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特別プログラム「2010年を顧みて・最終回」

2010年12月31日

劇団「TPS」のホーム、シアターZOOでは、
数年前から、「チェロの物語」と言うタイトルのコンサートが、毎年開催されていて、
12月に4回目を行いました。

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コンサート・ホールとは、全く雰囲気が違う劇場でのコンサート・・・

シアター・ZOOの舞台は、役者が全身全霊を傾けて芸術を創造する、神聖な場所・・・

このコンサートは、楽しい雰囲気の中でも、一段と身が引き締まる思いです。

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ちょっと照れくさいのですが、チラシには、
「シアターZOOの黒を基調とした空間には、チェロとチェリスト土田英順が似合う。」
と、書かれています。

12月23日。
開演時間は、13:00と17:00のダブル公演。

若いソプラノ歌手、陣内麻友美さんが賛助出演し、
「チェロの物語」に、花を添えてくれました。

美しい歌声が響きわたる劇場内・・・

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昼の部が終わると、彼女は普段着に着替え、どこかへ行ってしまいました。


夜の部の開演前、劇場にもどった彼女に、

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「どこへ行ってたんだい?」

「子供のもとへ・・」

「夜の部の開演まで、2時間しかないのに・・どうして?」

「ジュニュウのために・・」

「えっ?」

「1才の子供に、授乳するためです。」

母は強し!女性は強し!

コンサート、何するものぞ!!

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凍てつくような札幌の冬・・・
1才の子供に、オッパイをあげるために、劇場と自宅を往復し、
そ知らぬ顔で、夜の部のステージで再び美声を・・・

母の愛をいっぱいに受けて育つお子様は、
きっと、人の心の痛みがわかる、思いやりのある心を持った人になるでしょう。

ママさん歌手に乾杯!!!

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写真:劇場・コンサート「チェロの物語」より。シアター・ZOO。

撮影:高橋克己。

おわり。

・・・・・初めてブログを書き始めた2010年。

年が明けると、1月29日に、NHKのラジオ・ドラマに初出演。

1月・3月、「TPS」の「秋のソナチネ」公演に出演。

6月3日、リサイタル。「ベートーベン・チェロ・ソナタの夕べ」
札幌コンサート・ホール、「キタラ」。

来年も元気で活動を続けて参りますので、よろしくお願い致します。

次回からは、「ボストン交響楽団の思い出」が復活します。

この1年、ありがとうございました。

皆様、よいお年をお迎え下さい。

特別プログラム「2010年を顧みて・その4」

2010年12月30日

今年が3年目・・・
恒例になりつつある、劇団「TPS」年末年始の芝居・・・

それは、作:イヨネスコ、演出:斉藤歩の「椅子」です。

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12月25日初日、1月1日千秋楽・・・
8日間で12公演・・・

老人と老婆の二人芝居・・・
7人の役者が、毎回組み合わせを変えて演じるので、何回観ても楽しめる芝居です。

僕は今年、27日~29日、3公演を観ました。(30日現在)

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劇中、「75年前に結婚・・・」というセリフがあるので、
老夫婦の年齢は、100才前後という事になるのでしょうが、
演じる役者は、ほとんどが20才代、30才代・・・

