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トルコ・一人旅(32)、<着いたぞ!>

2011年03月31日

カッパドキア到着!!!

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「あなたのホテルはこの近くです。ここで降りて下さい。」
小さな事務所の前で、ドライバーにそう言われ、車から降りました。

事務所には、2人の男がいて、その日のツァーについて簡単な説明があり、
「今晩ナイト・クラブで、ターキッシュ・ダンスショーがあるから行かないか・・・」
と、言われました。
「食べ放題、飲み放題で、100新トルコ・リラ(8,900円)だよ。」

面白そうだ・・申し込みました。

「それじゃ・・」

ひとまずホテルへ行きたいので、腰を浮かすと、

「ミスター、明日の朝、気球に乗らないか・・・」

「いくら?」

「310リラ(2万8千円)・・・」

「う~ん・・高いなぁ~」

カッパドキアの気球は、世界的に有名なものです。
ここまで来て、乗らないのでは男がすたる・・・

えぇ~い!申し込んじゃえ!

時刻は9時半を回っていました。
4時に起きて、ハプニングの連続・・・何も食べていません。

「オレは、何も食っていない・・ハラペコだ。ホテルで朝メシを食いたい・・
ツアーの出発時間を30分遅らせてくれないか・・」

これが、すんなりOKとなりました。

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写真:宿泊したカッパドキアのホテル。

後方、1F中央の部屋に一泊しました。

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写真:ホテルの屋外レストラン。見渡すかぎり岩ばかり・・・

つづく。

PS・・大震災チャリティ・コンサート関連につきましては、
3月24日投稿の特別プログラム・・”東日本大震災”・・(2)で、お伝えしています。

トルコ・一人旅(31)、<カッパドキアへ>

2011年03月29日

一時は絶望的になったカッパドキア観光・・・

しかし、一つ一つ難問をクリアして、とにもかくにもカイセリ空港に着きました。

ところが、出迎えの人が掲げるボードに僕の名前がありません。
他の乗客は、自分の名前を見つけて次々車に乗り、去って行きました。

こんなところで放り出されたら、一体どうしたらいいんだ・・・
見ると、僕の他に3人が不安そうに待っています。

彼等はヨーロッパからの一人旅のようで皆、無言です。

20分ぐらいして、ようやく一台のワゴン車が到着・・・

ドライバーが、先程と同じように白いボードを持って、車から降りてきました。
そのボードに書かれている、上から3番目に僕の名前がありました。

それにしても、何てこった・・・
この日は、早朝からハプニングばっかり・・・

ワゴン車は、空港付近の小さな街を抜けると、周囲が岩ばかりの道を突っ走りました。


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小一時間走ると小さな街があり、3人はその街で降りました。

ワゴン車は僕一人を乗せて、さらに小一時間突っ走りました。

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もう、岩ばっかり・・・

寝るところは、あるのかなぁ~

一人ぼっちになり、心細くなってきました。

つづく。

トルコ・一人旅(30)、<カイセリ空港に到着>

2011年03月27日

カイセリ行きの出発カウンター・・・

「まだ間に合うか?」、、、必死でした。

「急いで!時間がないですよ!」・・・そう言って職員は搭乗券をくれました。

もう大丈夫だろう・・・

そう思いながらも、大急ぎで搭乗口まで行くと、
そこには、飛行機まで乗客を乗せて行くバスが待っていて、
バスに飛び乗ると同時にドアが閉まり、走り出しました。

まさに間一髪セーフ!

やったぁ~

何と言うハプニング!!

