恩師は生き続ける

2018年06月20日

洞爺湖方面に自転車ツーリングし、ニセコのゲストハウスの風呂から上がってくると携帯に大学ラグビー部のO先輩から留守電が入っていた。

夜の9時頃だったのでひよっとして訃報か・・・。録音を再生すると大学時代の鈴木省三先生がお亡くなりになられたとのことだった。

大学紛争当時の学生部長であり、ラグビー部部長であり、後に昭和59年から6年間、学長を務められた。北大ラグビー部の名WTBで名を馳せた。

当時監督をしていてやはり後に学長を務められた鈴木直義先生が9年前にお亡くなりになり、近年は試合が組めないくらい部員が減少し、現役との接点であったOB会活動も衰退し、自分の中ではRugby部ともこれでさよならかなという思いが過ぎった。

旅先であり横浜ということもあったけれど何か足を止めるものがあり、葬儀は失礼することに決めてO先輩に電話を入れた。享年94歳とのことだった。

「大学本部前で学生デモ隊に足を踏まれてね。よく見ると1年目のK君(同期)だったよ。」、「僕はね、関東リーグ戦覇者の専修大学と単独で戦うのは無理だよと言ったんだけどね、直義先生が同じ学生だ、やる。というもんだから。70-0。良く戦ったよ。」

柔の省三先生、剛の直義先生、恩師は今頃どんな話をしているのだろうか。

専門課程に進んで家畜管理学の講義で窓から遠くを見るように日本の在来馬のことを話す省三先生の姿が印象に残っていて、一昨年の自転車旅で九州南方の中之島に「トカラ馬」を見に行った。

「泉君、今まではレールの上。これからはレールを創るのだよ。」結婚式の時の餞の言葉だった。果たしてどうだったのか心許ないが、卒業して45年目にしてトカラ列島に欠席がちだった学生が単位を貰いに行ったような旅だった。

勝った時も負けた時も、晴れた日も雨の日も温和な笑顔でパイプを燻らしていたイギリス仕込みの省三先生の姿はこれからも生き続ける。

トラックバック

トラックバックURL: http://blog.hokkaido-np.co.jp/mt/mt-tb.cgi/9488

コメント

久しぶりに訪問しました
いろいろ活躍の様子、でもラグビーはやってないようですね
小生は昭和21年生まれの72歳なれど明日(7月15日)、福岡県高齢者ラグビー大会(惑大会)です。
70歳以上の部に参加予定です。気温35度のラグビーは久しぶりです。10分、もしくは15分ハーフであり何とか頑張ります。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

(公開されません)

(HTMLタグ(b,i,br/,p,strong,em,ul,ol,li,blockquote,pre)が使えます)