セリフが早口で、声の張り、身のこなし、などを見ていると、
100才が「若者」になってしまい、
演じるのが、とても難しい芝居なのではないか・・・と、思いました。

しかし、このような難しいことに、チャレンジし続ける事で、
若い役者達は、着実に力をつけて行くのではないか・・・とも思いました。

彼等は、貴重な舞台を体験しているのでしょう。


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写真:「椅子」より。シアターZOO。

撮影:高橋克己。


ある公演を観るのに、開演1時間前に劇場に到着したことがありました。

場内では、直後に本番を控えている役者が、
客席や、トイレの清掃をしているのを見て驚きました。

誰かが、やらなければならない仕事ですが、
役者の皆さんには、舞台に専念出来るようにしてあげてほしいです。

つづく。

特別プログラム「2010年を顧みて・その3」

2010年12月30日

英国の作家、ディケンズの名作「クリスマス・キャロル」を演じた、劇団「TPS」。

受賞したのは、
北海道内外の劇団が参加して競う「札幌劇場祭」の最高賞、”大賞”でした。

市内9劇場で開催され、審査対象は、参加42団体のうち登録した30団体・・・

道内最大規模の劇場祭・・・

演技力はもちろんの事でしょう・・・
ロンドンの街角や、
主人公の部屋など、目まぐるしく変わる舞台セットなどが評価されたそうです。

副賞20万円・・・

一桁少ないように思いますが・・・


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写真:「クリスマス・キャロル」より。シアター・ZOO。

撮影;高橋克己。


「クリスマス・キャロル」を観た翌日、
劇団「千年王国」の「ダニーと紺碧の海」を観ました。

舞台は、ニューヨーク・ブロンクス・・・
傷つき、自暴自棄になっている若い男女がバーで出会い、
激しくぶつかり合いながら、二人で人生を切り開いて行く・・・

演出:橋口幸絵。

赤沼政文と坂本祐以の二人芝居。

若さが爆発したような、積極的な演技・・・

芝居が終わった瞬間、茫然として、しばらく席を立つ事が出来ないほど感激した芝居でした。

つづく。

特別プログラム「2010年を顧みて・その2」

2010年12月29日

劇団「TPS」の舞台・・・

出演させていただいた、だけでなく、
観客としても、劇場に足を運びました。

2月から3月にかけて、34日間で28公演を行った、北海道・本州ツアー・・・

翌4月に稽古入りし、6月に上演された作品は、演出:宮田圭子、
今年、生誕150年、チェーホフ作の2時間を越える大作「3人姉妹」でした。

この作品は、数年前にも観劇したことがあるのですが、
未だよくわからないところがあり、
事前に、本を読むなど、下準備が必要かな・・・と思いました。

しかし、役者の皆さんが、
舞台に打ち込む真摯な姿には、頭が下がる思いでした。

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写真:「3人姉妹」より。シアター・ZOO。


このあと「TPS」は、7月上旬に、蘭越町でサマー・キャンプを行い、
役者一同、寝食を共にし、朝から晩まで稽古に励みました。

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写真:「サマー・キャンプ」より。蘭越町パーム・ホール。


そして、8月上旬に、新札幌・サンピアザ劇場で「ペール・ギュント」公演。

9月下旬には「秋のソナチネ」を引っさげて海を渡り、サハリンで公演。

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写真:「秋のソナチネ」より。サハリン・チェーホフ劇場。

写真上は、スタッフの打ち合わせ。


帰国後、休む間もなく、C・ディケンズ原作、清水友陽演出の、
「クリスマス・キャロル」の稽古に入り、
12月上旬に本拠地「シアター・ZOO」で9公演行いました。

このように、「TPS」の活動ぶりは、目を見張るものがありますが、
全国を見渡しても、「TPS」のように活躍している劇団はないのだそうです。

「努力を続けていれば、必ず報われる・・・」

「クリスマス・キャロル」の公演で、「TPS」は、大きな賞を受賞したのです。

つづく。

写真撮影:高橋克己。


特別プログラム「2010年を顧みて・その1」

2010年12月28日

「ボストン交響楽団の思い出」を連載中ですが、
今年を振り返り、印象深い出来事を、お伝えして参りたいと思います。

「ボストン響・・・」は、新年に再開致します。


2010年・・・
僕にとって、この1年は「芝居の年」でした。

劇団「TPS」の舞台・・・

今年出演させていただいた作品は、

(1)作・演出・出演・音楽:斉藤歩。「春のノクターン・菖蒲池の団欒」・・・

2月11日、北広島公演を皮切りに、3月16日、札幌公演千秋楽まで34日間、
北海道・本州で28公演。

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写真:「春のノクターン・菖蒲池の団欒」より。


(2)作:ノルウェイの文豪・イプセン。演出・音楽:斉藤歩。「ペールギュント」・・・

8月上旬、新札幌・サンピアザ劇場で5公演。

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写真:「ペール・ギュント」より。


(3)作・音楽:斉藤歩。演出:宮田圭子。「秋のソナチネ」・・・

9月下旬、サハリン州・ユジノサハリンスク市で2公演。

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写真:「秋のソナチネ」より。


初舞台から今日まで、76回の公演に出演させていただきましたが、
今年の出演数は、その半分近くになります。

オーケストラの練習と違い、芝居は稽古期間が長く、
特に、「ペール・ギュント」では、大作のためか稽古量が多かったので、
チェロの練習時間を確保するのが、困難な状態でした。