もういやだ!イヤダ!・・2度とこんな思いはしたくない・・・


イスタンブールからカイセリまでの飛行時間は、1時間15分・・・

カイセリ近くに来て、機内の小さな窓からカッパドキアの風景を眺めると岩ばかりでした。

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こんな所へ来てしまって大丈夫なんだろうか・・・

カイセリ空港着、7:45・・・

ツアー会社との契約では、迎えが来ているはずです。

空港の外に出ると2社が迎えに来ていて、
それぞれの会社の職員が、新聞紙の半分ぐらいの大きさの白いボードに、
名前がはっきり書いてあるものを、我々にわかるように掲げていました。

二つの会社が掲げるボード・・・

その両方に僕の名前は、ありませんでした。

つづく。

トルコ・一人旅(29)、<間に合うか?>

2011年03月25日

6ケタの暗証番号は間違えずに、セーフティ・ボックスは開きました。

パスポートを取り出し、閉じる時も、また緊張・・・
中には、現金、保険証、帰国時の航空券・・・大切なものが入っています。

暗証番号を間違えて閉じると、カッパドキアから帰って来た時、自分では開けられません。

落ち着け・・落ち着け・・


タクシー・ドライバーは、僕が戻って来るのが遅いので、
心配そうに、車から降りて待っていました。

「もう一度、空港だ!!!急いでくれ!!!」

彼は、事情がわかっているので、またもや、ふっ飛ばしてくれました。

トルコには、日本のようなスピード違反検挙・・・
ネズミ捕りがあるのかどうか知りませんが、
もし、それに引っかかったら、完全に僕の責任です。

ホテルを出た時、時計の針は5:50。カイセリ行きの飛行機は、6:30発。

空港では、きびしいX線検査があるし微妙だな、、と思いました。

神風タクシーは、6:05に空港に着きました。

「How-Much?」

「Thirty、、」

50新トルコ・リラ札を渡すと、お釣りは10リラしかくれません。

もう一度「??・・How-Much?」と聞くと、

「Forty、、」

背伸びしてメーターを覗くと、40トルコ・リラになっていました。

彼は、英語が不得手で言い間違えたのでしょう。

「Keep-The-Chenge!」

おつりの10リラ(890円ぐらい)を、チップであげると、
彼は大喜びで、はしゃいでいました。

セキュリティ検査を受け、カイセリ行きのチェック・イン・カウンターに突進しました。

つづく。

特別プログラム・・”東日本大震災”・・(2)

2011年03月24日

東日本大震災チャリティ・チェロ・コンサートの義援金額など詳細につきましては、
動きがあり次第、随時更新しています。

今後も、被災者の皆様へのご支援、よろしくお願い申し上げます。

トルコ・一人旅(28)、<パニック状態に・・>

2011年03月22日

神風タクシーは、ホテルに着きました。

タクシー・ドライバーには、
「パスポートをとってくる、、待っていてくれ、、もう一度空港まで頼む・・・」

外国のホテルは、外出する際、部屋のキーは持ったまま外出してよいので、
フロントには目もくれず、3階の部屋めがけて一目散・・・

ドアにカード・キーを差し込むと、
いつもは、小さなグリーンのランプが点き、ドアはすんなり開くのに、
なんと、その時は赤ランプが点き、ドアが開きません。

何と言う事だ!!!一刻を争う時に!!!

フロントに降り、「このキーは使えない・・代わりのキーを貸してくれ・・・」

フロント・マンは、事情を知らないので、のんびり代わりのキーをさがしています。

イライラが頂点に達した僕は、「早くしろ!!!飛行機の時間がないんだ!!!」

僕は、パニック状態でした。

大声で怒鳴りつけたので、びっくりした別のボーイが、

「合鍵を持ってるよ・・・部屋は?」

部屋にある、セーフティ・ボックス・・・
パスポートはその中に・・・
暗証番号は6ケタ・・・

あわてるな・・あせるな・・落ち着け・・落ち着け・・・
自分に言い聞かせました・・・

何故なら、6ケタの暗証番号を3回押し間違えたら、
セーフティ・ボックスは、自分ではもう開けられないのです。

つづく。

トルコ・一人旅(27)、<神風タクシー>

2011年03月21日

カッパドキアへの旅は、絶望的になりました。

どうしても行きたければ日時を変更し、改めて契約しなければならないでしょう。

しかし、そんなお金はありません。

もうダメだ・・あきらめなければ・・

”すべての旅行者は、パスポートを提示しなければならない・・”

ボードに書かれた、「このインフォーメーションを読みなさい・・・」
と、言った空港職員は、
「ミスター、、タクシー乗り場は目の前にある・・・
あなたのホテルを往復しても、急げば30~40分で戻って来られる・・・
パスポートを取りに行きなさい。まだ間に合うよ・・」

