<大船渡からの便り>

2019年01月05日

小生が最初に訪れた東日本大震災の被災地は岩手県大船渡市で、2012年9月14日、震災から1年半が経っていました。

ホテルは津波に破壊されたままでしたが、大船渡市社会福祉協議会のご厚意で、赤崎地区にある大立応急仮設住宅の家族用の仮設で9泊10日滞在することができました。

10339.JPG震災後、大船渡にはこれまで5回訪問しましたが、そのうちの3回は同じ仮設住宅で被災者の方々と一緒に生活しましたから、この町は思い出深い町なのです。

110,.JPG滞在中は市内に24ヵ所にあった仮設住宅を次々に訪れ、集会所で住民のためにチェロを弾きました。

10299.JPG大船渡に繰り返し訪れ交流を続けるうちに、隣の部屋の奥さんが、道端の野の花を摘んできてゴム輪で束ね、日本酒一合の空き瓶を花瓶代わりして持ってきてくださったり、

醤油がなくなって困っていたら、それを知った向かいの部屋の奥さんが醤油を持ってきてくださったり、少しずつ心の繋がりができていきました。

10306,.JPG学童保育の子どもたちとも

10563.JPG仮設住宅支援員からは次々に要請があり、上水道がない仮設住宅の皆さんのために何度もペットボトルの水を贈ったり、高齢者のために尿漏れパットやカイロを贈って喜ばれました。

24の仮設にお住まいの皆さんは、復興住宅ができるとそちらへ移転したり、高齢者は息子さん家族の所へ身を寄せたりして、仮設住宅の数は減っていき、昨年、5月に訪れた時には24あった仮設住宅が、1つになったと聞きました。

その1つが大立仮設でしたが、先日、大立仮設自治会長さんから手紙を頂きました。

住民全員が仮設住宅を出て大船渡には仮設住宅がなくなったそうです。

喜ばしいことなのですが。

とは言え、海に近い土地は津波対策でかさ上げしています。 その土は木を切り倒し、山を削りとった土。

むき出しになった山肌。 二次災害の対策はしているのでしょうか。 

津波を防ぐため、海辺に作られた防潮堤と称する高さ10mのコンクリートの壁。

その壁は、想像もつかない恐ろしい津波の圧力に耐えることができるのでしょうか。

海は壁で見えなくなりました。

再び自然の神様の怒りをかうようなことはないのでしょうか。

複雑な気持ちになってしまいます。

東日本大震災復興支援のために 「じいたん子ども基金」を開設しました。

(2012年12月10日)

【東日本大震災支援 じいたん子ども基金】 代表 土田英順

北洋銀行 札幌西支店 普通 5161660

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