練習が不充分でも、チェロの演奏活動は従来通りなので、
コンサートでは、崖っぷちを歩くような、
薄氷を踏むような思いでチェロを弾きました。


2007年、初舞台となった「銀河鉄道ノ夜」。

千秋楽の幕が降り、感動に浸っているうちに、
「もう一度別な芝居で、TPSの舞台に立ちたい・・・」
「出来れば、皆と一緒に旅公演に出たい・・・」
と言う思いに至りました。

この願いを叶えて下さった、
北海道演劇財団・専務理事、劇団TPS・プロデューサーの平田修二さん、
チーフ・ディレクターの斉藤歩さん、
初舞台当時、70才の青二才、
「ど素人の大根役者」を、常に温かく支えてくれた、役者の皆さん・・・

大きな感動をありがとう。

生涯、ご恩を忘れることはありません。

つづく。

写真:高橋克己。

ボストン交響楽団の思い出「その39」

2010年12月24日

野外コンサートならではのハプニング。

札幌交響楽団の野外コンサートが蚊取り線香なら、
ボストン・ポップスの野外コンサートでは何が・・・

ボストン・ポップス・エスプラネイド・コンサートのハプニングを、
ハリー・E・ディクソンの著書から、チョロっと失敬してご紹介しましょう。

ある晩のコンサートで、虫が大嫌いなトランペット吹きが演奏中・・・
キラキラ緑色に輝く、大きな昆虫が目の前に現れ、
びっくりした仰天した彼は、息がつまりそうになり、吐き気をもようし、
ステージをほっぽらかして、退散してしまいました。

あるヴァイオリン奏者は、
自分が演奏していないのに、ヴァイオリンから音がもれているのに気づき、
驚きのあまり、気が転倒してしまいました。

ヴァイオリンの表の板には、「f字孔」という、「f」の形をした穴が二つあります。

その穴から、大きな羽音をたてる虫が入り込み、
虫は、そのヴァイオリンが気に入り、住家にしていたのです。

虫が大嫌いなトランペット吹きや、
虫が原因で気が転倒してしまったヴァイオリン弾きが、「職場放棄」しても、
ボストン・ポップスの野外コンサートでは、ご愛嬌なのです。

さて、音楽好きのボストンっ子たちは、
夕食をすませると、エスプラネイド公園に集まって来ます。

毛布を持って来る人・・・キャンバス・チェアーを持って来る人・・・

緑の芝生の上に、好きな場所を見つけて毛布を広げたり、椅子を組み立てたりして、
音楽を楽しむ場所を自分たちで作ります。

寝転んでいる若者・・・

アツアツの恋人同志・・・ 

仲がよさそうな老夫婦・・・

赤ん坊を、あやしながら音楽を楽しむ若い母親・・・

「エスプラネイド・コンサート」は、肩肘張ったコンサートではなく、
ボストン市民が、生活の中で楽しんでいるコンサートなのです。

つづく。

ボストン交響楽団の思い出「その38」

2010年12月19日

2週間で12回コンサートを行い、お客さんは1回平均1万5千人・・・
およそ18万人の聴衆が集まる、
超人気の、「ボストン・ポップス・エスプラネイド野外コンサート」。

青い空、緑の芝生、心地よいそよ風、チャールス川の風景・・・

大自然の中の生の音楽は、
演奏する側も、聴く側も、開放的な気分で、気楽に楽しめるところが魅力です。

国内では、札幌交響楽団に在団中、たくさんの野外コンサートに出演しました。

いつも、「野外コンサート日和」に恵まれればよいのですが、
気まぐれなお天道様が、ご機嫌ナナメだったりすると、
演奏の途中で雨が降って来たり、
天気予報が雨だから、あらかじめ会場を学校の体育館などに変更し、
「屋内野外コンサート」にすると、好天になったり、皮肉な結果になる事もありました。