これぞまさに、天の声・・・
絶叫するようにサンキューと一言・・タクシー乗り場を目がけて突進しました。

タクシーのドライバーは、とても親切な人でした。

ホテル名を告げ、
間違いがないように部屋のカード・キーを見せて、ホテルを確認してもらい、

「急いでくれ!大急ぎだ!
hotel、、air-port、、two-way、、both-way、、passport、、passport、、」

言葉になっていません・・説明にもなっていません・・
しかし、ドライバーは事情がわかったようでした。

「時間がない・・・もっと急いでくれ・・」走行中も、けしかけました。

「わかったよ、危ないから黙っていてくれ、、」

3車線の道路の追い越し車線をビュンビュンふっ飛ばし、
前に車がいると、クラクションを鳴らして車線をあけさせ、
これぞ、トルコの神風運転でした。

つづく。

トルコ・一人旅(26)、<あぁ、もうだめか・・>

2011年03月19日

イスタンブールから、カッパドキアへの旅。

航空券、宿、現地での観光、ホテル・空港間の送迎・・・
手配は、すべて順調でした。

しかし出発時に、空港出発カウンターの職員が、
航空券として有効なものを認めなかったことから、ケチがつき始めました。

ちょっとしたイザコザのあと、結局、航空券は有効と認められましたが、
職員の次の一言が、衝撃的でした。

「パスポート!」

僕は、トルコの国内旅行なので、パスポートが必要とは全く考えていませんでした。

職員には、宿泊しているホテルの部屋のカード・キーを見せ、
パスポートは、部屋のセーフティ・ボックスの中にある・・・
と言っても、無論ダメでした。

あぁ~もうだめだ・・航空券、カッパドキアの宿・・
何から何まで、すべてパァになるのか・・・

その時職員は、近くにいた同僚に何か言いました。

そして、「彼に話なさい」と。

その人のところへ行くと、

「英語はわかるかい?」

「少しなら・・」

彼は、5~6メートル離れたところにあるボードを指差し、

「あれを読みなさい。」

ボードには、多分トルコ語・・それと英語で、

「すべての旅行者は、パスポートを提示しなければならない。」

と、書いてありました。

もう、どうにもなりません。
僕は、情けなくて泣きたくなってしまいました。

つづく。

特別プログラム・・”東日本大震災”

2011年03月17日

とんでもない事になりました。

お亡くなりになられた方々、心より哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り致します。

そして、多くの被災者の皆様!ご苦労、ご心痛・・察するにあまりあります。

赤ちゃんから、お年寄りまでが不自由な避難生活・・・

明るい、暖かい部屋で酒を飲む自分・・・申し訳ありません。

今、自分は何をやるべきなのか・・・自分に何が出来るのか・・
一人ひとりが、それを考え、例え小さな事でも出来ることを実行する時だと思います。

僕は、「ボストン・バッグにチェロと酒」で、うろついている人間です。
酒はともかく、お金を払ってでも、僕のチェロを聴きたい・・
そういう人もいるかも知れない・・じゃぁ、チャリティ・コンサートをやってみよう・・

コンサートはタダにしちゃって、「みなさん、聴きにいらっしゃぁ~い。」
って、誘っちゃおぅ・・・

僕のチェロを聴いてくれて、もし、楽しかったら、もし、感動してくれたら、
その感動の一部でいいです・・募金箱に小さいコイン1つでもよいから入れて下さい。

なに?、小さいコインを持っていない?・・じゃぁ、大きなコインでもいいですよ。

えっ!コインは持っていない?、、じゃぁ、お札を入れて下さい。

募金箱のお金は、そのまんま、ぜ~ぇんぶ困っている人達に送っちゃおぅ・・・

オレは、箱には手をつけんぞ!主催者から、直接被災地に送金してもらうのです。

数日前、各地の知人に、こんな提案をしてみたら、
今朝、知床斜里の教育委員会から、3月26日に来てくれ・・・と、電話がありました。

ところが僕は、その日、札幌で芝居の本番があるのです。
立ち合いの、あうんの呼吸があわず、仕切り直しとなりました。

現在、チャリティ・コンサートが、決まったところは、
日程が未定なものを含めると、深川、蘭越、釧路、余市、札幌(3箇所)、知床斜里・・・
開催に、前向きに検討中のところが、帯広、小樽、函館、恵庭となっています。

