天草の古墳群

2016年04月11日
DSC_0290.jpg 島の道はアップダウンと急な坂が多い。登りの疲れは下りの爽快感と眺望が癒してくれる。天草の2度目を逆回りで自転車旅をしていて、去年、下ったところを登って来て気づいたところがあった。西海岸の古墳群だ。長島町と天草町の間の小高い丘にあった。正式には高塚式の『小浜崎古墳群』。現存する6基のうち最大の「鬼塚1号古墳」は、国道からそれた坂の上の直径10mほどの敷地にあった。周りは小さな畑。3世紀後半に時の大和朝廷が地域の有力勢力だろうか、"火(肥)の君"を使って「隼人」を支配下に置いて南進していた頃のものとある。横穴式石室の南限として重要な史跡で対岸の阿久根市、川内市まで及ぶらしい。大和朝廷の北進と南進。東北の蝦夷との戦いは身近な歴史だが、南進の目的は遥か南の海からの見えざる敵への備えだったのか。自転車旅にも登りと下りで見えるものが違ってくることがある。 DSC_0277.jpg DSC_0278.jpg 石室がある。

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