Fさんのこと。つづき

2016年04月30日

    九州最大の繁華街、福岡・天神地区を南北に貫く『渡辺通り』。札幌駅前からススキノに至る街並みと重なる。

    名前の由来の渡邊與八郎は明治後期に博多で活躍した呉服商で、環状道路の整備に当たって中心街に所有する土地をポンと福岡市に寄附し、通りにその名が付いた。名誉欲のない與八郎は生前から名称を固辞し続けていたという。

    Fさんは4月19日の午後1時30分きっかりに天草・﨑津教会でお会いした時と同じ赤いヤッケにジーンズ姿でホテルに迎えに来て下さった。背筋が伸び実に若々しい。自分もこうありたいと思った。

    黒田長政の福岡城址を歩きながら、Fさんが70歳まで勤めた会社の創業者は件の渡邊與八郎だったこと、学生時代にクラリネットを吹いていたこと、奥さんとは再婚同志で同じマンションの6階と9階で暮らしていることまで気さくに話してくれた。

    今でも会社から依頼があれば管理下のビルの天井裏に上るという。きっと腕の立つ電気技術者として代々信頼されてきたのだろう。

    別れ際、Fさんが「よかったら今晩、泊まっていかないか。」と誘ってくれた。さすがにお断りして2時間ほどマンションにお邪魔することにした。

    初対面の人間に言えることではない。どこまでも誠実で親切で私利私欲のない人生を送られてきたことが分かって、渡邊與八郎が重なった。

    儲けのためなら平気で世を欺く大会社の悪事が後を絶たない時代に爽やかな旅の経験をさせて貰った。

    Fさんがお酒を飲むなら泊まったかもしれない。それをちよっと申し訳けなく思っている。

     

     

     

     

     

     

     

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