助けたり、助けられたり・・・
励ましたり、励まされたり・・・
慰めたり、慰められたり・・・

人間社会って、そういうことで成り立っているんじゃないでしょうかね・・・

スケジュールが許す限り、どこへでも行きます。

お声をかけて下さい。

トルコ・一人旅(25)、<ショック!>

2011年03月17日

イスタンブール発、トルコ中部・カイセリ行きの出発カウンター・・・

左上に、「No・Ticket」と書かれたA4サイズの紙を、恐るおそる差し出すと、
「何だ、これは、、」という顔をして、突き返されてしまいました。

「すぐ近くにチケット・オフィスがあるから、チケットを買って来なさい・・・」


また、だまされたか!!!

5万9千円も払ったのに・・・身体中の力が抜けて行くようでした。

仕方がない・・・

ここは、チケットを買っておいて、カッパドキアから帰ってから、
ツアー会社を紹介した、ホテルのフロントを通じてツアー会社に抗議しよう・・・

カイセリ行きは、6:30発の便と、夕方の便・・1日2便しかないのです。
予定した便に乗らないと、事は益々面倒になってしまいます。

チケット・オフィスへ行き、念のため「No・Ticket」と書かれた紙を見せると、

「それで、搭乗出来ますよ。」

その紙は、チケットを代用するものだったのです。

何と言う事だ!出発カウンターの職員が、それを知らないなんて!

出発カウンターに戻り、再びA4サイズの紙を見せ、
「チケット・オフィスでは、これで搭乗出来ると言っている!
オレはすでに金を払ったんだ!」

大声で叫ぶように言うと、彼はその紙にゆっくり目を通し、「OK」と言いました。

「OKで済むか!この野郎!間抜けなトンチキ野郎め!!」・・怒鳴りたい気持ちでした。

しかし、彼の次の一言で身を打ち砕かれてしまいました。

「パスポート!」

「え~っ!!!」

僕は、血の気が失せ、身体が凍りつくようでした。

つづく。

トルコ・一人旅(24)、<またか?>

2011年03月16日

カッパドキアへの旅。

早朝だからでしょう・・・
道路はガラガラにすいていて、空港には充分余裕をもって着きました。

イスタンブール空港→カイセリ空港・・・

国内移動なのに、チェックはきびしく意外でした。
イスタンブール到着時は、
国際線なのに入国カードも、手荷物検査もなく、検査はゆるやかだったのに・・

検査後、カイセリ行きのチェック・イン・カウンターに行き、順番を待ちながら、
迎えの運転手から受け取った、白い封筒から航空券を取り出そうとすると、
中に航空券が入っていません!!!

A4サイズの紙が、3枚入っているだけです。

血の気が失せて行くのが、自分でわかりました。

「また、だまされたか・・・」

3枚あるうちの、1枚の紙の左上に「No・Ticket」と、書いてあり、
その下に帰りの便の日付、カイセリ空港の出発時間、
イスタンブール到着時間、便名、航空会社名が書いてありました。

ひょっとすると、これは航空券の代用なのかも知れない・・・

一縷の望みを持って、祈るような気持ちで列に並び、順番が来るのを待ちました。

つづく。

トルコ・一人旅(23)、<カッパドキア>

2011年03月14日

トルコ観光、最大の見どころと言われるカッパドキア・・・

人口21万1千人。

トルコ中部・・・アナトリア高原の中央に広がる大奇岩地帯・・・

ここは、何としても訪れたい所でした。

交通、宿、現地での観光・・・

僕には、手配が出来ません。

ホテルのフロントに相談すると、すぐにツアー会社に電話をしてくれ、
30分後にツアー会社の職員が、ホテルに来るというので、待つ事にしました。

時間通り現れた職員は、航空券、カッパドキアの宿1泊、現地での観光、
ホテル⇔空港の送迎など手配はすべてやります、、と言い、
カッパドキアの観光の内容も、くわしく説明してくれ、好感が持てました。

