世界各国から訪れる巨大美術館です。

(上記資料は、2003年発行の、「個人旅行39 ニューヨーク」から引用しました。)

一人でこの美術館を訪れても、わからない事が多いと思い、
日本人を対象にしたツアーに申し込みました。

集合場所のホテルのロビーに行ってみると、参加者は5人家族と僕の6人だけでした。

ガイドさんは、25年もニューヨークに住んでいるという、40代の日本人画家・・・
4時間かけ、解説付きで美術品・工芸品を見て回り、
たくさんの事を学び、とても有意義な時間を過ごす事が出来ました。

皆で5番街を走るバスに乗り、解散場所に向かいました。

その車中、信じられないような、とんでもない事が起きてしまいました!!!

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月18日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(21) <BroadWay Cafe>

2011年07月19日

10-9の乱打戦を制したヤンキース・・・

フォア・ボールの連発、投手交代も多いダラダラ試合・・・
試合終了23:15・・・
4時間10分の試合でした。

帰りの地下鉄は超満員で、途中、事故か故障か理由はわからないのですが、
駅間で停車してしまい、20分ぐらいそのままでした。

その間、車内アナウンスは一切なく、イライラしましたが、
ほかの乗客の皆さんは、楽しそうにおしゃべりし、のんびりした雰囲気でした。

ホテル近くの地下鉄駅に着いたのは、0:30を回っていました。

ホテルの向かいにある「BroadWay Cafe」・・・

韓国人が経営し、従業員のすべてが韓国人・・・

24時間オープン・・・

数10種類も温めてある料理を自分で選び、
店でも食べる事が出来、持ち帰り(Take Out)も出来るカフェ・・・

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プラシチックの容器に、好きな料理を食べられる量だけ取り、
レジに持って行くと、量りで計って料金が決まります。

チキン、野菜炒め、パン、スープ・・・
夜遅いので軽い食事にし、あとはビールとワイン・・・

「Take Out 」にして、ホテルの部屋でTVを見ながら遅い夕食となりました。


つづく。


PS・・東日本チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月18日に更新しました。


ニューヨーク・一人旅(20) <乱打戦>

2011年07月17日

2日連続のヤンキー・スタジアム・・・

前日と同じ$35(¥4,200、2003年現在)の内野席を買い、
席に着くと、何と前日と全く同じ席なのです。

5万席以上あるのに・・・
こんな偶然は、めったにあることではありません。

この日の相手はブルー・ジェイズ・・・
10-9でヤンキースの勝ち!!!

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松井選手は、第3打席で右翼3階席に飛び込む、2号、3ラン・ホームランを打ち、
ほかにもクリーン・ヒット、フォア・ボール2つ・・・
5打席・3打数・2安打・3打点の大活躍でした。

ホームランを打った時は、ベンチ前でチーム・メイトの祝福を受け、
いったんベンチ内に入りましたが、
観客のマツイ・コールが鳴り止まず、
再びグラウンドに姿を現し、帽子をとって観客の声援に応えていました。

スコア、10-9。
両チームのピッチャーはフォア・ボールを連発し、
投手交代は、だらだらと・・・

ライトを守っていたヤンキースのモンデシー選手は、
投手交代のたびに観客席に歩み寄り、観客と話をしていました。

ファンを大切にする気持ち・・・
プロとしてのサービス精神が旺盛ですね。

ヤンキー・スタジアムは、グラウンドと観客席の間に金網がなく、フェンスも低いので、
選手と観客とのコミニケーションが、しやすいのですが、
ファウル・ボールがライナーで飛んで来た時などの危険な事には、
どう対処するのでしょうか・・・

