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チェロを弾く役者「その2」

2010年05月27日

2007年7月。僕の初舞台となった「TPS」公演、「銀河鉄道ノ夜」、、
主役のジョバンニを演じたのは、当時若干弱冠18才の斉藤由衣さんでした。

稽古は順調に進み、初日の舞台が目前に迫った日、
悲しい事が起きてしまいました。

由衣さんのお母様が、危篤との知らせが稽古場に飛び込んで来たのです。
由衣さんは、泣きながら稽古場をあとにしました。

お母様は帰らぬ人となりました。

演出の北川徹さんは、由衣さんが、万一本番の舞台に立てなくなった時の事を考えて、
この芝居に他の役で出演していた、内田紀子さんを代役に指名しました。

内田さんは、突然の指名にもかかわらず、ジョバンニの膨大な量のセリフ、
演技を、なんと、たった一日でマスターしてしまったのです。

これにはぶったまげました。驚きの絶頂だ!!

このような才能のある若い役者は、将来とてつもない大物役者になるのではないか、、
などと、シロウトなりに考えていたら、
内田さんは翌年、なぜか突然芝居をやめてしまいました。

さて、由衣さんですが、稽古を一日休んだだけで、
翌日まるで何事もなかったかのように、稽古場に現れ、稽古に励んでいました。

そしていよいよ初日の舞台。

「銀河鉄道ノ夜」は、幻想的な作品で、話がわかりにくく、
若い役者にとって、演じるのは難しいのではないか、、と思われますが、
由衣さんは、堂々と演技を繰り広げ、劇場内に感動の輪を広げて行きました。


CAGWHFH3.jpg

ジョバンニの斉藤由衣さん。
2007年、TPS公演、「銀河鉄道ノ夜」

撮影:高橋克己


深い悲しみに耐え、寂しさを乗り越え、
与えられた大役の責任を果たそうと、懸命に演技に打ち込むお姿はとても感動的で、
こみあげてくるものを、感じない日はありませんでした。

たくさんの思い出を残して、4日間の公演は幕をおろしました。


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左;ジョバンニの斉藤由衣さん
右;カンパネルラの川崎勇人さん

撮影:高橋克己


その翌日、僕は由衣さんにメッセージを添えて、白いバラの花を贈りました。
お母様が遠くへ旅立たれてから、一週間以上経っていました。

すぐに贈らなかったのは、いっとき、たくさんあったきれいな花が、
一週間以上も経つと、枯れたり、しなびたりして、寂しくなるのではないか、、、
そんな時に、新しい花が届くと、お母様は喜ばれるのではないか、、、
と、思ったからです。

白いバラの花。
花は人の心を運んでくれる、、僕は、花は白が一番好きです。
けがれなく、清純な美しさがあるからです。

花を贈った数日後、由衣さんからお便りが届きました。

「、、、前略、、、英順さん、私のお母さんは韓国ドラマが好きでした。
特に”冬のソナタ”が好きでした。
英順さんのCD、”初恋”の18曲目、”冬のソナタ”の中の”My・Memory”を、
和室で冷たくなって眠っていたお母さんに、聴かせてあげました。

お母さんは喜んでいました。
本当にお母さんは笑っていたのです。

本番の4日間の英順さんのチェロの音色は、
天国に届いたように思っていました。

英順さんのつくりだすチェロの音色は、言葉のようにやさしく胸に響いてきます。
私はこの音色にどれだけ慰められたか知れません。

英順さん、本当に心から感謝しています。
これからも、たくさんの人々に言葉を奏で続けて下さい。、、ジョバンニの斉藤由衣」

つづく


チェロを弾く役者「その1」

2010年05月20日

札幌交響楽団からお誘いをいただき、東京から札幌に移り住んで36年になりました。
日本フィル、ボストン響、新日本フィル、札響、、、
38年間に、日米、四つのオーケストラを渡り歩き、1997年にこの世界から
足を洗い、その後は、札幌を中心にソロコンサートを続け、
チェロの演奏暦は半世紀を超えました。

さて皆さん!
話は変わりますが、「tps」、という劇団をご存知ですか?
そう。北海道演劇財団の付属劇団で、北海道を代表するプロの劇団です。

3年前のある日、家の近くの居酒屋で一杯やっていると、
この劇団のプロデューサー、平田修二さんが現れ、「芝居をやらないか、、、」
と、奨められました。

僕はびっくり仰天、目をシロクロ。

だって、僕は半世紀にわたって、チェロと酒ひとすじに、
この道を歩んで来た男です。

「ヘンなオッサンだなぁ~この人は。」「今さらオレにそんな事出来るわけないよ。」
「とぼけた事を言うな!このとんま野郎!」
と、心の中ではそう思いました。

、、、ところが、話を聞いているうちに、
「ん?ちょっと待てよ、、、こりゃ面白そうだな、、いっちょうやってみるか、、、」
となり、アマノジャクの僕は、その日のうちに出演をOKしちゃいました。

初舞台となった作品は、宮沢賢治原作の「銀河鉄道ノ夜」で、セリフも演技もなく、
場面ごとにチェロを弾くだけの役でした。

1.jpg

2007年7月、tps公演、「銀河鉄道ノ夜」
撮影:高橋克己

稽古の初日、恐るおそる稽古場に行ってみると、役者の皆さんは、
笑顔で温かく迎えてくれ、右も左もわからない僕に、親切なアドバイスをしてくれ、
温かい雰囲気の中で芝居を一緒に創って行けることに喜びを感じました。

はじめて接する役者たちの素顔。
明るくて、親切で、タフで、酒が好きで、良い人ばかりで、
なんというすばらしい世界なんだろう、、、と思いました。

すごいと思ったのは、長くて難しそうなセリフでも、短時間で頭に入れてしまい、
それをどんどん演技に結びつけていく事でした。
すごいなぁ~。もう、毎日が目を見張る事の連続でした。

順調に進んでいた稽古も大づめになり、初日の舞台が目前に迫った日、
とんでもない悲しい事が起きてしまいました。

つづく。

プロフィール

プロフィール

土田英順
つちだ・えいじゅん。日本フィル、新日本フィル、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン響およびボストン・ポップス響でも演奏。現在はソリストとして札幌を拠点に活躍するかたわら、2007年には役者デビュー。国内のみならず「春の夜想曲~菖蒲池の団欒~」では海外公演も果たす。73歳にして初めてパソコンを購入し、ブログの新世界で弓を引く。

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