「野外コンサート日和」・・・

太陽が、ギラギラ照りつくような日よりも、薄曇、薄日がさす程度の日が一番よいです。
ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器は、直射日光に弱いからです。

確か旭川に近い、「美深町」だったと記憶していますが、その日は晴天でした。

しかし、前夜に雨が降り、それが原因なのでしょうか・・・
コンサート当日、やぶ蚊が大量に発生しました。

コンサート会場は、森の一部を切り開いて作ったような場所で、
いかにも、やぶ蚊の住家のような所でした。

リハーサル中、楽団員の多くは、やぶ蚊の襲撃を受け、
やぶ蚊と戦いながらの、リハーサルとなりました。

オーケストラの職員が、町へひとっ走り・・・

彼は、蚊取り線香を抱えてもどり、
ステージ上のあちこちで蚊取り線香を焚き、やぶ蚊を撃退するのに、ある程度成功しましたが、
煙をまともに吸い込んだ楽団員は、咳き込んでしまい演奏するどころではありませんでした。

北海道各地で行われた野外コンサート。

どの地域でも、野外コンサートにふさわしい場所を選定し、
地元のボランティアの方々の協力を得て、すてきなコンサートをやらせていただいた事は、
心に残る「札響の思い出」の一つになっています。

地元札幌では、北海道庁赤レンガ庁舎、中庭での野外コンサート・・・

北海道知事公館、中庭での野外コンサート・・・

赤レンガ庁舎では、近くを走る車の走行音も気にならず、
知事公館では、美しい緑の芝生・・・
音楽以外で聞こえて来るのは、かわいい野鳥の鳴き声だけで素敵でした。

つづく。


ボストン交響楽団の思い出「その37」

2010年12月16日

今回は、「ボストン・ポップス・エスプラネイド・コンサート」のお話ですが、

その前に、読者のお尋ねにお答えしておきましょう。

「あまりにハードなスケジュールで、風邪をひいたりして、大勢休む事はなかったのですか?」

「ありましたよ。」

楽団員が休む時の主な理由は、胃の具合が悪い・・背中の筋肉痛・・でした。

ある晩、ポップス・コンサートで17人いる第1ヴァイオリン奏者が、
7人も休んでしまいました。

16人いる第2ヴァイオリン・セクションから、
4人を第1ヴァイオリン・セクションに移して、急場をしのぎました。

優れた奏者が集まっていて、層の厚さがあるオ-ケストラだから出来るのですね。


さて、エスプラネイド・コンサート。

このコンサートは、1929年にアーサー・フィードラーが創設したコンサートです。
彼が、ボストン・ポップスの指揮者になる前年の事でした。

その会場は・・・

ボストンのダウンタウンを流れるチャールス川の岸辺には、
川に沿うようにして公園が続いています。

河口近くが、チャールス・バンク公園。

上流の方がエスプラネイド公園。

この川沿いの一帯は、
ボストン・コモンやパブリック・ガーデンと共に、人気のある公園で、
市民の憩いの場所となっています。

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写真:ボストン・コモンで、幼い娘たちと。


エスプラネイド公園の中ほどに、「ハッチ・メモリアル・シェル」と呼ばれる、
大きな真珠貝を立てたような、ハーフ・ドームの野外音楽堂があり、
ここが「ボストン・ポップス・エスプラネイド・コンサート」の会場で、
毎年、独立記念日前後に演奏が行われます。

チャールス川の岸辺にある公園で、野外サマー・コンサート・・・

アメリカのどこでもやらなかった、初の無料コンサート・・・

コンサートには、スポンサーがつき、これはアメリカ各地の同様のコンサートの模範となり、
ボストンにとっては、恒例の行事となったのです。

このコンサートには、毎晩平均1万5千人の聴衆が集まるそうです。

(第1ヴァイオリン奏者・ボストン・ポップス・副指揮者・
ハリー・E・ディクソンの著書より)