気になるところですね。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(19) <手作りの星条旗>

2011年07月16日

車椅子に乗った感じのよい、親切な黒人のおじさん・・・

車椅子の横の部分に筒型の物が・・・

その中には、手作りの小さな星条旗が30本ぐらい入っていました。

おじさんは、星条旗を自分で作り、ここで売っていたのですね。

「Can I Have a This Flag ?」

きのうのお礼のつもりでした。

ニッコリ嬉しそうなおじさん・・・

「How Much is This ?」

おじさんは、ちょっと考えてから

「Two Dollar ・・ But Only For You。」

2ドルにまけとくよ・・・

手作りの小さな星条旗を買い、あらためて前日のお礼を言い、おじさんと別れました。

入場口の所で振り向くと、おじさんはずっと僕のうしろ姿を見ていたらしく、
笑顔で手を振っていました。

あれから8年・・・
あのおじさん、どうしているだろう・・・
今日も、不自由な身体で、あそこで旗を売っているのだろうか・・・

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(18) <車椅子のおじさんに再会>

2011年07月15日

二日連続、ヤンキースのゲーム観戦・・・

この日はナイターで19:05試合開始でした。
何故19:00ではなく、19:05なのかわかりません。
TV中継のためなのでしょうか・・・

地下鉄に乗ると、前日よりすごいスピード・・・
急行に乗ってしまったようです。

この日もヤンキー・スタジアムを通り過ぎてしまいました。

停車した駅にはホームが4つあり、
ヤンキー・スタジアムへ戻るには、どのホームへ行けばよいのか、わかりません。

行き先が書かれた案内ボードで、どのホームなのか捜していると、

「Yankee Stadium ?」

見知らぬオジサンが声をかけてくれ、教えてくれました。

ヤンキースの帽子をかぶり、グラウンド・コートを着た東洋の白髪のオッサンが、
不安そうにキョロキョロしているのを見て、
ヤンキー・スタジアムに行こうとしているのが、わかったのでしょう。

アメリカの人の親切が身に沁みました。

スタジアムに着くと、
前日、バッグを預けるボーリング場の場所を教えてくれた、
車椅子の黒人のおじさんが同じ場所に・・・
僕を見つけると、「Hello Mr・・」と声をかけてくれニッコリ・・・

僕はこの日、バッグはホテルに置いて、必要なものだけを紙袋に入れて持って来ていました。

それを見て、「Good Idea 」を繰り返し、喜んでくれました。

ふと見ると、黒人のおじさんの車椅子の横の部分に、
筒型の物が固定してありました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(17) <再びヤンキー・スタジアムへ>

2011年07月14日

ヤンキー・スタジアムでの初観戦は、1-2で、ヤンキースの負け・・・

松井選手ノー・ヒット・・・

湿っぽい試合だったので、翌日再びヤンキー・スタジアムへ行きました。

ホテル近くの地下鉄駅・・・
前日怒鳴りやがった黒人駅員・・・
あの野郎が、またいたら嫌だなぁ。

そう思いながら駅に着くと、

「あっ、いたいた。あの野郎だ・・・嫌なやつだ・・・」

金額は、前日チケットを買って知っていたので、1ドル50セントを出すと、

また、前日と同じようなバカデッカイ声で、

「Three Dollar Both Way。 」

と、ぬかしやがる。

往復ください・・なんて言ってないのに・・・

ヤンキースの帽子をかぶり、グラウンド・コートを着ていたので、
野球観戦に行く事がわかって、親切で往復チケットを薦めたのかも知れません。

確かに・・・試合後の事を考えると、地下鉄の窓口も、車内も混雑するし、
往復買っておいた方が賢明です。

$3払うと、くれたのは、前日のような穴のあいたコインではなく、カードでした。
情けない事に、またもやカードの差込み方がわからず、怒鳴られてしまいました。

「うるせぃな、この野郎! 黙れ!」
怒鳴りたいのは、こっちです。

近くにいた人が、カードの差し込み方を教えてくれ、

「このカードは、帰りも使えるから、捨てないで持っているんだよ。」

つづく。


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7月7日に更新しました。


ニューヨーク・一人旅(16) <いよいよ試合>

2011年07月13日

カッコいいヤンキースのグラウンド・コート・・・

鮮やかな濃紺・・
胸に白い字で「YANKEES」と書かれ、
右袖には星条旗・・左袖には、ボールとバットの図柄・・
襟、袖口、腰のあたりに白いラインが2本・・・

やわらかくて、軽くて温かく、すてきなコートです。

ファン・サービスでもらったヤンキースの帽子をかぶり、
このコートを着て、ヤンキースの一員になったような気分で試合を観戦しました。

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試合開始直前、アメリカ国歌が球場内に鳴り響くと、数万人の観客全員が起立・・・

グラウンドでは、守備位置についた9人の選手、最初のバッター、2人のコーチ、審判員、
ベンチでは、監督以下全員が起立・脱帽し、
左手を胸にあて、スコア・ボードに掲げてある国旗に向かって頭(こうべ)を垂れ、
敬意を表していました。
敬虔な、身が引き締まるような、すばらしい光景でした。

試合は、1-2で、ヤンキースの負け!!
松井選手は、フォア・ボールが一つありましたが、
3打数ノー・ヒット・・・

投手戦? 貧打線? 
バットは湿りっぱなしの試合でした。

しかしこの試合、両チーム共、随所にメジャーらしいスーパー・プレイがあり、
松井選手のバッティングは、期待はずれでしたが、
心に残る、思い出の試合になりました。


つづく。


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7月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(15) <寒いヤンキー・スタジアム>

