映画 『沈黙』

2017年02月28日

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映画『沈黙』を札幌駅シアターの上映期間ぎりぎりセーフで観た。一昨年の九州自転車旅で隠れキリシタンの歴史に触れるまで遠藤周作氏の原作を読んではいなかった。

氏がキリスト者であり、50年前に隠れキリシタンと棄教を扱った作品を発表して大きな反響を呼んでいたことは知っていたが、当時は『孤狸庵』シリーズのとぽけた味の方がなじみ深い高校生だった。

旅から戻って読み、あまりに深い筆とドラマチックな仕立てに衝撃を受けた。九州は至る所がキリスト教の苦難の歴史が刻まれている。布教するにも信仰するにも。

 

平戸、生月島、長崎、島原、天草、高千穂と巡って最後の大分に着き、特に印象的なことがあった。豊後高田は歴史的にキリスト教に寛容な地であり、隠れキリシタンの洞窟礼拝堂が貴重な遺物として残っている。

自転車で武家屋敷を回っていて、かつてその地域を治めていた岡藩の重鎮の末裔の女性が住んでいるお宅で当時のお話を伺う機会があった。

ご先祖は毎朝、邸宅の裏山に登って、住民には林で見ることが出来ない洞窟礼拝堂と藪を隔てた刑場に手を合わせるのが日課だったそうである

徳川の禁教令に抗することが出来きなかった心中もまた『沈黙』の問いかけに通じると今、感じている。イッセー尾形の演じた井上筑後守が印象深い。

マーティン・スコセッシ監督が原作に無いラストシーンを付けている。大変な作業だったと思う。

 

 

 

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                       床の間の掛け軸

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          『洞窟礼拝堂』 当時は鬱蒼とした山林であったに違いない

                            27年4月20日 竹田市

 

 

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