音威子府村と砂澤ビッキ記念館

2017年10月22日

記念館全景.jpg

    〈エコミュージアムおさしまセンター BIKKYアトリエ3モア〉29.10.7   

10月の道北自転車旅で音威子府村の『砂澤ビッキ記念館』を訪ねた。正式にはとても長い名前であり、それには意味があった。

仕事で稚内にいた昭和60年頃に音威子府の駅前で巨大なトーテムポールを見て、アイヌに生まれ、木彫を専門とする彫刻家砂澤ビッキ(1931-1989 )を知った。

寒さで木が割れると言われていた音威子府村で砂澤ビッキという人が白い息を吐き、斧を振るう姿と重なった。

斧と鑿.jpg

平成元年にそのトーテムポールは強風による損壊で撤去され、記念館にその一部が展示されている。不思議なことに、平成元年はビッキが57歳で死去した年でもある。

「自らの作品はつくったときが完成なのではなく、自然の力が加わってこそ完成する。」と考えていたという。樹齢300年のヤチダモがふわふわの木片となって静かに眠り、この言葉を伝えているようだった。

ビッキ  トーテムポール.jpg       展示されているトーテムポールの頭部

年譜に「昭和58年(52歳)にカナダに渡り、ハイダ族の彫刻家と交流」とあった。自転車旅にいつも持ってゆく『旅する木』(星野道夫著)に、ハイダ族のことが書かれている。(つづく)

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