費用は、米ドルで505ドル(当時5万9千円ぐらい)・・・

出発日は、イスタンブール空港発、早朝6:30。
行先は、カッパドキアに一番近いカイセリ空港です。

前日の夜、1泊分の必要なものを小さなバッグに入れ、準備はOKです。

4:00起床・・部屋はそのままキープしておきました。

約束の時間に迎えの人が現れ、
その人から航空券が入った封筒を受け取り、空港へ向かいました。

ここまでは誠に順調で、こりゃ、よい旅になりそうだぞ・・・と、ワクワク気分でした。

しかし・・・

つづく。

トルコ・一人旅(22)、<四角い顔のおじさん>

2011年03月12日

気のゆるみ・・気をつけなければならないのに、気をつけない・・・

だまされたり、お金をもぎ取られたりするのは、自分も悪い・・・

緊張が続くコンサート活動から、いっとき開放され、
チェロから離れて海外に遊びに来てしまうと、浮かれてしまうのでしょうか・・・


翌日、ホテル近くの港から船に乗りました。

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写真:エミノニュ・ハーバーで。

船が出るまでの時間、港をブラブラしていたら、すてきな家族に出会いました。
魅力的な奥さん、かわいい子供たち・・・片言の英語で、心は通いました。


船に乗ると、船客はトルコ人ばっかり・・・

この船は、観光のための船ではないな・・・と、思いました。

ボスポラス海峡を北に向かい、その先は「黒海」です。


話は横道にそれますが、帰国後、大相撲のテレビ中継を観戦していて、
黒海の東、グルジア出身の幕内力士「黒海関」が登場すると、
アナウンサーが、「黒海は、トルコの北側にある”湖”・・」
と、紹介したのには、驚いてしまいました。


さて、この船は2時間ほどで、港にもどってくる通勤・買い物客用の船でした。

「日本から来たのかい?」

「そうだよ。」

小学生ぐらいの男の子を連れた、四角い顔のオジサンが話かけてきました。

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この人は、悪い人じゃないな・・・
善良なイスタンブールの市民だ・・・
直感的に、そう思いました。

「このまま進むと黒海。南に向かうとエーゲ海・・そして地中海に出るんだよ・・」

親切に教えてくれ、二つ目の船着場で降りるというので、
「その前に一緒に写真を撮ってくれないか・・・」
お願いすると、喜んで応じてくれました。

「お前1人の写真も撮ってやるよ。」
そう言って、シャッターを押してくれました。

つづく。

トルコ・一人旅(21)、<またやられた!>

2011年03月10日

ガラタ橋・・・

ゴザの上で、幼い男の子と通行人に頭を下げ続ける物乞いの老婆・・・

そのような光景を、まのあたりにすると、胸が締め付けられ本当につらいです。

コインを少し置いたぐらいで、モヤモヤした気持ちが治まるものではありません。

そして、絵葉書売りのオジサン・・・

貧しい人々なんだなぁ~

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写真:港からボスポラス海峡に向かう船内で。

後方にガラタ橋。橋の上に、小さくチラホラ見えるのは釣り人たち。


「いらない、、」と言ったのに、
オジサンは、「絵葉書、、絵葉書、、」
と、言いながら身を寄せるようにして、軽く体当たりして来ました。
僕は、よろけて倒れそうになりました。

「何をするんだ!いらないって言ったじゃないか、、」

オジサンは、逃げて行きました。

僕は、その直前に街の両替所で、
100ドル(当時1万2千円ぐらい)を、新トルコ・リラ(YTL)に両替して、
シャツの胸のポケットに入れていました。

しばらく橋の上を散策したあと、
レストランで食事をしようと、トラムの駅に向かい、
チケットを買おうと胸のポケットに手を入れると、お金はなくなっていました。

つづく。

トルコ・一人旅(20)、<ボスポラス海峡・大橋・ガラタ橋>

2011年03月08日

アジアとヨーロッパが交じり合うトルコの都市、イスタンブール・・・

イスタンブールは、
長さ30km、幅は、最も狭い所で約700mの、ボスポラス海峡を境にして、
アジアとヨーロッパに分かれています。

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写真:ボスポラス海峡を北上し、黒海へ向かうクルーズ船。

後方の橋は、アジア・サイドと、ヨーロッパ・サイドを結ぶ橋、
ファーティフ・スルタン・メフメット大橋です。(第2・ボスポラス大橋)

