岩内仙境マラソン

2018年09月13日

母校の帯広畜大の正門から南に35Kmほどのところに紅葉の綺麗な『岩内仙境』がある。ビートの収穫が始まる晩秋にそこまで走るのがRugby部の納会行事だった。

昔から長距離走が苦手で高校時代の体育で6Km走るのも死ぬ思いだった。1年目の夏に話を聞いてRugby部を辞めようと真剣に考えたことがあったが、ずるずるとその日を迎えた。

寮の前をスタートし、正門を出て右折するなり先輩が遠くに灰色がかった稜線を見せている山を指して「あそこまで走るんだ。そのうち木々の葉の色の違いが分かるぞ。」と冷やかしてきた。くらくらとした。

トイレットペーパーを腰に括り付けた奴がいる。マラソン選手のような軽やかなスタイルの先輩がいる。革靴を履いて走ってマメが出来てリタイアした先輩もいたという。何だか少し気が楽になった。

20Kmほどの清川地区までは普段の練習と同様に声を掛け合いながらの集団で走り、そこからは競争だった。かつては行きが集団、帰りが競争だったが、膝や腰に故障が出ることに気づき片道だけになった。長閑なことだった。

集団走行は遅い私にペースを合わせてくれたので歯を食い縛って走ったが朦朧として競争はリタイア。糖分の補給になるかと畑に積んであるビートを囓ったがアクが強くて吐き出した。先輩が農家で飲ませてくれた水の旨さが忘れられない。

卒業する4年目が乗る寮のおんぼろオンボロ車で"回収"されてゴールの岩内仙境に着くと、どこから連れてきたのか女性も数名いて暖かい豚汁を振る舞ってくれた。食欲は無く次回の雪辱を期した。

プロ、アマを問わずスポーツ界の体質が問題となっている。練習は辛かったけれど、商業主義にもシゴキにも無縁な環境で学生の創意工夫で全国大会にも駒を進めることが出来た時代だった。

この時期のビート畑を見ると、岩内仙境を前にして辞めないで良かったなぁとつくづく思い、先輩、仲間に感謝する。

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