2週間で12回公演・・・  
1万5千人×12回=18万人・・・

また、エスプラネイドと、ストロウ・ドライブと呼ばれる幹線道路にかかる歩道橋は、
「アーサー・フィードラー歩道橋」と名付けられています。

フィードラーが、如何にボストン市民に愛され、慕われていたかが、わかります。

つづく。

ボストン交響楽団の思い出「その36」

2010年12月12日

とてつもない、ハード・スケジュールのボストン響・・・

それに輪をかけてハードなボストン・ポップス・オーケストラ・・・

日曜日以外、毎晩・・
ポップス・コンサートは8週間続き・・
要するに、2ヶ月間で50回のコンサートを行っているのです。

シンフォニー・ホールの座席数は、定期公演では2631、
ポップス・コンサートでは、飲食用に座席を取り外し、
テーブルを設けるので、2345、
その座席は、50回すべてのコンサートで、満杯になります。

聴衆は50回で、およそ11万7千人。

「クラシック音楽は堅苦しくてどうも・・」
と、敬遠気味の人達に、音楽の楽しみを与えたのは、ボストン・ポップス・オーケストラ。
音楽の美しさを、知らずにすませてしまいそうな人達に紹介するという目的を、
忠実に果たして来たのです。、

8週間続いたポップス・コンサートは、
9週目に、楽団員105名のオーケストラが真っ二つになり、
一つのグループはタングルウッド音楽祭へ・・

もう一つのグループは、
ボストン・ポップス・エスプラネイド・コンサートで2週間演奏。

一度、二つに割れたオーケストラは、
2週間後にタングルウッドで合流し、メンバー全員がそろいます。

さて、エスプラネイド・コンサートとは?・・・どんなコンサート?

ボストンのどこで?

つづく。

ボストン交響楽団の思い出「その35」

2010年12月08日

”ミスター・ポップス”

”20世紀のシンフォニー・ポップスの巨人”

アーサー・フィードラー!!!

彼は、1915年にヴァイオリニストとしてボストン響に入団しました。

ヴァイオリニストから、ボストン・ポップスの指揮者に転向したのは、
入団15年後の1930年。
このオーケストラとの付き合いは、実に55年に及びます。

ポップス・コンサート。
ポップスとは?

この質問に明確に答えられる人はいないようです。

飲食がOKのコンサート。
飲食をしながら聴ける楽しいコンサート。

客席でシャンパンのコルクを抜く音・・・”ポップ!”

それで、ボストン・ポップスの名が付いたのでは?

・・との説もあるようですが、本当のところはどうなのか誰もわかりません。

さて、そのコンサート。

開演後20分演奏して、20分休憩。
再び20分演奏して、20分休憩。
もう一度20分演奏して、オシマイ。

休憩時間が、合わせて40分あります。

酒好きな楽団員は、「お客が飲んでんだから、オレたちも飲もうや。」

ワイン、ウイスキー、ブランデー・・・
それぞれ好みの酒を持って来てロッカーに入れ、開演前から飲んでいる人もいました。

千秋楽の日。

ビールが好きなフィードラーは、酒屋に生ビールを樽ごと運ばせ、
演奏の合間、そして終演後、楽団員を自室に招き、ふるまっていました。

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写真左:アーサー・フィードラー。


いいですねぇ~、明るくて、大らかで・・・

そして、演奏は超一流!

”アーサー・フィードラー&ボストン・ポップス”・・・大好きです。

つづく。

ボストン交響楽団の思い出「その34」

2010年12月05日

ヘンリー・リー・ヒギンソンが、ボストン響を創設した数年後の1885年。
ロンドンの、プロムナード・コンサートをモデルにしたポピュラー・コンサートが、
ボストンでスタートしました。

これが今では「ボストン・ポップス」と呼ばれ、
ボストン市の重要な春の行事になっています。

ポップス・シーズンになると、
シンフォニー・ホールは、まるで大きなビア・ガーデンのように・・・

一階席は取り払い、そこにはテーブルが置かれ、
ひとつのテーブルに、4~5人が座れるようにセットされます。

そして、中央のよい席には、高い料金を払ったパトロンたちが、ビールやワイン、
シャンパン、コーヒー、カクテルなどを飲んだり、
ナッツやサンドウィッチをムシャムシャやりながら、
ボストン・ポップスのナマ演奏に耳を傾けるのです。

