プーチンのカウンターパンチ

2018年11月17日

"返還"を求めるのは2島か4島か。北海道に生まれ育って、高校生の頃から北方領土問題はこの選択だった。

数年前に安倍・プーチン会談が山口県の温泉で持たれることになって、二人の親しいお付き合いで直ぐにでも4島が戻ってくるような騒ぎになっていた頃にプーチン大統領が会見で1956年の「日ソ共同宣言」に拘るような発言をしていたと思う。

「歯舞、色丹を引き渡しても主権をどうするかは宣言に書かれていない。」といった事を。日本側は政府もマスコミもあまり触れなかった。その付けが今になって来た。

安倍総理は共同経済活動を活発化すれば自ずと4島は戻ってくると喧伝していたが上手く進まず任期も残り少なくなってきて、焦って「共同宣言まで戻ろう。」と言った途端、プーチン大統領のカウンターパンチが炸裂した。これまでの23回の会談は何だったのか。

1956年の「日ソ共同宣言」は外務省で「歴史的汚点」と言われているらしい。

体調不良の鳩山一郎首相に代わって、実質、漁業問題で急ぐ課題があった河野一郎農水大臣が性急にソ連のブルガーニン首相と外務官僚を抜きにして密室で決めたため、詳しい交渉経過記録が無く曖昧。

2島を引き渡した後、どうするか、詰めることが何も詰められていなかったという。

安倍・プーチン会談も二人きりが多く、本当にそうなのかが分からない。帯同も外務省より経済産業省。今回も外務相からはロシアの専門家ではない外務次官。何やら1956年と類似している。

"第二の汚点"となるような気がしている。「差し障りがあるので。」の一点張りで一大方針転換について曖昧な説明に終始するだろう。

とかくトランプ大統領に目が行くが、おかしな事は厳しく追及するアメリカのマスコミの姿勢を日本のマスコミも少しは見習って欲しいものだ。

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