台湾・八田ダムへ

2018年07月03日

4月の台湾自転車旅の時のこと。台北からの帰国日を変えた。LCCなので一度解約し、新に購入する際に同区間の台北発新千歳行きに限って使えるポイントが付与された。

台湾ドル換算の4,030ポイントだった。日本円にすると約16,000円になる。有効期間は180日。諦めて流すか、行きの安い便を探して再度台湾を訪れるか、ずっと悩ましかった。

4月の旅で日程的にスルーした『八田ダム』のことを家に戻って本で読み、訪れることにした。ポイントが誘っているようだった。

日本の統治下にあった戦前の台湾で農民から敬愛され、台湾の人が親日的であることの理由にもなっている八田與一の手による灌漑用ダム。

台北から自転車で南下して嘉義市辺りに来ると一面に水田が広がっていた。その水は『八田ダム』から引かれている。

正式には『烏山頭ダム』。人跡未踏の「烏山頭」に総督府の技師であった八田與一が発案し、1920年(大正9年)から10年をかけて完成させた。

台湾の農地の2割、香川県の広さに匹敵する面積を潤している。3年輪作で稲作が出来るよう精緻な給排水路が敷設されていて、その総延長は地球を半周するほどの長さという。

当時の土木技術の粋が集められた。しかし、『日台の架け橋・百年ダムを造った男』(斎藤充功著;時事通信社 2009年)によれば権威ある編年史の「日本土木史」に功績は一行も記されていないという。日本国内ではないということか。

今回は自転車を持たず、嘉義市からダムまでは公共交通機関も無いが、『八田ダム』と言うとタクシーが親切に案内してくれるとのこと。これも八田與一の人徳であろう。ダムの辺に地元民が建てた夫婦像があるという。

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