兄弟旅

2017年10月02日

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                                  西芦別;炭山川に架かる橋と当時の石炭列車

5人兄弟の一番上が埼玉に嫁いだ長女。80歳になった。昨年、「最後かな。」ということで友人と東南アジアに出かけた。帰ってきて原因不明の熱が出た。今は元気に暮らしている。

ということで男4人兄弟で道内旅に出た。次男がギネス登録ものの長続きしている中学のクラス会で東京から来たのがきっかけだった。幹事は末っ子の私に振られた。

平均年齢72歳。考えてみると誰れひとり入院したことも無く元気に暮らしている。父親の転職で兄弟が育った炭鉱街の西芦別と奈井江を巡り、夜は姉の結婚式に出席した後に皆で泊まった十勝岳の温泉に一泊することにした。兄弟4人が同じ部屋に泊まるのはその時以来の実に50年ぶりのことだった。

建物は新築されていて、誰も当時の部屋も風呂も、どうやって標高1,000近い山奥の温泉に来たのかもよく覚えていないが、両親始め、皆が若かったことだけがくっきりと脳裏にあった。

炭鉱街は行く度に自然に還り、小学校、中学校、高校の全てが跡形が無い。石炭から石油へのエネルギー転換がどれだけ劇的なものだったかが視覚として強烈に広がる。

一方で、何だかサッパリする不思議な感慨もある。過去よりこれからという気持ちがまだあるからか。出発前には誰言うとも無く、「これが最後かもね。」という空気があったが、湯に浸かりながら皆、「またやろうや。」と背筋を伸ばした。

朝食の時、滅多に飲まない長兄が「昨日のビールもワインも旨かった。」と言ってくれた。オヤジより怖い兄だった。今度は姉も入った5人旅に出掛けたい。両親に感謝である。

DSCN2238.JPG白山-桜ヶ丘の川-.JPG

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