<避難者が戻れない復興ってあるの?>

2018年06月03日

飯館村にて。   5棟あるハウスのうち、4棟はまだ空っぽでした。  村には2ヵ月前に行ったばかりなのに何故また行くの?  それはここで働く人たちのお話をゆっくり聞きたかったからです。   4棟は空っぽだし、お話によっては空っぽのハウスにお花の種や苗を贈り、ささやかでも復興のお手伝いができるかも知れない・・・

" この村に住んでいらっしゃるのですか。 "   レストランで働いているオバサンに聞いてみました。  

DSCN2251.JPG<いえ、他の町から来ているのです。  日帰りで。  ここには住めませんもの。>   

花一杯の大きなハウスに入ってみました。

DSCN2297.JPG&   

DSCN2265.JPG二人のオジサンが作業をしていました。  " 花がたくさんあるから、手入れが大変ですね。 "    <そう、もう嫌になっちゃうよ。  大変で。>  先ほどのオバサンと同じことを聞いてみました。 " この村に住んでいらっしゃるのですか。 " 

相棒を見て、<彼は二本松から通っているよ。>  " えっ、遠いんでしょ?  時間、どのくらいかかるのですか。 "   <30分ぐらい。>   そうか、近いんだ。  <俺は市内から。>   " えっ、市内?・・ 福島市内? "   <そうだよ。> 

DSCN2259.JPGここで働く人の中に若者は見当たりませんでした。  原発事故後、全員が避難した飯館村。  現在、戻ってきた人は僅かと聞きました。  それも高齢者ばかり。  復興に向けて働いている人は他の市町から通っている人。

人がいなくなってしまった村にお洒落な道の駅を作り、近隣住民が集まってきてレストランや売店で働き、ハウスで育てた花を売り、復興の足掛かりにしようと頑張っている・・・   これを見て応援しようという気持ちにならない人はいないでしょう。   

しかし・・・ 復興とは・・・ 先ずは避難した人たちが故郷に戻れるようになること。  戻って来れるように生活環境を整えること。  田畑は農家の人たちが生活をかけた仕事場。  そこがいつまでも放射能汚染物の置き場になって占領されていたのでは農民は戻れるはずがありません。

DSCN2322.JPG避難者のなかには <もう故郷には戻らない> という声もあるそう。  避難先で仕事につき、新たな生活が始まっているからです。

避難者が戻れない復興ってあり得ないことと小生は思うのですが。  さぁ、どうしたらよいのでしょうか。

※ 上記の写真はすべて5月26日に撮影したものです。

●●● 昨日 (6月2日) の午後、岩見沢ログホテル メープルロッジで大震災復興支援チャリティ(403) が行われ、約、80名のお客さまから募金、¥41,035~を 「じいたん子ども基金」 にお預かりしました。   多くの方々のご厚情に心より感謝申し上げます。   ありがとうございました。 

DSCN2388.JPG✩✩✩ 本日の13:00~から富良野市の 「あかなら」 で、大震災復興支援チャリティ(404) が開催されます。

❤❤❤ まめちゃんの愛の募金箱、大震災チャリティ (403) 、岩見沢ログホテル メープルロッジに登場!

DSCN2382.JPG● 東日本大震災復興支援のために、 2012年12月10日に、「じいたん子ども基金」を開設しました。

● 北洋銀行 札幌西支店 普通 5161660    ● 口座名 【東日本大震災支援 じいたん子ども基金】 代表 土田英順

 

トラックバック

トラックバックURL: http://blog.hokkaido-np.co.jp/mt/mt-tb.cgi/9436

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

(公開されません)

(HTMLタグ(b,i,br/,p,strong,em,ul,ol,li,blockquote,pre)が使えます)