東日本大震災復興支援チャリティ 431 <さようなら、新井さん!>

2019年03月01日

大震災復興支援チャリティ <431> は、2月23日の13:30から、福島市内にある縄文時代の遺跡、 「じょうもぴあ宮畑遺跡 エントランスホール」 で行われました。

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ガラスの下は縄文時代の人が住んでいた部屋。 ガラスの上から見ると、柱が立っていたあとの穴や、間仕切り用に使っていた板の後がわかります。 小生は、ガラスの上で弾きました。

DSCN5208.JPG<430> が行なわれたのは昨年の12月1日でしたから、3ヵ月近くも東北支援のコンサートがありませんでした。 こんなに間隔があいてしまったのは、2011年3月29日に第1回を行なって依頼、初めてのことと思います。

福島の子どもたちの被爆軽減の目的と、免疫力をつけるための保養キャンプへの支援。

また、多発している子どもの甲状腺がん検査費、治療費の援助を寄付金だけに頼って行なっている 「3・11 甲状腺がん子ども基金」 にも支援の必要性を感じながら、それが少しずつ遠のいていくことに、もどかしさと悲しさをどうすることもできません。

さて、 「じょうもぴあ宮畑遺跡」 での東日本大震災復興支援チャリティコンサート。 2016年に続いて今回は2度目でした。

屋外にある竪穴住居

DSCN5224.JPG初回の時、この会場を紹介してくださったのは新井かつ子さん。 新井さんはこの会場だけでなく、福島市内の保育園、小学校、古関裕而記念館、伊達市内の小学校などでコンサートを企画してくださいました。

体調がすぐれなかった新井さん。 前回の時には入院中の病院からコンサート会場にかけつけてくださいました。

終演後、 「英順さん、ここ、音響がとてもよいから これからもここでやるとよいですよ。 私、所長に頼んでおいてあげるから。」

小生は、この日、新井さんと2年ぶりの再会を楽しみにしていました。

しかし、悲しいかな、小生にはこの言葉が新井さんの最後の言葉になりました。

何と、この日の朝、新井さんが遠くへ旅立ち、帰らぬ人となったことを開演直前に知ったのです。

" さようなら、新井さん、たくさん たくさんありがとう。 どうぞ安らかにお休みください。"

 

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