旅は戻ってからも -万松院の雪- つづき

2019年04月27日

朝鮮が宗義智に示した和睦の3条件は

1.戦の時に朝鮮国王の墓を荒らした犯人を引き渡すこと

2.日本から先に謝罪の国書を出すこと

3.捕虜の返還

というものだった。

万松院の事務所の女性によると当時の日朝貿易の対馬の主要品は銀であり、朝鮮人参との交易で財をなしていたという。

家康に頭を下げさせるわけにはゆかない。秀吉の出兵で収入の途が途絶えて8年、藩財政が逼迫していた義智は間に立って悩んだ末、偽の国書を作ってしまう。

1.は罪人を仕立て、

2.は「前代の非を認める。」と書き、

3.は実行する。

表には「日本国王 源 家康」とあり偽の印が押されていた。

これで凌げると思いきや次の難題が待っていた。(つづく)

 

 

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