ボストン・ポップスは、最初から人気があったわけではなく、
1930年に、アーサー・フィードラーが指揮者に就任し、
プログラムを、大衆の好みや、時世に合うようにしてから、爆発的な人気を得て、
かつてないほどの成功を収めるようになったそうです。

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写真:

左からアーサー・フィードラー。第2オーボエ奏者。女房。僕。

ボストン・シンフォニー・ホール2階ロビー、僕の送別会会場で。1970年。

女房が持っている写真は、音楽監督・ウイリアム・スタインバーグはじめ、
ボストン響、全楽団員サイン入りの宝のような写真です。

僕が持っている小さな箱には、オメガの金の腕時計が入っていますが、
この腕時計は、オーケストラ勤続25年の楽団員に授与されるもので
腕時計の裏には、僕の名前と、「ボストン響すべての楽団員、関係者より」
と、彫られています。

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勤続1年なのに、何ということでしょう!
幸せ過ぎて、言葉がありません。

つづく。

ボストン交響楽団の思い出「その33」

2010年12月02日

22才で日本フィルに入団。
60才の誕生日に、札響を退団。

38年間に、日米4つのオーケストラを渡り歩きましたが、
この間、大物指揮者との共演も多く、
振り返ってみると、すごいことをやって来たんだなぁ~・・・というのが実感です。

共演した、強烈な印象の大物指揮者10人と、
特に心に残る、思い出深い曲目を列記してみましょう。

”小沢征爾”

ベルリオーズ:ファウストの劫罰、全曲。(日本フィル)

リヒアルト・シュトラウス:ドン・キホーテ。(サイトウ・キネン・オーケストラ)

ストラヴィンスキー:火の鳥。(ボストン響)

”レオポルド・ストコフスキー”

チャイコフスキー:交響曲第4番。(日本フィル)

”シャルル・ミュンシュ”

ベートーベン:「第9」。ベルリオーズ:幻想交響曲。(いずれも日本フィル)

”レナード・バーンスタイン”

ベートーベン:「第9」。(ボストン響)

ブルックナー:交響曲第9番。(バークシャ・ミュージック・センター・オーケストラ)

”クラウディオ・アバド”

ムソルグスキー:展覧会の絵。(ボストン響)

”イゴール・マルケヴィッチ”

ストラヴィンスキー:春の祭典。(日本フィル)

”ウイリアム・スタインバーグ”

ブラームス:交響曲第2番。

シューベルト:交響曲第9番、「グレート」

リヒアルト・シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯。(以上ボストン響)

”カルロ・マリア・ジュリーニ”

シューベルト:交響曲第4番、「悲劇的」(ボストン響)

”コーリン・デイビス”

チャイコフスキー:交響曲第4番。(ボストン響)

”アーサー・フィードラー”

ポップス音楽多数。(ボストン・ポップス・オーケストラ)


さぁ、アーサー・フィードラーの登場です。
フィードラーと言えば、ボストン・ポップス・オーケストラ。

厳しい冬が去り、ボストンには待ちに待った春のおとずれ。
メジャー・リーグが開幕し、
ボストン・レッド・ソックスの試合開始前のBGMはボストン・ポップス。
デパートのBGMもボストン・ポップス。

日曜日を除き、毎晩・・・
ボストン・ポップスのコンサートが8週間も。

そのあと、楽団員105名のオーケストラは二つに分かれ、
一つのグループは、タングルウッド音楽祭へ!

もう一つのグループは、
チャールス川の畔で、ポップス・コンサートを2週間行ってから、
タングルウッドへ行き、合流します。

この間、ボストンの街は、ボストン・ポップスの音楽一色になります。

つづく。


プロフィール

プロフィール

土田英順
つちだ・えいじゅん。日本フィル、新日本フィル、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン響およびボストン・ポップス響でも演奏。現在はソリストとして札幌を拠点に活躍するかたわら、2007年には役者デビュー。国内のみならず「春の夜想曲~菖蒲池の団欒~」では海外公演も果たす。73歳にして初めてパソコンを購入し、ブログの新世界で弓を引く。

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