全長1、510mもある巨大なつり橋・・・水面から64m・・・

大型車両を含め、1日に18万台が行き交う、トルコには欠かせない陸の大動脈だそうです。

(地球の歩き方、2006~7年版から引用)

後方に見える陸地は、ヨーロッパ・サイド。

ヨーロッパ側にある金角湾・・・
「テオドシウスの城壁」がある地域が、旧市街・・・
金角湾の対岸が新市街・・・

その、二つの市街をつないでいるのが、アタテュルク橋とガラタ橋・・・

ホテルの前からトラムに乗って、ガラタ橋までは15分ぐらいでした。

ガラタ橋の上では、たくさんの釣り人が、
橋の欄干から釣り糸を垂らし、竿の先を覗きこんでいます。

橋から水面までは、かなり距離があり、長い竿に長く伸ばした釣り糸・・・
獲物を入れるバケツのような物を覗いてみると、
小さな鰯(イワシ)のような魚でした。・・カタクチイワシかな?

橋の隅でゴザを敷き、幼い男の子と通行人に頭を下げ続け、物乞いをする老婆・・・
そのまま通り過ぎることは出来ず、うつむている老婆の肩にそっと手を置き、
「頑張って・・その子のためにも・・」
心の中でそう言いながら、コインを置いて来ました。

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写真:ガラタ橋で、、、後方は新市街。スレイマニイェ・モスクが見えます。
このモスク、1557年に完成したそうです。


「絵葉書は、いらないかい・・・」と、大声で叫び続けるオジサン数人・・・
そのうちの1人が近寄って来て、「絵葉書、、絵葉書、、」と、しつこいこと・・・

「持っているから、いらないよ。」

そう言って歩きはじめると、オジサンは絵葉書を振りかざして、体当たりして来ました。

つづく。

トルコ・一人旅(19)、<食のお話>

2011年03月06日

トルコ料理ケバブ(肉料理)・・・

代表格は、羊のモモ肉を使った、シシ(串)・ケバブ・・だそうです。
しかし、ケバブは、それだけではありません。

タヴック・シシ・・・
これは、チキンのシシ・ケバブです。
羊肉が苦手なら、こちらはいかがでしょう?

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写真:イスタンブール市内のレストラン。

ちょっとわかりにくいですが、写真は、チキンのシシ・ケバブです。
付け合せは、ピラフ、ポテト、野菜・・だったと思います。
それにパンはフリー。
栄養のバランスがとれていて、この一品にビールとワインがあれば、完璧な食事です。

テーブルは、レストラン屋外の道路にセットされ、
バッグをテーブルの向かいの、椅子の上に置いたら、
「持っていかれちゃうわよ。手元に置きなさい・・・」
若いウェイトレスが、注意してくれました。