2011年07月12日

伝説の強打者、ベーブ・ルース・・・
名捕手、ヨギ・ベラ・・・
ジョー・ディマジオ・・・
ミッキー・マントル・・・

多くの名選手を生んだヤンキー・スタジアム・・・

時は流れ2003年、スコア・ボード横の電光掲示板には、
ヤンキースのスター、デレク・ジーター、
(2011年7月9日、メジャー・リーグ史上28人目の3,000安打を記録。)
ジアンビ、ソリアーノ、ウイリアムスらと並び、松井選手が・・・

入団したばかり・・・
メジャー1年生の松井選手が、はやばやと、このスター軍団に割って入り、
ヤンキースを代表する数人の中の一人として、
ファンに歓迎のメッセージを送る役目を担っているのですから、
松井選手の人気と、期待度がすごい事は、これを見ても、うかがう事が出来ます。

球場内は、何故かとても寒く、ジャンバーを捜しに売店に行きました。

ジャンバー、コート類は、数種類ありましたが、
その中で一番カッコいい、
ヤンキースの選手が着ているのと同じグラウンド・コートを買いました。
($135・¥16、000。 2003年。)

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写真: ヤンキー・スタジアムの、1塁側内野スタンド。

このグラウンド・コートは、松井選手が、1年目のシーズンが終わって帰国した際、
当時の小泉首相を表敬訪問し、プレゼントしたものと同じコートです。

つづく。

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7月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(14) <球場内に>

2011年07月10日

再び入場口へ・・・

バッグをボーリング場に預けたので、
今度は、係員のオバチャンに何も言われず、無事入場する事が出来ました。

入場口では、ヤンキースの選手がかぶる帽子をくれました。

日曜日のホーム・ゲームで行われている、ファン・サービスです。

席は、内野席のBでしたが、
1塁ベース後方の少しライト外野席寄りで、かなり上段でした。

試合開始1時間前・・・
グラウンドに目を向けると、グラウンドには二人しかいません。

その一人は、松井選手でした。
もう一人はコーチのようです。

コーチの指導で、大勢の観客が見守る中、走塁の練習をやっているのです。

松井選手は、1塁ベースから2塁ベースまでゆっくり走り、
後ろ向きのまま、1塁ベースにもどる・・・
この練習を、何度も何度もくり返していました。

センターのスコア・ボ-ドに目をやると、
アメリカの国旗「Stars and Stripes 」(星条旗)と、
ヤンキースのチーム旗が、たなびいていました。

そして、スコア・ボードの横にある大きな電光掲示板には、
「Welcome to Yankee Stadium 」と歓迎のメッセージが出ていて、
ヤンキースのスター選手6名の写真が次々写ります。
その6名の中には、松井選手が・・・

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月8日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(13) <ボーリング場>

2011年07月08日

バッグを持っていては、入場出来ないヤンキー・スタジアム・・・
バッグを預けるボーリング場が見当たらない・・・

困り果てていると、車椅子に乗った黒人のおじさんが声をかけてくれました。

「Look at there !(あそこを見なさい)」
黒人のおじさんが、指差す方を見ると、
「 BOWL 」と書かれた小さな看板があるではありませんか・・・

僕が、さがしていた場所は、歩道橋の太い柱の陰になって、
「BOWL」の小さな看板が見えなかったのです。

車椅子のおじさんは、僕が、黒いバッグを持ってキョロキョロし、
困っている様子を見て、すべてを察知したのですね。

「Thank you for your kindness 。」

おじさんの手を堅く、しっかり握って、感謝の気持ちを精一杯伝え、
ボーリング場へ行きました。

ボーリング場の中は広くて、どこへバッグを預けたらよいのかわかりません。

「一番奥まで行くと事務所があるから、そこで預かってくれるよ。」

眼鏡、カメラをポケットに入れ、5ドル支払ってバッグを預け、
やっとスタジアムに入る事が出来ました。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月7日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(12) <黒人のおじさん>

2011年07月06日

バッグの中には、何も怪しいものはないのに、
バッグ持参で、球場には入るべからず・・・と。

入場拒否の頑固なオバチャン係員には、腹が立ちましたが、
この人は、決められた事を守っているだけなのだから、仕方がありません。

僕は、しぶしぶ「OK」と言い、ボーリング場へバッグを預けに行く事にしました。

ところが、オバチャンが言った、通りの向かい側にボーリング場が見当たらないのです。
変だなぁ 途方にくれてしまいました。

35ドルのチケットは買っちゃったし、
これじゃ、バッグを捨てて入場するか、あきらめて帰るしかないなぁ・・・
いやいや、バッグを捨てるなんて・・・
愛娘が、パリで買ってくれたオレにとっては大切な宝物なんだ・・・

