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北海道移住生活のスタート

2006年04月27日

 4年程前に、神奈川県鎌倉市で我々家族と一緒に住んでいた義父が視力を喪失し、義母が脳梗塞で倒れ寝たきりとなり、定年を早めて夫婦で在宅介護を開始しました。
しかし、我が家は丘の上で、道路まで義母を抱えて長い階段を上がり降りしなければならず、家の構造は、目の見えない義父や寝たきりの義母を、食事、入浴、排便や外出など、在宅介護するには適していなかった。
これから、長く続くであろう在宅介護のこと、定年後の我々夫婦の生活などを考えた末、北海道に義父母の在宅介護と我々夫婦の今後の生活を考慮したバリヤフリーの家を建てる事とし、鎌倉市から東川町へ移住する事を夫婦で話し決めた。

 移住するに当たり、事前に介護施設を訪問したり、介護に携わる人とお話しをさせて頂き、介護環境の良さを実感。また、東川町は自然に恵まれ、空気や水が美味しく、野菜も新鮮であり、なんといっても大雪山国立公園の麓なので、その景観は雄大でダイナミックであった。

生活環境も、買い物、医療、文化などは東川町にもあるが、近接の北海道第二の都市、旭川市の生活や各種文化などの施設、国立医大病院はじめ多くの医療機関が活用できるので、生活や文化・医療に対する不安は解消された。

移住を決断してから半年後の春4月、鎌倉市から東川町へ義父母と我々夫婦4人で移住しました。

新築の家が建つまでの半年は、近くの空き農家をお借りして我が家の建築を見守った。
家の建設は、この地域のことは知り尽くした地元の小岩組さんにお願いしました。
家の建設に当たっては、地元ならではの気配りを建築に組み入れ、住み心地の良い家に仕上げて
くれた、社長さん以下工事の皆さんには感謝すると共に頭が下がった。
夏の終わりには新居が完成し、お借りしていた家から新居に移る。

新居は、農村地域に作られた優良田園住宅35画の一区画で、農家と移住者が共存する地域ですが、地域の方々に移転当日から仲間に入れて頂き、生活習慣や野菜作りなどいろいろと教えて頂きました。
地域の方々との交流は、町内会の会合や、野菜作り、また、義父母の介護を通して役所や施設の方、介護仲間の方と知り合いになり、広く人的な交流が出来ました。
 
 こちらでの在宅介護生活で、失明の義父は生きる楽しさを少しずつ取り戻し、こちらでの生活を楽しんでくれた。
寝たきりだった義母は車椅子生活まで改善し、一人で食事が食べられるようになり、話も出来るようになった。
移住後2年間、義父母は二人で会話を楽しんだり、ドライブに出ると、目の見えない義父に、義母が外の景色を説明して上げたりと、こちらでの生活を楽しんでくれていた。
しかし、義父母ともに加齢には勝てず、昨年の5月に義父が91歳で、義父を追うように7月には義母が87歳で眠るように静かに天国へ旅立った。
毎日、仏壇にお水と好きだったコーヒーをあげると、仏壇の奥から「これからは、二人で好きなことをおやりなさい」とおばあちゃんの声が聞こえる気がする。今にして思うと、子供孝行の優しい義父母だった。

現在、我々夫婦は父母の天からの声に励まされながら、北海道での新しい生活をしております。

プロフィール

プロフィール

鶴岡恒男
東川町在住
職業:無職
年齢:60代

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