懐かしの『西村食堂』

2018年01月04日

暮れの忘年会で、同じ住宅街に住む昔の職場のOBであり友人のM氏が道庁周辺の古い地図を持ってきた。懐かしい「『西村食堂』に蛍光ペンが塗ってある。

「ここだったのかぁ。あっ、この店あったあった。文福茶屋、やきとり道場、大学荘、北門館・・・」と4人ですっかり盛り上がった。

『西村食堂』は夜行列車で早朝に札幌に着く人の強い味方だった。昭和48年に道に入って、最初の勤務地は道南の江差町だった。出張ともなれば夜汽車に乗って朝方の6時過ぎに札幌駅に着き、朝食に向かうのが『西村食堂』だった。

数種類のおかずから好きな品を選ぶという当時としては珍しいバイキング形式で、味も量も値段も申し分無く、いつも夜汽車で到着する旅人で賑わっていた。

この食堂は夜になると今度は"名物居酒屋"としてサラリーマンの強い味方になった。2階の大広間は誰かれとなく仕事や遊びの大交流会の場と化し、いくら飲んでも当時、一人500円程度。酒の肴は朝と夜が兼用なので兎にかく安かった。

やがて一帯は再開発され、昭和最後の63年に今の「アステイ45ビル」が出来て、当時の居酒屋は姿を消した。

ある時、M氏と近くの焼き鳥屋で飲んでいると、店主が「その西村食堂、私の実家です!私は三男で裏方で手伝いをしていました。」との衝撃的な事実が判明。世の中、どこでどう繋がっているかわからない。

その店主ご夫婦も他人に店を譲って住宅街を去り5年になる。建物の軒を連ねる1枚の古い地図から人情と活気と焼き鳥の煙が漂ってくる。

年が明け、来年には元号が新しくなる。"忘年会"は平成より遠い"昭和"が詰まっている古い地図のお陰で楽しくも懐かしい宴となった。

                           北

西村食堂 29.12.27 真山氏.JPG                       【昭和55年頃】

    道庁の建物はこの辺り

 

 

 

 

トラックバック

トラックバックURL: http://blog.hokkaido-np.co.jp/mt/mt-tb.cgi/8893

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

(公開されません)

(HTMLタグ(b,i,br/,p,strong,em,ul,ol,li,blockquote,pre)が使えます)