よし! そこらへんにいる人に片っ端から聞いてみよう・・・
誰か知ってる人がいるだろう・・・

その時、僕の背後で誰かが大声で何か叫びました。
振り向くと、車椅子に乗った大がらな黒人男性が、僕を手招きしています。
60才ぐらいの方でしょうか・・・

笑顔で、こっちに来い来いと・・・
なんだろうと思って近づいて行くと、
その人は、車椅子を4~5m動かして、「ここに来なさい。」
と、自分の横を指差しました。

言われた所に行くと、「Look at there ! 」

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月6日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(11) <きびしいチェック>

2011年07月04日

初めてのヤンキー・スタジアム・・・
AかBか迷いましたが、チケットはB席を買いました。
1塁側・ヤンキース側のライト寄りの内野席です。

35ドル。(4,200円 2003年現在)
札幌ドーム。日本ハムの試合が、同じ内野席で6,000円。
日本の野球が、メジャーより高いのは変ですね。

タクシー、地下鉄、ガソリン・・・
全長6万5千kmもあるアメリカの高速道路・・・ほとんどが無料・・・
何を比べても、日本の方が高い・・・

さて、いよいよ球場内に・・・
僕は、縦30cm、横40cmぐらい、
100%ナイロン製の、黒いフランス製の手提げバッグを持っていました。

そのバッグを持って入場口に行くと、
中年の女性係員が、バッグを持って入ってはダメだと言うのです。

バッグの中には、眼鏡、使い捨ての安いカメラ、ティッシュ、マフラー、
クレジット・カード、
それと、ニューヨークの市内地図と地下鉄の路線図・・・

「えっ バッグがだめ? じゃ、中を見せるから。」

チャックを開けましたが、中を見ようともせず、

「BAG NO !  駐車場に戻って、バッグを車の中に置いて来なさい。」

「僕は、旅行者です。マンハッタンのホテルから地下鉄で来たのです。車はありません。」

「それじゃ、そこの通りの向かい側(クロス・ストリートと言いました)に、
ボーリング場があるから、そこへ持って行きなさい。
試合が終わるまで5ドル(600円 2003年)で預かってくれます。」

バッグの中を見せると言って、チャックを開けたのに、どうしてだめなんだろう・・・
きびしいチェックだなぁ・・・

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
7月3日に更新しました。

ニューヨーク・一人旅(10) <友好的な人達>

2011年07月01日

ヤンキー・スタジアムのチケット売り場・・・
列に並んで順番を待っていると、うしろから肩をポンポンと・・・

振り返ると、「お前は、マツ~イの友達か?」
見上げるような大男が、いたずらっぽい笑みを浮かべて僕を見下ろしていました。

僕は、すかさずジョークのつもりで、
「僕は、マツイをよく知ってるよ。でも、彼は僕を知らないよ。」

このやりとりを聞いていた、周囲の人達がドッと笑いました。
実に、なごやかな雰囲気でした。


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また、別の人は、

「どの席で見るんだい?」

「A席にするか、B席か、迷っているんだよ。」

「Aは高いよ。Bでもいい席だよ。」

と言って、ポケットからスタンドの座席図面を出し、
レフトのポジションに近い、3塁側の内野B席を勧めてくれました。

「でも、ヤンキースは1塁側じゃないか。」

「3塁側に行けば、ヒデ~キ・マツ~イのプレイを近くで見られるよ。」

そうかぁ~ なるほど・・・

いろいろ考えてくれているんだ・・・

親切で友好的な人達だなぁ。

たった今会ったばかりで、名も知らない相手に対してありがたい事だ・・・
小さな親切、小さな好意・・・
海外に一人でいると、本当に心に沁みて嬉しいものです。

つづく。


PS・・東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサート関連につきましては、
6月30日に更新しました。

プロフィール

プロフィール

土田英順
つちだ・えいじゅん。日本フィル、新日本フィル、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン響およびボストン・ポップス響でも演奏。現在はソリストとして札幌を拠点に活躍するかたわら、2007年には役者デビュー。国内のみならず「春の夜想曲~菖蒲池の団欒~」では海外公演も果たす。73歳にして初めてパソコンを購入し、ブログの新世界で弓を引く。

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