『福井・能登ツーリング』 輪島から時国家へ 10/8-9

2013年10月21日

輪島の朝市は水曜日定休だった。前夜は居酒屋を早めに切り上げたのに残念!「また来い。」ということか。

台風24号も近づき半島北端方向20Kmの山あいに残る『時国家』へ向かった。1185年壇ノ浦の合戦で義経に敗れ、能登に配流された平 時忠(姉が清盛の妻)の子の時国に源をなすと伝承される奥能登の名家。

網野善彦氏の「日本の歴史をよみなおす」に詳しいが、身分は百姓ながら加賀藩から年貢米や製塩の管理を請け負い、製炭、山林・鉱山、金融、廻船業を営む"多角的企業家"だった。百姓=農民は間違いであることの立証事例となっている。

町野川に沿って上、下の二軒が隣立しているのは1634年に時国村が加賀、越中の二重支配となったことによる。気のせいか、見学した下時国家の案内女性は上家のことについて多くを語らなかった。次回か。。。

広い土間は住民公共空間、居間は公務用と私用に区分され、煤光りした太い柱、梁がこの奥能登に平家末裔の栄華の時代があったことを偲ばせる。台風が吹き始めた中、能登町のYHへ山越えを始めた。

 

上時国家.jpg

《下時国家。全景、庭園、内部。囲炉裏の自在鉤に平家の家紋の蝶が彫られていました。 25.10.9  7:57》

 

千枚田・塩田.jpg

《輪島から半島北端に向かう途中に有名な「千枚田」と「塩田」がありました。 25.10.9 7:35》

 

輪島.jpg

《25.10.8  20:15  輪島の街。前夜の居酒屋の〝かますの塩焼き〟は美味しかった。25.10.9 5:45  定休日の朝市通り! 路面はつるつる。マンホールの図柄は「御陣乗太鼓」でした。》

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