ケバブは他にもあり、肉と茄子を交互に串刺しにしたもの・・・

羊肉、鶏肉、牛肉を、一本の串に交互に串刺しにしたもの・・などです。


北に黒海、西にエーゲ海、湾のようになっているマルマラ海、南に地中海・・・
三方が海に囲まれたトルコ・・・

当然、海の幸も結構なものです。

白身の魚(スズキ?)の塩焼き、
小さなイワシ(カタクチイワシ?)を、酢でしめてオリーブに巻いた料理、
白身の魚を小麦粉をつけて揚げたもの・・・

これらを肴に一杯やるなら、グッと冷やした白ワインがよろしいようで・・・

おいしい料理に舌鼓を打ち、絶品のトルコ・ワインを楽しんでいれば平和そのもの・・・

しかし、イスタンブールで有名な「ガラタ橋」で、また事件が起きてしまいました。

つづく。

トルコ・一人旅(18)、<シシ・ケバブ>

2011年03月04日

ホテルの朝食はバイキング・・・

それはそれは、豪華な料理でした。

ハムだけでも5種類・・・
トルコは、イスラム教の国、豚肉は食べません。
ハムは、羊、鶏、七面鳥、牛などの肉を使っているのでしょう。

卵料理は、コックが熱した大きな鉄板の前に立ち、
客の注文に応じてオムレツ、スクランブル、目玉焼きなどを作ってくれます。

具が、8種類置いてあり、肉類、魚介類、きのこ類、野菜・・・
好きな具を選んでコックに伝えると、それを使って目の前で作る卵料理・・・

あさり、きのこなどを使ったオムレツ・・香辛料を加えた目玉焼き・・いいですねぇ~

大きなトマトや、ナスをくり抜いて、
中にひき肉、ピラフを詰め、オーブンで焼くのでしょうか・・これまた、いいですねぇ~

当然、朝からでも、ビールかワインが欲しくなります。

デザートのフルーツも豪華です。
オレンジ、メロン、バナナ・・・新鮮で、みずみずしい最高のフルーツでした。

では、トルコ料理の代表格は?

ケバブです。その中でも、シシ・ケバブ・・・

シシは串の事。ケバブは肉料理。
羊のモモ肉を串刺しにして、炭火で焼いた料理・・・
これを、食さずしてトルコは語れないそうです。

塩で味付けしたもので、なぁ~んだ、、ヤキトリじゃないか・・・

確かに・・・しかし、その串は豪快です。

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長さ40cmぐらいはある、ステンレスの串・・・
それに突き刺した、羊のモモ肉・・・片手にビール・・・
こんな痛快な食事は、他にありません。

写真は、トルコ中部、カッパドキアの屋外レストランで。

つづく。

トルコ・一人旅(17)、<世界三大料理国>

2011年03月01日

翌朝は、早く目覚めました。

昨夜の、もめ事がウソのようでした。

フランス、中国と共に、「世界三大料理国」の一つ、トルコ・・・
機内食のトルコ料理は、期待はずれでした。

しかし、本場で味わうトルコ料理・・・期待は大きく、楽しみにしていました。

まずは、ホテルの朝食から・・・

レストランへ行き、レジの若いトルコ美人に、
「ギュナイドゥン(おはよう)」と言うと、
彼女も「ギュナイドゥン」と笑顔で答え、
続けてトルコ語でペラペラと、何か言いました。

そのペラペラが、全くわからないので、その先は英会話になりました。

「僕は、昨夜トルコに来たばかりなんだ。トルコ語は、”ギュナイドゥン”(おはよう)と、
”テシェッキュル・エデリム”(ありがとう)、、、二つしか知らないんだよ。」

彼女はニッコリして、「あなたの部屋番号は?」
答えると、「ミスター・エイジュンですね。」

トルコは、日本と同じで、氏名はラスト・ネームが先なのに、
旅行会社は予約時に「エイジュン・ツチダ」と伝えたのでしょう。

あぁ、もうどうでもいいや、トルコでは、ミスター・エイジュンで通してしまえ!

朝食は、バイキング・・・

このホテルは、ランクをABCに分けると、Cランク、エコノミー・クラスのホテルです。

ホテル名:ホリデー・イン、、、一泊朝食付き・約、9,000円。

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写真:ホテルの中庭、、建物と芝生の間に見えるのは、プールです。


テーブルに並べられた料理は、目を見張るような実に豪華な料理・・・

Cランクのホテルでも、この豪華さ!

さすが世界三大料理国の一つ、トルコ・・・

その料理は・・・

つづく。

プロフィール

プロフィール

土田英順
つちだ・えいじゅん。日本フィル、新日本フィル、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン響およびボストン・ポップス響でも演奏。現在はソリストとして札幌を拠点に活躍するかたわら、2007年には役者デビュー。国内のみならず「春の夜想曲~菖蒲池の団欒~」では海外公演も果たす。73歳にして初めてパソコンを購入し、ブログの新世界で弓を引く。

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