この冬おすすめの教養講座「吉村昭の北海道」が来月17日からスタートします。
独力で精密な取材を重ね、記録文学から歴史小説まで幅広い分野にわたって名作を遺した小説界の「名工」吉村昭。『羆嵐』、『破獄』、『北天の星』をはじめ、北海道が舞台の作品も数多く著していますが、作家の目にこの土地の人々や風土はどう映ったのでしょう。そして、作家・吉村昭、人間・吉村昭はどのような存在だったのでしょうか。講師を務める道立文学館の平原一良副館長にお話しを伺ってきました。
日本を揺るがす大事件や自然の猛威、そして逃亡生活や牢獄生活といった非日常の世界。数奇で苛酷な運命に呑み込まれる吉村文学の主人公は、私たちの周りにいそうな等身大の人々です。そうした人間の力では抗しようのない逆境下でも誠実さを失わない人々の勇気や他者へのいたわりが読む者を感動させます。

今回の講座は11月17日、12月1日、15日の全3回。それぞれテーマを変えて様々な角度から吉村氏の魅力に迫ります。
講師をお願いした平原先生は、吉村氏と公私に渡る親交がありました。文学論はもちろん、その人となりについてもよくご存知です。16日、講座の流れやポイント等についてお話しを伺ってきました。

―第1回は、「作家・作品について」。吉村氏の作家としての個性や、人柄・人生についてですが、吉村氏とのお付き合いはいつ頃から始まりましたか。
「文学館ができた10余年前からです。講演の依頼をとても気持ちよく引き受けていただきました。
その後、文学館等が主催の函館での講演をお願いした際は、講演会の翌日に朝市等をご案内しました。姿格好からはとても偉い先生には見えないのですが、行き交う人々をジッと見つめていたのを覚えています。
そういった機会が重なるうちに、札幌周辺での取材の度に文学館に立ち寄ってくれたり、お酒に誘ってもらったり、ごくたまに調べ物を頼まれたりするようになりました。
館内の喫茶コーナーがお気に入りで、文学館に見えた際はよく利用されていました。」

―10数年のお付き合いの中で感じた吉村先生の人柄はどういったものでしたか。
「人間的魅力が備わった、社会人としても立派な人物だったと思います。講演などもお金では動かない。また講演先での人々への接し方にも感動しました。相手が地元の有力者や政治家でも、普通のおばさんでも全く変わりません。
また、講演先で先方の対応が失礼で不快だった時も、後から『あの担当者を怒らないでください』といったようなフォローのお葉書を窓口となった私にくれたこともありました。」
―厳しい人だったというイメージもありますが。
「文学館に来る時もヨレヨレのコートを着ていて、一見すると普通のオジサンですが、いったん口を開くと非常に説得力のあることをおっしゃいます。また、眼光が非常に鋭いのですが、それがまるで『お前がどんなヤツかすぐ見抜けるよ』と語っているようで、現に知ったかぶりしてもすぐに見破られてしまう。真面目な話や歴史の話をしている時はとても緊張したものです。

若いときに肋骨を切除するような大病を患い、また家族の死も数多く経験しています。そして新婚時代には津村さんと2人で日本各地を、北は根室まで行商して歩いたこともありました。作家生活も初めは順風満帆とはいえなかった。人間に対する洞察の鋭さは、そうした普通の人にはない人生経験が培った部分もあると思います。」
―今伺ったような吉村さんの個性に触れられる作品はありますか。
「吉村さんに限らず、作家のキャラクターが表れるのはエッセーです。是非エッセーをお読みいただきたい。人や物への鋭い観察に加え、語り口にも一種の『芸風』といってもいいようなコクがあります。」
―講座第2回は講座テーマの中心でもある「北海道取材作」です。
「吉村さんは人生で130~120回は北海道を訪れているはずです。1度の滞在を3日としても、日数では1年以上住んでいたのと同じです。同じ時間でもただ住んでいるのと、取材のためでは受ける情報量が格段に違う。北海道については道民より詳しかったはずです。
例えば『羆嵐』一つとっても、羆については猟師の次に詳しいはずですし、風景を描写するために調べた北海道の植物、動物の知識でも私たちは敵いません。
講座に先立ち、改めて『羆嵐』を読みなおしてみたのですが、自然描写一つにも道民が及ばないだけの情報量が詰め込まれているという『凄み』があります。」
―最後の第3回は歴史小説です。こちらからファンになっていったという人も多いと思うのですが。
「吉村さんは良い意味での『職人』。作品でも生き方でもこだわりを捨てませんでした。特に歴史小説に見られる史実の追究は非常に厳しかった。例えばある事件が起きた時の天気でも雨なり雪なりの確証が得られるまでいくつもの史料に当たって徹底的に調べる。
吉村さんの歴史小説のスタイルは史料に書かれた事実を積み重ね、空想を極力排除するというもの。
そして取材から史料の収集と読み込み、郷土史家への協力のお願いにいたるまで独力で行いました。作品の客観的事実について、専門家から誤りを指摘された、といったようなことはほとんど無かったはずですが、それは誠実に史料に当たり、信頼できる郷土史家の協力を仰いだからだと思います。」
―開講まで約1ヵ月ですが、今の心境を。
「吉村先生は敬愛する作家の1人。夫人の津村先生も喜んでくださっているので大変嬉しい半面、緊張もしています」