知床開拓スピリット 栂嶺レイ 賛
2010年01月31日
1月は早くも今日で終わり、時の過ぎ行く早さに驚いてしまいます。このところ除雪もひと段落、割合と晴天が続く落ち着いた日々を過ごしています。
散歩、水中ウォーキングやその他の雑事と、最近知人より借りた本の読書に励んでいます。その知人は大変な読書家で沢山の蔵書を持ち、過日訪問した際に数冊借りたそれらの本を家内とともに楽しみ、その一つが前回の家内による「佐々木 譲 賛」でした。今回は私で「知床開拓スピリット 栂嶺レイ 賛」です。
近くの森の中。 散歩の途中で。
この著者はもとは医師であったが、紀伊半島や八重山諸島で、過疎の古い村に残された人々の信仰や生活、歴史や民俗を示すものを探し出して撮影し、現在その表舞台や周りに多くの人々が訪れるけれども、そこにはこれら通じて「人間の営み」が存在したことを探し出しまとめていくという、ユニークな方です。現在は現役の医師もされているそうです。
その著者がなぜ知床か、自然景観や野生動物の姿を追うことなどには興味をもたれなかったが、良く見ると廃屋があり、知床でも著者が行なってきたような活動と同じ「過去の人間の営み」を発見することができそうだ、との動機だそうです。
私と家内も知床には何度か訪れています。大自然と野生動物、これらの素晴らしさに感嘆するのですが、よく考えればそこかしこに廃屋があったことが思い出されます。そんな程度の記憶であり、これらの過去については殆ど無頓着、この本を読んで初めてその過去と背景を知ったわけです。
著者は実に緻密に丹念に、廃屋などの生活の証を示すものを探し出し写真にまとめ、さらにそれらの所有者にも直接インタヴューを重ね、人の営みの歴史の事実を語っています。
知床の開拓は戦前から始まり、戦後も引揚者などが入植して、現在の知床自然センターあたりから知床五湖付近までの地域に及び、二つの集落「幌別地区」と「岩尾別地区」で約60戸の農家が開拓を行い、昭和40年ごろまでしっかりとした生活が営まれていたとのことです。
それまでは、今のような道路もなく、斜里からはウトロまでは船、そこからこの地までは徒歩という、隔絶された世界ともいうべき土地に生活されていたそうです。私共から言えば、そんな厳しい環境のところによく生活したものだと思うのですが、開拓者の方々は知恵と努力、人々の力の結集と精神力によってその厳しい環境を克服して安定した生活基盤を作られたとのことです。
こんな生活が一変したのは、昭和39年に知床半島が国立公園に指定された頃からでした。戦後の混乱が落ち着き、これを機に知床を観光地化しようとの狙いから道路整備が進み、開拓農家を離農させようとの動きが起きたのです。様々な補助金等による援助も行なわれ、紆余曲折を経ながら昭和41年ごろに離農が完了したわけでした。
しかし、開拓農家は離農したものの、農地を手放さなかった人々もいたとのことです。そして、その後の観光地化の動きに伴い、乱開発を防ぐために「100平方メートル」がスタートし、土地を買い上げ公有地化して恒久的な知床の自然を守る運動に繋がっていったわけです。
やはりこのような背景などを知るのと知らないのとでは、運動に対する理解と協力に大きな差がでることでしょう。多くの観光客が訪れますので、これらのことを知らせることにより、さらに理解が広まるのではとも思えるのです。
著者は、さまざまな生活面の課題からこの生活の歴史の事実を語っています。ともかく、私達が現代の自らの立場・基準からその事実に対しとやかく言うことはできません。ちなみに、この地ではイチゴ栽培も行なわれて豊かな収穫があったなんて、想像もつきません。それなりに開拓者の人々が当時の豊かな生活を過ごしていたのでした。
いずれにせよ、詳細はこの本を読んで中の写真集を見ていただきたいのですが、人間の創意工夫と努力、皆で力を合わせ、自らの力で全てを解決していったその精神力は、今も未来も大切なことだと感服したのです。これこそ「開拓スピリット」です。
知床に限らず、北海道各地の開拓も全てはいえないでしょうが、同様な歴史があったと思います。この美留和の開拓もお隣の開拓者の方々から伺った話を思い出すと、何か共通点を感じます。
現代日本の社会状況を考えると、この開拓スピリットをもってすれば、日本の抱える問題などを克服することは可能ではないかと感動を覚えるのです。
時代の変化に伴い、開拓者の方々はさまざま無理を強いられたのですが、その歴史はしっかりと語り継いでいっていただきたいものです。
近くの温泉小屋のそばで、”フキノトウ”発見。
話は変わります。今日は美留和自治会の総会、ここでは町長も出席しての町政懇談会がありました。その席上で、弟子屈町の情報通信網の整備計画具体化の話があり、ようやく光ファイバー網がこの美留和にも敷設され、地デジもインターネットも都会地なみとなり、情報格差解消に繋がる模様と聞き、安心しました。
情報は大切ですね。
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コメント
2月の投稿にコメントしようと思ったのですが、コマンドが見つからず、この投稿にコメントしました。
“しばれる”という言葉が懐かしく十勝にいたころを思い出しました。
次回の投稿を楽しみにしています。
投稿者: 宮林荘一 | 2010年02月09日 11:48
宮林荘一様
コメント有難うございました。
2月の「しばれるねー」担当のMSです。
十勝にお住まいだったのですか! 現在はどちらに?
先週は町のそこここで「しばれるねー」、「そうだねー」という挨拶が聞かれましたよ。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。
投稿者: MS | 2010年02月09日 16:54